Neetel Inside ニートノベル
表紙

絵本の中のガンファイター
02.ストレート・クロス

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 たかだか四、五日で教えられることに限りはあれど、リオはアランから学べるだけのことは学んだ。野営の仕方、焚き火用の石垣の作り方、食べられる野草と噛まれてはいけない毒トカゲ。
 けれど銃の撃ち方だけはどうしても教えてもらえなかった。
「リオ、おまえが銃を抜くようなことはないよ」
「どうして?」
 と、リオは小首をかしげる。アランは肩をすくめて、
「私が先に撃つから」
「じゃあ、パパが撃てなかったら?」
「――おまえはただ銃を向けるだけでいい。撃つのはすべて私がやる」
 ぶう、と膨れる娘にアランは冷たい目を向けた。
「もし、私の許可なく銃で人を撃ったら、リオ、その時は絶交だ。親子の縁を切る」
「…………」
「わかったね?」
「……。わかった。リオは人を撃たないよ、パパ」
「それでいい。そんなことしたっていいことなんかひとつもないんだ。……。今日はもう寝なさい。本なら読んであげるから」
「うん」
 その夜、ブランケットに包まれながら、リオはアランの読む『はぐれ者のキッド』を聞きながら、眠りに就いた。眠りに落ちる寸前、ふいに思った。
 人を撃ってもいいことなんかひとつもない。
 じゃあ、パパにとってわたしやママは『いいこと』じゃなかったのだろうか、と――そんなくだらないことを考えながら、リオは深い眠りへと沈み込んでいった。
 ニュー・インまではまだまだ荒野が続いている。
 二人は明日、ストレート・クロスの町へ食料の買い込みと馬の休息のために立ち寄る予定である。なんの変哲もない、水場のそばにできた小さな商店街だと聞く。




 ○



 陽が沈みかけた頃、ストレート・クロスに着いた。
 最初は、荒野の地平の果てにぽつんと見えるだけだった小さな影がだんだんと大きくなって、入り口を囲うアーチが見えてくるに至ってようやくリオはそれが確かに人の住む町なのだということが実感できた。知らない町だ。旅に出て初めての町。記念すべきは今日でカレンダーに花丸をつけるべきなのも今日。リオは鞍の上でどかどかベレッタのわき腹を蹴りまくった。この期に及んでじっとしていられるやつがいたらどうかしている。あの町のあのアーチを潜れば、もうこの道程は遠出でもピクニックでもなくなる。
 旅になるのだ。
「くぅ~~~~~~~っ」
「どうしたリオ。お腹でも壊したのかい」
「どうしたもこうしたもない! パパ、町だよ!」
 アランはついっと帽子のつばの先を見やって、
「町だな」
 と言った。その味も素っ気もない言い方にリオは父親の正気を疑う。が、すぐに思い直した。アランは元賞金稼ぎで、それこそ五十の州にある三千の町の大通りを駆け抜けてきたのだろうし、いまさら町ひとつで大騒ぎするわけもないのだ。
「ねえ、パパはあの町に行ったことがある?」
「あるよ。シャロン――ママと行ったことがある。一度だけ」
「へええ。その時は誰を捕まえたの?」
 アランは帽子のつばを下げた。
「誰も捕まえはしない――通り抜けただけだ」
 父親の武勇伝の一譚を聞けると期待していたリオはがっかりした。だがまァいいか、と馬の上でシャンと背筋を伸ばす。先はまだまだ長いのだ。
 二人はアーチを潜って町入りした。
 この当時の町といえば、向かい合うようにして商店や住居が立ち並ぶストリート・タイプのものがほとんどだった。ストレート・クロスもそのひとつで、馬車が三台ほど往来できる目抜き通りの先には、リオたちが入ってきたところと同じアーチがあり、その先には旅の残りが広がっている。人通りがないのは、みんな今日の仕事を終えて家で寛いでいるからだろうとリオは思った。
 ぱかっ、ぱかっ、と馬を進ませるリオとアランのそばにひとりの男が近づいてきた。
「ようこそ、ストレート・クロスへ」
「やあ、どうも」とアランが男にぺこりと頭を下げた。その目が、でっぷり太った男の胸で輝く銀色の星に据えられている。シルバースターは連邦保安官の証だ。
「こんにちは!」
 元気よく挨拶したリオを見て、保安官がにっこり笑みを返した。
「こんにちは、お嬢さん。ご機嫌のようだね」
「うん! あのね、わたしたち――」
 アランが娘の口を塞いで、
「こらリオ、またつまらない嘘を言って保安官をからかうつもりだな? そうはいかんぞ」
「もが?」
 リオにはなんのことかわからない。リオはただ、自分たちが賞金稼ぎで悪党を探しているのだと言おうとしただけ――そこで父親の片目がぱちっとウインクしたのをリオは見逃さなかった。そうか、そういうことか――賞金稼ぎであることを明かすのはもっと『タメ』てからなのね、パパっ!
 誤解もいいところだったが、それでリオはおとなしくなったので結果的にアランにとっては助かった。アランの目は、保安官の銀バッジから、その髭面へと移っていた。少し執拗なその視線に保安官がうろんげに見返したが、すぐにその瞳に理解の色が広がった。
「アラン――おまえ不死身のアランか? クリスタル牧場の生き残りの?」
「そういうおまえはマクドナルド鉄道で列車強盗をやらかした流れ星のキッド――ええと本名は――」
「ジョージだ」
「そう、流れ星(シューティングスター)のジョージ」
「懐かしいなあ!」
 保安官は砕けそうな笑顔になって、アランを鞍から引きずりおろして肩を叩いた。
「ええ、おい、あんたが生きていたとは知らなかったぜ。どこでどうしていたんだ?」
「ちょっと娘を育てていてね」
「へええ? この子がおまえの――あまり似ていないな、いや、目元に少し面影があるな」
 えへへ、とリオは照れた。
「それで? この町にはなにをしに? 補給かね」
「ま、そうだな」
 アランは手真似でリオに、馬に水を飲ませた後、厩舎へ繋ぐように指示して、
「私のリオももう十五だ。旅行でもさせて見聞を広めさせてやろうと思ってね。もちろん親同伴で」
「はっはっは! 不死身のアランがそばにいちゃ、おちおち男も作れないな。――おっと、失礼。気を悪くしないでくれ若くて綺麗なお嬢さん、昔の名残で時々クチが悪くなる」
「いいんですのよ、オホホホホホ」とリオが不気味に笑った。なにがオホホだとアランは思いつつ、
「ところでジョージ、まさかとは思うが、この町にいきなりぶっ放してくるような悪党はいないだろうね?」
「悪党? いるとも」
「何ッ」
「俺の目の前にな」
 気の置けない者同士の馬鹿笑いがひとしきり済んだ後、保安官が言った。
「ああ、懐かしい。本当に懐かしいよ。昔の仲間はもうほとんどいなくなってしまったからな。いまは小生意気だがタフで健康な少年少女ばかりだ、いや、平和になった証だがね。しかしそれでも時々はどうしても同じ過去を背負った人間と喋りたくなる。どうだいアラン、私の詰め所でビールでも?」
「それはありがたいが――」アランはちらりと手持ち無沙汰なリオを見て、
「詰め所の牢に泊まるわけにもいかんし――」
「なら、娘さんに宿を探してきてもらう間に、私とおまえは昔話をするというのはどうかね? たかが宿を決めるだけだがそれも立派な経験だ。そうだろお嬢さん」
「そう思います!」
 リオは元気に答えた。父親の袖を引いて、
「ねえ、今夜の宿を探すついでに、町の人たちと話をしてきてもいい?」
「それはかまわないが――」
 アランの語尾はにごっている。保安官はくつくつ笑って、
「どうやら娘が親離れできないのでなく、父親が子離れできないらしいな」
 その一言が決め手となって、アランが折れた。
「昔からおまえには叶わんな、流れ星。よし、リオ。どこかのサルーンで宿主に話をつけてきてくれ。おそらく一階は酒場か雑貨屋になっているはずだから、話がついたら品物を眺めたり人と話したり、好きなことをしていなさい。飽きたら詰め所へおいで」
「うん、わかった!」
「よしよし」
 アランは娘の頭から貸していた帽子(旅の帽子はひとつしか無く、アランは娘に自分の帽子を貸していたため、日差しを浴びて額が少し赤く焼けていた)を取って自分の頭に乗せ、あまった手でぐしゃぐしゃと娘の髪をかき混ぜてやった。そうしてリオが大通りを駆け出していくと、アランは保安官と年甲斐もなくじゃれ合いながら詰め所へ入っていった。すぐに陽が落ちて、町に闇が立ち込めたが、住民たちがランプを灯してかろうじて見通しは効いた。が、その弱弱しい灯火の揺らめきのせいで、かえって町は一層濃い闇の中へと沈んでいったようにも思えた。



 ○



 リオはサルーンの扉の前に立った。
 見上げると星明りの下、壁にペンキでSALOONとだけ書かれている。二階の灯は消えていた。
 ごくと生唾を飲み込む。闇に浮かび上がる扉の向こうでは光がさんざめき、若い男女の馬鹿笑いが地面が震えるほどに響いている。
 リオにとっては、社交デビューに等しい。
 サルーンの扉に手をかけながら、頭の中はバラ色に染まっている。何度も何度もベッドの中で想像してきたのだ、予行演習はばっちりだ。大切なのは自然体でいることで、万が一にもおのぼりさんだとバレてはいけない。だから手の甲で鼻をこすったり、背中をかいたり、猫背であったりしてはいけないのだ。
 堂々と、ガンマンらしく。
 そうすればきっと友達になってくれるひとがいるだろう。少なくともひとりぐらいは? 
 リオはそう信じた。
 曇りガラスのはめられた樫の扉を開けて中に入った。リオの頭の中にあったのは、談笑する酔客たちと忙しそうにテーブルを行き来するウェイトレス。実際きっとリオが入るまではそういう光景が広がっていたのだろう。
 酔客たちは新参者を見て、ぴたりと笑うのをやめた。
 ひるむ。
 帽子を被ったまま丸テーブルの上に乗った酒瓶をグラスにも注がずに飲んでいるアウトロー風の男たちが四、五人。その彼らが顔だけは笑ったまま、しかし筋肉を動かすことなく、冷たい停止の最中からリオを見つめてくる。店の女たちも同様だ。女たちは胸元を強調した、派手な、それでいて粗末な生地のドレスに身を包んで男たちにしなを作っている。
 なんで黙るの。
 よほどそう聞きたかった。そんなに自分がこの店に入ってきたのはおかしなことなのだろうか。会員制とか? そんなわけあるかと思う。ここは英国じゃないのだ。紳士も淑女も東の果ての御伽噺で、西の荒野は力あるものの世界のはずで、そして、たぶん自分はパパが思っているよりもちょっとだけ強い。リオはこの期に及んでそう信じきっている。
 何もおかしなことなんてないはずなのだ。
 帽子かけがあることに気づきもしないまま、リオは店の中の板敷きを進んで、カウンターのスツールに腰かけた。背中に痛いほど視線を感じる。誰かがぺっと痰を吐いたのが聞こえた。それがまるで自分への声なき不平のように思えてリオは寒気を覚えた。
 バーテンは、南国出身と思しき浅黒い肌をした中年男で、グラスを磨きながらどうでもよさそうにリオを見下ろしている。
「――何を飲みますか」
 一瞬、誰に言っているのかと思った。誰も答えるものがないので、リオは顔をあげて迷子のような面を晒し、
「み、ミルク」
 とだけ言った。
 ようやく沈黙が裂けた。背後で誰かがくすくす笑い出した。その笑いは性質の悪い伝染病のようにテーブルからテーブルの間を波紋のように疾走して広がった。しまいにはちょっとした虫の大移動のようなさざめきになった。
 リオは唇をかみ締めて、屈辱に耐えていた。バーテンがやる気なく滑り渡してきたミルク入りのショットグラスを握り締める手が震える。ミルクの何が悪いのか。お酒は二十歳からじゃないのか。アウトローが法律を守ったっていいじゃないか。だいたいお酒は好きじゃないのだ。なめるとぴりっとした痺れが舌に走っていつまでも抜けないし、胃の底に落ちた雫はいつまでも臓腑の中に沈殿し続ける毒にしか感じられない。あんなものを美味そうに飲む方がどうかしているのだ。ことと次第によっては、そう、歓迎の果てに勧められれば一献二献飲んでやらないでもなかったのに。
 友達として扱ってもらえると思っていたのに。
 旅の話をお互いに交わして、あるいはこのあたりに巣食う悪党の話でもして、興と義が乗れば徒党を組んで悪いやつらをやっつけたりとか、そういう、そういうのを期待していたのに。このわたしの後ろでくすくす笑いをしているひとたちはそういうのを期待していないのだろうか。彼らが期待に沿った態度を取るだけでいつでもわたしにはそれに応える準備があるのに。誰もが夢見る綺麗な物語は彼らが手を伸ばすだけで回り始めるというのに。
 なのに。
 目の前が涙でにじむ。「そのくすくす笑いをやめてください」とよほど言おうかと思ったがそれはいくら開拓農民あがりの小娘にだってあるプライドのおかげで言わずに済んだ。
 リオはびくっと肩を震わせた。
 背後から、誰かの足音が近づいてくる。ひゅーっという悪魔のような口笛をBGMにして、リオの隣のスツールに金髪の青年が座った。
「マスター、ウィスキーをくれ」
 マスターは浅黒い顔を頷かせて、カウンターテーブルに二つ目のショットグラスを滑らせた。それを青年は手馴れた調子で取った。
「お酒は? 飲んだことない?」
「えと……」
 リオは混乱していた。この青年はどういうつもりなんだろう。助けてくれるのだろうか。わたしがおのぼりさんなんかじゃないという嘘を守ってくれるのだろうか。
 ベッドの中で何度も何度も練習してきた小粋なセリフが出てこずに、リオはこくんと子供みたいに頷いて、ミルクを飲んだ。頭の中の知的で冷静で客観的な自分が言う。不様もいいとこ。
「ふうん」
 青年は物珍しそうにリオを見下ろしていたが、おもむろにショットグラスを一息で空けてしまった。無論ストレートである。リオはぽかんとして青年の飲みっぷりに見とれた。だから、青年の喉が動かず、まだ酒を飲み干していないことに気づけなかった。
 青年がいきなりリオに顔を近づけ、その唇を奪って口に含んだ酒を流し込んだ。
「――――!!」
 リオは電撃を喰らったように飛びのいて、頭から転げ落ちた。床にしりもちをついて唇からよだれまじりの酒を垂らしながら呆然と青年を見上げた。青年はもうリオを見ていなかった。ただ仲間たちから降り注ぐ口笛と歓声に照れたように手を挙げて応えていた。

 なんだこれ。
 なんだこれ。
 なんだこれ――

 こんなはずじゃなかった。こんなの想像していたのと違う。旅人はもっと町の人に歓迎されるはずで、いつも服の裾を話を聞きたがる子供たちに引っ張られていて、気のいい大人たちに町の名物をたくさんご馳走してもらって、それで、それで、
 キスされた。
 初めてだった。
 なのに、男はこっちを見もしない。
 なんだこれ。
 リオは立ち上がった。
 顔が熱い。ひざが震えていた。それでも青年に詰め寄って、
「~~~~~っ!!!」
 言葉にならない、わがままを聞いてもらえない子供のような声が出た。青年がきょとんとして、すぐ爆発したみたいに笑い出した。仲間連中もそうだった。娼婦(リオはもうそれを認めた)たちも笑っていたし、ぎりぎりで味方かと思っていたバーテンまで含み笑いを漏らしていた。味方はいなかった。敵しかいなかった。
 泣いてしまった。
 声もあげずに、絞りだされたようにただ涙を流すリオを見て、青年は肩をすくめた。テーブルから声が飛ぶ。
「おい、ガスパー、お嬢ちゃんが泣いちゃったぞ。なめてぬぐってやれよ」
「おまえと違って排泄物に興奮したりはせん」
 ガスパーと呼ばれた青年が答えた。
「ったく、興ざめだな。ジョークのひとつも返せないで泣くとはね、いまどき五、六歳のガキでももう少しユーモアを解すると思うがな」
 リオはただ睨んでいる。
「なに睨んでんだよ? へっ、かまってやっただけで感謝しろこの田舎者。農民丸出しの格好で俺たちの町にきやがって。いったい何を期待してたんだ? 友達でもできると思ってたのか? 誰がおまえなんぞを相手になんかするものか、いますぐ売女の服に着替えて俺のイチモツをくわえこまなきゃ二度とてめえなんかと口を利く男はいないと思え!」
 まくしたてられてリオは一言も返せなかった。あまりにもひどいことを言われたので脳みそが言語を理解することを拒否していた。
 ガスパーは電源が切れたように黙り込んだリオの頭から帽子を取った。リオは息を吹き返した。
「だっ、だめ、やめて、返して! それはパパの――」
「初めてパパと寝た時にパパがイチモツにつけていたのか? そりゃすげえ」
 ガスパーは笑って、自分の帽子とアランの帽子を交換した。汚らしい旅塵まみれの茶色い帽子をリオの顔に押し付け、その拍子にリオは壁に激突してしまった。
「迷惑料としてこの帽子はもらっておいてやる。――ほお、バンドは銀製、生地も上物だ。おまえ、ひょっとしてどこかの令嬢か? いや、違うな。間違えた。それほど上等じゃない。農民にしては上等なだけだな。ふふふ、失敬!」
 それきりガスパーはリオにかまうのをやめてバーテンと猥談を始めてしまった。テーブル組も娼婦たちの乳へ手を伸ばすことの方が田舎者の小娘をからかうよりも面白いことを思い出してせっせと粗相に明け暮れた。
 リオは小汚い帽子を両手で握り締めながら、しばらく震えていたが、やがて決断した。
 帽子を捨てて、腰間のリボルヴァに右手を走らせた。
 その時、確かにガスパーはこちらを見ていなかったはずである。
 撃鉄を起こした拳銃をリオがガスパーへ向けるのよりも速く、腰をひねって振り向いたガスパーの拳銃が立て続けに火を噴いていた。左手が撃鉄をファニング(高速射撃)して六発全弾が撃ち尽くされた。
 リオの手から拳銃が消えていた。
 ガスパーの弾丸によって弾き落とされたリオの拳銃は、彼女の足元で回っていた。
 声も出なかった。
 ガスパーは紫煙を立ち昇らせる銃口へフッと息を吐きかけると、リボルヴァのシリンダを手首ひとつでスイングアウトさせて薬莢を床へ零した。からからからからと薬莢が落ちきる前にもうガンベルトから新しい弾薬を取り出して拳銃へ装填し終えていた。そうして何もなかったかのように、またバーテンと女の下半身について詩的に語り始めていた。むしろバーテンの方が青くなっていた。
 リオが拳銃を拾うと、ガスパーの横顔が言った。
「もう一度このガスパー様を撃とうとしてみろ。ぶっ殺した後にバラバラに切り刻んで畑の肥料にしてやるぜ」
 リオはびくっと震えた。顔を俯かせたまま、拳銃をベルトに戻して、逃げるようにサルーンを出て行った。
 ガスパーは猥談の最中、勝ったと内心ほくそ笑んでいたが、名もないガンマン気取りの少女の目が去り際に、奪われた父の帽子を映して燃えるように煌いていることには気づけなかった。

     






「しかしおまえもひどいな、ガス。何もあんな風に追い払わなくてもいいだろう」
 バーテンの責めるような声にガスパーは鼻で笑った。
「何を言いやがる。俺がああしなけりゃ、おまえさんがあの手この手を駆使して娼婦にしちまうだろうが」
「そりゃまあ、そうだが」
「俺はあの田舎娘を助けてやったのさ。だろ?」
「帽子を奪ったくせに。誇りを傷つけられていた顔をしていたぞ」
「誇り」
 ガスパーはやれやれと首を振り、
「そんなものひとつで命ひとつ助かるなら安いもんじゃねえか。ええ? 何もかも奪われてしかるべき時代にたかが帽子、たかが誇りで、何ができるよ」
「――そうだな。それがわかっていなかったから、この町の連中はおまえに負けちまったんだ」
 ふふんと笑ってショットグラスを煽り、
「わかってるじゃないか。そうとも。俺ァ強い。力でこの町を手に入れた! 俺になびかない女はいないし、俺に出されない酒はない。それもこれもこの腕と銃のおかげさ。誇りじゃない、物理的な速さだ」
「ああ、そうだな。いまだ負けなし、クイックドローのガスパー」
「そうとも。俺は誰よりも速いんだ」
 バーテンは、ガスパーのその口調に、どこか自分へ対して言い聞かせるようなにおいを察した。
「――クイックドローと言えば、最近、ユグド刑務所から大量に受刑者が出所したらしいな。このあたりにも、そろそろ流れてくる頃なんじゃないか」
「だから?」
「連中とぶつかったらどうするつもりだ。俺はおまえの二倍生きてるから知ってるが、連中は腕利き揃いだぞ。昔、不死身のアランという男がいて――」
「知るかそんな大昔の話。何年も豚の餌を食ってた掃き溜めのカスにこのガスパー様が負けるかよ。蜂の巣にしてやるさ」
「――連中のひとりに、アーサー・A・アインスタインが混じっていても?」
 ガスパーの笑顔が凍った。
「――アーサー? アーサーってあの時計仕掛け(クロックワークス)のアーサー? 冗談よせよ、死んだって聞いたぞ」
「字も読めないくせにどこのニューズペーパーで読んだんだい、ガスパー」
「うるせえ。あの野郎の話だけは別だ。――何せある意味、ガンマンにとってもっとも恐るべき伝説持ちだからな」
 それはこんな話である。




 アーサー・A・アインスタイン。
 元指名手配犯である。
 十七年前、ごろつき賞金稼ぎのアランに逮捕されて保安官に引き渡され、捕縛された州に死刑制度がなかったために刑務所へと投獄された。
 容疑は殺人のみ。
 風貌はどこにでもいるアウトローで荒革の上着に砂漠焼けしたジーンズを穿いて、肘と手首の間にグリップが来るようにガンベルトを巻いていた。が、その精神にはひとつの信仰が根付いており、そこらにいるゴロツキとは一線を画していたという。
 殺ししかやらない。
 盗みも放火も強姦もやらない。ただ殺す。相手より先に抜いたこともあれば、後から顔色ひとつ変えずに相手を撃ち殺したこともある。気まぐれだったらしい。それだけの射撃の腕があれば、どんな状況でも証人を立てて相手より後に抜き法律を守り抜くこともできたはずだが、アーサーはそうはしなかった。むしろそれができるにも関わらずそうしないことにユーモアのようなものを感じていた節さえある。
 アーサー・アインスタイン、二十一の時のことである。
 その頃のアーサーは少し太っていた。どうも荒野を駆けずり回ってバッファロー狩りや同類(しょうきんくび)殺しや用心棒などのガンマン家業に飽いて、ギャンブルに入れ込んでいた時期があるらしく、それがこの頃なのではないかと言われている。十代の頃はすらっとした美少年として通っていたアーサーだったが、小太りになると途端に化けの皮がはがれて狡猾そうな面構えになったという。
 ある日、酒場とカジノの合いの子のような店でアーサーが昼からテキサス・ホールデムに明け暮れていると店のスイングドアを蹴破るようにして七人の男たちが飛び込んできて、また店の中に紛れ込んでいた五人の男が同時に立ち上がりアーサーへ45口径の集中砲火を浴びせた。
 同じテーブルにいたギャンブラーたちは一人残らず即死した。
 アーサーに弾丸は当たらなかったか。いや当たった。鉛玉の一群はアーサーの脇をえぐり肩肉をフッ飛ばし、ふくらはぎを貫通し側頭部には命中さえした。
 死んでいておかしくない被弾である。
 だが、アーサーは生きていた。この男は生まれつき強靭な骨格と女神がかった幸運に恵まれていた。肉を貫いた弾丸はことごとく致命傷を避け、頭部への一撃はなんと彼の髪の生え際に深い裂傷を残しつつも弾丸自体は逸れてどこかへ飛んでいってしまった。
 ほかの賭博師たちと同じように倒れたアーサーを襲撃者たちは死んだものだと思った。襲撃の理由は定かではないが、アーサーは自己紹介するだけで人に撃たれて文句が言えない男だったから、わけもくそもあってもなくても同じだった。
 襲撃者の中でもっとも若い青年がアーサーの身体に近づき、そのわき腹を思い切り蹴り上げた。なんの反応もないことを確かめ、口笛を吹きながら一同を振り返り「頭を撃ち抜いたのは俺だぜ!」と叫んだ。後で調べてわかったことだがこの青年が振り回していたリボルヴァの口径は41ミリでアーサーのこめかみに残った弾痕とは合致しなかったし、そもそも彼はこの日が生まれて初めて発砲した日で、とうとう一発しか弾丸を撃てなかった。
 アーサーが立ち上がっていた。その目が炯々と憎悪の光に燃えていた。右腕を持ち上げかけて、痙攣のような震えが走った。アーサーの肘関節には弾丸が残っていて、うまく稼動しなくなっていたのだ。
 激痛が走っていておかしくなかった。だがアーサーはそれを無視したのか、それとも激怒のあまり恐るべき馬鹿になっていたのか、右肘に鉛を突っ込んだまま正確無比の六連射で六人を殺した。それには41ミリの青年も含まれている。全員まとめて心臓を綺麗にぶち抜かれていた。
 調子の悪い時計のように、時々がくがくと動きが鈍ったという。
 残った襲撃者たちは面喰らったものの、すでに装填を終えていた。終わったと思った私闘のセカンドラウンドにしては回復も早く、みな速やかに銃口をアーサーに向けた。
 アーサーは屈んだ。計ったように絶妙のタイミングで、襲撃者たちはアーサーの心臓があった場所、つまり空中へ掃射した。その早撃ちと、最初の襲撃で立ち込めていた紫煙、そして賭博場につきもののタバコの煙でけむった室内が災いした。襲撃者たちの銃弾は残らず店の壁を穴だらけにするだけに終わった。
 さすがのアーサーも悠長に拳銃のシリンダをスイングアウトして薬莢を取り出し、ベルトに詰まった弾薬を詰める余裕はなかった。だからしゃがんだのだ。
 アーサーは41ミリが五発残っている青年のリボルヴァを拾い上げた。その後が早かった。
 例の『時計撃ち』が披露された。肘関節の故障もあったのだろうが、それを意思か技術か、かえって腕の制動に利用さえしているのかとさえ思えるギクシャクとした軌道で腕が閃き五人の襲撃者の右目を弾丸が撃ち抜いた。
 残った襲撃者は一人。アーサーは彼をどうしたか。
 もちろん殺した。ただし弾丸は使わなかった。
 アーサーは空になったリボルヴァを最後の一人の手元に投げつけた。リロードしようとしていた男の手に銃が当たり、握っていた弾丸がばらりと落ちた。あっと驚く男の顔。あわててアーサーの方を見やった時にはもう遅い。
 小太りの身体から、しかも負傷しているとは思えない速度でアーサーは襲撃者に詰め寄り、その右目に己の左指先を突っ込んで、ねじった。
 心臓六人、右目六人。
 風穴が十二個空いて、勝負が終わった。脳漿まじりの指先を死体の服で拭うアーサーの横顔を見て、酒場の店主はアーサーの中に鋼と桐のゼンマイ仕掛けさえ見えたと後に語った。
 まだまだ逸話はあるが、もっともアーサー・アインスタインを語る時に人々が用いる話の二つのうち一つが、これである。もうひとつは無論、アーサーが逮捕された時の逸話だ。
 そのアーサーが出所したという。
 ガスパーはにやりと笑った。
「面白い。やつに賞金は?」
「もう二人殺したらしい」バーテンは応えた。「風の噂だが、賞金はかかっているだろうな、それなりに」
「それでこっちへ来てるって?」
「気が変わってなければ」
 ガスパーはばしっと拳を手のひらに打ちつけた。
「やつを殺せば俺はなんだ? 時計仕掛け殺し――壊し屋ってところか」
「好きだね、そういうの。俺にはよく分からないが」
「当たり前だ。バーテンなんかにわかってたまるか。異名がついてこそガンマンの花道は始まるってもんよ――」
「勝つ気かね」
「俺より強いやつなぞどこにもいねえ」
 ガスパーは自信満々にそう言ってのけた。バーテンは彼の機嫌を損ねず、かといって手放しに信じもしない微笑を浮かべてグラス磨きに戻った。
 そしてガスパーのセリフを待っていたかのように、銃声が響き渡った。
「――伏せろっ!!」
 ガスパーの一言で一味が床に長く這った。口々に罵声や怒声をがなり立て、飛び出していこうとしたがガスパーがそれをいさめた。
「待て、ひとりずつ出て行くな。一気に出るぞ」
 拳銃をベルトから抜きつれながらガスパーは考えた。敵は何人? わからない。が、この町は複数の人間が訪れた場合、分断するようにできているし、そもそもこんな襲っても何もない場所へ撃ちこむ理由など憎悪以外に見当たらない。
 あのティーンエイジャーだ。
 小娘がくだらない怒りに我を忘れて撃ち込んで来たのだ。
 許さない、とガスパーは思った。ガスパーにしては、さっきの洗礼はやさしくしてやった方なのだ。そのまま胸倉を掴んで二階へ引っ張りあげていき女に生まれたことを後悔させてやってもよかったのだ。それを見逃してやったというのにそのお返しが弾丸か。
 殺す。
 それしかガスパーの知る決着はない。
 ガスパーは指合図で男衆たちと酒場の外へ転がり出た。暗い。対面の床屋のガラスが闇に沈んでいる。柱へくくりつけられたランプの周りだけが描きかけの絵のように浮かび上がっている。
 隠れているならそのすぐ横の闇に思える。
「そこだっ!」
 ガスパーが銃口をランプが払いきれない闇に向けて立て続けに三連続ファニング。チビのチャーリーとにきびのカイルがそれにならい、手紙屋のミックとぎっちょのディムがランプを線対称にした反対の闇へありったけの鉛玉を撃ち込んだ。
 悲鳴があがった。しかしそれは普段から聞いている、この町の住人たちの悲鳴だった。寝ているところへ壁から弾丸を撃ち込まれてパニックになっているのだろう。そのさまを想像してガスパーは微笑む。
「やったかな」とチャーリーが言った。
「さあな。悲鳴もあげずに死ぬやつもたまにいるからな」
 ガスパーは油断なく銃を腰だめに構えながら、前進した。子分たちもそれに従う。
 床屋の店先まで一同は進んだ。にきびのカイルがくんくんと鼻をひくつかせた。彼は血のにおいをかぎ分けるのが得意なのである。
 いつもの習慣で、カイルの判断を待ったのが仇となった。
 銃声は、確かに床屋の方向から響いてきた。が、しかし、床屋の前から撃ってきたかどうかはわからない。
 ひさしの下に入りかけていたガスパーたちの背後に、猫のような俊敏さで小柄な人影が屋根の上から飛び降りてきた。リオである。
 リオは怒っていた。父が股引姿で家の中をうろつく程度で激怒する彼女だったが、これほどまでに怒ったことはかつてなかった。憎くはない、ただ思う。
 逃げるわけにはいかない。
 誇りを取り戻す。
 リオはガスパーたちの背後を音もなく取り、ベルトから引き抜いたままの拳銃を右手の中で回転させて弾丸切れのその銃身を指貫手袋越しに握った。振りかぶる。
 振りぬいた。
 グリップが唸りを上げてチャーリーの脳天へ落ちた。チャーリーが前のめりに倒れこみ、その時にようやくガスパーたちは振り返った。
 リオの手癖の悪さは天性のものと言っていい。
 ガスパーたちは、自分たちの中に、チャーリーの帽子を奪ってかぶったリオが混じっているのに気づかなかった。チビのチャーリーが地面に倒れこんでいて、チビのリオが帽子をかぶって混ざっているのだから酒で濁った意識では一瞬、対応が遅れるのも無理はなかった。リオの手が自分のガンベルトに伸び、そのバックルをはずした。ずしりと重いその革のベルトを、ひねりを加えて手紙屋のミックの鼻面に叩き込んだ。ミックがぎゃっと悲鳴を上げて顔を押さえた。ガスパーたちがミックの方へ銃を向け、ろくすっぽ確認しないまま発砲した。
 リオはミックの背中に回っていた。ミックの心臓と肺と胃に弾丸がめりこみ絶命したが、リオには傷ひとつついていない。この、数日前まで死体に触れたこともない少女はミックのなきがらを盾に突進した。ガスパーとカイルがよけ、ディムが一発発砲した。ミックの鼻が吹っ飛んだ。リオはミックを捨てて、ディムの懐へ踏み込んだ。
 もし誰に習ったわけでもなくその場で考え付いたのだというなら天才だと言うしかない。
 リオはその場でダン、と右足から踏み込むとそのまま背中をぴたりとディムの身体に押し当てた。父親が娘を抱っこしているような姿勢。リオはそのままディムの左腕(ディムはサウスポーだった)に自分のそれを絡みつかせて固定。しっかりと拳を握ってトリガーを引きっぱなしにしておき、右手でファニング。もとよりディムの残弾数まで頭の中には入っている。一発。
 その一発が柱に吊るされたランプを撃ちぬいた。
 戦場が一撃で闇に落ちた。殺し合いの最中に視界がゼロになることの恐ろしさは筆舌に尽くしがたい。カイルは悲鳴をあげ、ガスパーでさえ殺られることを覚悟した。ディムはランプを撃ちぬいた直後のリオに低空エルボーを股間に喰らいとっくのとうに気絶している。
「うわあ、うわあ」
 カイルは錯乱している。いつ撃ちぬかれるかもわからない闇の中だ、無理もない。想像は痛みさえ呼び起こす。一瞬後には小娘の撃った他愛のない弾丸がカイルの大事な大事な股間を吹っ飛ばしているかもしれないのだ。目が慣れるまでに正気などいくつあろうが軒並み消し飛んでいておかしくない。
 だからガスパーはつい声をかけてしまった。
「落ち着け、カイ――」
 返答は弾丸だった。もはやカイルは音に反応して発砲する危険物と化していた。ガスパーの判断は早かった。銃声が聞こえた位置、マズルフラッシュで一瞬明るくなって見えたカイルの顔めがけて一発撃った。どう、と肉が倒れこむ音。カイルは死んだろう。そして同時にもうひとつのものが死んでいた。
 ガスパーの残弾数である。
 撃ち尽くした。
 リボルヴァにおいて弾切れはほぼ致命傷といっていい。リロードに時間がかかりすぎるからだ。暗闇でなければ、そして味方が生きていればリロードせずにそのまま予備の銃で攻撃し続けるという手段もあるがそれはたったひとりの小娘によって封殺され尽くしていて願うべくもない。今のガスパーは丸腰だった。
 決断は早かった。
 逃げるしかない。
 脱兎のごとく駆け出した。気絶した仲間のことなど知ったことではない。どんな拷問にかけられようが縛り首にされようがガスパーには関係ない。荒野に間抜けが生きていていい道理などないのだ。ガスパーは厩舎へ急ぐ。そこで愛馬が待っている。真っ暗闇の通りを両腕を振って突っ走り、駄賃をもらったガキでもかくやという速度で厩舎へ突っ込んでいった。
 跳ね飛ばされた。
 宙を舞ったガスパーの身体が通りを横切って雑貨屋のガラスをぶち破った。そのまま静かになった。
 のそり。
 厩舎から、雑貨屋のランプの灯が届く範囲の中へと一頭の馬が歩み出てきた。リオの愛馬ベレッタである。鼻面に柔らかいものがぶつかってきて不快だったのか、いつもよりも唸っている。リオは馬上からベレッタの首を撫でてやった。
「あはは、ごめんねベレッタ。今度なんかおいしいもの食べようね、それで許してくれる?」
 ぶるるっとベレッタがいなないた。リオはけらけら笑って、
「そっかー許してくれるかー! ベレッタはやさしいなあ」
 そう言って愛馬の首筋にちゅっとキスをした。人間相手よりも気持ちの入ったキスをだ。
 それがひとつのささやかな復讐だったのかもしれない。


 ○



 一方その頃、アラン・ターナーは手中のナイフにこびりついた血を眺めながら、保安官事務所の扉から出てくるところだった。
 ことは一瞬で済んだ。
 流れ星のジョージは全盛期と寸分違わぬクイックドローを見せたが、それよりもアランの手首のスナップの方が燕と弾丸ほどの差で速かった。ナイフはジョージの胸に突き立ち、彼は保安官バッジを鮮血に染めて床に倒れ伏した。広がっていく血だまりを見下ろしながらアランはすべてを悟っていた。
 なんてことはない。この町はとっくのとうに、司法の手から離れていたのだ。ジョージは今も昔と変わらぬ悪党で、その銀バッジは本物の保安官を殺して盗んだものだ。保安官の出迎えで油断した旅人の身包みを命ごと剥いでしまうロバーズタウン(強盗横丁)にアランとリオは足を踏み入れてしまった。それだけのこと。
(それだけのことでリオは死んでしまった……)
 もはや生きてはいまい。いや、生きていたとしても死ぬよりひどい目に遭わされてしまっただろう。俺も死のう、とアランは思った。もう飽きた。愛娘のいない天地に用はない。とっととゴロツキを殺してから最後の引き金を自分のテンプルへ向けて引こう。地獄で仲間が待っている。
「――パパ、どうしたの?」
 アランはうつむきながら、
「リオが死んでしまったのが悲しいのさ」
「へええ……え、あたし?」
「そう、リオが……リオ?」
 リオは馬上から目を瞬いてアランを見下ろしていた。手を顔の前でぶんぶん振って、
「死んでない死んでない。あたし元気」
「……敵は?」
 リオはにかっと笑って、
「やっつけちゃった。あ、殺してないよ? 同士討ちはしてたけど」
 アランは走っていって、通りに転がるアウトローたちを見下ろして、信じれらないと言いたげな顔で娘を見上げた。
「おまえ、こんな無茶して。誰に似たんだ」
「パパだと思う」
 リオは言って、馬から降り、かぶっていた帽子をアランへ差し出した。
「はい、パパ。帽子。取り返したよ」
 その一言で、アランはこの惨状の原因を知った。丁寧な手つきで帽子を受け取り、被った。
「ありがとう、リオ」
「えへへ」
「だが、もうこんなことはしちゃ駄目だぞ」
「うん? ――うん、それよりパパ、あれどうしよう?」
「あれ?」
 リオが指差した先を見ると、酒場の二階から、娼婦たちがこちらを炯々とした目つきで見下ろしていた。こちらと目が合うと彼女たちはさっとカーテンを閉めてしまったが、それが彼女たちの憎悪までシャットアウトまでしてくれはしないだろう。
 アランは帽子のつばを下げた。
「逃げよう」
「やった! 一度夜中に馬を飛ばしてみたかったんだ」
「気をつけるんだぞ、小石などに躓いて転倒する危険性が――」
「わかってるってば」
 二人は馬上の人になった。そして北へと続く道にかかったアーチの前で、リオが思い出したように言った。
「ねえパパ」
「なんだい」
「あの人たち、どうしよう? 一人ぐらい連れて行こうか? 次の町で換金できるかも」
 アランはちらっと背後を振り返って、首を振った。
「やめとこう、どうせ大した額じゃない。運ばせるだけ馬が可哀想だ」
 べつにおかしなことを言ったつもりはなかったが、リオはなぜかウケに入って笑い続けた。高らかなひづめの音を残して、二人のガンマンが再起不能の町から去った。後には女たちのすすり泣く声と、生き残った男たちの罵り合い、そして誰も世話してやらない死体に噛み付き始めた野良犬たちのうなり声。
 荒野の時代だけが残された。









 チャーリー・ブラウン……120$
 ミック・ムーア……80$
 カイル・トンプソン……310$
 ディム・ラッセル……200$
 ガスパー・フィッシャー……800$

 この懸賞金は、現在もまだ、撤回されずに残っている。

       

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Neetsha