御伽世継語
一ノ噺「獅子搏兎」
■
夏の余韻を残すように、残暑が照り付けている頃。
炙られた空気と対立するように涼しげな風が吹き抜ける雑木林の中を、両の腰に刀を携えた白髪の男が、草履で落ち葉を踏み分け歩いていた。
ざくっ、と小気味良い音を立てる足元とは裏腹に、その顔には、眉根を寄せて口元を引き結んだ、怒りの表情が貼りつけられている。双眸は鋭利に細められていて、小動物であれば視線を向けただけで逃げ出してしまいそうなほどであった。
ざくっ、
ざくっ、
枯葉の声を聞き流しながら、男は小さな山の麓に位置している、鬱蒼と木々が生い茂る林の中を下山する向きに歩き進める。
男の上背は高く、髪の長さは腰ほどまである。白い襦袢の上に紺の羽織を着て、似た紺の袴を穿くという、外出着にしてはなかなか大時代な服装とも言える。
だがそれも、この【世界】においては当前と言うべきなのかもしれない。
白色の足袋を突っ込んだ草履で時折地面を蹴飛ばしながら、男は木々の間を分け入って、林を抜けた。眼前にはひび割れた土の一本道と、それに沿って碁盤目状に田圃が並ぶ里の風景が現れる。里は山の稜線で箱庭のように包囲されていて、迷路のように入り組んだ林を抜けなければ辿り着くことの出来ない秘境であった。
男は里の中央部、民家の建つ地域へ、歩を進める。瑞々しい色の稲穂が顔を連ねる田圃に人と思しき姿は見られず、辺りは鳥と虫の鳴き声、それと風で稲穂が擦れて発する“さかさか”という音が際限なく響き渡っている。
人気に乏しい里道を進んで行くと、瓦葺き屋根の長屋が少しずつ見えてくる。
がらんどうになった馬小屋や、放りっぱなしの錆びついた農具が、ささやかな郷愁を漂わせる、生物の気配に乏しい家々が軒を連ねる、小さな村。
ここは、男の毎日通っている数少ない場所の一つだった。
村の中へと足を踏み入れると、その静謐さがより直接的に感じられた。
水の涸れた古井戸。打ち捨てられた茶屋の看板。泥を被った“けんだま”という名の幼子達の玩具。空になってしまった米俵で出来た、貝塚ならぬ米塚。歪に折れ曲がった刀の鞘。皮膚ごと剥がれ落ちた頭髪。腐ってぐちゃぶちゃに押し潰された野菜。引き摺られたような轍の先に残る一対の草鞋。
なお、家屋の壁に黒く痕を残す――――血飛沫。
村の入口にある、大きな岩の上に座っていた黒猫を草叢の中へと追い払うと、男は猫の代わりに腰掛け、深いため息を吐く。
「そうか、もう、戻ってくることはないのだな」
長い白髪が、陽光で鈍く光る。
男が訪れたこの村は、一か月ほど前まではごく普通の村として変わらず呼吸を続けていた。それは男がこの世に生を受けてからその日まで当り前のこととして何一つ異変の様子を見せていなかったが、ある日を境に、村の様子は豹変した。
男が不意に村を訪れると、そこはすでに廃村と化していた。
つい、一か月ほど前の事である。男の髪も、まだ肩ほどまでの時頃。
村人は忽然と姿を消し、作物や家畜は根こそぎ食い荒らされ、男以外、村には誰もいない状況となっていた。理解に苦しんだ男は日すがら村中を捜索して回ったが、見つかった人間は、頸部を噛み砕かれて息絶えた防人、それも数人のみ。男は大粒の涙を流して嘆き狂い、全身の水分が涸れそうになるまで――夜になり再び唐紅が姿を見せるまで――細身の體を地面に打ちひしぎ、嗚咽と慟哭を響かせた。
明くる日、亡骸を丁重に埋葬しながら、男は心中で述懐した。
――このような残虐極まりない行為に及んだ輩を、許す心などない。
それは同時に、ある一つの決断でもあった。
墓石代わりに置いた小石の前に跪いていた男は、ゆっくりと顔をもたげる。
悲しみや絶望よりも先に湧き上がってきたのは、至って平和であった里村を突如として襲った【何者か】へ対する深い憎悪と憤怒であった。
怒りが見て取れるほど強張った顔。
青筋の浮かび上がった拳。
周囲に群れていた雑草が並一通りに折れ曲がり、萎れていくようにも見えた。
男は無事で見つかった名前も知らぬ二つの刀を提げ、一度村から立ち去った。
烏の声がやけに五月蠅い、村の残骸を背に。
そして一か月後となった今。
男は二刀を操る手練れとなって、この村へと舞い戻った。
当然のことではあるが、村に人影は見当たらない。男も最初から期待はしていなかった。村としての機能を亡くしたこの場所を男が訪れるのも、これが最後になろうとしていた。
岩から飛び降りた男は、何者もいない村の中を闊歩する。
自今より男の目的は、ただ一つ。それを今まさにを果たさんと、村を通り抜け、雑木林の中へと分け入って続く道を歩み進めていた、
その時。
ばさっ、
と、村のある背後から、重いものが地面に落下したような鈍い音が聞こえた。
「!」
男は村に対して半身になり、視線を向ける。
村の様子は一見して変わらない。先刻歩き抜けた際も生物の気配など見当たらなかったうえ、空洞の家宅が佇む村では、もはやある程度の重量を持った物など探しても見つけることは出来なかった。
しかし聞こえた音は、確かに村の中よりのもの。
踵を返し、男は村の中へと自らの轍を拾う。落下音に続き、何かが呻きながら蠢くような音が、土壁の家を挟んだ向こう側から聞こえているようだった。
男は左腰の刀の柄を握りしめる。数歩進んだ先にいるのが、野生動物か、はたまた【奴ら】であるか判別がつかないからだ。
じり、じりと確かめるように男は歩み寄る。
呻き声は、どうやら人間のもののようだ。より一層、男の顔に緊張が走る。握りしめた拳が脂汗で、じと、と湿る。
気配を悟られぬように息を殺して、抜き足で男は音の発信源のすぐ近くまで近づいた。後は、遮蔽物となっている家から身を出して、刀の切っ先を対象に向けるだけ。男は一度浅く深呼吸をして、目蓋を閉じた。
そして、勢いよく視界を開くと共に――――
「――――動くな」
其処にいる何者かに向けて、男は銀色に輝く刀を突き付けた。
…………………………………………
……………………
――目が覚めた。
熱気を放つ地面に横たわっているのを感じながら、彰は、静かに目蓋を開く。
空。青く澄み渡った空が自分を見下ろしている。
雲一つない晴天の太陽の所為で視野が一瞬白く焼かれ、咄嗟に覆い被せるように手の平で陰を作った。いつからここに寝転んでいたのか、顔や腕からは汗が噴き出して肌を、つう、と伝っていた。
ぼんやりと霞んだ視界を擦りながら、彰は身体を起こす。そして、背中に付いた湿った土を払いながら、半開きの両目を周囲に向けた。
点在する、土造りの家屋。すぐ後ろに影を落とす、材木で設えられた柵。無造作に転がる鋤や鍬と言った農具。
薄らいだ意識でここが何処なのか理解するのは困難だったが、家があることから、どこかしらの集落であることは何となく頭が推した。
「…………どこだ、ここは」
何度か頭を横に振って目を覚まし、いくらか意識がはっきりしてきた彰は、髪の毛に絡まった土をはたきながら、状況の把握が追い付いていない状態で疑問符を吐き出した。胡坐をかき、頭の中で、つい先刻起こったことを反芻する。
訪れた図書館の奥にある部屋の、さらに奥にある空間。兎の顔をした人間、エスカが突然取り出した拳銃のようなもので、拒否する間もなく彰は脳天を思い切り撃ち抜かれた。その直後から、記憶は全くと言っていいほど残っていない。恐る恐る額に手を当ててみたが、銃弾による傷はどこにも見当たらなかった。
顎に添えるように口に手を当て、彰は頭に嫌な予感が過るのを覚えた。
……死んだのか? 奴に――――エスカに、俺は殺されたのか?
しん、と心中に嫌な沈黙が落ちる。身体を流れる汗が、ひやりと体温を奪う。
到底ありえない。そうは言いきれないことかもしれない。奇妙な姿をしたエスカが実はただの愉快犯で、ああやって図書館に迷い込んだ人間を手にかけているのを至高の趣味としている、という可能性を考えられないこともなかった。
彰は知っていた。人間というのは、自分が思っているよりもあっさりと死ぬ。
自分に限って死ぬはずがない、と思っている人間ほど、顕著に。
疑いをかけて、恐る恐る自らの頬をつねると、確かな痛みがあった。
痛覚があるということは、少なくとも死んだわけではない。彰はふうと一つ、息を吐いた。
だが、死んでいないとしても、疑念はまだ残っている。
それはこの、青色の空と黄土色の地面が広がる世界が。
静寂を孕んだ空気が充満する、この人気のない集落が。
エスカの言っていた、【御伽之世】であるか、ということ。
「つっても、確かめる方法なんざねえよなあ……」
口をへの字に曲げながら、彰は悩ましげに呻く。
そもそも彰はエスカから、どんな御伽之世に飛ばされたのかを全く聞いていなかった。【今】の彰が御伽之世に対してあまり関心を持っていなかった所為でもあったが、問答無用で銃口を向けたエスカにも責はあると彰は感じていた。
御伽之世が本当に御伽噺の世界に法ったものであるならば、まずはその基となった御伽噺について知る必要がある。だがそれは結局何も教えてもらえなかったので、彰は自らこの世界に事について調べる必要があった。
「面倒くせえなあ……」
とりあえず、この辺りをうろついてみて、それから色々と考えよう。
彰がそう結論付けて、立ち上がろうとした時だった。
ぎら、
と光を浴びて煌めく刀が、刹那にして、彰の眼前に突き付けられた。
そして、
「――――動くな」
囁きのような自分の声だけだった世界に、凛とした声が響く。
「!!」
自分に向けられた刀身の切っ先を見て、彰は凍りつく。引きかけていた汗が、冷や汗となって、全身に一斉に噴き出した。加えて、刀を握る手の奥に映っている男の、殺意を纏った眼光を目の当たりにして、彰は身動きが出来なくなった。
(こ、今度は一体何だ!?)
連続した突飛な事象による混乱。それもあるかもしれない。
だが彰の精神に深く打ちつけられたのは、目の前にある【恐怖】だった。
「お前は何者だ? なぜ、この村にいる?」
低く底冷えした声から、刀を持っているのが男であるのはすぐに分かった。だがそれ以外の情報は長い白髪と大時代な服装以外読み取れず、今自分を殺そうとしている男の素性はほとんど何もわからない。
徐々に刀との距離が縮まっていく中、彰は呂律も曖昧に口を開いた。
「な、何者だ、って言われても……あー、俺は、名前は、夏目、あ、彰だ」
「名前などどうでもいい」男はしどろもどろな彰を、言葉で切って捨てる。「貴様の身分、出身、属する集落を問うている」
向けられた剣先が、かちゃ、と音を立てて捻られる。ひっ、と情けない声を上げて、彰は反射的に両手を上げた。
「もしお前が俺の憎き仇敵に当たる者であるならば、今ここで喉笛を切り裂いて殺す他に選択肢はない。お前がそうでないと言うのであれば、何処の集落に属する者であるか、速やかに答えろ」
男の目は鋭く細められ、あからさまな殺意が滲み出ていた。
彰は答えに詰まる振りを装いながら、極めて冷静に思索を巡らせる。
なるほどこの男は彰を不審者だと思って、殺そうと刀を突き付けているらしい。ここで変に本当のことを言えば、疑いをかけられ、殺される。
彰は早くなる脈動を聞きながら、答えを絞り出そうと思考回路をフル回転させる。
正直に話して殺されるくらいだったら、もっともらしい嘘をついて、この場だけでも何とか乗り切るしか方法はない。
そう考えた彰は、震えながら上げていた両腕を下ろして答えた。
「お、俺はもともと、ここの集落に住んでいて、少し前まで留守にしていたんだ。それで今日たまたま戻ってきて、日向ぼっこでもするかと外に寝転んでいたらいつ間にか眠ってしまっててさ……目を覚ましたら、あんたが俺に刀を向けていた」
「…………ほう」
彰の言葉をひとしきり聞くと、男は怪訝に眉をひそめた。
「つまり、お前はこの村の住人であると、言いたいのだな?」
「あ、ああ。最近はあまり顔を出せていなかったけどな」
返事の後、いくばくか男には逡巡があったように見えたが、やがて両目をゆっくりと閉じて、彰に向けていた刀を鞘に納めた。
「そうならそうと早く言えばいい。俺としたことが、この村の唯一の生き残りを無碍に殺してしまうところだった」
「は、ははは……」
男の視線が殺意に満ちたものから、優しげに変わる。引き攣った笑いを浮かべる彰は、男に気付かれないように安堵のため息を吐き出した。
そうとは知らず、男は手を刀に当てたまま、頭をわずかに垂れる。
「済まなかった、夏目とやら。どうも最近は疑り深くて仕方がない。この辺りでは今、集落を襲う輩が後を絶たないからな」
「いやまあ、それは別にいいんだけど……」
早鐘のように打つ胸を押さえながら、彰は訊ねる。
「それより、あんたは一体何者なんだ?」
「ああ、そういえばまだ、名乗っていなかったか」
男は困ったように頭を掻くと、刀の柄に肘掛けながら言った。
「俺の名前は白玲だ。ハクでいい」
……………………
――目が覚めた。
熱気を放つ地面に横たわっているのを感じながら、彰は、静かに目蓋を開く。
空。青く澄み渡った空が自分を見下ろしている。
雲一つない晴天の太陽の所為で視野が一瞬白く焼かれ、咄嗟に覆い被せるように手の平で陰を作った。いつからここに寝転んでいたのか、顔や腕からは汗が噴き出して肌を、つう、と伝っていた。
ぼんやりと霞んだ視界を擦りながら、彰は身体を起こす。そして、背中に付いた湿った土を払いながら、半開きの両目を周囲に向けた。
点在する、土造りの家屋。すぐ後ろに影を落とす、材木で設えられた柵。無造作に転がる鋤や鍬と言った農具。
薄らいだ意識でここが何処なのか理解するのは困難だったが、家があることから、どこかしらの集落であることは何となく頭が推した。
「…………どこだ、ここは」
何度か頭を横に振って目を覚まし、いくらか意識がはっきりしてきた彰は、髪の毛に絡まった土をはたきながら、状況の把握が追い付いていない状態で疑問符を吐き出した。胡坐をかき、頭の中で、つい先刻起こったことを反芻する。
訪れた図書館の奥にある部屋の、さらに奥にある空間。兎の顔をした人間、エスカが突然取り出した拳銃のようなもので、拒否する間もなく彰は脳天を思い切り撃ち抜かれた。その直後から、記憶は全くと言っていいほど残っていない。恐る恐る額に手を当ててみたが、銃弾による傷はどこにも見当たらなかった。
顎に添えるように口に手を当て、彰は頭に嫌な予感が過るのを覚えた。
……死んだのか? 奴に――――エスカに、俺は殺されたのか?
しん、と心中に嫌な沈黙が落ちる。身体を流れる汗が、ひやりと体温を奪う。
到底ありえない。そうは言いきれないことかもしれない。奇妙な姿をしたエスカが実はただの愉快犯で、ああやって図書館に迷い込んだ人間を手にかけているのを至高の趣味としている、という可能性を考えられないこともなかった。
彰は知っていた。人間というのは、自分が思っているよりもあっさりと死ぬ。
自分に限って死ぬはずがない、と思っている人間ほど、顕著に。
疑いをかけて、恐る恐る自らの頬をつねると、確かな痛みがあった。
痛覚があるということは、少なくとも死んだわけではない。彰はふうと一つ、息を吐いた。
だが、死んでいないとしても、疑念はまだ残っている。
それはこの、青色の空と黄土色の地面が広がる世界が。
静寂を孕んだ空気が充満する、この人気のない集落が。
エスカの言っていた、【御伽之世】であるか、ということ。
「つっても、確かめる方法なんざねえよなあ……」
口をへの字に曲げながら、彰は悩ましげに呻く。
そもそも彰はエスカから、どんな御伽之世に飛ばされたのかを全く聞いていなかった。【今】の彰が御伽之世に対してあまり関心を持っていなかった所為でもあったが、問答無用で銃口を向けたエスカにも責はあると彰は感じていた。
御伽之世が本当に御伽噺の世界に法ったものであるならば、まずはその基となった御伽噺について知る必要がある。だがそれは結局何も教えてもらえなかったので、彰は自らこの世界に事について調べる必要があった。
「面倒くせえなあ……」
とりあえず、この辺りをうろついてみて、それから色々と考えよう。
彰がそう結論付けて、立ち上がろうとした時だった。
ぎら、
と光を浴びて煌めく刀が、刹那にして、彰の眼前に突き付けられた。
そして、
「――――動くな」
囁きのような自分の声だけだった世界に、凛とした声が響く。
「!!」
自分に向けられた刀身の切っ先を見て、彰は凍りつく。引きかけていた汗が、冷や汗となって、全身に一斉に噴き出した。加えて、刀を握る手の奥に映っている男の、殺意を纏った眼光を目の当たりにして、彰は身動きが出来なくなった。
(こ、今度は一体何だ!?)
連続した突飛な事象による混乱。それもあるかもしれない。
だが彰の精神に深く打ちつけられたのは、目の前にある【恐怖】だった。
「お前は何者だ? なぜ、この村にいる?」
低く底冷えした声から、刀を持っているのが男であるのはすぐに分かった。だがそれ以外の情報は長い白髪と大時代な服装以外読み取れず、今自分を殺そうとしている男の素性はほとんど何もわからない。
徐々に刀との距離が縮まっていく中、彰は呂律も曖昧に口を開いた。
「な、何者だ、って言われても……あー、俺は、名前は、夏目、あ、彰だ」
「名前などどうでもいい」男はしどろもどろな彰を、言葉で切って捨てる。「貴様の身分、出身、属する集落を問うている」
向けられた剣先が、かちゃ、と音を立てて捻られる。ひっ、と情けない声を上げて、彰は反射的に両手を上げた。
「もしお前が俺の憎き仇敵に当たる者であるならば、今ここで喉笛を切り裂いて殺す他に選択肢はない。お前がそうでないと言うのであれば、何処の集落に属する者であるか、速やかに答えろ」
男の目は鋭く細められ、あからさまな殺意が滲み出ていた。
彰は答えに詰まる振りを装いながら、極めて冷静に思索を巡らせる。
なるほどこの男は彰を不審者だと思って、殺そうと刀を突き付けているらしい。ここで変に本当のことを言えば、疑いをかけられ、殺される。
彰は早くなる脈動を聞きながら、答えを絞り出そうと思考回路をフル回転させる。
正直に話して殺されるくらいだったら、もっともらしい嘘をついて、この場だけでも何とか乗り切るしか方法はない。
そう考えた彰は、震えながら上げていた両腕を下ろして答えた。
「お、俺はもともと、ここの集落に住んでいて、少し前まで留守にしていたんだ。それで今日たまたま戻ってきて、日向ぼっこでもするかと外に寝転んでいたらいつ間にか眠ってしまっててさ……目を覚ましたら、あんたが俺に刀を向けていた」
「…………ほう」
彰の言葉をひとしきり聞くと、男は怪訝に眉をひそめた。
「つまり、お前はこの村の住人であると、言いたいのだな?」
「あ、ああ。最近はあまり顔を出せていなかったけどな」
返事の後、いくばくか男には逡巡があったように見えたが、やがて両目をゆっくりと閉じて、彰に向けていた刀を鞘に納めた。
「そうならそうと早く言えばいい。俺としたことが、この村の唯一の生き残りを無碍に殺してしまうところだった」
「は、ははは……」
男の視線が殺意に満ちたものから、優しげに変わる。引き攣った笑いを浮かべる彰は、男に気付かれないように安堵のため息を吐き出した。
そうとは知らず、男は手を刀に当てたまま、頭をわずかに垂れる。
「済まなかった、夏目とやら。どうも最近は疑り深くて仕方がない。この辺りでは今、集落を襲う輩が後を絶たないからな」
「いやまあ、それは別にいいんだけど……」
早鐘のように打つ胸を押さえながら、彰は訊ねる。
「それより、あんたは一体何者なんだ?」
「ああ、そういえばまだ、名乗っていなかったか」
男は困ったように頭を掻くと、刀の柄に肘掛けながら言った。
「俺の名前は白玲だ。ハクでいい」