Neetel Inside 文芸新都
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俺とお前らの世界

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 誰も、居なくなっていた。
「あー、そういう系のパターンになった訳ね」
 少々の寂しさを覚えながら、俺は『はからずも連続してしまっていた日々』を思い出した。



 と、早速だが、俺の成分を赤裸々に公開しよう。
 カレー・ピザ・寿司・カツ丼・十三穀米&豆腐ハンバーグヘルシー弁当。
 コーラ・ウーロン茶・ソルティライチ・アクエリ&ポカリ&DAKARA。
 こいつらで、今月の俺は出来ている。
 何を隠そう、全てが出前によって済まされているのだ。
 便利だ。電話をせずともネットがあれば一言も声を出さずに出前を頼める素晴らしさ。社会との関わりなんぞこれっぽちも無い俺からすればニート生活に欠かせない神要素である。
「今日はどうするかな」
 神サイト・出前軍団をお気に入りから開く。今日の選択カテゴリは『ピザ』だな。
 俺は少し迷ってから『厚切イベリコ豚のジューシーミートピッツァ』を選択して数回クリックする。少しして、メールボックスに注文完了メールが来た。
 ピザが届くまでの間、ネトゲで狩りでもしておくか。今はイベント中でドロップ率が上がっているからこういう時にやって置かないと他プレイヤーに取り残されてしまうのだ。
 世間は俺を引きこもり・ニートと呼び、俺は高等遊民と自称する。冗談じゃない冗談が、俺として顕現していた。
 普段している事を一言で纏めると『パソコン』になり、大別すると『ゲーム』『インターネット』『株』になる。
 ネトゲ万歳。エロゲー万歳。2ch微妙(なのに見続けてしまう)。株切ない(減っていく親の遺産)。
 ……それにしても、今日は狩場がやけに空いているな。
 ちらほらと姿を見せるのは、どいつもこいつも無個性で定められたルーチンによって狩りをするだけの自動狩りプログラムだけだった。
 気になった俺は、攻略掲示板を開いた。しかし、他に良い狩場が見つかったとかそんな情報はかけらも見当たらなかった。
 というか、新着書き込み自体が殆ど無かった。
「ゲーム自体が過疎ってきてしまっていると……いうのか……」
 確かに古くなってきてしまっているゲームだけども。
 いまさら他のネトゲに移れる気もしない。このキャラには時間を注ぎ込みまくったし、それを無駄にもしたくない。
 切ない気持ちになりながら俺は狩りを続ける。狩りは無心が良い。というかひたすら同じモンスターを殺し続ける作業なんぞを続けるのに何か考えてたら気が滅入ってしまう。よって、俺はネトゲ廃人のたしなみとして無心で狩りを続けた。
 二時間ほど。
「ハッ」
 狩りに集中しすぎて、株をチェックするのを忘れていた。
 つっても、株の売買はソフトが自動でやってくれるのだが。
 常駐放置されている売買ソフトを見てみると、それなりに黒字だった。やるじゃん。俺の使っているものは、対ソフトウェアの売買に対してはそれなりに強いもので、いくつかの思考ルーチンを設定してやると、ルーチンの最適化まで行ってくれるという便利な代物だ。俺と似たような境遇の株ニートをしているネトゲ廃人から高値で売って貰ったものだ。詳しい事は面倒なので聞いていないが、そいつが株で生計を立てているという部分を信用して殆どの売買をソフトに任せている(自分でやったときには凄まじく損が出た)。
 金をソフトに全て任せるという正気の沙汰ではないと思われがちな俺の行為は、そもそもが働きたくないという正気の沙汰を放棄した思考から生まれたものなので、正気? なにそれ俺に出来るものじゃないよ? な自分からすれば割と妥当な選択になってしまう。
 ある"きっかけ"を理由に、俺は拒否するようにしたのだ。
 生活やら、日常やら、連続性やらに、自分を依存させてしまう事を。
 そうして完成した外道スライム(人間)が俺なのだった。
「つーか、ピザこねぇな!」
 四十分で届くって書いてあっただろ。二時間たってますけど?
 住所でも打ち間違えたかと、出前受付完了メールを見てみるも、そこには普段届いているのと一切変わらない正しい住所が記載されているのみだった。
 仕方ない。カレーでも頼むか。複数届いたら片方を翌日に食えばいいし。昔運動ばっかしまくってた名残か、代謝量だけは未だ人並みなお陰でそんなに太ってはいないが、それでも二食分はキツいだろうし。
 適当にカレーを選択し、数回クリック。メール受信。こっちの住所も正しい。
 というか、そもそもこの総合出前サイト・出前軍団に登録されてる住所で今まで届いていたのだから、確認するまでも無いのだが。
 狩りにも飽きてきたし、ピザ屋に電話してみるかな。
「…………………………………………でねぇ」
 忙しいのか?
 しゃーない。狩りの続きをするか。
 頭がぼーっとし始める頃、俺の腹が鳴った。
「カレーもこねぇし……」
 結局、その日に俺が頼んだ出前は何一つ届かなかったのだった。カップめんで済ませ、俺は床に付いた。



「……ふぅ」
 おめでとう怠惰な俺。というか怠惰すぎて気づくべき事に何一つ気づいてすら居ない俺。
 引きこもりニートなのだから当然といえば当然なのかもしれないが、それでいいのかと俺を除いた全人類に総ツッコミを入れられていたことだろう。比喩ではなく、リアルに。

 ともかく、そんな風に俺の『初日』は過ぎてしまったのだった。
 カレー・ピザ・寿司・カツ丼・十三穀米&豆腐ハンバーグヘルシー弁当。
 コーラ・ウーロン茶・ソルティライチ・アクエリ&ポカリ&DAKARA。
 そんな、二度と届かなくなった仲間たちに思いを馳せた俺は――寝返りを打ったのだった。
「何かもがめんどくせぇ…………すやすや」
 

     

 糞サイトと化した出前軍団のページを見ながら俺は一人ゴチる。
「神サイト・出前軍団――巨星墜つ。お疲れさまです」
 ため息をつく。
「信じられないことだが」
 千度を越える数利用し、唯の一度も配送ミスの無かった八百万の神一歩手前の出前配送集団は、今日を含めて二日間で八回の配送無視をかましてくれやがっているのだった。
 2chの出前スレを見ても書き込み一つ存在しない。
 というか、ありとあらゆるスレッドを見回してみても、人間味のある書き込みを一つも見つける事が出来なかったのだった。
 スクリプトによる書き込みだけがひたすら循環していた。
 負気力溢れた掲示板集団は、今や完全なる無気力状態。
「はぁ」
 やる気は出ないが、仕方がないのだろう。
 ――きっと、連続性が途切れてしまったのだ。
 出前によって食生活の全てを済ませよう等という俺の怠惰な生活は、今――いや、昨日で終わってしまっていたのだろう。
「家から出よう」
 俺は適当に服を着ようとして、しかし残念ながら適当な服は無かったのでとりあえずジャージを着た。
 持ち物といえば財布と携帯くらいのもので、その携帯にしたってまともな通話に使った事は殆ど無い。
 外で2chを見るくらいしか使い道が無いし、今の無気力壷を見る気が起きるとも思えないが、一応持っておく。
 結構な期間ひたすらに、この場所に引きこもり続けてきた。
 けれど、この場所には、ここより先がないと分かってしまった。
 先の無い部屋。酷く共感を覚えるし、だからこそ俺の居場所だったのだろうが、時間をかけてしまったが故に日常として成り立ってしまった。
 だからだろうか、少しだけかもしれないが、幻肢痛のような辛みが、あった。
「これだからなぁ……」
 部屋を出ないと。
 俺は、戸を手にかけた。
 そこで一度だけ振り返ろうとしたが、どうせ散々見飽きた部屋なのだから、わざわざ見る必要も無いだろうと思い直して、戸を引いて部屋を出た。
 二階建ての一軒家。
 その二階の和室が、俺の住処だった。


 廊下を歩く。
 掃除をしていないせいで、数メートルほどの板張りに少しだけ埃が積もっていた。
 そのまま階段を下りて玄関へ向かう。
 玄関には、出前を受け取る際に散々踏み潰してきた靴が一足だけあった。
 しかし。
 踏み続ける事によって動きに耐性が出来ていたのか、見た目に反して履き心地は良かったのだった。
 幸先のいいことで。さてと。
「それじゃ、家から出るとするか」
 チェーンロックを外し、鍵も開けて。
 扉を押し開いて、俺は外へ出る。
「――――っ!」
 すさまじく、眩しい!
 太陽光がヤバい。
 人工的な光しか見てこなかったせいなのか、とにかく目を開けて居られない。
 思わず目を手で覆う。
 とりあえず深呼吸でもして落ち着こう。
 このままじゃ思い切り変質者だ。
 そうして息をしていると、俺はある事に気づいた。
 空気が澄んでいるのだった。
 ずっと埃のかぶった部屋に居たからというのもあるかもしれないが、それでも体感できるほどに違う。
 空気が軽いなんておかしなことだが、とにかく軽く吸える。吐くのも抵抗が普段より少なく感じる。美味しいとすら思える。
 別に山奥に住んでいる訳でもないし、ここは普通の地方都市だし、空気が綺麗になる要素なんて無いのに。
 俺が引きこもっている間に緑化運動でも進んだのか?
 不思議に思いながらも、そろそろ光に慣れてきたので目を開いて辺りを見回す。
 とはいえ、そこらに緑が増えている様子もない。むしろ少し減って住宅が増えているようにすら思えた。
「まぁ、いいか」
 空気なんて気にしていてもどうにもならない。
 とりあえずコンビニにでも行こう。潰れてなければちょっと歩いた先にあるはずだ。


「すみませーん」
 りんごジュースと菓子パンを手に持ってレジで待つこと数分。店員が全く来ない。
「お会計お願いシヤァァッス!」
 大声も、無意味。
 他に客も居ないし、不気味なコンビニだ。
 それから数分待っても店員が来なかったので、わざわざ休憩室にまで顔を突っ込んでみるもそこにも居ない。バックレでもしたのか。
「しゃあねえなぁ」
 俺は諦めて商品を棚に戻す。
 確かこの近くにスーパーがあったはずだから、そっちに行ってみよう。
 投げやりな気分になりながらも、やる気なく向かうのだった。


 スーパーに入って一言、俺は呟いた。
「あー、そういう系のパターンになった訳ね」
「はー……」
 要するにアレだアレ。
「『人類は滅亡しました』もしくは『とうとう俺は全人類にハブられました』」
 奴らはまとめて居なくなってしまった、という事なのだろう。
 とはいえ、全人類がいきなり居なくなったなど俺の仮説に過ぎない。もうちょっと調べてみよう。
 少し探してみたら生き残り的な美少女が居てキャッキャウフフのサバイバル&セックス&バイオレンス展開が待ち受けていてもおかしくないし。
 というわけで、俺がスーパーに入って最初に向かったのは弁当コーナーだった。
「製造年月日は、ああ、やっぱり」
 製造ラベルをみながら、呟く。
 一番新しいもので、昨日の朝に作られたものだった。
 昨日の夜に出前軍団で注文をして完全スルーされたのだから、昨日の朝から夜までの間に奴らは消えてしまったのだろう。
 奴らを――人類、などと言ってしまうとなんか俺がそれに含まれていないような気がして流石に切ないので言わない。これ、鉄の誓いだ。今決めた。
 しっかし、どこに行っちまったんだろう。
 電気は未だ繋がり続けている。供給どうなってんだ? オートで出来るものなのか?
 これ、冷凍された肉以外は食えなくなるんだろうなぁ。
 未完の漫画は、もう永遠に未完なんだろうな。
「あー、あー」
 考えれば考えるほど不安になる。
 そんな中の一つ。
 奴らたちに飼われていた家畜どもはどうなるのかということ。俺の家にはペットはもう居なかったから関係ないが、奴らがまとめて居なくなったらペット連中はどうなってしまうのか。
 当面の食料はスーパーの缶詰で済ませればいいし困ることは無いから良いとして。
 思い浮かんだ疑問を確かめに行くとしよう。
 幸い、スーパーのそばにはチラホラと住宅もある。
 ペットを飼っている家なんてざらにあるだろうし、すぐ見つかるだろう――


 しかし、ペットは見つからなかった。
 動物そのものまで居なくなってしまったのだろうか。
 が、そんな疑問は空を飛んでいる野鳥達を見れば間違いだと知れてしまう。
「むぅ」
 ペットはいるのに、野生動物は居る、となると。
「ここら辺にペットショップあったかなぁ」
 記憶に無い。というかペットショップに行こうとした機会自体が無い。昔飼っていた犬にしろ、家族が勝手に買ってきたものだったし。
 そうだ、携帯で調べればいいのか。
 思い立ってすぐに俺は携帯を開く。残念ながら旧式の携帯なのでGPS地図なんて便利なものは無いので、ネットにつないで町の名前とペットショップで検索する。
 ほどなくして、数件ほど表示される。一番近い場所へ行こう。
 数分ほど歩くと、目当てのペットショップが見えてくる。
 近づいて、動物たちがいるか確認。
「ああ、やっぱり」
 居なかった。
「人が居ないと生きられない奴は全部消えたのか。」
 世話をして貰えずに朽ちる動物を見ずに済む、それだけだった。
 確かめてしまえば不思議も大して面白くなく、手持ち無沙汰になる。
 ネトゲをやろうにも2chを見ようにも、人の居なくなった世界では楽しそうとも思えない。
 金を払わずにゲームやり放題、漫画読み放題の世の中になったとはいえ、どっちにしろ今までも出来たことなのだ。
 なんとなく、今まででは出来ないことをしたいと、俺は思ったのだ。
 そして俺は、一つの思い付きを行動に移すことにしたのだった――


「つい魔が差した」
 俺は全裸だった。
 そして、女子高に居た。
 こんなこと正常な世界でしたら変質者よばわりされてしまう!
 実際変質者だとしても、誰かに言われない限り本人が許せればオールオッケーのはずだ!
 俺は全裸に素足スニーカーといったスタイルで校庭をかけまわる。
「ゼェッハァッ!」
 運動してなさすぎた。体力落ちすぎ。
 教室に行くのもいいが、まずは体育館に向かおう。一人入学式ごっこだ。
 体育館の鍵がかかっていないか心配だったが、杞憂だった。開いている最中に消失現象が起こったのだろう、そのまま扉を開けて入る。
 広々とした景色が広がっていた。
 誰も居ないので、あまり面白い場所になっていない。コレが女子バスケ部とかいたら楽しかったんだろうが。
 走るのには懲りたので、歩きながら壇上へ向かう。なんとなく立ちたくなったから。
 どうも校長ですびろーんとかやってみたくなったからとか、そんな事は無い。
 壇上に着いた。
 人がいないとはいえ流石にびろーんはアレ過ぎるし、どうしようか、ユートピアいっちゃうか? いやもっと酷いだろそれは。
 などと考えていると、突如、寒気が走ったのだった。
 ブルッと、俺は身震いをする。少し、眩暈がした。
 やばい、もしてかしてこれは。
 全裸で走り回るなんてことして汗かいた挙句、日のあたらない屋内に来て、挙句のんびり歩いて壇上に登ったりなんかしたからか。
 風邪ひいたっぽい。
 最悪すぎる。医者の居ない環境で風邪をこじらせたらどうなるかなんて明白だ。
 とにかく薬局で栄養ドリンクと風邪薬を貰って帰ろう。
 そうして俺の変態行為は終わるのだった。
 鼻をすすりながら女子高体育館を後にする。
 ここにはもう来ないだろう。
 というか、もうこんなアホな事は絶対にしない。
 ちょっと楽しかったが、虚しさは倍以上だった。

 そんな風に、俺の、連続しようがない日常が始まったのだった。

     

 枕元には、市販の総合風邪薬とモモの缶詰がダース単位で鎮座していた。
 全て近所の店から頂いてきたものである。
 自分以外に人が居ないという状況は、歴史上もっとも広い範囲での内弁慶を誕生させたのだった。
 ピピッと体温計が音を立てる。
「三十六度五分、平熱だ」
 全裸で女子高を走り回って見事に風邪を引いた俺はこの数日間寝込んでいたのだった。
 調子に乗ってダース単位でモモ缶をパクってきたのはいいものの、流石にそれだけでは飽きてきた。
 食料を調達しなければならない――


 と、いう訳でスーパーに俺は着ていた。
「こ、これは……」
 異臭が鼻に刺す。
「肉が……腐ってる……っ!」
 このまま放っておいたら、虫が湧いてしまう。
「どうするべきか」
 焦った俺は腐りはじめた肉や魚を片っ端からスーパー内の業務用冷凍庫にぶち込みはじめた。
 よくよく考えてみれば、ここと同じ光景が全国のスーパーで繰り広げられているのだろうから、ここ一軒をなんとかしたところで虫湧きまくりは止められないのだが、それに気付いたのはスーパー内の腐りそうなものをあらかた冷凍庫に詰め込んだ後であり、時すでに遅し(寿司も腐っていた)。
「疲れた……」
 何もかもを自らで済ませなければいけないのだ。
 文明にぶら下がって生き続けるのにも、限度があるはずだから。
「家、帰るのめんどくせぇなぁ」
 疲れを抱えた俺は、そんな事をつぶやきながらスーパーの床に転がったのだった。


 それから、数日が経った。
 ある事に気づいたお陰で、俺の移動範囲は格段に広がっていた。
「オイショー!」
 ガラス戸に蹴りを入れて穴を作り、そこから手を差し込んで鍵を開ける。
 これだけで、俺のマイホームが増えていくのだ。
 八軒目である。
 考えてみればわざわざ自分が元々住んでいた家に戻る必要は無かったのだ。
 家屋なんてそれこそどこにだってある。それも全てが家主を失った状態で。
「どうせ誰も居ないんだし」
 土足でマイホームに上がりこむと、さっそく俺は物色を開始した。
 何も、ただ寝る為だけに不法侵入的捜索行為を繰り返してきた訳ではない。
『世界がこうなってしまった』以上、そうなったようにして俺も過ごす事になってしまう。
 なにかしらを、したかったのだ。
 人間の遺伝子を突っ込まれて子供を孕みそうな生物を片っ端から種付けていくというのも、最悪アリなのかもしれないが今はそこまで達観できていなかった。
 せいぜい、思いつくことと言えば。
『全国行脚』くらいのものだった。
 目的は無かったが。
 そんな訳で俺は足になるモノを捜していた。
「おっ、キー発見!」
 何軒も巡り、ようやく車のキーを発見したのだ。
 これで全国行脚の足が見つかったことになる。
 おもむろに外へ出て、家の庭に隣接してある駐車場へ向かう。
 白い車があった。車に詳しくなる機会も無かったので車種もメーカーも分からないが、どことなく流線型のフォルムは俺を魅了した。
 ワクワクしながら鍵をさしてドアを開けた――までは良かった。
「どうやって動かすんだ、これ?」
 そもそも免許を持っていなかった。
「練習しないと」
 本屋にでも行けば免許取得用の教本がいくつかあるだろうし、そいつを参考にしたらいいか。
 やれそうな事はいくらでもあった。
 意味という言葉の価値が格段に落ちた世界で、俺は何かをしたかったのだ。


 残された情報を頼りに、慎重に練習を繰り返す日々が続く。
 大怪我を負って動けなくなれば、即ジエンド。医者が居ないというだけで、怪我や病気の危険度は半端なくあがってしまう。
 どれだけ慎重になっても問題ないのだ。ただ、それを言えばそもそも全国行脚などしないで老衰するのを待つのがもっとも安全なのかもしれないが。
 既に季節は真夏となり、例年のように照り付ける日差しは肌を焼いた。
 例年と違う事といえば、その日差しを受ける人間が俺しかいない、という事くらいだろう。
「シンプルシリーズ ザ 人類滅亡」
 廉価版並みにお手軽にどこかへ行ってしまったヤツら。
「せめて二人プレイくらいは出来るようにしとけよな。クソゲー乙」
 なんて冗談を飛ばせるくらいに、俺は『ソレ』に慣れてきていたのだった。
『孤独』に。

 

       

表紙

煎莉門シーガリア [website] 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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Neetsha