―ズーン
微かに音が聞こえ、神殿に小さく振動が響いた。
「地震かな‥‥?」 天井を見上げ、僕は呟く。しかし、そこまで大きな揺れではない。直ぐにおさまった。
ウェンディは真剣な表情で耳を澄ませる。
――ウンディーネ。聖域が攻撃を受けています。
すると、神殿内に水竜の声が響いた。
「攻撃‥‥? 一体誰から」
ウェンディは急いで神殿の外へ出る。僕は慌てて彼女を追う。
湖面を見上げると、水上に巨大な水竜の姿が見える。
―ズーン
爆発音に続いて爆炎が光り、黒煙が立ち昇る。
「ヒューマンの飛空艇か!?」
僕らは水面近くまで階段を駆け登り、外の様子を伺う。すると、上空に飛空艇サラマンドラの姿が見えた。
―ブシュゥゥゥ!
水竜が飛空艇目掛けて勢い良く水を吹き出すが、飛空艇は機敏に旋回し、水流を躱す。
「ポリスーンと同じ様に、ここも破壊するつもりか!?」
―ズドーン!
直ぐ近くで爆炎が上がる。
「シードラゴン!」 ウェンディが叫び、水上へ跳び出した。
「ウェンディ! 危ない!」 僕は慌てて彼女を追う。
「標的に直撃しました」
オペレーターの報告を聞き、テッサ艦長は口元を緩める。
「標的に爆撃を続けて! 油断せず反撃にも注意!」
「ラジャー!」
――ここさえ破壊すれば、邪魔な精霊はいなくなるわ。
彼女は眼下の湖と標的である巨大な水竜に目を凝らす。すると、標的に駆け寄る人影が見えた。
―あれは‥‥ウンディーネ! ここに居たのね!
「標的変更! ウンディーネがいるわ、必ず仕留めて!」
テッサはオペレーターに指示を出した。
「シードラゴン!」
ウェンディは地上へ出ると、水竜に駆け寄る。水竜の身体からは痛々しく血が流れている。
―ブシュゥゥ!
水竜は必死に反撃をするが、当たらない。飛空艇はひらりと躱す。
次の瞬間、ウェンディ目掛けて爆弾が投下された。
「ウェンディ!」
僕の叫びを聞き空を見上げると、彼女は宙に浮いた。爆弾を睨む。
すると、湖面が上昇し、いくつもの柱状に回転しながら爆弾目掛けて噴出した。
―ズドーン!
炸裂音と共に爆弾は空中で爆発する。
ウェンディは右手を上空に掲げると、間髪入れずに飛空艇目掛けて水柱を突き上げる。
飛空艇は旋回して水柱を躱すが、避けきれず翼に被弾した。
「やった!」 僕は歓声を上げた。
「左翼に被弾しました! しかし、飛行に支障はない模様です!」
「くっ‥‥まずいわね」 テッサは親指を噛む。
――絶対にしくじるわけにはいかないわ。こうなったら‥‥。
「あれを使うわよ! 急いで準備をして!」
「しかし、許可が出ていません」 オペレーターが応える。
「責任は私が持つわ‥‥早く!」
見上げると、飛空艇が遠ざかって行く。
「諦めたのか‥‥?」
ウェンディの猛烈な攻撃を受け、退却する様子だ。
「シードラゴンの怪我はどう?」
「ひどい‥‥けど、命にかかわるほどじゃないと思う」
ウェンディは一安心した様子だ。
―ビュゥゥウ
僕らが一息ついていると、突然、風切音が聞こえた。飛空艇が去って行った方角に視線をやると、巨大な竜巻が見える。
「こっちに進んでくる!」
「聖域に竜巻なんてありえない‥‥!」
周囲を見回すと、竜巻は一つだけではなく、僕らを包囲していた。
「逃げ場がない!」
ウェンディが両手を掲げると、水面が逆巻き、僕らと水竜をドーム状に覆う。
竜巻がドームに接触し、水が巻き上がる。
「防ぎきれない!」 ウェンディが悲痛な表情を浮かべる。
次の瞬間、僕は轟音に包まれた。
音が止むと、僕は瞼を上げる。
「ウェンディ!?」
ウェンディがうつ伏せに地面に倒れている。僕は急いで彼女に駆け寄る。
「う‥‥ん」
どうやら気絶しているだけのようだ。
シードラゴンが盾になってくれたらしく、僕とウェンディに覆い被さっている。
再び風切り音が聞こえ、視線を上げると、先ほどと同様に竜巻が進行してくるのが視界に入った。
「そんな‥‥」
絶望感が胸をよぎり、僕はウェンディの手を握る。
――せめて彼女だけでも。
轟音が再び僕を覆った。
2度目の襲撃が終わり、テッサは被災地の状況を確認する。
「しぶとい水竜も、2回は耐えることは出来なかったみたいね」
襲撃前に標的のいた場所を見て、テッサは笑みをこぼす。
「さすがは風の精霊ね。ウンディーネとは相性がいいわ」
「如何いたしますか?」 オペレーターが彼女に尋ねる。
「着陸して標的の状態を確認して。まだ息がある可能性もあるから、慎重にね。‥‥可能なら、シルフも同行させなさい」
飛空艇サラマンドラが着陸し、捜索隊が出動する。
「テッサ艦長、シルフが同行を拒んだようです」
「そう‥‥まあいい、十分成果は上げてくれたわ。今はどこに?」
「展望室です」
「‥‥一応監視を置いて、機嫌を取っておきなさい」
捜索隊は湖に向かって移動する。周囲の樹々はなぎ倒され、周辺一帯が水浸しになっている。
シードラゴンは湖から20メートルど離れた位置に飛ばされ、ぐったりと横ざまに倒れていた。
捜索隊が銃を構え、シードラゴンに近づく。
―ヒュッ
突然、捜索隊員の眉間に矢が突き刺さり、ドサリと倒れた。
「誰だ!?」
女――褐色の肌で、角が生えている――が大剣を担ぎ、捜索隊に突進した。銃声が響く。
銃弾は女の横をかすめて後方へ消え、女は立て続けに隊員を斬り払う。
大剣を投げ、銃を構えた隊員を串刺しにすると、捜索隊は全滅した。
――うっ‥‥。
僕が目を開けると、湖から100メートルは離れた林に飛ばされていた。
「ウェンディ‥‥」 腕の中のウェンディを見ると、ぐったりとしている。
僕の身体には特に異常はない。
――もしかして、ウェンディが水でクッションを作ってくれたのか‥‥。
「アンリ!」
声のした方を向くと、豹型クリーチャーが僕に駆け寄る。
「ガルーザ!? どうしてここに?」
「話は後だ。精霊は?」
ガルーザは僕の身体を起こし、尋ねる。
「ウェンディが祝霊を受けて精霊になった。でも、さっきの攻撃で‥‥」
「‥‥大分弱ってるが、暫く安静にすれば大丈夫だろう」
ガルーザの言葉を聞き、僕は胸を撫で下ろす。
「奴らは、竜巻を起こせるみたいだ」
「ああ、移動中に見ていた。ヒューマン共に対抗するには、森のクリーチャーを召喚するしかないだろう。水の聖域でなら、召喚できるはずだ」
「わたしも手伝うわ」 ウェンディが目を覚まし、告げた。
「わたしの力があれば、精霊級のクリーチャーを召喚できるはず」
「あれは何‥‥!?」
目の前に突如巨大な物体が出現し、テッサは驚嘆の声を上げた。
樹の幹のような物体がめきめきと成長していく。
「大至急離陸して!」
上空へ避難すると、途方もなく巨大なクリーチャーが飛空艇を睨んでいた。
「何なのよ、これ‥‥」
巨大クリーチャーが飛空艇に手を伸ばす。
「退避!」 テッサが叫び、間一髪でクリチャーの腕を躱す。
「くっ‥‥図体がデカイだけよ。森のクリーチャーなら焼き尽くせばいいわ! 主砲発射用意!」
―ゴォォォオオ!
巨大クリーチャー目掛けて焔が奔る。しかし、急激な水流がそれを打ち消した。
クリーチャーの拳が飛空艇サラマンドラをかすめる。左翼から炎が上がった。
「艦長! これ以上はもちません‥‥!」
「‥‥撤退よ、急いで!」 テッサは退却の指示を出し、唇を噛んだ。