Neetel Inside 文芸新都
表紙

東屋短譚
女喰い

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 俺はこの街が好きだ。
 獲物が勝手に増えていくから、狩りに困ることが無い。
 夜中だと言うのに人で溢れかえった駅前から、人通りの少ない街道沿い、街灯の光も届かない薄暗い公園、誰の目にもとまらない橋脚の下……。狩場は街中至る所にある。
 そろそろ腹も減ってきたし、今夜もお楽しみの時間だ。


 今日の獲物はすぐに見つかった。
 駅に続く幹線道路と住宅街からくる細い間道の交わるT字路に、街灯に薄ぼんやりと照らされた少女がぼうっと立っている。
 見た目は女子高生くらいだろうか。ちょっと背伸びをした感じの派手目な服装だ。
 近づくと、俺に気付いたようでこっちを向いた。値踏みするように絡めてくる挑戦的な視線が食欲をそそる。
「帰れないのかい?」
 少女は突然話しかけられた事に驚いていたが、しばらくすると俺の目を見ながら頷いた。
「じゃあ俺と一緒においでよ」
 手を差し伸べると、おずおずと少女の手が重なった。
 俺はそのまま人気の無い路地裏へ向かって歩いていく。
 今夜の獲物は旨そうだ。
 誰の目も届かない場所で、少女と唇を重ねた。


 気が付くともう夕方だった。
 俺は路地裏で猫に舐められ目を覚ました。
「やあ、おはようモンロー。今日も綺麗だね」
 なあっと鳴いて答える白い猫には、口の上に小さい黒ぶちがある。俺はマリリン・モンローを連想して、勝手にモンローと呼んでいた。
 俺が女を喰った後、余韻に浸ってそのまま寝ていると、ほぼ確実にモンローが現れる。
 猫は霊性が高いなんて言われているから、なにか女の名残でも嗅ぎ付けてやってくるのだろうか。
 俺に惚れていて、女を喰う事に嫉妬して文句を言いに駆け付けてくる可愛い猫娘――だったら嬉しい。……いや、これ本気で嬉しいな。
「モンロー、君が人の姿に化けたりしたら、俺はきっと君の虜だよ」
 ふーっと伸びををしたモンローがおもむろに女体化……なんてする訳もなく、たたっと軽やかに塀に飛び乗って奥へと消えて行ってしまった。
 まあ、そりゃそうだろう。でも、なんだか振られたように胸が痛む。俺、モンローに恋してるんじゃあるまいな。種族の壁を越えた恋なんて、実るはずも無いのに。いや、正確には妄想した猫娘モンローに恋してるのか? 実在しないものに恋をするなんて、不毛なことこの上ないじゃないか。……しかし、それってある意味ではこれ以上無い純愛とも言えるんじゃないのか?
 とりとめもない事を考えていると、腹の虫がぐぅと鳴った。


 俺の狩りを心良く思っていない奴等がいることは自覚している。
 面と向かって『勝手に金の生る木を喰い散らかす害虫』と罵倒してきた、糞ジジイもいた。ターゲットに手を出すなと、喧嘩をふっかけられたことも一度や二度ではなかった。
 いつしか、俺は「女喰い」という名で呼ばれるようになり、どうやら大きな組織には敵とみなされているらしい。
 だが、俺は今のスタイルを変えるつもりなど毛頭無い。
 女を縛るしがらみを、悲しみを、怒りを、恨みを、愛を、俺がみんな喰ってやる。
 女は解放され、俺は腹が膨れる。いわゆるWin-Winの関係ってやつだ。異論は受け付けない。そして男の解放も受け付けない。俺が解放してやるのは女だけだ。

 しばらく歩いていると、日も暮れた川沿いの柳が、僅かに発光して見えた。
 柳の下には着物の女が立っている。
 これは珍しく上玉じゃないだろうか。旨そうなご馳走に内心舌なめずりをした。
 少し近づくと、生暖かい風がゆっくりと吹いてきた。おまけに少し生臭い。ひゅーどろどろという効果音が勝手に頭に流れてくるようだ。遠目からでも、女の周りに禍々しい空気が渦巻いているのを感じ取れる。

 ――ドコダ ドコダ

 まだ距離があるのに、女の呻きが頭に響く。そうとう強そうな女だ。

 ――ニクイ ニクイ

 目の前までくると、女の発する怨念の余りの凄まじさに空間が歪んで見えた。
 こんな力が溢れ続けていたら、俺が気付かない訳が無い。最近居つくようになった女なのか、最近永い眠りから覚めた女なのか……
 ふと見ると、木の向こう側に花が供えられている小さな石碑のようなものがあったが、それは半分ほどを残して割れ落ちていた。どうやら眠っていた女だったようだ。

 ――コロシテヤル

 殺人か事故か自殺か、どんな最期を遂げたのかは知らないが、待ってろ、今俺がその苦しみから解放してやるからな。
 ……とりあえず、この間の少女みたいに言う事を聞いてはくれなさそうだ。人目も無さそうだし、この場で喰うとするか。
 女へ手を差し伸べようとすると、鋭い痛みが襲ってくる。女の感じている痛みの一部が、俺に伝わってきているのだ。もっと痛いんだろうな、この女の心は。
 その痛みを想うと、じわりと目頭が熱くなり、つーっと頬を熱いものが伝った。
「痛みを、苦しみを、悲しみを、俺が止めてやる。だから、俺を受け入れてくれ」
 言葉が届かなくても、想いは伝わるはずだ。頼む、心を開いてくれ。俺を受け入れてくれ。

 ――ソノ ナミダハ……

 知らないうちに、俺の頬を伝い落ちた涙が、地面に弾けて女の足元に跳ねていた。

 ――ワタしの……ために……?

 俺は微笑んで両手を広げた。
「俺が天国へ逝かせてやる。だから、俺を受け入れてくれ」
 女の周りから殺気が消え、穏やかな空気が頬の涙を撫でた。もう歪みもなくはっきりと現れた女の姿は、神々しいほどに美しかった。
 俺は女を抱きしめ、唇を重ねた。
 強く吸い込むと、女の身体が空気の抜けた風船のようにしぼみ、俺の口から吸い込まれていった。
 ふぅっと息を吐くと、白いもやとなって、女が天に昇っていく。またひとり、女を昇天させてやったのだ。


 川の方へと少しだけ歩いて、俺は橋脚の下へ寝転んだ。
 強力な念を喰った後は、眠る時間が長くなる。あんな場所でゆっくり寝てはいられない。
 女を縛っていた想念は、俺の中で消化され、やがては消えていく。そして俺はまた狩りに出かけるのだ。
 満腹になって閉じかけた俺の目に、白い猫の姿が映った。
 ああ、モンロー。今夜は早かったね。あれだけ大きな念だったから、感知しやすかったのかな。もしかして、俺を心配してきてくれたのかな。
 薄れる意識で思った。悲しき女たちが皆昇天したら、俺はどうなるのだろう?
 まあ、獲物が居ないという世界は来ないのだろうとは思うが、もしそうなったら?
 眠る。女を待って眠るしかないか。いや、モンローと遊ぶのもいいな。でも、そうなると男を喰わなきゃならないのか? 男を喰うくらいなら、食事の方法を変えた方がいい。そうして、モンローと遊ぼう。
 なぁん、というモンローの声に自然と笑みが浮かぶ。
 やっぱり、俺はこの街が好きだ。

       

表紙

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