Neetel Inside 文芸新都
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俺とお前らの世界
お前ら

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 その日、全人類は全く同じ想いを抱いた。
『朝起きたら、皆死んでた』と。
 言葉こそ違えど、意味はこの一つに集約される。
 だが、死んでいるのにも関わらず、全人類はなぜそんな現象を認識出来たのか?
 では、とある一般的な学校に視点を移してみよう。

 規則正しく並べられた机と椅子の向かいには、教壇と大きな黒板が設置されている。女生徒しか居ない事を除けば、いわゆる普通の教室だ。
 教室内は騒がしく、そこら中で生徒が『飛び回って』いた。
「トカっち、みてみて! 空中三回転! トリプルアクセルゥ!」
「いやいや、はしゃぎすぎだって」
「だってさ、起きたらコレだよ? 足が無くて飛べるようになってるんだよ? これ絶対みんなユーレイになってるんだよ!」
「……はぁ。夢にしてはリアリティあるんだよね。お父さん普通に会社に行っちゃったし、どんだけ社畜なんだか……。これが夢じゃなかったら、これからどうなっちゃうんだろう」
「さー? でも皆いっしょだしなんとかなるでしょ!」
 憂鬱げに先を案ずる少女に対して、友人の少女はそんな事より飛べるほうが楽しいといった様子できりもみ回転を続けながら笑い飛ばす。
 教室には数十人の生徒が出席してきており、その光景は日常的なものだった。
 その全員が『物理法則に囚われない、足の無い幽体となっている事』以外は。
 しかしながら、何故か生徒達が途端に静かになり始める。
 一人、また一人と静かになり、教室中の生徒の視点は一点に集中したのだった。
 その先には『女の顔』があった。
 それも、壁を貫通する形で顔だけが生首のように出ているのだ。
「せ、先生?」
 担任の女教師のものであろう生首からは、悪戯じみた表情が滲み出ていた。
「えーみなさん、席に――着けないわね。とりあえず飛び回るのは止めて自分の席の上に漂いなさい」
 言って、女教師は自らの首をカクカクと上下させる。
 ざわめく生徒達。
 カクつく女教師。
「……先生、それ怖いですから!」
 意を決して女教師にツッコミを入れたのは、先ほどきりもみ回転をしていた少女だった。
 少女のツッコミでクラスメイト一同がどっと吹き出す。静寂は打ち消され、一転なごやかな雰囲気が戻る。
「ごめんねー。ちょっと遊んでみたくなっちゃったのよ」
 言いながら、女教師は壁をすり抜けて教壇の上へ漂った。
「えーと、皆さん。おはようございます。こんなになりながらも全員出席してるみたいね。えーと……」
「そーゆー先生も学校、来てるじゃないですかっ」
「そうね。というか、状況が状況だけにどうして良いか分からなくて、とりあえず『いつも通り』に来てしまったというのが正しいわね。この体、結構速度出るのよね」
「とりあえず皆さん、少しでも現状を把握するために各々の知っている事を話し合いませんか?」
 ホームルームならぬ、現状把握会議が始まった。
 とはいえ、各々持っている情報量に大差は無く共有出来たのは
『家族全員が同じ状態になっていた。今のところ例外は見当たらない』
『モノに触れることが出来なくなった』
『足が消え、幽霊のように空を自在に飛べるようになった(半強制的にだが)』
『幽霊化した者同士で触れ合う事は出来ない』
『最高移動速度は自転車より速く、車より遅い程度』
『影が無い』
 というものだった。
 話し合いも煮詰まってきた頃に、初老の教師が床からぬっと顔を出し
「全校集会するんで、体育館に集まっとくれ」
 と言って首を引っ込めた。別の教室にも伝えに行ったのだろう。
「今のって、校長?」
「うん……」

 ある意味、異様な光景が体育館に広がっていた。
 足の無い幽霊達が一同に、ざわめきながら集っている。
 ステージの上には校長が一人、生徒達を不安にさせない為なのか平易な表情を作って漂っていた。
「えー、本日は緊急全校集会を――」
 校長が口を開こうとした矢先、館内の人々が騒ぎ始めた。
 他の者達からワンテンポ遅れて、校長も『ソレ』を知った。
 全校生徒が幽霊になってしまっただとか、そんな事を棚上げしてしまう程に校長は驚愕していた。
(平教師から数十年勤め上げてきたが……こんな事は初めてだ……)
 騒ぎの渦中の存在といえば、モーゼの十戒のように集った女生徒達を割って歩き続けている。校長の居るステージへ向かって。
 有体に言えば『居る』のだ。そこに、居てはならない存在が。
 ――全裸の男が。
 校長は震え上がった。
(何とかしないと……しかし、どうしたら……)
 勤続数十年、校長・藤村総一郎は己が教員生命を賭けてでも、この事態を収束させねばと責任と重圧を凄まじく感じていた。
「お、お前さん……どういうつもりで、ここにいるのかね……!」
 声を振り絞るも、無反応。
 半ばパニックを起こしながら、校長はある一つの事実に気づいた。
(この不審者だけ、足がちゃんと着いている。それに影も……)
 声が届かないのも当然だった。
 生きている者に、死人の声は届かない。
 そこで、校長は『心から思ってしまった』
(なんとしてでも、この不審者を追い出さねば……)
 その瞬間。
 不審者は身震いをし。
 校長は、消えた。
 残された幽霊たちは、各々驚いたり怯えたり不審者に近づいたり等と他者多様な反応を見せたが、不審者といえば、鼻をすすってこすった程度の反応しか見せることは無かった。

 それが、元全人類と現全人類の初遭遇になったのだった。

       

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