Neetel Inside ニートノベル
表紙

ズレた青春の日々
【すまないホモ以外は帰ってくれないか】

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青空にぽつぽつと白い雲が浮かぶ、ある晴れた日の朝のこと。
ボサボサ頭の少年と、ショートカットの少女が、河原の道を歩いていた。
どちらも学生服姿。今日から3学期が始まるということで、彼らは学校に向かっている。

「課題、どうしよっかなぁ……」

陰鬱とした表情を浮かべ、少年がぼそりと呟いた。
そんな彼の姿を見て、隣の少女が言葉を紡ぐ。

「最初の授業で提出、だったよね。いつだっけ?」

どんより沈む少年とは打って変わって、顔には笑みを浮かべている。
何ということはない、彼女は既に課題を終えているのだ。いつ提出するかなど、さして問題ではない。
しかし、少年のほうはというと。

「明日。国語も、英語も、数学も……全部、明日だった」

表情どころの話ではなく、声のトーンまで暗かった。課題が終わっていないのである。
肩を落として下を向き、とぼとぼ歩くその姿を見て、少女は軽く溜め息をつく。
彼女の脳裏には、昨晩電話で交わしたやり取りが蘇っていた。


『なあ。冬休みの課題ってさ、『最初の授業で提出』なんだよな?』

『うん、そうだったと思うけど』

『明日って、授業なかったよな』

『そうだね。始業式の後は、休み明けテストをやって、それで終わりだったかな』

『わかった、今日は寝てもいいってことだな。ありがとう』


要するに。この少年は、『夏休みの宿題を最終日まで放置して泣く』タイプの男だったのだ。
しかし今回のケースだと、『長期休暇の最終日』と『課題の提出期限の前日』とがイコールで結びつかない。一日の猶予があるのだ。
だから、少年は寝ることを選んだ。

そして、今。

「あぁー……今日中に全部終わるかな……」

溜まったツケを前にして、沈んでいる真っ最中である。

「言っとくけど、私は手伝わないからね」

少女は冷たく言い放った。





     

少年も少女も無言のまま、しばらく歩き続けた。
2人で仲良く登校する彼らの関係を、一言で表すならば。『幼馴染』という言葉が最も適切だろう。
幼少のころから、家が隣同士。
年齢も同じ。
幼稚園。小学校。中学校。
そして、高校と。辿ってきた足跡まで、ぴったり同じ。
仲良くならないわけがなかった。

とはいえ、2人は男と女。
あまり仲良くしていると、クラスメイトにからかわれることも多々あった。

『おまえ、あいつのこと好きなんだろー!』

『ぜったいそうだー!』

『ち、ちがうよう。そんなんじゃないもん……』

成長した今になってみれば、他愛もない思い出なのだが。
当時の少女にとって、周囲のこの反応はとても辛いものだった。
しかし、対する少年のほうは。

『バーカ。そんなんじゃねーよ』

特に気にする風でもなく、軽くあしらっていた。
至ってクール、それどころかドライとも言える反応を、ただひたすらに繰り返す少年。
スキャンダル好きなギャラリーからすると、なにひとつ面白くない態度だった。
よってそれ以降、少年と少女がからかわれることは少なくなっていった。

そんな毅然とした少年の態度を見て、かつての少女は何を思ったのか。

くだらない噂を自然消滅させてくれたことに、感謝する一方で。
照れる素振りすら見せてくれないことに、少し落胆する面も、あったのかもしれない。


だが、そんな思い出も、もはや昔の話である。


少年の歩みはのそのそと遅く、いつの間にか少女が前に出る形となっていた。
そのまま、黙って歩き続ける2人。

「……」

唐突に、少女の足が止まった。
下ばかり向いていた少年も、足音が消えたことに気付き、顔を上げる。

少女は、少年に背中を向けたまま、立ち尽くしていた。

「……あの、さ」

前を向いたままなので、少年からは表情が見えない。
それでも彼は、どことなく真剣な雰囲気を感じ取ったようだ。

「どうしたんだよ?」

「えーっと、ほら。私って、バスケ部のマネージャーやってるじゃん」

少女は顔を見せないまま、身振り手振りを交えて話す。

「だからさ、その、えーっと。前から言おうとは思ってたんだけど、なかなか言い出せなくて」

どこか慌ただしく、苦笑しながら話す姿に、少年は不信感を抱く。
あはは、と軽い笑みを零し、少女は肩を落とした。

「……でも。やっぱり、ちゃんと言っておこうと思って……」

そう言って、少年のほうに向き直る。
笑顔だった。


「私……バスケ部の先輩に、告白されたの」

     


少女と向かい合ったまま、少年はしばらく放心していた。
我に返り、取り繕うように言葉を発する。

「バスケ部の、先輩?」

「そう。えっとね、木村さん、っていうんだけど……知らない?」

「―――!!」

少し上を向き、考え込むような素振りを見せてから、少女が答えた。
その答えに、少年は驚きを隠せないようだった。

「結構、有名な人みたいだよ? 優しいし、かっこいいし……えへへ、そんな人に私、告白されちゃった」

「……そう、なの、か……」

微笑を浮かべ、嬉しそうに話すその姿を見て、少年は数歩後ろに下がった。
少女の発言に少なからずショックを受けたようだ。腕はだらりと力なく垂れ、その場に俯いてしまう。

「うん。まだ、返事はしてないんだけどね」

そんな少年の姿を見て、少女は口の端でかすかに笑った。
畳み掛けるように、言葉を繋げる。

「少し、迷ってるの。それで、男に相談したくて……」

どこか小悪魔のような表情で、少年に笑いかける。
当の少年は、拳を硬く握り締めていた。

「実は、私――」

「……よかったじゃ、ねえかよ」

「――えっ?」

少女の言葉を遮って、少年が言葉を発した。
顔は下を向いたままなので、言葉だけがいやに力強い。

「木村先輩、か。あの人、いい人だろ? 顔もかっこいいし、性格もいい。よかったじゃねーか」

「あ……う、うん。そうだけど……」

糸が切れたように、喋り続ける少年。
どこか異様な雰囲気を感じ取って、少女は少し後ずさりした。

「そうだな、そうか、そうだな。それじゃ、こうして俺たちが一緒に学校行ったりするのも、まずいよな。変な勘違いでもされちゃ困るよな、お前も」

何度も何度も一人で頷き、納得したかのように手を打つ。
そしてそのまま、少年は走り出した。

「じゃあな、俺は先に学校行くから! あ、明日から家まで来なくていいぞ! 朝は先輩と学校行けよ!」

「ちょ、ちょっと!」

突如駆け出した少年の後を追おうと、少女も足を踏み出した。
しかしその歩みは一歩目で止まり、少女はその場に立ち尽くしてしまう。
なぜなら――

(……泣いてた……?)

不自然に潤んだ少年の目を、見てしまったからだった。




(クソッ、クソ、クソッ!)

少年は走っていた。

(……わかってた、はずなのに。叶わない恋だって)

人気のない場所で、何かを振り切るように、走っていた。

(でも、でも……)

息を切らして、走っていた。

(でも……っ!)

硬く目を閉じ、走っていた。


「あぅ……っ!」

やがて段差に引っかかり、少年はその場にすっ転んだ。
受身も取れず地面を転がり、しばらく痛みにのた打ち回る。

「くっ……そおおおおおおおおお!」

転がりながら雄たけびを上げ、勢いよく少年は立ち上がった。
肩を上下させながら痛みに耐え、一度ゆっくりと息を吐く。

「……やっぱり、諦めきれねえよ」

そして、誰に言うわけでもなく、呟いた。

「俺は、俺は……」


「……あなたが好きなんだ、木村先輩……!」


――こうして、少年と少女のどこかズレた青春物語が、幕を開けることになる。

       

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