Neetel Inside 文芸新都
表紙

文芸音楽アンソロジー
徒然エキセントリック、春よ来い/岩倉キノコ

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 ラベルを聴くときはチェリビダッケの指揮するオケでなきゃ。
 そう、僕はこんな感じの拘りでクラシック音楽を好んでいた。


 幼少のころより無類のクラシック音楽好きだった僕はおかげ大学生活を人一倍エンジョイした学生である。
 あるとき某指揮者のアルバムを発売当日に買うため3日前からCD屋さんの前にテントを張って泊り込んだ。
 アルバム発売当日はなんと大学一回生後期の必修科目テストと同じ日。テストを欠席した僕はおかげで単位を4つ落とした。
 けれどCD屋さんでは誰よりも早く一番にアルバムを手にすることができた。
 店員さんは箱から店頭へ並べるアルバムをぶんどった僕を睨んでいたけれど、僕はそんなの全く気にしなかった。
 それにCD屋さんの前に泊り込んでいた夜はお巡りさんも親切にしてくれたし、ルンペンおじさんのサクセスストーリーを聞くこともできた。
 ふり返ってみればあれこそが実に良い人生経験だったのだ。
 道行く金髪のお兄さんに、「君、どこの組?」と聞かれて適当に「キク組だよ」と答えたら、次の日の晩にはそのお兄さんが札束をくれた。
 僕はそのお金でお母さんにお土産のメリケン粉を買って帰ることにした。量り売りをやっている有名な粉屋さんを知っていたのだ。
 ところが次の日金髪お兄さんはまたやってきて、「これがブツですね」といってメリケン粉を持って行ってしまった。
 僕は金髪お兄さんに「粉です」と言っただけなのに、「前金の残り半分です」と言ってそのお兄さんはまた札束を置いて何処かへ消えてしまった。
 サクセスストーリーを聞かせてくれたルンペンおじさんはただ僕に微笑むだけ。言葉はなにもくれなかった。でも僕はその笑顔から言葉では伝わらない何かを感じて札束を胸にしまうことにした。
 その後僕がアルバムを買ったCD屋さんは店じまいしてしまって今では更地になってしまっている。
 何でも地上げにあったらしいと近くの古本屋さんは言っていた。
 けれど真相はわからない。
 ザ、ベストテン。あの番組はどうしてもうやってないんだろう。
 デカメロン伝説……。
 

 大学二回生の時、僕は家族の反対を押し切りアパートに下宿した。音楽を一人で聴いて楽しむ部屋が欲しかったのだ。動機が安易だといって親たちは散々文句をいった。親不孝な兄へ妹は塩をふって見送った。そのときの妹は縞々パンティだった。
 実はその年僕は教養科目を8単位落とすこととなる。
 大した事情ではないのだけど、ちょうどまた僕が某チェリストのアルバムを買いに行こうとした日、朝食に味噌コッペパンを食べていたら下宿へダンプカーが突っ込んできたのだ。おかげでレポート5科目分がPC大破で提出不能となり、瓦礫に埋もれた僕は案の定試験を受けるに至らなかった。
 しかし幸い無傷だったので倒壊した下宿から這い出てチェリストのアルバムを買いに行くことだけは止めなかった。
 CDを買って下宿へ戻ると大家さんから僕へ退去願いの電話がきた。
 そして僕は宿無しとなり知人の家を転々とする日々が始まった。
 ある夜は花沢君と吉野さんがセックスをする部屋で夜をあかし、またある夜は二宮君とその後輩君がセックスをする横で僕は朝を迎えた。
 そうこうするうち住んでいた下宿の大家さんから家屋倒壊の弁償請求が僕にとどけられた。どうして僕が悪いんだろう。今でもそれは不明だ。
 請求書を持ってきたのは黒服の弁護士さんだった。
 僕は仕方なかったので一回生の時に金髪のお兄さんにもらったお金で倒壊した下宿を直すお金をはらった。そして僕は無一文になった。
 そう、今はもう視れない夜のヒットスタジオ。
 うれしはずかし朝帰り……。


 三回生になった頃、僕はすっかりアルバイトで生計を立てていた。
 朝は新聞配達、夜はホスト。昼は定食屋さんで働いた。
 そんな訳で大学へはまったく行っていなかった。けれど僕がギリギリ単位を落とさず大学生をやってこれたのはセフレのマナミちゃんがノートや出席をズルしてくれたり、試験範囲やレポートの課題を教えてくれたからだった。
 だから僕は彼女に余すことなく僕のおちんちんを捧げた。
 僕はそんな生活を送りながらもやはりクラシック音楽から離れることはできずアルバムを買いあさることも止められなかった。
 もうこれは僕がクラシック音楽を聴くのが好きなのか、鳴らすのが好きなのか、はたまたクラシック音楽のアルバムを買うことが好きなのか解らないくらいと言っても過言でない。それほどまでに多くのクラシック音楽のアルバムを僕は所有していたのだ。
 CD屋さんを見つけてはクラシック音楽の品ぞろえをチェックし、置いてない名盤があれば店員さんへ喝をいれた。
 店長にガーシュウィンの良さについて5時間説教したこともある。
 また目当てのアルバム発売日となればどんな状況下にあろうと駆けつけた。
 たとえ自分の股にマクラにしている女の子が噛り付いていても僕はその子を引きずってCD屋さんへクラシックアルバムを買い求めに行った。

 そうこうするうち僕もとうとう大学四回生になった。
 キラとLの戦いに一幕が降りようとする頃、僕はあるトラブルに巻き込まれていた。
 とんでもないトラブルで、なんと僕が連帯保証人になっていた大塚君のお父さんの会社が倒産してしまった。大塚君のお父さんは自己破産してしまい、なんと僕が彼のお父さんの借金を払わないといけなくなってしまったのだ。
 22歳のぼくの肩へある日突然2億の借金がずしりとのしかかった。
 僕はもうこうなったら豪華フェリーでカードゲームに興じるしかないと考えて波止場へむかった。
 けれどそんなカードゲームができる豪華フェリーの存在を知る人は誰もおらず泣く泣く諦め家路につくのだった。
 僕は借金返済のためにアルバイトを増やした。
 お昼の定食屋さんのシフトが終わるとホモビデオ撮影に身を投じた。
 最初は緊張したけれど、案外成せばなるもので、慣れてくるとだんだん気持ちよくなって結構クセになった。そして外すことのできない仕事になってしまった。
 ギャラも良かったし。
 この仕事のおかげで僕は今まで通り借金を返済しつつ、大好きなクラシック音楽のアルバムを買い揃え、それらを堪能する趣味を捨てることなく続けられていた。
 そう、愛する趣味を捨て去ることなんてこの僕にはできないんだ。
 継続こそが未来への希望をつなぐ。
 カウントダウンTVどうか消えないで。
 たしかCHA-CHAの誰か、昔レギュラーだったよね。


 学位卒業後、僕は就職も考えた。けれど就職より今の方が稼ぎも多いので迷わず進路は修士課程へ行くことを選んだ。
 修士課程へ行きつつ金を稼ぎ借金を返済するのだ。
 僕のセフレはマナミちゃんからケイちゃん、コトコちゃんへと変わったけれど、どの女の子もみんな共通していたのはおちんちんが好きなこと。それは変わらなかった。
 つまり女はみんなエロだということだ。
 そんな女の子たちの相手を片手間にやりつつ、僕の生活のメインはやはりクラシック音楽鑑賞だった。
 アルバイトで一日の大半を費やす僕だったが、クラシック音楽を聴くときはいつも心癒された。音響を第一に考えて改造したワンルームの新しい下宿は僕にとって最高の住処だった。
 ご飯を食べるとき、寝るとき、風呂に入る時、セックスをするとき、トイレに行くとき、とにかく家にいるときはどんな時でも大音響でクラシック音楽を聴いていた。
 音が大きすぎて女の子がよがってる声がどんなだったか知らない。
 ご飯の味を覚えていない。宅配便がいつ来たかすら知らない。
 隣人の苦情さえも聞こえていなかった。
 けれど大家さんはそんな僕をあたたかく住まわせてくれた。
 何でも、そこの大家さんは以前自分の親が持っていたぼろアパートを直したのが僕そっくりな人だったからと言うのだ。
 それもそのはず、よくよく話を聞いてみると僕が前に住んでいた下宿にダンプカーが突っ込んだことがある。当時そのアパートを管理していたのが、次に僕が住んだ下宿の大家さんのお母さんにあたる人だったのだ。
 僕はそれを知った時なんだか懐かしい気持ちになった。
 あの時はいっぺんに大金が消えたけどあのお金を出しいておいてよかったと思ったのだ。
 全然関係ないけど鉄道むすめって。
 いいかも……。


 さらに時を経て修士課程を修了した僕は大学院で研究を続けていた。
 僕の研究内容はさておき、借金からはこの時すでに解放されていた。
 日々の生活費も学生の講師や家庭教師などで割と高収入を保ち安定させ、大好きなクラシック音楽の趣味にも一層磨きをかけていた。研究者と言う知性的な言葉に惹かれた某ピアニストが新たなセフレとなった。心身共に僕は満たされていた。
 そんな安穏とした日常、思いをはせたのはやはり飛び出してきた実家のことだった。
 親たちはどうしているだろう。妹のパンティは今…。
 などと考えていたとき運命の出会いは訪れた。
 ある日僕は再びあの地上げにあったというCD屋さん跡地へ足を運んだ。
 それというのも、そこには再び新しいCD屋さんがオープンしたという噂を聞いたからだ。胸が騒いだ。クラシック音楽のCDがどれだけそろっているかチェックしなくては。
 寒空の下僕はCD屋さん目指して走った。
 そして出会ったのだ。幼馴染のミホちゃんに。
 彼女は上京して現在働いているらしかった。僕らは懐かしさから意気投合し急速に二人の関係を深めていった。
 来年大学院を出たら結婚するとミホちゃんへ誓った。僕には貯金も充分あったからミホちゃんは安心してくれていた。婚約指輪を受け取った彼女は嬉しそうに笑っていた。
 僕はこのことを早く両親へ報告したくて、新年が開けるのを待たず彼女と実家へ帰ることにした。

 しかし――、

 数年ぶりの実家へ帰ろうとする日。僕は独りだった。
 ミホちゃんはいない。
 僕が確認したのは、残高ゼロの僕名義の銀行口座。
 結婚を誓ったミホちゃん、彼女の仕事はなんと結婚詐欺師だったのだ。
 僕のもとに残ったのはミホちゃんが作った僕名義の借金返済請求書の山。
 実家へ帰れなかった僕は正月、また独りきりだった。
 その後僕は卒業論文を放棄した。細々とした研究の傍ら金を稼ぐ生活が始まった。
 夜の街へ僕は再びその身を投じた。ホストサイエンティストはお客の間で意外にウケた。
 さらに借金返済のため僕はそれまで集めていたクラシック音楽のアルバムをすべて質入れした。
 いつか取り返しに来ると僕はその質屋に誓った。
 ほとんどが二束三文で買いたたかれたがそれでも数千円のお金にはなった。そこでせめてもの慰めにと思って何か音楽アルバムを一個買った。
 それがはっぴいえんどのゆでめんだった。
 あとで気が付いたが、僕はCDプレイヤーも質入れしていたのだった。
 だからどんな音なのかその後わからないままだ。
 でもいつか聴けるはずだ。

 静かになった僕の下宿は無味乾燥としていた。 
 この時はじめて僕は気づいた。
 自分が惹かれていたのは「そこに音がある」ということ。

 いつか僕にも、春よ来い……。
 僕は結局何年留年しただろう。

 

 おわり

       

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Neetsha