俺はサメジマの言われた通り、一ヶ月間、出来るだけツバキの近くにいるようにして、集会に誘われても何か適当な用事を作っては逃げて、作っては逃げてを繰り返した。何度かツバキに横槍を入れられたこともあったが、なんとか逃げ切ることができたのは不幸中の幸いだろう。
今まで異常に逃げ場の無い一ヶ月間、そして、サメジマの意味の分からない司令に一ヶ月間も付き合わされた俺の精神はかなり摩耗してしまったが、 今、晒しあげられている二人の中に、三人目として俺が居ないのは誰でもない、あのわけの分からない司令をくれたサメジマのおかげだ。
嬉しいようで、嬉しくないようで、もう、結局なにがしたいんだ俺は……。
【:決別2+邂逅=?】
朝、いつも通りに学校に行くと、校内掲示板に上記二名の退学処分をし、学校が施設にその二人を連れて行ったと貼りだされていた。そこに書かれていたのは、タテイシとカガミ先輩。
具体的に何をして施設に連れて行かれたかは書いてはなかったが、だいたい検討がつく。そして、誰がそれを密告したのかも検討がつく。
一人しか居ない。
ツバキだ。
掲示板をなんとも言えない複雑な心境で見つめていると、ズボンのポケットに入れている携帯が震えたので、取り出し、画面を見ると、ツバキからメールが着ていたので、携帯のロックを解除し、メールを読むと、『放課後に高校近くにある公園で待ってる。』と書かれていた。
いつもなら絵文字や顔文字を使っているのに、まあ、これがツバキの本性なのだろうと、俺は返信もせずに携帯を元入れていたポケットに押し込んで、教室に向かった。
放課後、ツバキに言われた通りに指定された公園に一人で向かう。一人で向かうと言っても、もう仲間と言える奴らも施設に送られてしまったわけだし、そもそもあの二人が仲間だったかといえば、微妙だ。俺が自己保身のために引き込んだただの犠牲者である上に、更にはツバキの犠牲者にもなってしまった愚か者だ。いや、愚か者は俺か。
公園に入り、ベンチに一人座るツバキの前に行き。
「よお。こうやって放課後に二人で会うのは久々だな」
「待ってたよ、アキラくん」
ツバキは誰も座っていない自分の横の開いたスペースを手ではたき、俺に座るように無言で支持をしてきたので、黙って従い、俺もベンチに腰を掛ける。
「で、用事ってなんだ?」
「失態だった。アキラくん、もしかして、あたしの計画、全部知ってた上で、あの同好会に入ったの?」
「いいや。そんなことはない。ただ本当に予定が合わなかっただけだ」
嘘だ。何をしようとしてたのかは知らないが、サメジマから、なんとなくのニュアンスは知らされていた。
「そう……嘘だね」
「ああ、嘘だ」
ツバキは小さく笑い。
「随分とこの一ヶ月で性格が変わったみたいだね。なんか雰囲気も前より全然暗いし」
「まあな。この一ヶ月間、同好会から逃げつつ、ツバキ個人に近づくってい荒業をしてたからな。自分でもよくできたと思ってるよ、こんなこと」
「そう。で、アキラくん、何処まで知ってるの? あたしのこと」
もうサメジマのことは言っていいだろう。ただ名前を出すのは、ある意味であいつに助けられた恩があるので、あいつ名前は出さずに俺は話すことにした。
「一ヶ月前にな、ある人にツバキって女が変な同好会を設立して、それを足かせにして自分の目標を叶えようとしてる。って教えてくれてな。それで、そいつが言ったんだよ。一ヶ月間、ツバキにつきまといつつ、同好会の集会にはでないようにしてくださいってな。ナゼかは知らないけど、そいつ俺の秘密を握っててな。断るわけにもいかず一ヶ月間こうやってたったわけだ」
「そういうことか。じゃあ、アキラくんは、あたし達の本当の目標を知らないわけだ」
「ああ」
ツバキが小さく深呼吸をして。
「ねえ、アキラくん。この長くうざったいスカートどう思う?」
「どうって言われても別に……」
「そうだよね、アキラくんはこのスカートの中にしか興味ないもんね。あたしはね、小さい頃から女子高生のミニスカートが履きたくて履きたくて、すごーい憧れだったの。でも実際、あたしが女子高生になった今、ミニはあばずれが着るような破廉恥なモノ、正しい制服を来て正しい学校生活を送るのが、この世の中のモットーになっちゃったんだよね。だから、あたしは、ネットで見つけたミニスカ復活論者達っていうサークルみたいなのに参加して、それで、こういう計画があるからみんなでやろう! ってことになってね。やることにしたの」
「こういう計画?」
「そう。ミニスカが無くなったことで、学生達がある意味で束縛されてしまってるって流れを出すためにね、施設送りになりそうな性癖を持った人達を集めて、それを学校に暴露して次々と問題になるようにする。それで有名コメンテーターの人に『これは制服にミニスカがなくなった弊害かもしれません』みたいなことを言ってもらって、少しずつ世の中を変えていこうって計画。もちろん、コメンテーターの人も仲間なんだけどね」
そうか。最近、よくニュースでやってる施設送りにされる学生達が増えてるってのは、この計画があちらこちらで起きてたからか。確かどっかのコメンテーターがツバキの言ってたようなことを朝のテレビで言ってたし……なるほどな。
「世界の革命って言ったらおかしいけどね、あたし達はミニスカがまた世間一般に認められる制服として認知されるために、こういうことをやってるんだけど、まあ、やったんだけど……なんだろ、あんまりいい気分じゃないね、これ」
ミニスカを履くこと自体に問題はない。ただ、世間的には昔の高校生的ファッション、または変人として白い目で見られてしまう世の中だ。ツバキはそれを改変して、自分で堂々とミニスカを履ける世の中にしたいがために、あの二人の痴態を学校側に密告したってことなんだろう。
一ヶ月もあればそれなりの情報は得られるし、学校に匿名で送りつければ自分に被害が来ることはないし。
「本当はアキラくんも施設送りにして、嫌なこと全部忘れて、新しい高校生活ってことでがんばろうと思ったんだけどねー。あのくらいベタベタされたら、周りにも彼氏とか言われるようになっちゃったし、密告しようにも、密告できなくなっちゃったじゃん」
「付き合ってた彼氏が施設送りにされて、その彼女も調べられないわけがない。そんなところか?」
「まあねー。実際はそんなことないんだろうけど、でも世間的に、あたし的にそれは宜しくない」
意外とツバキは世間の目を気にするタイプの人間だったのか。
「綺麗サッパリできなかった。失態だよ、本当に。でね、アキラくん」
「なんだ?」
「これから先のことなんだけど、いいかな?」
「ああ。いいぞ」
「アキラくんが知ったあたしの真実。あたしの知ってるアキラくんの性癖。これってお互いイーブンな関係じゃない?」
「いや……圧倒的に一発施設送りの俺の性癖が知られてる時点でイーブンじゃないと思うんだが……」
「まあそれはそれこれはこれ。で、提案なんだけど、お互い、この事は忘れない?」
「忘れないって、お前! あの二人のことも忘れるつもりか! 短い間だけど、一応仲間――じゃないのか」
「そう。仲間じゃない。それはアキラくんもでしょ? でも、正直、こうやって裏で手を回したとは言え、ある意味で二人のも人間の人生を束縛してしまったんだよ? 結構こたえてるんだ、あたし。もう疲れちゃった」
「お互い忘れよう。ね?」
ツバキの提案は俺にとっても魅力的な話だ。正直、俺も疲れていたので。
「そうしよう。忘れよう」
「そうでしょ。周りには適当に別れたってことにしておけばいいしね」ベンチから立ち上がったツバキが。「そうだアキラくん。もしもだよ、もしも、変なことを考えようとしてた時は、あたし、アキラくんの性癖じゃなくて、アキラくんの友達の痴態を施設と言うか学校に密告するから、くれぐれも変なことは考えないでね」
「え? 友達? は? なんのことだよ」
友達……マツヤマのことか? あいつ、なんかしてたのか?
「それは切り札だからここで言えるわけないじゃん。これからアキラくんが高校を卒業するまでおとなしく学生生活を送ればいい話」
この女……言ってることと言ってることが全然ちげえじゃねえか……。
「なににも保険はかけておくものが、女なの。じゃ、あたし行くね」と俺の前から歩き出し、公園の出口の方へ向かうツバキ。
追いかけようと思ったが、これ異常ツバキと関わるのは俺じゃなく、もしかしたら周りに迷惑がかかるかもしれない。俺どうなろうとそれは俺の責任だが……。
俺はベンチに座りながら、大きなため息をついた。
なんで、あんな女のこと好きだったんだろう。
どのくらいこうやってベンチに座っているんだろう。ツバキと話してた時は、まだ頭の上に太陽があったのに、今は身を沈め、代わりに月が街を照らしている。
何をしてるんだ俺は。何をしてたんだ俺は。結局、周りに流されて、最後もこうやって流されただけじゃないか。
静寂を遮るように、ポケットに入れた俺の携帯が再び鳴り出した。音的に通話だったので、画面も見ずに、着信を押すと。
『こんばんはアキラ先輩。一ヶ月ぶりですね』
「サメジマか」
『ええ、そうです。ね、アキラ先輩、僕の言った通りに動いたら助かったでしょ? なんかいうことあるんじゃなですか?』
一年のくせいてこいつ……。
「ああ、ありがとうありがとう」
『それで先輩にお誘いがあるんでうすけど、訊いてもらえます?』
「お誘い?」
『そうです。僕達の組織、制服撲滅委員会に入りませんか?』
「なんだそれは?」
『まあ、簡単に言っちゃえばツバキさんの組織の対抗組織みたいなところなんですけど、こういう、制服絡みの案件って随分前からありましてね、そういうのが嫌になった人達が、もう制服はいらないだろうってことで、集まってできた組織なんですけどね、ぜひ、先輩にも入って貰いたいのですが』
「結局勧誘してんじゃないか」
『まあ、そうなんですけど……で、どうですか』
ここでYESと言ってしまえば、また俺は誰かに流される運命をたどるだけだろう。
「いいや、入らない」
『分かりました。でも先輩はきっと、制服撲滅委員会に入りますよ。それじゃ、また』
「ああ、じゃあな」
耳から携帯を話、通話終了を押し、携帯を先ほどツバキが座ってた場所に掘り投げ、俺は月に目をやった。
全ての始まりには終わりがある。でも、それは死ぬまで続けられる始まりと終わりの連鎖の一つが終わったにすぎない。
この一件も、一つの連鎖が終わったにすぎない。きっと終わったんだ。終わったんだ。
月をずっと見ていたせいか、目をつぶってもまぶたの裏に月が残っていた。
疲れた。もう疲れた。
目をつぶりながら、そんなことを考えていると。
「あれ、君はもしかして……あの時の?」
「え?」
どこかで見覚えのある顔、聞き覚えのある声。この声、あれ……この顔……あれ?
「ああ、覚えてないかな? 公園で夜に一人でいた事があっただろ? かなりに。って、あれ? 違うかな、別人だったかな」
「え? もしかしてあの時の……」
「やっぱりそうか! そうかそうか! 偶然だね! またこんな時間になにしてるんだい?」
もしかしたら、この人なら、このどうしようもない、この感情のうねりを共有してくれるかもしれない。もしかしたら、あの時みたいに、親身に俺の話を訊いてくれるかもしれない。そして、あの時みたいに俺を導いてくれるかもしれない。
「あ、あの――」