Neetel Inside ニートノベル
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チェーン・恋!
はきはきと話そう!

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「えっと、その……」
 柏木トモヒロの目の前までやって来たのはいいが、何を話せばいいのかわからなかった。なんて切り出せばいいのだろう。
 ついさっきまで彼の隣にいた藤波隼人はいつの間にか姿が見えなくなっていた。ちらりと恵美の顔を覗くと、恵美は可愛くウインクをしそれと同時に私の横っ腹を小突く。
「ほら、昨日のこと謝ればいいんだよ。逃げてごめん、ってね。私はこっそりといなくなるからさ」
 小声でそう言うと恵美は一歩、また一歩と後退していった。しかしそんなことをされても現状を打破することなんてできなかった。
 ――むしろ、余計に緊張するのに。
「昨日は、ごめん」
 最初に言葉を発したのは柏木トモヒロだった。
「いきなりだからびっくりさせちゃったよね」
 続けて彼はそう口にすると、だんだんと顔色が変わっていった。どこか、申し訳無さそうだった。
 そんな表情を見ると、私のほうが申し訳なくなる。本当に謝らなきゃいけないのは私のほうなのに。
「違う!あ……違う、よ。私が急に逃げたんだもん。柏木君に変な心配かけちゃった、よね」
 さっきまで教室は賑やかだったはずなのに、今は不思議と落ち着いている気がする。ううん、落ち着いているなんてものじゃない。私の心音と柏木トモヒロの声以外は、全く耳に入らないんだ。緊張すると、こんな風になるんだ。
 だんだんと握っていた拳が湿っぽくなるのを感じてきた。普段手汗なんてかかないのに。
 やっぱり、男の人と話すのって緊張するし、なんか苦手かも。
「俺は大丈夫だよ。それよりも、本当によかった。ありがとう」
「えっ」
 耳を疑った。なぜ、彼の口からありがとうなんて言葉が出たのだろう。
「ありがとうって、え、なんで?」
 思わずそう尋ねてしまった。私は彼に「ありがとう」と言われるまでのことをしたのだろうか。それは意識的に? 無意識に?
 考えても、全然分からなかった。頭の中が真っ白な私に、今何かを考えることなんてできなかったのだ。
 彼は彼でその質問を聞いた瞬間、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして見せた。
 そんなものだから、余計に彼のことが、男の人が分からなくなってきた。一体、何なんだろう。
「あ、あれ、そう。それは戸田さんが逃げたことに対してのありがとうじゃなくて、どういう……ありがとうだろ。えっとー、うん、自分でも良く分からないんだけど、やっぱりありがとうだよ」
 そう言いきった彼は、さっきとはまた表情を変え、それは自信に満ち溢れていた。
「ふふっ、なにそれ。はは、はははは! 柏木君、面白いね」
 変なことを言っているにもかかわらずあまりにも真面目に答えているものだから、ひどいとは思うけどついつい笑いがあふれ出てしまった。
 言っている意味なんて全然分からないし答えにもなってないのに、その自信に満ちた顔はどこからやってきたんだろう。
「そ、そうかな。そんなに……面白かったかな?」
 柏木トモヒロと初めて会話をして、今まで知らなかった一面を見ることができたような気がする。
 真面目でしっかりしている彼が、こんなにも天然キャラだなんて思いもしなかった。もっと堅苦しいような感じだとばかり思っていたけれど、そんなこと全然なかったみたい。
「そういえば、こうやって戸田さんと話すのって初めてだったよね」
 そうなのだ。私は柏木トモヒロと一回も話したことなんてなかったのだ。だから、余計に謎が深まるばかりだったのだ。
 ――どうして私のことを好きなんだろう。
 でも、当然そんなこと聞けるはずもなかった。そんなことを尋ねてしまったら、せっかく普通に会話できそうなこの雰囲気を台無しにしてしまうだろう。
「そうだね。私、あんまり男の子と話さないからなぁ」
「うん、知ってるよ」
「え?」
 そう言われて、私はなんて返していいのか分からなかった。ただ驚いた表情でその場に突っ立っていることしかできなかったのだ。
 そして言葉を返せなかったからか、会話は途絶えてしまい少しの間沈黙が続いてしまった。今度は先ほどとは反対に周囲の音がとても大きく聞こえてきた。
「あぁ、ごめん。俺、戸田さんのことずっと見てたからさ。ちょっと気持ち悪いかな、俺」
「全然! そんなことない。そんなことないよ。気持ち悪いのとか慣れてるし! ……あれ?」
 そう言い終えると同時に次は柏木トモヒロが笑いを堪えきれずに漏らしていた。
「うん、戸田さんもやっぱり面白い人だよ。うん、やっぱり、俺好きだ。でもいきなり付き合ってなんて言ってごめん。先ずは友達から、でいいよね?」
 笑い終えると、こぼれる涙を拭いながらそう言ってきた。
 昨日に続いてまたも「好き」って言われた……。もう人生の中でこんなこと言われることないかもしれない。
 そんなことを頭の隅で考えていたら柏木トモヒロが手を差し出してきた。
「よろしく」
 その差し出された手を握ればいいのだろうか。私が戸惑いながら手を出そうとすると、柏木トモヒロは綺麗な笑顔を覗かせて私の手を優しく、強く握る。
「じゃあ、友達からよろしく」
「わ、私も、よろしく」
 そんなことをしているうちに昼休みは終了し、柏木トモヒロとの初めての会話は幕を閉じた。
 結局、今日はそれから話すことなんてなかったけど、とても大きな収穫はあった。
 男の人のことは全然分からないけど、柏木トモヒロのことは少しだけ、ほんのちょびっとかもしれないけど分かった気がする。きっと、これからもっと色んなことを知るんだと思う。異性についても、恋についても、柏木トモヒロについても。

       

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