この間あった部活の新年会の写真をスマートホンで何気なく眺めていると、中村が戻ってきた。
「ショウ、俺、どうやったら彼女出来るのかな」
トイレの所要時間は約十分。誰がどうみてもウンコに行っていた彼は僕の向かい側の席に座りながら傷と書いてショウと呼ぶ実に中二臭い僕の名前を呼びながら呟く。
「顔は悪くないと思うんだ。もちろん、客観的に見てだよ。主観的には見てない」
人の意見を一切考慮していない時点でおよそ客観性は孕まないわけだが、中村はそんな事気にしない。
マツコ・デラックスを細身にしてもう少し濃くした様な彼の顔は確かに悪くない。むしろイケメンと言ってもいいし、非常に精悍で彫りの深い顔立ちは女ウケするだろう。
「だろ? 実際、今まで結構良い線まで行ったこと、何回もあったんだぜ? 行動あるしかないと思ってデートだって誘ってみた。何回も、何回もだ。いつも繋がっていられるように連絡先だって調べたし、住所だって控えたんだよ。会社の緊急連絡網をつかってな。悪い奴に絡まれたら駄目だと思って帰りは毎日十メートルくらい後ろについてこっそり守ってやってるし、休日は運命を感じさせるために相手の行きつけの店に張り込んだ。なのに結局、相手の彼氏とか名乗る意味の分からん男から喧嘩を売られたよ。わけわかんねぇよ。この世界は腐ってる」
僕は彼の脳みそが腐っていないか心配だった。恐ろしい事に、目の前の男は十分ほど前までウンコをしていた。そう、ウンコをしていたのだ。そして今、僕の前でショートケーキを頼んでいる。
二十五歳にもなって、ショートケーキとホットココア。いや、確かにここはケーキとコーヒーが美味しいと言う事で評判のカフェテリアだ。僕はよくここに来ている。
彼にとって良い線とは何をもってして良い線なのだろうか。彼とまともに喋ったのは今回を含めて数えるほどしかないが、狂気性が半端ない。
「そりゃあ、俺だって男だからセックスだってしたいよ。下世話な話だけどな。でもああいうのってやっぱり愛が大事だからな。愛を育んでたら最初がアナルでもいいと思うんだ」
平然とした顔で超理論が飛び出す彼の口は次元の壁を突き破れるのではないだろうか。発言が異次元のそれでしかない。
こんな男が好む女性像とは果たしてどんななのか。
「好きなタイプ?」
中村は少し黙って僕を見つめたあと、照れたように鼻を掻いた。そのあと何故かこちらの頬を撫でようとしてきたのでスウェーしてかわした。
「へへっ、なんだよ。つれないな」
つれないとかそういう話ではない。鼻の穴に突っ込んだ手で人に触れようとするとはどう言う了見だ。
「俺の好きなタイプか……。強いて言うならタイプがないって言うのが俺のタイプかな。ほら、俺って相手にあわせるじゃん?」しらん。「だから相手に合わせて俺が変化する。それが俺らしさって言うか、俺のタイプかな」
好みの女性の話から自分の話へとダイブしてくるあたりもはや思考回路の配線方式が幾許か齟齬を生じているのではないかと疑わしくなってくる。
「でさ、ショウ、俺たち今、どう見えてるかな」
チラチラと中村は周囲の目線を気にしだす。それ以前に彼の目の前に座っている人間の冷ややかな視線に気付いて欲しいところである。
「こ・い・び・と、に見られちゃってるかもな」
うふふと彼は笑う。
「お前の男まさりな性格や僕って言う一人称は嫌いじゃないぜ」
中村は鼻を掻く。性格には鼻の穴を。
「こういう場所で偶然会うのも、運命かもしんねぇな」
あなたさっき自らの口で全てばらしてませんでしたか。そろそろ鞄のスタンガンが役に立つ時かもしれない。身構えていると中村はおっとっとと立ち上がった。どうやら危機判断能力だけは長けているらしい。
「そんな怖い顔すんなよ」
その汚らわしい顔を二度と見せないで欲しいという旨を伝える。
「おぉ、怖い怖い」殺すぞ。「そう怒んなよ。生理か? 今日のところは帰るよ。でもな、俺は──」
今年の目標:「諦めない」