Neetel Inside 文芸新都
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嘘みたいな本当の死
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 真夜中に写真を撮る理由は二つある。

 一つ。昼間に写真を撮りたくないから。僕は相当のビビリである。恥ずかしがり屋である。写真を撮ってるところを見られると、とてもいたたまれない気持ちになってくる。あ、この風景イイなと思っても、人の往来が多いと即座に諦めてしまう。逆を言えば人目がなければ撮ってしまうのだけど、ふつう昼間はどこで誰が見ているかわからないし、そもそもかなりの割合で、昼間は写真を撮りたいと思わない。なぜか。

 二つ。これが、僕が夜に写真を撮る理由でいちばん大きいのだが、僕は、心霊写真を撮りたいのである。心霊写真とは、普通ではありえない写真全般を指す。
 例えばここに一枚の写真がある。家族旅行の写真である。時間は夕刻。場所はバンガローで、みんな笑顔。キャンプ中に撮影したのだろう。バーベキューの煙は下火で、くつろぎの時間だ。
 その、子供のかぶってる帽子。そこにありえないものが貼り付いている。女の顔。上半分だけ。やけにリアルなのである。これが光の加減で人間の顔に見えたと言うならば、笑えるおもしろ写真として話のタネにでもなっただろう。しかし、妙に生々しいのである。しかも、その目はギラギラ脂ぎっている。殺意のこもった瞳である。
 僕はこの写真をネットで手に入れた。だから合成という可能性がないわけでもない。むしろネットの心霊写真は9割が他愛もない悪戯だろう。しかし。
 合成だからなんだというのだ。僕が心霊写真だと思えたらそれで良いのだ。
 女の顔が紛れ込んでたり。
 身体の一部が消えてたり。
 謎の光、壁のシミ、不自然な物体……いろいろ。
 ああ、考えるだけで震えてきた。
 心霊写真、心霊写真、心霊写真。
 僕は、心霊写真を撮りたい。

 自転車を留めた。墓地である。お約束である。
 だが、それでいい。心霊写真とは、そもそも霊が存在すると誤解するところから始まる。いると思うから存在する。いないと思ったら存在しない。意識しなければ不可解なものは撮影できない。意識の力は強大である。意識しなければ、今朝食べた物さえ思い出せないのである。
 霊がいるという意識を絶やしてはならない。それはもはや形式である。形式を厳格に守ることが、心霊写真を撮る足がかりとなる。だから僕は、昼ではなく夜に撮る。夜の方が、霊がいると思い込みやすいからだ。

 心霊写真を撮るためには、霊がいるという形式と、それから研ぎ澄まされた直感が必要である。一流のプレイヤーは、異常なまでに形式を重んじるという。それは、自分自身の感覚……いわばセンスを研ぎ澄ませるために、あえて、形式を身につける。型にハマる。
 自分と形式の差異を知る。その差異こそがどうしようもないほどの、自分自身のセンスなのである。

 僕は片手に懐中電灯、片手にデジカメ。で、シャッターを切りまくる。カメラにはこだわらないのが、むしろこだわりである。墓地とは言っても荒れ放題で、死者を悼む気持ちは皆無である。墓石に刻まれているのは、なるほど、昭和である。とても古い。戦前とまではいかないが、だいたい40年前がデフォである。墓石は倒れ放題だし苔生え放題である。卒塔婆とか、折れ放題だし濡れ放題である。供えられた花瓶は割れ放題だし濁った水たまり放題である。
 しばらく歩くと、小さな墓があった。
 幼児の墓である。

 ビクンッ。

 この感覚である。
 霊がいると僕が誤解している。そしてその誤解は、カメラを通して補強される。
 いる。絶対いる。怖い。怖いけど、撮る。撮る。怖いけど撮る。興奮。キリキリ。苦しい。パシャパシャ撮る。
 ビクンッ。
 家に帰ってきても興奮は収まらなかった。両親はもう寝てる。妹も寝てる。
 部屋に鍵をかけて、ベッドに横になる。デジカメ。仰向けになりながら、撮った写真を貪るように眺めた。ほとんどが暗闇である。意味のわからない風景。撮った写真を切り替えまくる。やがて幼児の墓の写真群にたどり着く。
 やはり。
 その中に『彼女』はいた。
 白い顔。怨嗟のこもった瞳で、こっちを凝視している。ああ……ッ。


 強烈に勃起した。


「……ハッ、はッ」
 なぜ心霊写真を取りたいのか。理由はいたってシンプルだ。僕は17歳だ。男子高校生だ。男子高校生という動物を真夜中に動かす理由は、一つしかない。
「うッ」
 思わず声を出してしまった。

「ハァッハァッ、きゃ愛い。きゃあいいよぉッ……!」

 ドピュ、ドピュ。ピュ。
 相当溜まっていたようだ。
 ここ数日は中間テストで、写真を撮ってる暇がなかったのだ。
 ピュ、ピュ……

 僕は、心霊写真でしか抜けない。

「はぁ、はぁ……」
 まだまだイケそう。
 
 
 
 

     


       

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