Neetel Inside ニートノベル
表紙

俺の妹がこんなに正しいわけがない
第二話「相談」

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 野霧は俺の両腕を押さえつけたまま神妙そうな顔で、
「アンタ物凄い馬鹿だから単刀直入に言うわ。お金がないの。お父さん達の前じゃ言えなかったケド……そろそろ貯金、やばい」
「え? そうなの?」
「そうなの! っていうか……何で状況を何一つ分かってないの……? この脳なし! サル!」
「うぜーな。何なんだよ。なんで金無いんだよ。しゃーねえ、五百円くらいなら貸してやっから」
 ベッドのサイドテーブルに置いた安っぽい黒財布を片手で引き寄せようとする。
「はぁ……どんだけ馬鹿なのアンタ! しかもそのお金私経由の小遣いでしょうが!」
「!? ぐええッ!」
 力一杯絞め技をかけてきた。陸上部のくせに柔道部のような綺麗な絞め技である。意識が一気に遠のいた。
「あ、ごめ。大丈夫……?」
「がはッ! ごほごほッ! 失神するかと思ったわ!」
「仕方ないでしょ。……いいから聞きなさい。真面目な話よ。お金が無いのは私じゃないの。我が家全体なの。今は我が家の貯金が私の貯金なの!」
「な、なんで? つッ!」
 ぱーん! と通りのいい音でビンタされた。コイツマジ手加減ねえ。
「お父さんが逮捕されたせいでクビになっちゃったからに決まってんでしょうが!? あんだけ勤めたのに退職金だって一円も出なかったんだよ!? 警察は本当に最低だよ。アンタの中では済んだ出来事かも知れないけど、何にも終わってないから。アタシだってガッコの友達いなくなったし、半年間も仕事貰えなかったんだから……! せあやの手回しがあったから何とか復帰は出来たけど……雑誌載る度にネットでメチャクチャ叩かれてんだよ!? 犯罪者の娘とか、ビッチって!」
「犯罪者の娘は酷いな。別に犯罪者じゃないしな。ただビッチは見た目がビッチだからしょうがないんじゃないのか? ぐはッ! はぶッ!」
 連続ビンタである。返事を間違えたらしい。
「……えーと、せあやって凄いんだな。読モ復帰出来たって、一体何をやったんだ?」
「それは、まあね……せあやのお父さん、割と偉いから。取り仕切ってるし」
「は? 何を? そういやせあやの家って何やってんだ? 母親がPTAの会長やってるのは知ってるけど」
「……別に、何でもいいじゃん」
 せあやというのは本名を荒垣せあや(あらがきせあや)という、野霧と同じ読モの友人のことである。一行で要約すると黒髪ロングヘアのすらっとした超がつく可愛さの女の子である。
「で。えーと。親父が逮捕されると私生活に問題が出るのか?」
「当たり前でしょ!? 出ない方がおかしいっつうの!」
「いやさ、だってもう半年以上前のことだろ? 三ヶ月もしないうちに証拠不十分で出所したじゃねえか。人の噂も七十五日っていうし、みんな忘れてるよ。インターネットのやり過ぎじゃないのか? 俺は生活別に何も変わってないんだけど……」
「いや全然違うし! アンタ鈍いってレベルじゃないから! 一ヶ月以上毎日取材とか来てたでしょうが!? 最初はアンタが『よく分からない。そうなのか? 記憶にない』連発して、田中角栄ロッキードばりの答弁みたいで人前に出れて正直凄いカッコいいかもって引き篭もってた時に内心思ってたケド……実は本当に何も分かってなかったじゃない! 的外れすぎてレポーターが呆れてアンタのインタビューはほとんど流されなかったんだからね! アンタはネットでは世紀末以来最大のアホ扱いされてニート君よりも有名なAAにまでなっちゃってんだから! ほら! これアンタそっくり!」
 野霧が持参したノートパソコンを広げてカタカタとキーボードを打つと、文字で作ったらしい俺の似顔絵のようなものを見せられる。
『記憶にない。理解したら負けだと思っている』
 と書いてある。
「へー。本当に俺そっくりだな。インターネットってすごいな」
 野霧は俺の方を見て、目を丸くした後に、へなへなと肩を落とした。
「…………はあ。なんか力抜けてきた」
「野霧、お前さ……。よく分かんねえけど、頑張りすぎなんだよ。少し力抜けよ。別に馬鹿にされたって死にはしねーだろ。馬鹿にしたいやつは好きなだけさせとけばいいじゃねえか。そりゃ迷惑じゃないって言ったら嘘かもしれねえ。でも、親父がやってないって言ってただろ? だからやってないんだろ。単なる誤解だろ。お前だってそう思ってるんだろ?」
「……そ、そんなの分かってるっつーの。でも……」
 俺は野霧を見上げた姿勢で、
「それにさ、ゼナとかネコクロだって別段何も変わってないだろ? 他は知らんけど」
「……。あ、あと、せあやも奈賀子(なかこ)もそうだから!」
 ――ゼナはさっき紹介した外ハネしたショートカットの巨乳眼鏡委員長の後輩だ。
 ネコクロはmixiの『オタク嫌いなオタクッ子集まれー』というひねくれたコミュニティのオフ会をドタキャンした野霧の代わりに出席した俺が知り合った女友達で、本名を後光猫黒(ごこうねこくろ)という。野霧と共通の友人で俺の後輩だ(あとで野霧が後から一緒についてきていつの間にか意気投合したらしい)。一言で言うと長い黒髪で目元に泣きぼくろのある和風美人。背は割と低くて、言葉づかいが妙に台詞っぽい。で、手先が物凄く器用である。色々出来るんだがあんまり見せてくれない。本人曰く『過去は忘れた』らしい。
 奈賀子というのは、本名を黒須奈賀子(くろすなかこ)という。せあやと同じ野霧の読モ友達である。一言で言うとツインテールロリで口が非常に悪い。……可愛い部類には入ると思う。
 一応今言ったやつらは全員俺たち兄妹と割と仲が良いのではないかと考えている(まあ、あくまで俺の感覚でだが)。
「じゃあ友達別に減ってないだろ?」
「はぁ!? アンタと違って本編の登場人物しか友達いない訳じゃないから! そうじゃない友達も沢山いたの! っていうかそっちの方が断然多いの!」
「……ふむ。もしかして俺に友達がいないのはあれか、そういう理由なのか?」
「違う! あんたが友達いないのはオタクだから……! 大体女友達はわんさかいるでしょうが……!」
「多いか? 数人しかいないぞ」
「ぶっ飛ばしていい?」
 必死さが伝わってくる瞳と、何かを強く訴えかけてくる表情。上手く言えないが、もどかしい気持ちになる。野霧は唇から吐息を漏らし、
「とにかくさ、アンタも一人で生きていけるようにしないとダメでしょ……」
「ふむ……確かに」
 一人で生きていく。俺は野霧から一人で生きていけない、そう思われている。
 俺は野霧と違って馬鹿だ。
「で、散々考えたんだケド……これしか方法が思いつかないから」
 野霧は息を深く吸って、
「あんだよ」
「アンタ、私の友達と付き合ってよ……」
 野霧の告白だった。

     

 ――学校のゲー研部室に来た。俺はこれから大切なミッションをこなさなくてはならないんだスネーク。男共の脂肪とパソコンで狭苦しい部室の辺りを見回すと、
「よう、ネコクロ、ゼナ。その他大勢のモブ」
「……ぼそっ」
「どもー、髙釈迦せんぱい。……ほら後光さん、ちゃんと返事。それじゃ聞こえないですよ?」
 ゼナが言った後光とはネコクロの名字のことだ。他の奴はともかく、ネコクロからも無視されたのかなと一瞬思ったが、ネコクロの声が単に小さかったらしい。ネコクロはキーボードを動かしていた手をピタリと止めて顔をこちらに向けた。
「久しぶりね」
 とぽつりと言った。今度は聞こえた。
「ああ。まあ、一昨日会ったような気がするが」
 ……ちなみにその他大勢からはいつも通りシカトである。あれ以来いつもこんな感じだからまあいいけど。
 部室の入り口から中に歩を進めると、ゼナの方もパソコンから手を離して寄ってきた。いつも通りテンション高い感じで、
「ちょっと聞いて下さいよ! 後光さんったら、昨日のクッキー出来が悪いからって全部家に持ち帰っちゃったんですよ!? 一緒に持って行こうって言ったのに!」
「だ、黙りなさい」
 それは残念だ。ネコクロは料理が上手だから。
「へー。そうなのか。食べたかったな」
「……そう」
 ネコクロはふいとそっぽを向いた。嫌われたのか? それでもいい。
「あのさ、ネコクロ。ちょっといいか?」
 ネコクロは身をサッと遠ざけるようにして、警戒心を露わにする。
「何? 変なところに連れ込もうというの? この鬼畜」
「いや、違うって。つーかお前、公衆の面前で鬼畜とか言うなよ……」



 ゲー研の外、廊下。
 俺はネコクロの陶器のようななめらかな顔を見た。大抵の場合無表情だ。冷淡とか、冷たいとか言う奴も少しいる。でもそういうのとは、俺は少し違うと思うんだ。
 俺達が二人きりの時はほんの少し小動物のような警戒を解いてくれる……気がする。
 上目づかいで「それで何?」と言いたげなネコクロを見て、話を進めることにした。
「高校生が一番稼げるバイトって何かな?」
「……」
 ネコクロは押し黙って薄い桜色の唇にそって人差し指を当てた。
「おい」
 口を開くと、
「……何故?」
 近付いてつま先立ちをして、俺の目を真っ直ぐ見据えた。その黒い瞳は、「嘘は許さない」ということを物語っているようだった。
「え? ええと、ネコクロなら詳しそうだと思って」
「そうじゃなくて。何故貴方がそのような事を知りたがるの? 貴方にそんな事を考えるような頭はないでしょう? 愚鈍なのだから」
 今度は愚鈍と来たよ。しかしグドンってなんか怪獣の名前みたいですよね?
「えっと……」
「お金が欲しいんでしょう?」
「……ああ」
「はっきり答えて頂戴。大体想像はついているわ。でも、貴方の口からきちんと聞かせて。……大切な事を話せないほど、私は信用に値しないというの?」
「信用してないとか、そういうことじゃねえよ」
「違う。話してくれないのなら、同じ事よ。本気なら、行動で示して」
 かつては『漆黒』と呼ばれたこともあるらしいその瞳に、吸い込まれそうになる。
 他者を拒絶するその姿勢。何もかも拒絶している筈なのに、他人を構おうとする。
 自らの力を顧みずに救おうとする。誰に対しても媚びず、挫折を怖れない。
 ――どうして俺なんかを受け容れたのか、それは今でも分からない。
「……分かった」
 俺は訥々と語り始めた。

**

 ――そう、それは昨日の真夜中のことだ。
 俺の部屋に妹が乗り込んできて、人が気持ちよく寝ていたところに飛びかかってきて、とんでもないことを言った。
「アンタ、私の友達と付き合ってよ……」
「はぁ!? 何でだよ」
「アンタ物凄い馬鹿だから、働いたところでたかが知れてる。地方の中小企業で課長……にも絶対なれない。というか平社員も無理。それはアタシが保証する」
「そんなもん保証すんじゃねえよ! まだ大学すら行ってないというのに!」
「行っても行かなくても分かるから。……だから、付き合った人に普通の人の倍稼いで貰いなさい」
「何故そうなる」
「アタシだって読モでいつまで稼げるか分かんないし、ガッコ出たところで外資入るほどの頭はないし……。家族なんて、養えないよ……。ケータイ小説で貰ったお金だって今はもうほとんどないの。あの女の言う通り、悔しいけど確かにお父さんの再就職は厳しいと思う……。お母さんはパートするのが精一杯だし」
「そうなのか?」
「そうなの! だからアンタが早い段階で主夫になるしかないんだよ。認めたくないけど、アンタには、なんつーか……女たらしの才能だけはあると思うし」
「あのなあ、俺がいつ女たらしになったよ!? そんなことしてないだろ?」
「黙れクズ。いい? ハーレム展開はダメ。ルート決めて、誰か一人に的を絞って攻略するの。全員がハッピーエンドなんて現実にはありえないんだから」
 強く言い切る。
「何言ってるんだお前……」
「いいから! アタシは未来を見てる。……狂介も自分が馬鹿だってちゃんと認めて。アタシの言うことを聞いて?」
 起き上がろうとする俺の両手をしっかと掴まれて、野霧が瞳に涙を溜める。
「……」
「会話がなくなっちゃった家庭なんて絶対にヤダ。アンタが誰かと付き合うのもしゃくに障るけど、一家離散なんてもっとヤダ。絶対にヤダ……!」
「……あのさ、そんなに俺は馬鹿なのか? ちょっと篭もって勉強したら千葉大受かるくらいの頭はあると思ってたんだが……」
「ちょっと篭もってっていうか、アンタいつも篭もってるじゃん。努力しない人に限って『やったらできる』とか、『才能はあるんだが行動が伴わない』とか言うよね。大丈夫アンタはどうしようもなく馬鹿だよ。凡夫の一言。いいとこ典型的なハーレムエロゲの主人公って感じ。なんていうか現実にいたら人間として愚か」
 人間として愚かと来たよ。
「エロゲか……。まあ、俺がエロゲ会社に就職出来たりしたらいいんだが……」
「何の才能もないくせに出来る訳ないでしょエロゲなめんなバーカ! 大体給料安いよ」
「いや、別になめてねーよ。エロゲって割と女の人が作ってるんだろ? 『らくえん』っていうエロゲで知ったよ」
「ほとんど男だよ! しかもゲームの中でも倒産してんだろ! ゲーム真に受けんな! どんだけもの知らずなの!? 狂介、頼むからアンタもう喋らないで……。喋れば喋るほど馬鹿に見えるから……」
「すまん、で、一体どういう状況なんだ?」
「あーもう。どんだけ馬鹿なの……。えーと……。そう、『家族計画』の後半。大体そんな感じの状況。分かる?」
「よし分かった!」
 ――『家族計画』とはD.Oから発売されたエロゲーである。シナリオライターは田中ロミオ先生。原画は福永ユミ先生だ。これをやらずにエロゲーマーであると宣言する輩には俺は鉄槌を下すことにしているよ。
 という事で野霧のかなり的確な説明によって俺には大体状況が分かった(と思うことにした)。
「大変じゃないか……だから三ヶ月パンの耳だったのか……俺はてっきりパンの耳を極めようとしてるんだとばかり……」
「好き好んでそんなもの極める家族なんて居ないっしょ。ってかさ、そのくらい普通の人は気づくよ? ……まあ、そういう部分で、少しだけ助かったってところもあるけどさ……」
「何だ? まああれだ、色んな事にすぐ気付くなら俺はこんな風じゃないと思うぜ? 状況は分かった。俺に何か出来ることはないか?」
「だから私の友達と付き合えって言ってんでしょ! 同じ会話繰り返させるんじゃない!」
「何故? ……ぐはッ!」
 蹴り飛ばされる。
「上の文章バックログで全部読み返せ!」

     

 ひと呼吸置いて、俺も少し考える余裕が出来る。野霧もいい加減どいてくれて、ベッドで二人で背中を合わせている。こうしていると仲の良い兄妹みたいで、なんか不思議だ。
「……しかし俺に、女たらしの才能なんてあるのか?」
 背中越しに野霧が少し動く。
「アンタより百倍頑張っているアタシが言う。本当に才能っていうものが仮にあるとしたら、それは『他人がほっとけないもの』だと思うよ。他人は能力がない人間には冷たいからね……。だから、異性から何となく好かれるのも……多分才能の一つなんじゃないかな。アンタが他の人より優れているのはそれだけだよ」
「俺って好かれてるのか?」
「……うん。つーか今更言いたくないけど、なんで気付かないの? 鈍いとか、そういう次元じゃないよね。アンタ、どっかおかしいんじゃないの? ……で、アンタを好きなのは六人いる」
「え!? そんなにいるのか?」
「……そうだよ。せあや、奈賀子、ネコクロ、ゼナ、あとあの女」
 えーと、ネコクロ、ゼナ、せあや、奈賀子、あとあの女か。
「『あの女』ってどの女だ? あと、そいつ含めても六人じゃなくて五人じゃね?」
「う、うっさい。そんなところだけ突っ込むんじゃない」
「で、俺はどうすればいいんだ?」
「少しは考えろっつうの。一番お金を持ってそうな、あるいは稼げそうな子のところに行って仲良くなるの。付き合ってそのまま結婚しなさい。ヒモでもいいから」
「身も蓋もないな」
「ア、アタシだって別にこんなこと言いたくないよ! だって、しょうがないじゃん。お金稼げない人と結婚したって生活楽にならないでしょ。アンタは知らないだろうけど、お金を稼ぐって凄く大変なんだよ!?」
「そうなのか?」
「はあ。そうだよ……ホントどうしようもない馬鹿だよね……アンタに出来る事っていったら土下座くらいのもんじゃん」
「人徳か?」
「ハイハイすごいねー。まあ土下座はタダだからね。するやつは大体クズだよ」
 一応弁解しておくと、俺はエロゲーが趣味であって土下座は趣味ではない。野霧からはそう誤解されているようだが。
「おい」
「アタシの見立てだと、今んとこ、せあやが一番有望かな……」
「お嬢様だからな。家もでかいし」
「何でアンタせあやの家知ってるの? あとでぶっ飛ばすから。……でも、せあやは働くって言う感じじゃないんだよね。新婚さんいらっしゃーいって言う感じだから……ミスコンとかも簡単に優勝しそうだし、凄いとは思うんだけどね……あとちょっと、メンタル的に許容範囲が狭いところあるしね……『今日はちゃんと家にいましたか? まあ当然ですよね。鎖がついてるんですから……ふふ……何? ご飯? ああ、私少し疲れちゃいました。足を舐めたら作ってあげても良いですよ?』とか言いそうだしなあ……」
 何となく今のは分かった。俺にしては理解が早い方である。
「つまりあれだ。美人だけど頭おかしいって事だろ?」
「そういう訳じゃない! 凄く可愛くて才色兼備だけど少しだけ人より変わってて尖ってる部分があるって事!」
 それって同じじゃないのか?
「ネコクロは? 美人だとは思うが……」
「顔で選ぶんじゃない! アタシの友達は全員美人だっつーの! で、美人だから何なの? あんたネコクロを容姿で売る職業に就かせるつもり? あのコミュ障女じゃ対人関係難しいだろうし、思いあまって変なとこいっちゃうかもしれないでしょ。真面目に考えろ!」
「えーと、刺繍とか料理とかゲームとか小説とか漫画とか得意みたいだが」
 野霧はこっちに思い切り聞こえるだろう、わざとらしいため息をついた。
「アンタ何も分かってない。『何でも出来る』が社会では一番ダメなんだよ……。何でも出来るって言うやつは大抵中途半端で使い物にならないの。普通は人より多く稼ぐためには何かに特化してないと。そういう意味ではネコクロは器用貧乏を地でいってるからなあ……。趣味としては凄いとは思うよ? けど……やっぱお金稼ぐのには向いてないと思う。家も何となく余裕なさそうだし……。結局社会でやっていけなくて内職して『ごめんなさい……今月これしか稼げなくて……』とか言いそう。ダメ。不幸な未来しか見えない。巻き込めないよ」
 野霧は限りなく真剣な表情で言う。友達を褒めたいのか貶したいのかはっきりしないやつである。
「じゃあゼナは?」
「ゼナちーかあ。うーん。将来の夢がゲームプログラマだっけ? かなり頭は切れると思うんだけどなあ。意固地なところがあるって言うか……付き合ったところでそこは絶対曲げないよね。凄いとは思うけど、あんまり稼げなそう……あと、ゲーム作りとかチョー忙しそうだよね。『すいません来月まで帰れません! お金だけここにおいときますから!』とか言われそう。あんまり大切にされないのはなあ……」
 野霧の想像の中の未来ですら基本的に俺はあまりいい目には合わないらしい。
「奈賀子。……って、そもそも俺のこと好きなの?」
「うん。パラメータ的には攻略可能だよ。一定量満たせば向こうから来る感じかな」
「おい……お前エロゲのやり過ぎじゃないのか? いくら何でも適当すぎるだろ」
「現実は大体そんなもんだよ。んー、奈賀子かあ……あの子将来何するんだろう」
「アイドルだっけ?」
「うん。本気で目指してる時点で凄いとは思うよ。あの子だったらなれるかもしれない。けど、なれなかった時は何やるのかな。要領はいいし努力家だけど、凄く単純だからなあ。手堅い職には就きそうにないよね。あとアンタがあんまり『おらおら奈賀子サマが帰ってきたゾー! ストレス解消だゼー! 肩揉めー! 着替えさせろー!』とかいって召使い扱いされるのもなんだかムカつくって言うか……寝覚めが悪いし……そもそもあの子家で服着てる感じしないし」
 野霧の読モ仲間の中では俺はあまり人間扱いされない設定らしい。
「別に家で服着てるとか着てないとかどっちでもいいだろ。外で着てなかったら問題だが」
「ツッコミし辛いからそれ」
「……んじゃ『あの女』は?」
 良く分からないが聞いてみると、烈火のごとき反応が返ってきた。
「ある訳ないでしょうが!? それがイヤだから今こうしてるんだよ! そのくらいわかれ!」
「す、すまん……。じゃあ六人目は? それも『凄いとは思う、けど』ってやつなのか?」
 野霧は一瞬驚いたような顔をして、そのあと困ったような顔をした。俺は何を喋ればいいのか分からないので、野霧をじっと見上げる。野霧は眉根を寄せたまま、しかし淡々と続けた。
「六人目とは、結婚出来ないよ。そういうのイヤでしょ」
「じゃあ全員ダメなのか」
「アタシ、もう少し考える」
 野霧はベッドの上から降りて、ドアを開けて出ていこうとする。
 俺は何となく、思わず呼び止めた。
「野霧!」
 野霧は力なく振り向いた。
「……何?」
「俺は馬鹿なんだ」
「知ってるよ、そんなこと」
「だから確認したいんだけど。俺たちがやろうとしていることは、『善いこと』なのか?」
「そんなの……どっちだっていいじゃん。少し考えりゃ分かるでしょ」
「良くない。分からねーからこそ聞いてるんだ。お前からしたら、どうなんだ?」
「アンタ良くそれで高校受かったね……アタシに言わせれば、善悪以前の問題だよ。アンタ食べものなかったらどうするの?」
「死ぬ」
「そうでしょ。そういう事だよ。やりたいからやる訳じゃない。それしか方法がないと思うから、死にたくないからやるんだよ」
「……」
「勿論犯罪はダメだけ思うけど……。この方法なら誰も傷つかない。アンタも善悪とかくだらない事言わないで。そういうのはお金があるから、食べられるからグダグダ話す余裕があるんだよ。アンタがふつーに食べるために働けたら、こんな話そもそもしてない。アタシたち家族にそんな余裕ないっつーの」
「そうか」
「……もう確認しないでね。ウザいから」
「分かった」

**

       

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Neetsha