Neetel Inside 文芸新都
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 時計の針は、朝の五時前をさしている。 

 僕が世界にまだ参加していたのはいつだろうか? それが昨日なのか、それとも一昨日か一年前なのか、はたまた数年前なのだろうか、よく覚えてはいない。ただ、それは最近の事ではなく、かといって、それほど昔の事でもない事はよく知っていた。
 生まれた時から数年程前まで、世界が輝いて見えていたと思う。その時大人は大人、子供は子供の世界をそれぞれ持っていて、子供と大人はまるで異なる生物に感じていた。決してお互い干渉する事がない生物。例えば、「大人になれば何でもできる」とか、「大人になれば解るよ」という曖昧な答えとか、夜の良くわからない今日の世界ニュースとか、「大人の話」とか、僕にはまだそれらを特別な物に感じていた。
 現在僕は高校一年生である。昔は高校生や中学生位の年頃になれば自然的に、恋人が出来ると考えていた。馬鹿だ。謎の自信だ。確かに、恋人が出来た奴等も居るだろう。しかし、僕はそこに選ばれなかった。と言うのも、勉強も運動も苦手な僕に、特にこれと言った魅力も無く、当然、特別華麗な顔立ちでも、魅力的な会話能力も身に着けてもいない。これでは向こうの方から拒絶されても仕方が無かった。そして、僕は昔のように自然的に恋人ができて結婚をし、子供ができて爺さん婆さんになる。成長すれば何でも上手くいく様な謎の大人論をつくって、それらを持つ事は無くなったのだった。大人だって、子供の延長線上にあるものに過ぎないと悟り。急に明日から大人になる訳でも、今から大人になるわけでもない。明日から大人を始めようとしても出来るわけが無い。それは人間の運命であって人間の宿命でもあり、任意的では無くて強制的であった。
 僕は何なのか、明日と未来が死んで憂鬱が生まれ、あまりにも現実的な世界を過ごし、傍観者として生きる事を覚えた小さな哲学者が一人。誰にも気づかれずに、ひっそりと誕生した。

「おかえりなさい。」
「君は今までどこに行っていたの?」
「あの頃の朝、あの時のワクワクした気持をまた見せてよ。」
 そうだ、あの頃の朝。冬だ。寒い。僕は全身で地球を感じながら、バケツの中に入った水の中に落ちた虫達を助けていた。それを石で拾う、ふちにつける。繰り返し、四匹から五匹を助けた。何とも言えない気分で、僕は虫達の救助活動を行っていた。その時の僕の行動によって、虫の運命が変わる。変わった。私刑とはこういう事なのか。今度は夏の様だ。暑い。コンクリートに照らされた太陽が、僕の体を突き刺す。その中で、必死に蟻の行列を観察していた。まるで僕は、小さなウィルソンの様だ。「蟻の行列」は小学校で習った。懐かしい。砂糖を置いておくと、それを見つけた蟻が巣から行列をつくる。    
 僕はそれを見た。教科書の中の出来事がこの世界で起きた。当たり前の事でも小さな僕にとって、非現実が現実に変わった瞬間でもあった。
「凄いなぁ…。」 
 最近は虫が苦手になった。

 最近、ふと思い出す事がある。僕がまだ世界に生きていた時。家族と山に登っていた時の事だ。姉と父と僕の三人で、そこは祖父と祖母の家の近くの山だった。何故山に登ったのか? 理由も無く、小さな僕は父についていって、そしてただ、登った。山は六月から八月位の、しめった様なにおいが漂っていた。僕は自然の中に居て、登る感触を身体で味わいながら、それもまた、感じていた。
 一時間と少し、小さな僕にはとても長い時間に感じた。背の低い山だったので、八合目位まで来ていたと思う。
「…。」
 僕の腕に冷たい物がついた。雨粒だった。
空を見れば雨雲が今にも僕を襲い掛かりそうで、ただ大きくて、怖かった。
「帰ろうか。」
「夕立が来ると危ないからね。」
 そんな事を父が言っていた。この後の事はよく覚えていない。

 小さな哲学者は言った。
「人の八割から九割は世界の偉人とは違う。何も記録に残らない名称未設定の人生だ。発明王エジソンの様に生涯何かを発明するわけでもなく、コロンブスの様に新大陸を発見したわけでもない。星の数ほど生きた人間は、星の数ほど死んだ偉人達に埋もれていた。そして死んで行った。人間が死んでいった。今日も明日も、明後日も。そういう風に出来ている。そういう習慣であり、そういう一週間でもあった。七十億ある世界には、殆ど干渉しないんだ。そういう人間の一人なんだ、僕は。」
 世界から離れた僕は、子供でも大人でも無い現実的な世界を、傍観者として今日も生きた。
 
 時計は、朝の五時から六時を過ぎて。
   

       

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