LittleBAR
00.『LittleBAR』へようこそ
「だから、あの子は違うんだって」(←彼氏さん)
「うるせぇアホ!」(←キョウコさん)
その日、キョウコさんは7年付き合った恋人と別れました。
その恋人は学生のころからお付き合いしている相手でした。
キョウコさんにとって未来のダンナ様(今となっては一方的にそう思っていただけ)でもあったため、ショックは計り知れないものでした。
会話から察するに、彼氏さんが浮気でもしていたのでしょうか?
普段は物静かで、あんまりぱっとしない地味キャラのキョウコさんですが、一度火がついてしますと容赦がありません。
案の定キョウコさんはブチ切れ、手元にあったコーヒーカップを投げつけ、代金はきっちりと払い、立ち上がろうとしてイスに脚を引っかけ転びそうになりながらも、喫茶店から飛び出しました。
ちょうど夕食時。激怒でカロリーが消費していたこともあって、キョウコさんは八剣伝に入り、ジョッキビールを片手に空腹を紛らわせます。
1人で、しかも女性が居酒屋というのはややハードルが高くも感じますが、キョウコさんは何とも思っていないようです。
余談ですが、キョウコさんは一人でカラオケやファミレスにも入ることができる、訓練された女性なのです。
念のため説明しておきますが、キョウコさんはお酒好き、というわけではありません。
お酒好きが高じてブログを開設した女性もいましたが、それは別のお話。キョウコさんはたまに気分転換で呑む程度、です。
「それってお酒好きなんじゃないの?」「たしかにそれぐらいなら普通かな?」。感じ方は人それぞれ、読者の皆さまにお任せします。
さて、本筋に戻りましょうか。
ジョッキビールを呑み干したところで、キョウコさんはすっかりお腹が膨れてしまいました。
八剣伝から出て、陽の落ちた街をぶらぶらと歩きます。
歩き慣れた道。
聞き慣れた喧騒。
タスポがなくても買えるタバコの自販機。
その自販機の横にあるベンチ。キョウコさんはそこに座りました。
「うぅ……ウウゥ……」
キョウコさんは泣き出しました。もうマスカラは諦めて、せめて化粧だけ落ちないように顔を下に向け、ポロポロと涙をこぼしました。
怒りが冷め、酔いがほどよく廻り、気分が落ち着いてようやく恋人との別れが実感となったのでしょう。
(バカバカバカバカバカバカバカバカあほあほあほあほあほあほあほあほ……)
……訂正します。怒りは少しも冷めていないようでした。
しかし持ち直しが良いのはキョウコさんの長所。ある程度落ち込んだところで涙を拭き、歩き出します。
その日、いくつかの『偶然』がありました。
(あれ、アレレレ~?)
通勤で必ず使う道。もう何百回と通った道に、見慣れない脇道がありました。
(こんな道、あったかしら?)
キョウコさんは『偶然』、その脇道を見つけました。
街灯がポツポツと灯っていて、なんだかとっても怪しい雰囲気。
(危ない場所には行っちゃダメ、それが独り身の鉄則)
さすがキョウコさん、もう独りで生きる覚悟ができています。
でも、それなのに、一歩、踏み出しました。
(なんでかなぁ……行ってみたい。なんでだろ)
普段ならさっさと踵を返していたことでしょう。なのに『偶然』にも真逆なことを考え、真逆な行動を起こしていました。
子供が秘密基地を作るような、そんな高揚を覚えながらキョウコさんは進みます。
ですが、その脇道はすぐ行き止まりになっていました。
肩をすくめ、ため息一つ。引き返そうとしたとき、キョウコさんは『偶然』、それを見つけました。
そこは小さなバーでした。お世辞にも立派とは言えない店構え。ですが、スモークガラスからモヤモヤと漏れ出る光は力強く、きっと気のせいなのでしょうが鼓動さえ感じられました。
よーく耳をすませば音楽も聞こえてきます。
先ほども言いましたが、キョウコさんはお酒好き、というわけではありません。
友人や恋人と入ったことはあっても、一人で入ったことはありません。入りたいと思ったこともありません。
なのに、キョウコさんの手はトビラに伸びていました。
それも、『偶然』……なのでしょう。
そのバーの名前は『LittleBAR』。
キョウコさんの、ちょっとしたお話の舞台です。