Neetel Inside 文芸新都
表紙

お題短篇企画
いらっしゃいませ/近松九九

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 はじめまして宵月ともうします。犬です。ふわふわの毛とで愛くるしい瞳が自慢のわんこです。
 突然ですが先日、エイリアンに会いました。自分でエイリアンだと言っていたので間違いありません。姿かたちはこの星の人間に酷似しており、頭部に目鼻口耳、胴体、二本の手、二本の足をもちあわせていましたが、ひとつだけ異なる点があり、彼(彼女?)の背中にはコウモリのそれに酷似した一対の翼があったのでした。
「あなたはこの星の住人ですか?」
 エイリアンは私のことを興味深そうに観察してきました。私はイエスの意を込めて「わん」と鳴きました。
「『わん』? それはこの惑星の言語ですか? ふぅむ、自動翻訳装置が反応しないところをみると、あまり高等な言語ではないということか。なるほどなるほど……」
 エイリアンは私を鼻頭から尻尾の先までじっくりと眺め、そして薄く笑みを浮かべました。
「少しだけ待っていてくれたまえ。今、船から良いものをとってくるから」
 そう言い残して小一時間。帰ってきたエイリアンの右手には、こぶしより一回りほど小さい、長方形の黒い機械が握られていました。私は暇つぶしで掘った穴の中からエイリアンを見上げ、首をかしげました。遠くの空に知り合いのカラスの姿を見つけました。
「さぁ、これを首につけさせておくれ」
「わん」
 イエスと答えます。エイリアンはやや乱暴に私を引き寄せると、首元にあの黒い機械をあてがい、何やらスイッチのようなものを押しました。かしゃり。小気味の良い音とともに黒い機械が私の首に巻きつきました。
「わん」
 ちょっときついのですが。私は少し苛立ちを覚え訴えます。
「なになに……『スコシ、クビ、ツライ』か……では設定を緩めるか……」
 エイリアンが何やら手元の端末を操作すると、黒い機械の巻付きが少しだけ緩まりました。満足です。私はお礼とともに伝えました。
「なになに……『カンシャ、サイコー』か……良かった良かった」
 エイリアンは嬉しそうにバサバサと翼を動かすと、頼んでもないのに朗々とこの黒い機械の説明を始めました。
「これはねウラグニルァブと言ってね。なんと! 鳴き声、行動、感情、その他様々な要素から、その生物が一体何を思い、何を言いたいのかをこの端末に言語化できる機会なのさ!」
 へぇ、と私は正直興味がなかったので聞き流しました。足元を可愛らしい灰色のねずみが通り過ぎました。はじめまして。
「なになに……『タイクツ』か……そんなこと言うなよ、君。これのおかげでこうして会話できてるわけじゃないか。おっとそういえば、こちらの言語を君に伝えないといけなかった。いやぁごめんごめん、どうもワタシは忘れっぽくてね」
 恐らく照れ隠しのようなものなのでしょう。エイリアンは背中の翼を左右別々に、上下に揺らしながらキュィキュィと哄笑しました。少し気持ち悪いなと思いました。私は自分のふさふさのしっぽをじぃっと見つめ、気を紛らわすことにしました。
「これをご覧、この星の住人よ。この機械はウレアトゥットゥと言って、専用の錠剤を飲み込むことで、相手の脳へ直接こちらの言葉を伝えることができるんだ。もちろん、相手に理解できるようにね。どうだい、すごいだろう?」
 と、向こうからしたらその長台詞は私に伝わっていないはずなのに、構わずに朗々と解説を続けます。やれ消費エネルギーがどうだ。やれ即効性がどうだ。
 このエイリアン、どうやら相当おしゃべりなようです。いやそもそもそういう種族なのでしょうか。
 宇宙にはいろんなヒトがいるのだなぁ。私はしみじみ思いながらも、与えられたウレアトット(?)の錠剤を口に入れてから、「ぶわふぅ」と小さくくしゃみのように息を吐き出します。さすがにこんな洗脳薬じみたものを飲み込む気にはなれません。
 あ、いけない! 吐き出した錠剤が、うっかりお腹の毛にひっついてしましました。しかも同時に、エイリアンが大演説をやめ、こちらに目を向けました。
「君!」
「わん……」
 ああ、バレてしまいました。私はしっぽを丸めうなだれてみせます。けれども、
「あれはなんだい!」
 エイリアンは私のはるか後方の飛行物体を指差しました。
 流線型の胴。左右に付く大きな翼。長く作られる白い雲。あれは……と私は説明しようとしましたが、そんなこと、言葉の通じないこの状況では何の意味もないことだと思い、小さく嘆息しました。
「――わぅ」
「なになに……『ジャル。おなかへった』か……なるほどね。あの飛行物体はジャルというのか。でもおなかへったとはどういうことだい? もしかして、ジャルとは食料を集める装置のことなのかね。ふぅむ。君らには翼がないからなぁ。飛行するものを捉えて喰らうことは難しそうだ。――我々は食料なんて一つから無限に増やせるっていうのに、不便だねぇ」
「――わん!」
 またまた話が長くなりそうだったので、私はたまらず吠えました。
「なになに……『アチラ。ミロ』か……わかったわかった。みるよ。えぇと……なんだいあれは? 長く伸びる縞模様。その上を走る、いくつも連なった直方体。中に何かいるな……。ああ、わかったぞ! あれは食物輸送のコンテナだな! 中で動いているあの奇妙な生物は、君たちの主な食料か!」
「わ、わぅん……」
「なになに……『いどうしゅだん』か……そうかそうなのか。やっぱりだ。食料の移動手段なんだね。いやぁ……君らも大変だねぇ。私たちは最近、分子転送装置を開発して、それを使うことによって食料を輸送しているのだけど、この星にはそういったものはないのかい? うん、ないのだろうね。いやいやそんな顔をしないでおくれよ。君たちが悪いのではないよ。私たちが少々進みすぎたんだ。今ではやることがなくなって、こうして他の惑星を探査しているくらいだから。必要性なんて本当は殆どないんだ。娯楽だよ、娯楽」
 そうなのですか。お疲れ様です。ところで私は先程も伝えたとおりお腹が減りました。あちらへ行きましょう。
「なになに……『はらぺこ。むこう』か……。そうだ! 君、ここで一番美味しい食べ物を紹介しておくれよ」
 ここで一番ですか。そうですね。ではハンバーガーでも食べましょうか。私はあれが大好物です。
「なになに……『にく。はさむ。うまい。すき』か……よくわからないが、それを食べよう」
 エイリアンが嬉しそうに翼をはためかせ、やはりキュィキュィと鳴きます。本当にこればかりはやめてほしいものです。他は全て容認しますから……。
「さぁ、しゅっぱーつ!」
 意気揚々のエイリアンと、私と。
 こうして、不本意ながら、一匹と一人での地球ツアーが始まったのでした……。
 

「ここまでがエイリアンと私が観光旅行をすることになった話の始まり部分ですが……なにか質問はありますか?」
 太陽系第四惑星の『ユーモアパーク』にて、お気に入りのモジュールである『着せ替えマイセルフ~ふわふわわんこ~Ver.34[ポメラニアン]』に全身をメタモルフォーゼさせたまま、私は先日出会ったエイリアンとのいきさつを語っていました。もう何回目でしょうか。正直、それほど語り上手ではない私ですが、さすがに慣れてきたのか、こうして質問の機会を作りながらのんびりと面白く話を進めることができるようになりました。
「あの……そのエイリアンはどこら辺からやってきたと言ってたんですか?」
「詳しいことは聞けませんでしたが、ニジュウィツ銀河オノメシン太陽系の木星型第二惑星出身じゃないかと思います? エイリアン自身が言っていた宇宙船に乗っていた時間、宇宙船の目算性能、また、古い資料を調べてみたところ、その惑星には背中に翼を持つ四足歩行の高等生物が存在していた、という記述が確認できました」
「一億年くらい前の資料かな?」
「いいえ、六千年ほどです」
「進化の速度がおかしいですね」
「おそらく、無免許航海者が必要以上に文明を与えてしまったのでしょう。嘆かわしいことです」
 と、私は自らの根拠のない推測を述べ、一息つきました。空を見上げると鳥系モジュールにメタモルフォーゼした友人たちがニヤニヤ(たぶん)とこちらを見ています。私は「わんっ」と一吠えしてから、私を囲む聴衆たちをゆっくりと眺めました。
 犬、猫、うさぎ、魚、ィロムォク、アム、と見慣れた生物から、名前のわからない動物まで。最近は本当にモジュールが増えました。物質を分子レベルに分解し、再構築する技術。光年レベルの超長距離輸送・移動に用いられていた技術ですが、我が故郷たる太陽系第三惑星地球のとある玩具メーカーがその技術を応用昇華させ、身体を再構築する際にプラグプラント系特殊電流を流すことで構造情報の改変を行い全く別の生物の身体にメタモルフォーゼできるようになる、この『着せ替えマイセルフ』を開発したのでした。さすが地球。ありがとうS○NY!
「あれ宵月さん、端末が光ってますよ?」
 聴衆の一人がベンチの上においていた私の端末をもってきてくれました。お礼を言って受け取ります。
「はい、宵月です。あらお母さん。はい……そうですか……わかりました……すぐに戻ります」
 ぷち、と母親からのコールを切り、私は少し申し訳なさそうな顔を作って「かえらなければ」と皆さんに伝えました。
「ええ!? そんなぁ、宵月さん! せめてお話の最後を聞かせてくださいよ!!」
 よくわからない生物にメタモルフォーゼした(もしかしたらしていないかもしれません)聴衆の一人が懇願します。
 私はしかたありませんねぇと薄く笑ってから、
「なんてことはありません。私は丁寧に観光案内をしましたよ。なんたって、あそこは……我が地球の誇る観光地『二千年代東京映画村』ですから。それに幸いにも、観光パンフレットも持っていましたからね!」
 どっと場が湧きます。みなげらげらと腹を抱えて笑っています。
 ええ、私も正直、あのときは笑いをこらえるのが大変でしたよ。
 今やどこに行っても見られない、遥か昔の町並み。高いビルディングが立ち並び、大気を汚す交通手段が流行り、水は汚く、寒かったり暑かったりする、あの大開発時代。それを完全に再現した、地球で最も人気の観光地『二千年代東京映画村』を、何を思ったのかこの惑星そのもの、この惑星の文明そのものだと思い込んだあのエイリアン。やれ自分の惑星はここが勝ってる、この惑星はここがダメだ、こうするといい、こうしたら成功した……。
「おのぼりさんって言うんですかね、ああいうの」
 私は遥か昔に使われていたらしい言葉をぎこちなく口にしてから、端末を操作し、自分の身体を分子レベルに分解したのでした。






 最後に……。

 広がる緑!
 おいしい空気!
 やっぱり我が家は素晴らしい!
 文明生活最高です!





 


       

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