Neetel Inside ニートノベル
表紙

敢えて二人を名付けるなら
――冬佳嬢の家庭事情

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 家から離れてる時だけは、操り人形の糸が切れてるようだった。
 右手は右手に、左手は左手に。足は足、体幹は脊椎に。
 要人の前での振る舞い口振り。修める学問と技能。着せられる衣服に装飾、果ては家具まで。外面も内面も人格も、漫画の登場人物をモデルに教育し作り上げられたのが私である。
 その理想通りに人間作りが上手く行ったのかは当人らにしか分からないが、真正面から彼らの命令調の言い付けを聞いた身としては揶揄したくもなる。アレは人を扱う手つきではない。キャラクターの設定資料を無理矢理書き換える改竄だ。
 そうして作り上げた人間が、自身の意図で動けるはずもなく。就学した先だって、そのまた先の進路だって、用意したレールの上を走るトロッコに無理矢理押し込められる如く、決まり切ってる。
 玩具を組み立てるのと同様、私は親の自尊心の充足目的に作り上げられ糸を張り巡らされた人形だった。
 今までも、そしてこれからも。

 そんな特定二人の指図と思惑そのままに生きてきた私にとって、自由闊達感情一直線に生きる西果 歩が、魅力的に映らないはずがなかった。
 経緯は分からないが高校生にして一人暮らし。誰に何を言われるでもなく、自分の自由意志が全ての行動理念になっている彼女を、羨ましく思わない理由がなかった。
 彼女の奔放ぶりを見ているのは、意外にも妬ましく恨めしく感じられないのだ。ただ自分も同じように解放されたような気分になって、野鳥が自由に空を飛べることに思いを馳せるのとどこか似ていた。
 件の初日以降、私は歩と行動を共にする、というよりは歩の行動を眺めることが多くなった。見ているこちら側にも清々しいその自由さに時折巻き込まれながらも、私は私らしさみたいなものを築き上げていったのだと思う。

 いよいよ、家が嫌になった。
 縁談の話が出てきたのも、その頃だっただろうか。
 憎たらしい父親の立ち上げた会社なのでその業績など知ったものではなかったが、不振なのか思い切った拡充なのか、他社統合の話が前々から浮き上がっていた。
 その際相手先のご子息様に捧げられる献上物が私である。公的には双方合意の交際の果て成された経営統合とさらなる事業拡大、利益向上を目指すものとして晴れやかに祝われるらしい。
 何のことはない。蓋を開けてみれば私が生まれてきた理由はとある会社の経営主の野心を実現させる外交道具となるためだったのだ。それなら幼少から受けてきた時代錯誤の教育方針も頷ける。この時世に政略結婚など。
 だが理解と納得は別物だ。そのために産んだのだからその通り生きろと言われて一つ返事で従えるものか。日頃、さも既に決まったことのように嫁ぐ話をし続ける両親から逃げるような生活をし始める。
 その中で常に目の前を転がっていた歩を見て――思いついたのだ。
 まるで反抗期の中学生にありがちな発想だが、私とすれば親の度肝を抜いてやれさえすれば何でもよかった。彼らの考えを、計画を、認識を少しでも歪め揺るがすことができるのであれば、どんな小さい可能性でも縋ってみせる。
 それは、高校生という非常に好都合で絶妙な時期だから成せる芸当だったのかもしれない。他に打ち込むこともないため暇を持て余し、だから染まりに染まりきれた点もあろう。突飛で、ハマればその爆発力は想像に易く、陶酔しそうなほど魅力的。そんな計画に期待度が増し、お陰で更に倒錯志向になる。日頃の学生生活が退屈なのも相まって、変哲はとても求心力が高い。簡潔に言うと、とんでもないことをやらかしてやりたかったのだ。
 新たに自身の内に芽生えた行動理念は、それまでの認知、判断、実行のプロセス感覚全てを排斥して優先される。
 考えるだけで、それまでには経験のない感覚が身に沁みるのが手に取るように分かった。
 自らの意思で決断し行動する楽しさと充足。己ありきの日々と世界に対面する全能感。

 この時点でもう既に、私は自由だったのかもしれない。
 十代半ばにしてようやく生まれた“初恋”は、操り人形を人間にした。

       

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Neetsha