告白された翌日、きっと今日は一日心苦しいんだろうなぁ、なんて思っていたのが馬鹿馬鹿しくなるくらい平凡だった。少なくとも、今のところは。
朝から恵美に色々いじられると思っていたのに、決してそんなことはなかった。特に昨日の話題にも触れられることなく、柏木トモヒロから話しかけられることもなく昼休みを迎えてしまっているのだ。
「ねぇ、恵美。あのー、なんて言うか、私今日学校に居づらいなぁ、なんて思うんだけど」
私の卵焼きを一口ほおばると、恵美はニタニタと嫌味な笑みを浮かべだす。
「嘘。あんたそんな風に思ってなんかいないでしょ。どうせ私が昨日の話題に触れもしないからそんなこと言ってるんでしょ」
恵美の言っていることはまさに図星だった。期待はずれの一日、とまでは言いすぎだが、なんとなく拍子抜けしてしまう一日になりそうだったのが少しだけ悔しかったのかもしれない。
私にとって告白される、というのは初めての経験だから、これからのことなんてどうすればいいのか分からないのだ。だからちょっかいを出されてでもいいからなにか解決策、と言うかこれからのことについての道標というものを教えて欲しかったのだ。
「昨日メールで伝えたとおり、嫌いじゃないなら一度付き合ってみれば? それが嫌だったら――そうね、もう少し彼と関わりを持ちなさい」
「関わり? 確かに、話したことなんてなかったし、でも別に関わりだなんて……そんな」
はぁ、と軽くため息をつくと恵美は箸で私を指す。
「いい? 好きか嫌いか分からないのは当たり前なの。あんた彼の何を知ってるの? まともに話したことすらないんでしょ? 何も知らないまま振るのはやめておきなよ。そんなことしたら、絶対に後悔するよ」
何も言い返すことなんてできなかった。確かに彼のことについて知っていると言ったら、勉強ができてスポーツもでき、真面目な性格で容姿端麗、など同じクラスの人なら誰でも分かるようなことだけなのだ。
恵美の言うとおり、私が彼のことを好きか嫌いかなんてわからないのは当然なのかもしれない。
「関わりを持つ、か。でもどうやって?」
「まずは挨拶から! 挨拶もできない関係の人に、なにかアクションを起こそうだなんて無理! だから、今からでもいいから挨拶してきなさいよ」
横目で柏木トモヒロを見やるも、友人と雑談をしていてとてもそれに割り込んで挨拶するなんてできそうにもなかった。今まで自分から進んで異性に話しかけることのなかった私が、そんな積極的に話しかけるなんてとうていできないことだった。
それに昨日のできごとがあったからなおさらだ。きっと今話しかけても気まずい雰囲気になるだけだろう。
「今は、ちょっと無理っぽいよね。ほら、友達と仲良く話してるし……」
苦笑いで恵美にそう言うと、恵美は何かを考えているのか神妙な顔つきになった。
一体何を考えているのだろう。もしかして、私がなにか変なことを言ってしまったのだろうか。
でも、今の会話で思い当たる節なんてどこにもなかった。
「んー……あんた、それ逃げてるだけだよ。おせっかいかもしれないけど、きっとあんたみたいなのには無理やりきっかけを作らなきゃ駄目なんだよ。ねぇ、あたしがまず話してきてあげようか? そうしたらあんたも話しやすいでしょ」
そう言い終えると恵美はすぐに席から離れ柏木トモヒロに近づこうとする。
「いいよ! 今じゃなくたって、後で自分でどうにかするから! 恵美ったら!」
そんな私の言葉なんて何一つ聞こうとせずに恵美はどんどんと柏木トモヒロに歩みを寄せていく。
あぁ、もう手遅れだ――そう心の中で呟き終える頃にはすでに恵美は彼に話しかけていた。きっと話しにひと段落つくと私に話題が振られるんだ。
「あぁー……もう、どうしよ」
なんて話しかければいいんだろ。いきなり「今日はいい天気だよね」だなんて話せるわけない。だって、昨日彼にあんなことしちゃったんだもん。きっと傷ついてるに違いないよ。
「ほらー! 美紀もこっち来て話そうよー!」
悩む暇も与えずに恵美は私に手招きをする。隣にいる柏木トモヒロはほんのちょっぴりだけど顔を赤らめている気がした。
「ねぇ早く! もう昼休み終わっちゃうよ!」
こういうときの恵美はもう誰にも止められないのだ。自分がやろうと決めたことは絶対にやり遂げる。絶対に信念を曲げない。それが恵美のいい所で、私の憧れる所だ。
もう、どうにでもなれ。……頑張れ、私。……頑張れ、戸田美紀。あれこれ考えるのは話してからでいいじゃない。
「うん、わかった。今行くよ」
恥ずかしい気持ち、心苦しい気持ち、そんな気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合ってるけど、頑張って柏木トモヒロに話しかけることにした。それはきっと私にとって大きな一歩になるんだ、と思う。