Neetel Inside 文芸新都
表紙

ロマサガロワイヤル
ジェラール2

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小屋から出てほどなく、悲鳴の原因と思われる姿が月夜に映し出されていた。
明らかに人ではない巨大な影。
明らかに人ではない異質な影。

(だから僕は反対したんだ)
ちっと舌を打つ。
へたりこむテレーズの前にいたのは二足歩行の「ぞう」だった。
(父上の博愛主義には反吐がでる)

ぞう。
サバンナの東にあるジャングルを遥かに越えた場所を生息地とする、
二足歩行の巨大な生物だ。
人語は理解するが、あまりおつむのいいタイプではない。
腕力、体力に優れ、長い鼻を持つ。
その種族の数人(数頭と言うべきか)が帝大で学んでいた。
そのうちの一頭だ。

「は…は…」
下着をあげることさえ忘れているテレーズの前でぞうはカタカタと震えている。
「花*BIRA大回転だゾウー!!!!」
やばい!
「テレェェェズ!!!」
声はできるだけ上げたくないがここで死なれるわけにはいかない。
テレーズは弾かれたように跳んだ。
「こっちだ!」
僕の差し出した手を掴んだ。

「どこへいったんだゾウ?僕の大事なFlower…」
テレーズを救出した僕は、そのまましばらく走り、身を隠した。
幸いにもゾウはその体躯ゆえかあまり敏捷ではなかった。
数十メートル先でキョロキョロとしている。
「テレーズ」
「は、はい!すみません、ジェラール様、私……私……」
「気にしないでいい。それよりも」
僕はクイーバーに矢を詰めながら言った。
「何か、僕でも使える技はあるか?」

テレーズに教わった技は3つ。
影縫い、二本撃ち、イド・ブレイクだった。
影縫いは比較的簡単な技だ。
相手にダメージは与えられないが、しばらくの間動きを止めることができる。
二本撃ち。
これは装填数を二本にするのではなく、高速で二連射する技だった。
ある程度のスペースが必要だろう。
そして、イド・ブレイク。
直接的に肉体を射るのではなく、空気振動で頭の感覚を麻痺させる技。
魔道師に有効だという。
「……わかった。ここは僕に任せて」
僕はテレーズに一つ微笑むと、音を立てないよう注意を払いつつ、木に登った。

     

「怖くないから出ておいで~。ゾウ、全部飲み込んで、僕の股間のゾウさん……」
眼下のゾウは完全にテレーズにしか意識が向いていなかった。
(やれやれ……あんなヤツでも、入学できるんだからな)
帰ってからすることが山積みだ。
さっさと全員片付けて帰るとしよう。
僕は弓を引き絞る。
「……いけ!!」
放った矢はゾウの影へと吸い込まれていった。

地面に降りる。
「ぞう!?う、動かないんだゾウ!で……でもこういうプレイ、嫌いじゃないゾウ……」
事態の深刻さもわかっていないのか。
他に気配を感じないのを確認してから、開けた場所へ出た。
「む、むむ!貴様はジェラール!」
「……」
ぞう如きに呼び捨てにされる謂れはない。
ぎりぎりと矢を引き絞る。
「ふん、ボンボンの貴様にコロコロ寄りの僕が倒せるはずないゾウ」
「確かに」
ボンボンか。帝大での自分の成績を思い返せば自嘲の意識も芽生える。
武術では兄に遠く及ばず、父ほどの求心力もない。
だが、小ざかしいと今は称されてもいい。
「そうだな、頭でっかちなボンボンな僕だが、支配者に必要な資質は持っているさ」
ぞうは舐めきった態度で答えた。
「うるさい、貴様に用はないゾウ。テレーズはどこだゾウ?
恋するゾウは切なくてテレーズを思うと鼻がおっきおっきしちゃうゾウ」
すでに僕を見ていないぞうだったが、気にしなかった。
いずれ、アバロンが、世界中が僕にひれ伏す。
「最期に教えてやるよ」
僕は無造作に、ぞうへと近づく。
ようやく、ぞうは動けない自分が僕以下だと知ったらしい。
眼が、恐怖の色を湛える。
僕は続ける。
「支配者に必要な資質……それはね」
「や、やめて欲しいゾウ……動物愛護団体が黙ってないゾウ?」


ゾウの眼球の、目と、鼻の先。
きらりと鈍く矢尻が光る。


「それは、コンプレックスさ」


小さい、テレーズの悲鳴のような声が聞こえたような気がした。

     

「テレーズ、大丈夫だったかい?」
先ほどの僕への恐怖心を、ぞうに襲われたそれへと錯覚させておく必要があった。
「あ、は、はい……あ、ありがとうございます」
テレーズの瞳には明らかに恐怖が見て取れた。
(はぁ……面倒くさいな)
また演技が必要か。女という生き物はつくづく面倒だ。

僕は、膝をついた。
「ジェ、ジェラール様!?」
テレーズが駆け寄る。
「殺した……僕が、この手で……」
顔を、掌で覆う。
正直、この仕草は助かる。
赤面するような、臭い芝居だ。
「ジェラール様……!違います!」
「違う……?」
僕は覆った指で眼球に触れる。
涙を確認してから、手を離した。
「どう……どう違うって言うんだ!!」
「ジェラール様は、私を生かしてくれました!」
テレーズの肩が震える。

「ぞうには……可哀想なことかもしれません。
自己中心的な言葉かもしれません。
でも、ジェラール様がぞうを……ぞうを殺してくれたから、
私は今、こうして話していられるのですから」
「……テレーズ」
「あまり、自分を責めないでください、ジェラール様」
言うと、テレーズは腕を広げ、僕を抱きしめた。
何だ?何なんだ?この感覚は。
母上に抱きしめられたのは何年前だっただろうか?
母上が死んだ時、僕は何を思っていた?
僕は、僕が望んだ僕自身とは……?

追憶を破る、テレーズの声。
「そ、それで……あの、ジェラール様?」
「え?あ、なんだい?」
僕ははっと我に返った。
「あの……わ、私が……その、してるとこ、見ちゃいました?」
肩越しの、テレーズの顔が熱くなっていくのがわかった。

はぁ……やはり、兵の教育は急務だな。

       

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