Neetel Inside 文芸新都
表紙

ぼっち企画
エウリノーム/53

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 ぼっちなう寂しい等ととツイートするビッチクソアマに私は舌打ちをしながらアイフォンを投げた。アイコン自分の写真で定期的に○○晒すなんてツイートでリツイートを稼いでおきながらぼっちだ?ざけんなよクソビッチ、てめぇの写真テクなんかお見通しだバァカと裂きイカソフトを噛みながら天井を見るのだ。
 着古した毛玉だらけのファストファッションのスウェットを着て、何年も調整していないグッチの眼鏡をかけてちぐはぐな私は数週間換えていないシーツの上に寝転がっている。見栄だけでグッチなんかに手を出すからこんな事になるのだ、調整もしに行けず、金も無くて眼科にも行けず視力が一体全体今いくつなのか把握もしていない。扶養者に変更された健康保険証を窓口で出すのも恥ずかしい。グッチ買った頃は学生だから親の金で物買うのも全然平気だったのになーと今も親の脛とイカの足を齧りながら寝返りを打つ。ふふふっ、親とイカの足、数週間人と会話していない喉元から変な笑い声が出る。
 さて、華々しく小中学校は神童と呼ばれた私は高校で凡人となり、センター利用で有名大学の文系最下層の経済学部に滑り込み、ふざけきった四年間を送ったため就職を逃しながらも何とか院に進学し、就職した友人の話を聞いて社会出たくないとのたまった挙句に博士課程にまで進み、その後海外での院留学とは名ばかりのサイトシーイングを経て経営学博士号を取り、そのまま特に経歴を生かしもせずコネで就職をし、直属の上司と対立をし、三十路一歩手前の今フリーターとは名ばかりのニートに成り下がっている。
 ほら私ってあれじゃん、社会適応性皆無じゃん、空気読めないし盛り上げれないし気に食わない上司にはたてついちゃうし。ああそう、それで全部ダメになったんだっけ、何あの年功序列の罠、私より年食ってるくせに腐った女みたいなねちっこさで陰険な真似しやがって。てか最初は好かれてたんだよな、あいつが目つけて嫌がらせしてる窓際のおっさん庇ったらそっから女子中学生の裏切り者みたいに扱いやがって。会社はてめぇの仲良しごっこのお遊戯場じゃねぇつーの。そんなんは家帰って大好きなてめぇ似のブス娘のシルバニアファミリーででもやってろっての。
 そんな今年二十九歳の私の一日は基本的にやる事が無い。公認会計士を取るため予備校に通うという名目でニートをしているものの、あのテキストを少し読んで匙を投げた。電卓の音が五月蝿くて自習室もだるいし。
 こういう時実家が金持ちって人の心を腐らせる。人並みのマンションに住んで(学生マンションだけどさ、大学の近くは嫌過ぎて引っ越したけど)、人並みに食べて(最近無性にカップ焼きそばが食べたくなるのは何故なのかしら、私の一押しは一平ちゃんね)、人並み以上に眠る(基本十五時間睡眠ね、起きている時間が短い)。
 午前一時過ぎに布団に入って起きるのは午後四時過ぎ、寝ぼけながらテレビを点けて、昨日食べ切れなかったカップ焼きそばの残りが冷蔵庫に入っているのをチンして食べる。これが朝ご飯。そのままぼんやりとツイッターと2ちゃんねるまとめサイトを周って、それからツイピクやピクシブに上げるためのイラストや漫画を描いて、気付いたら午後九時。昼食兼おやつ兼夕食の野菜炒め的な物を食べて、ああストックが無かったら買出しね、スーパー九時までだから閉まる前に。それでクズみたいなワインを飲むの。スーパーで売っているワンコイン以下で買える白ワイン。冷蔵庫から取り出してラッパ飲み。コップ洗うの面倒くさいし。色々試したけど酔っ払うのに一番コスパが良いのがワインだって気付いた。一日一本空けて丁度くらくらになって眠れる。ワイン瓶片手にちょいちょいツマミを食べながらバラエティー番組とアニメの動画サイトを周ったり、絵を描き進めて、テッペン過ぎると酔いが大分回ってきて炭水化物が食べたくなって三分で出来る文明の利器カップ焼きそばの麺を十本程食べて、トイレにキスをして気力があったらお風呂に入って就寝。
 私の存在証明はツイッターでリツイートやお気に入りに入れてもらえる絵を描くこととピクシブで評価やブクマを貰う事。旬のジャンルに乗っかってホモの絵を描いておけば人気になれるのだ。たまにランキング入りもするけれどほとんど十八禁の絵だ。ちんこ描いてないと私の絵には価値が無いらしい。
 立ち上げたままのパソコンには次上げる絵の下書きがあって、水色が目を刺す。ペン入れをして色塗らないとな、今回は結構がっつりエロいからランキング入るだろうな、と笑う。リピートで流しっぱなしのニコ動を止めて頭を掻きながら洗面台に向かった。そろそろ食料のストックが無くなってきた。スーパーに行かなければと顔を洗う。
「あーフケ出てら……」
 元々出やすいフケは一日髪の毛を洗わないと粉を拭いたように根元に付いている。面倒臭くて二日風呂に入っていないからそりゃあ出てしまうだろう、でもスーパー行く前に入るのも面倒臭い。いいか、とハットを被って軽く目元だけ化粧をしてマスクをする。ここまで隠せばもう何も見えない。香水をふって、デニムとシャツに着替えてパンプスを履けば普通の女に見えるはずだ。
 家を出てスーパーまでカツカツとヒールの音を立てながら歩く。ご飯作るの面倒だからこの時間で安くなっているはずの惣菜で済ませようかしら。ああでもあのババアやジジイ達と惣菜取り争うの嫌だなぁ、気にせず突っ込めばいいんだけど。だったらカップ焼きそばヘルシーバージョンにしようかな。ちょー簡単、カップ焼きそばにお湯注いで三分のところ二分でお湯切りして麺の上にキャベツ千切ったのを乗せて電子レンジで一分程チン。キャベツの量にもよるから電子レンジ見ながら時間は調整するの、それでチンした物に付属のソースとふりかけとマヨネーズかけて完成。包丁も使わないし、麺が生麺っぽくなって美味しいやつ。うん、惣菜争いに負けたらそれにしよう。キャベツが安くなっていますように。
 単純料理ばっかりが上手くなった、カップラーメン系の応用、ポリ袋飯、簡単深夜飯、ツマミ、所謂ズボラ飯ばかりだ。
 スーパーで一通り買い物をすると持ってきたトートバックに詰めて外に出た。一応ポテトサラダとイカリングを勝ち取ったのでいいか、エビス買っちゃったから楽しみだな、とイヤホンから流れる音楽を軽く口ずさみながら歩く。マスクをしているので多少歌っていてもバレないのだ。
 トートバックの揺れる音とヒールの音、イヤホンから聞こえる音楽を聴きながらマンションに辿り着く。オートロックの玄関手前の郵便受けで中身を確認していると後ろから人が入ってきた。
「こんばんはー」
「こんばんはー」
 挨拶をされたので会釈をしながら答えると、公共料金請求書と適当に会員になったショップの葉書以外の不要なチラシ類を捨てるために備え付けのゴミ箱の前に移動しようとした。
 すぐ横にその人が立っていた。驚いて強張りながら顔を見ると普通のサラリーマンのような人だった。部屋番号の関係でポストが近かったのかなと言い聞かせながら避けようとするとトートバックの紐を掴まれた。これには流石に驚いて固まった。
「819なんだね、お姉さん暇?」
「え?…………は?」
 部屋番号を言われてぞくっとしたものが背筋を流れた。そりゃあポストを見ればわかるが、この人は何が目的なのだろう。にやにやと薄笑いを浮かべた顔に震え上がる。私自身も久しぶりに人と話すので上手く受け答えが出来る自信がない。
「お姉さん一人でしょ?ね、一緒にご飯食べない?」
「いや、あの、結構……です」
「絶対独り身だよね、ねぇもしかして処女?」
「は?えっと、あの……」
「ね、実際寂しいでしょ?」
 にやにやと笑いながら私のバックの紐を掴む男に硬直してしまう。だって逃げ道が無い。たった今部屋はバレてしまったし、持っている請求書が見られているとしたら名前だってバレている。怖い。どうして鍵を用意しておかなかったのかと自分を攻め立てる。オートロックを開ける鍵は今鞄のポケットの中だし、ここのオートロックは人が居れば扉が開いたままになるという仕組みだ。どうしたらこの人は私に危害をくわえずに帰ってくれるのだろう。
「あの、大丈夫なんでっ!!」
 意味不明の言葉を喋ってチラシを抱えたまま走って必死に鍵を取り出してオートロックを開けるとエレベーターを使わずにすぐ横の階段を走った。カンカンとヒールの五月蝿い音が鳴って、四階くらいで息が上がって、追いかけている音が無かったからそこからエレベーターに乗った。エレベーターが七階にあって、動いていないようだから安心したものの、震えは止まらずに走って部屋の鍵を空けて入って内から鍵を閉めると玄関にヘタりこんでしまった。息が荒くて心臓がどくどく言って、後頭部の血管が脈打っているのがわかるし、眩暈がする。最近運動なんてほぼしていないのに、よく四階まで走れたものだ。手のチラシを見ると一番上にあったはずのガスの請求書が無くて、床を探したが見当たらなくて落とした事に気付いた。どこで落としたのかわからないがエントランスではないのを祈った。
 未だ心臓が酷く脈打っている。身体全身に血液を送ろうとしていて、酸素が足りなくてそのまま玄関の扉に頭を預ける。けれどあの変質者は私の部屋番号も全て知っているのだと思うとぞっとした。あいつらは時間差攻撃が大好きだから、とスマホを取り出して誰かに連絡しようとして絶望した。
 気楽に連絡を取れる相手が誰も居ない。
 スマホの普段全く使わない連絡帳を見て、登録してある名前を探っても話せる相手が居なくて、頭を扉に預けるとひっと高音の出すはずの無い笑い声が出た。笑い声と悲鳴の混じった声に自分を保つために肺を震わせた。
「あはははははっ……ウケる……」
 本当に誰も居ないのだ、定期的に連絡を取っている人を退職を機にほとんど排除して、頼れる男なんか居なくて、親になんか連絡出来なくて、すぐに来てくれる人なんか居なくて。大学卒業を機に皆実家に帰ってしまって、田舎の地方出身者ばかりを友達にしたのがこんな所で仇となっている。いや、それは言い訳だ。こっちに残っている友達だっている、けれどこんな時に頼れるような友達じゃないだけだ。ネットの友達に何て助けを求めるのだ、変態に襲われているなうってか。個人情報を守ろうとしたのが逆効果で誰も深く付き合っていない。
 すぐ横に転がっているトートバックから覗くワインとカップ焼きそばとイカリングにぞっとして肩から下ろす。この肩紐の部分にあいつが触れていたのだ。
 ばっかじゃねぇの、マスク外してやれば良かった、てめぇが声かけたのは三十路間近のババアだよって、見えない所は化粧していないし顔剃りもしていないからヒゲはえてるババアあって。ハット取ればフケだらけで香水で匂い紛らわせただけですっげぇ脇とか臭うババアだって。ああ、今思えばそのまま誘いに乗っておけば良かったのかもな。処女だ?バーカ十代の時に捨ててるっつーの、セカンドバージンだっつーの、多分あれだよ?数ヶ月やってねぇからキツイよ?やべぇ生身ディルド逃しちゃった。
 笑いながら立ち上がって靴を脱ぐのも忘れてそのままベッドに膝を立てた状態で顔を伏せた。それから顔を上げてパソコンを見るとスクリーンセーバーが働いていて、ノートパソコンのマウスとなる部分に触れると自分の絵が出てきた。男同士で女のように絡み合いながらちんこを勃てている絵。面白い、何これ、笑い声を上げながらそこに膝を付いた。
 何を、何を書いているんだ、自分の人差し指のような性器を描いてその上にモザイクや線を入れるんだ。何をしたいのだ、私はこんな物を描くために今まで生きてきたのか。ノートパソコンの画面を掴むと一気に引き下ろして閉じる。綺麗な薄い物体になったパソコンの横にペンタブが転がっていた。
 本当に何をしているのだ、MBAと日本の経営学博士が私という個体に何の価値になるのだ。公認会計士が女の私に何の価値になるのだ。ズボラ飯が得意な事が何の価値になるのだ。なぁ、変態吸引機が何の価値になるんだ、誰か教えてよ。神童を何十年引きずって何が楽しかったのだ、答えろよ童。
 トートバックに入っている安ワインの封を開けるとごっごっと音を立てて飲んだ。安いからコルクなんて物で無い、捻れば開く蓋だ、この蓋の材質さえもわからない。不味い。渋くて甘くて苦くて味がしない。作りたてた葡萄の味がした。口の端から酒が毀れて胸元と太ももを塗らした。けれどそのままフローリングに寝転んだ。フローリングには抜けた毛が落ちている。これが私の簡易死体だ。  
 ああ、どうしようか。十年前、大学入りたての私が今の私を見たら絶望するだろうな、往復ビンタしてケツに蹴りを入れるだろうな。あの頃は二十九なんてキャリアウーマンになって結婚して第一子もうけるかどうかだろうって思っていたから。
 過去の私が今の私を殺したんだ、今の私が未来の私を殺すのだ。ふふふっと笑いがこみ上げて、ざまぁみろと呟いた。震える指で親指で口を押さえたワイン瓶を口まで誘導した。数時間後私は二十代最後の年を独りで迎える。

       

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Neetsha