Neetel Inside ニートノベル
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プロジェクト・リビルド!
第3話 交渉でリビルド!

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-1-

 事前情報がなにもないまま現場に放り込まれた天音と瑠璃垣だったが、発生している問題自体はありふれたものだった。顧客がクレーム気味に課題としてあげていたのが操作時の応答時間、いわゆるパフォーマンス問題である。
 同じFSDN社員の茶園志都紀からひと通りの資料を受け取った天音は、同じく資料を見つめながらボーっとしている瑠璃垣を左に見ながら頭を抱えた。
「なんだこれは……」
 予想はしていたが、これほど面倒な案件だとは。天音はどうしてこうも炎上案件にばかり放り込まれるのだろうと、自身の運命について振り返る機会を得た。
「どうしたのあまねちゃん、暗い顔して」
 瑠璃垣が天音の顔を覗きこんでくる。異常に顔が近かったので天音は思わず飛び退いた。
「近い!」
「あ、ごめんなさい」瑠璃垣はわざとらしく手を口に当てて自分も驚いたふうな素振りを見せる。「ブサイクなもの陳列しちゃった」
「ほんとで……いやそんなことないですけど」
 慌てて訂正するが、瑠璃垣は気にしている様子はない。瑠璃垣はブサイクではない。
「ため息もつきたくなりますよ。課題管理表は見ましたか?」
「見たけど、さくっとやっちゃえばすぐに終わりそうなものじゃない?ほとんどパフォーマンス問題で、件数もそれほどないし」
 瑠璃垣は本質を見誤っている、と天音は思った。文字だけ見ているとそう思うかもしれないが、表層を解決しただけではクレームが収まることはない。
「見出しには該当画面が書いてあっても、文章をよく読むとその画面だけじゃない問題が結構あるんですよ」
 後々精査は必要だが、ざっと見ただけでも1画面の問題に別件の事象が紛れ込んでいるものがいくつかあった。記入内容が重複しているものはほぼ無いので、一行に一つ書かれている「課題」に3つの要対処事象が紛れ込んでいるとして、対応工数はそのまま3倍になる。
 そのことを天音はそのまま瑠璃垣に伝えるが、瑠璃垣は非情なまでのポジティブシンキングで言う。
「まあ、大変だけど、文句言ってても仕方ないしね。やるしか無いんじゃない」
 それはそうなのだが、この前向き思考が今の天音には非常に不快だった。後先考えずにとりあえずやってみて、ダメならその時考える。そのパターンの典型的結末が、今だ。普通はこうならないよう事前に段取りをするのが計画であり、リスクマネジメントというやつだ。
 無論、こういった方法が有効な場合もある。必要以上にリスクを恐れて一つも物事が前に進まない時などは、とりあえずやってみようというプロトタイプ手法は、有りだ。これまでそういうプロジェクトが幾つもあったし、それで成功したケースもある。
 しかし、今回のケースは違う。事前の準備期間はWBSを見る限り充分にあったはずだし、打ち合わせも何度も行われており、議事録も残っている。それでこの体たらくということは、プロジェクトの管理に失敗したのだと断じざるを得ない。本番稼働が始まってからパフォーマンス問題が表面化するなど、言語道断である。
 ただ、このプロジェクトの複雑さは、天音の手の届く範囲の外にあった。プロジェクトマネジメントは他社担当であり、自社の作業はただ淡々と成果物を納品するだけだったのだ。そしてもっとややこしいのが、契約的に自社にはなんの落ち度もないところだ。
(保守フェーズから自社に引き継いでいる……)
 当初はハード周りの設定関連だけで本案件に入っていたが、保守フェーズからPG保守も請け負ったようだ。そもそも「すでに決まったこと」を「手順書に従って作業していく」だけしかしていないのだから、全体のプロジェクトを円滑に進行させることなど不可能だ。
 そして、現在問題になっているのは設計・実装レベルの問題であり、現時点で担当しているのは自社という状況である。
 瑠璃垣の言ったことは、事実である。事実ではあるが、気に入らない。気に入らないが、やるしか選択肢はない。
「やるしかないかー」
「あまねちゃんのそういうところ好き!」
 瑠璃垣の誰に言ったかわからない発言を無視して、天音は課題管理表の精査を始めた。

     


-2-

 客先でうとうとする茶園をゆさゆさと揺さぶって起こそうとする瑠璃垣を横に見ながら、天音は課題管理表の精査を終えた。課題管理表の記載事項を1行につき解決すべき問題を一つにし、その問題とは別件になるべきものは新しく起票した。結果、解決すべき問題は当初の2.5倍に膨れ上がった。予想よりは少ない件数にはなったが、それでも膨大な数だ。これに2日を要した。
 これにいい顔をしなかったのがユーザのシステム部門で、プロジェクトマネージャを飛び越して直接FSDNにクレームを入れてきた。曰く、増員したのに一向に改善する気配がないが、一体何をやっているのか、御社にはモニタとの睨めっこ大会強化選手養成のために高い金を払っているわけではない、とのことだ。事前の取り決めでスケジュールを提出し、承認を得、それ通りにやっているにもかかわらずである。
 この件に関する状況説明のため、昼食の後打ち合わせをすることになった。

「わたし、あのひと嫌い」
 ラビオリを口いっぱいに頬張りながら、瑠璃垣は言う。エンドユーザであるホムラ工業株式会社のあるアンフェルツビルは、1階から3階がレストラン等の一般店舗になっており、4階以上がオフィスになっている。ビルの外にはあまり飲食店がないので、昼食はここで済ますか、最上階の27階にある食堂で食べるかのどちらかになることが多い。天音は瑠璃垣、茶園と共にパスタが美味しいと食べログで絶賛されているイタリア料理店に来ていた。
「食べながらしゃべらないで下さい、あとそういう話題はやめるように」
 注意しても瑠璃垣はずっとモゴモゴしながらしゃべり続けている。8割は何を言っているのかわからないのに、悪口風の単語だけはクリアに聞こえてくるからたちが悪い。仕事の外で心労を増やすのは本当にやめてほしい。茶園はフォークにパスタを巻いたまま寝ている。
「そういう話題って?もごもぐ」
「(外でユーザの悪口まがいのこと言うのやめて下さいって言ってるんです。誰が聞いてるかわからないんですから)」
 実際社外の悪態がユーザにバレて懲戒を受けた社員を知っているし、失注は避けられたもののそのユーザとかなり険悪になったケースも有る。一時期は週に一回は「社外での言動に十分注意するように」という管理部からのメールが届いていたほど、緊迫した状況になったようだ。
 思い出したように茶園がパチリと目を覚まし、これまでの会話を聞いていたかのような口調で喋り始めた。
「しかし、無策で打合せに臨むわけには行きませんよ。なにか作戦はあるんでしょうか」
 そうなのだ。昨日プロジェクトマネジメントをしているSIerであるSIS社の天沼から聞いた話によると、次第によってはFSDNを保守担当から外すことも視野に入れていると話しているらしい。下手を打つと失注もありうる状況である。
「でもここに入って2日だしなあ。とりあえず現状を報告するしか無いよ。瑠璃垣さんの方は進み具合どう?」
 瑠璃垣は口に詰めたものを一度にゴクリと飲み込む。喉が大きく膨らんで食べたものがどこを通ったかはっきりとわかった。ほんとにマンガみたいな人だなと天音は思う。
「うーん、30%くらい。ひと通り見て傾向は掴んだつもり。これから詳しく見ていくよ」
 瑠璃垣は作業内容を過小評価する傾向にあるので楽観はできないが、天音はそれでも早いなと思った。彼女は作業自体は素早い。
「じゃあ若干前倒しで進んでるか。私の作業も結構はやく終わったし、茶園のもオンスケだし、好材料じゃない」
 そういっても、茶園の顔は暗いままだった。現場に長くいる彼女のカンは信じるべきだとは思うが、心配のし過ぎだとも思う。
「まあよくわかんないもん心配してもしょうがないよ。なるようになるって」
「そうでしょうか……」
 いつになく前向きな思考で茶園を元気づけようとした天音だが、当の茶園はパスタを頬張る直前にまた眠ってしまった。その姿をみながら、戦えるだけの材料はあるのだから、悲観的になってもしょうがないよと自身にも言い聞かせる。

 天音のこの楽観的な観測は、数十分後に粉微塵に爆散することになった。

     


-3-

 アンフェルツビル7階にあるホムラ工業の第2会議室に向かうため、天音は階段をゆっくりと登っていた。頭のなかで何度もシミュレーションし、打合せを円滑に進めるための構成を組み立てていた。
 ホムラ工業はアンフェルツビルの5階から7階に居を構えているが、外部の会社が入り込んで仕事をする際は5階で作業をすることが多い。立派な机や椅子も用意されているのでその点に関しては不満はないが、ユーザとの打合せに使用する会議室が7階にあるのが天音の不満だった。エレベータで移動したいところだが、エレベータは使用しないようにせよというFSDNの社内通達により、階段による筋力強化の修行を余儀なくされていた。
 なんでもホムラの役員が「エレベータが来るのが遅すぎる」と怒りだしたのが原因で、ユーザから関係各社に秘密裏に「社内間移動の際にエレベータを極力利用しない」ように連絡があったとか。ホムラに初めてきた時にそういう説明を茶園から受け、ああ、やっぱり自分が来たところはそういうところなんだなあと、天音は口の端をひきつらせながら苦く笑っていた。
「資料も人数分コピーしたし、大丈夫よね」
 階段の壁には『必ず手摺を持ちましょう』という張り紙がされてあった。転落した人でもいたのだろうか。運動不足の天音は終電に遅れまいと必死で走っている途中、階段で足がもつれて大転倒したことを思い出して気が重くなった。
(いかんなあ、気を確かに持たなくては)
 右手で自分の右頬を張り飛ばし、気合をいれて7階に至る最後の段を登り終え、天音は防火扉のノブを回した。

「そんな金が払えるわけがないやろうが!」
 そう言うと男は右端の男に持っていたボールペンを投げつけた。
 粛々と始まり淡々と進んでいるように思われた打合せだが、工数と費用に話が及んだ時にエンドユーザのシステム担当である円幹雄のコメカミがぴくりとしたのが、撃鉄が起こされた合図だったようだ。ボールペンはSISの営業担当へ向かってまっすぐ飛んでいき、眉間にクリーンヒットした。
 天音は何が起こったのかわからず、周囲を見渡してみるが、そうだよね、訳がわからないよねと言わんばかりに誰もが呆気にとられている。茶園は半分だけ目を開けながら寝ていた。
「ど、どういうことでしょう……」
 SISの営業担当である西村が恐る恐る聞く。
「どうもこうもあるか!導入前にお前らなんて言った?『弊社が自信を持ってご提供させていただく最新のシステムです』だの『これで御社の業務効率改善間違いなし』だのでかい口叩いてくれてたやろうが。それが何だ今の状況は。俺は役員への釈明のために毎週くだらん報告書作成じゃボケ!」
「も、申し訳ありませんっ!」
 西村がテーブルに手をついて頭を伏せているが、円の怒りが静まる気配はない。
「それがようやく解消されるって聞いてきてみれば、なんやこの茶番は。お前俺をなめくさっとるんか」
 西村はただひたすら謝るばかりでそれ以上の言葉はない。罵声を浴びせ続ける円に対して、嫌悪感を抱くのには充分な時間だった。
「ちょっとよろしいですか」
 天音が怒気と怒号を遮り、円の注意を引いた。今まで西村に向けられていた負のオーラが一瞬にして天音に向けられたじろぐが、このままでは埒が明かないことは会議参加者の全員が賛同してくれることだろう。
「なんやお前は。新参か。名前は、えーと」
「村雲です。西村さんをここで血祭りにあげてもシステムの改善は望めませんよ。前向きな話をさせていただけませんか」
 血祭りという言葉に西村が顔を青くしていたが、実際にするわけではないし、そのくらいの感情は持ってもらってもいいと天音は思っていた。彼らが現況を見抜いていて、システムインテグレータの矜持を持って事にあたっていれば、こんな事にはならなかったはずだ。彼自身に責はないかもしれないが、営業担当以外に会議に出席していないのであればそれも仕方がない。事前打合せで参加を依頼し、グループウェアで参加依頼まで出したにもかかわらず、SISで開発に関わっていたとされる人間は誰一人として参加せず、来たのは西村ただ一人だった。騙し討にあった気分になり、天音は不快だった。
 会議室は完全防音どころかついたてで仕切られているだけのシンプルな構造なので、当然円の怒号は室内に轟き渡っている。「なんだなんだ」「ケンカか」などと言いながら暇そうな社員がついたての上から顔をのぞかせている。
 天音の冷静な言葉と周囲のどよめきに自身が著しく冷静さを欠いていたことにようやく気付いた円が、バツの悪そうな顔をして着席する。しかしながら怒りが静まる気配は全くなく、ギラギラと天音を睨みつけていることには変わりない。
 円は顎をクイッと横に振り、天音に続きを促した。
「ありがとうございます。お客様が現システムに対してご満足いただけないことに関しては弊社でも把握しており、心を痛めております」
「おためごかしはええ、どうするかを言え」
「わかりました。対応内容に関しては先ほどご紹介した内容の通りです。工数、費用感ですが、要件定義にある性能はクリアしていますからシステム開発側の責ではないという合意は頂いているはずですし、今回お客様から見積を提示してほしいというご要望があったため今回の打合せが行われているということもご理解頂いていると思います」
 横で瑠璃垣が(うわあ、言いづらいことを淡々と言うなあ)という顔をしているが、嘘をついても仕方がない。ただ天音の短い人生史において、正論で相手を説き伏せられるということは稀だった。
「おまえ、俺の話聞いとったか?『高い』いうとるんやぞ?」
 天音はその返答が来ることを予想していたかのように、ええ、と頷き、話を続ける。
「今の状態ですとお客様のご要望をフォローしきれていなかった部分が多くあることは先程のやりとりで理解しました。できれば今から詳細なヒアリングを行い、明日にでも見積を再提出させていただきたいのですが、いかがでしょうか」
 とりあえず一旦置こう作戦は、情報量が足りない時に緊急の策として一度限り許されるものである。これを多用する業者は信用されない。
「明日ぁ?」
 反射的に反発した円だが、まあ、仕方ないかとひとりごとをつぶやいた後、天音の提案を承諾した。

 ヒアリングを終えた後、円から「ここで今日俺が暴れたこと、内緒やで」と釘を刺されたが、あれほど衆目を集めておいて今更内緒もないだろう。彼なりの冗談だろうか、と天音は思ったが、そういったタイプのジョークは嫌いだった。
 茶園は打合せ終了間際に出されたお茶の湯気でようやく目覚めた。

     


-4-

 数時間の猶予を得た天音だったが、事態は良くないどころか二日酔いで迎える翌朝よりも悲惨だった。ヒアリングはしたものの、ろくな情報は引き出せなかったし、そのあといくら資料を調べたところで、自社に有利になるような資料は出てこない。
 これはたまらんと近くの島にいるSISの社員に相談するため、一時間後に打合せを依頼する。メールで下記文面を起こして送信した後、グループウェアで会議室と会議の予約を行う。

『SIS 天沼様

FSDNの村雲です。
お世話になっております。

ホムラ工業様の引き継ぎの件で、急遽ご意見を頂戴したくメールを差し上げました。
つきましては、15時30分より第3会議室にて打合せをさせていただけないでしょうか。
会議室、プロジェクタの予約は弊社にて行います。

以上、よろしくお願い致します。』

 メールに気づかない可能性があるので、グループウェアでの予約をしたあと直接口頭で依頼しに隣の島まで行こうと思っていたが、プロジェクタの予約を完了した時点で返信の通知が天音のPCにポップアップした。

『FSDN 村雲様

いつもお世話になっております。
SISの天沼です。

打ち合わせのご連絡の件、了解いたしました。
小職の他、エンジニアの佐香下が同席いたしますので
よろしくお願い致します。

このたびは弊社のインフラ周りだけでなく、導入ソフトウェア関連の管理業務も一部引き取っていただけると聞いておりますので、このシナジー効果によりお客様へのより一層価値の高いソリューションが提供できると非常に期待しております。

以上、よろしくお願いします。』

(冗談じゃない……!)

 ソフトウェア関連の管理業務とは、一体何のことなのか。ひと通り資料には目を通したが、自社が担当するのはPGの保守のはずだ。管理とは、プロジェクトの管理のことか?そんなバカな。
「瑠璃垣さん」
「はいはい、なあに」
「今メールを転送します。ちょっと見てもらえますか」
 瑠璃垣が生返事で頷くのを確認せず、天音は先ほどSISから放たれた機動爆雷と思しきメールを瑠璃垣のメールアドレスに転送する。一応CCに茶園も入れておいたが、彼女にはあまり期待していない。
「えっ、うちってプロジェクト管理業務もするの?」
 瑠璃垣も気付いたようで、ごく当然の疑問を口にした。
「いや、そんなはずはないんですが。そうなんですか?」
「契約書も一応見たけど、一応うちの担当はプログラムの保守だね。情報がそれだけならプロジェクト管理もするのかって考えもあるけど、体制図にはそんな記述はないよ」
 一度は自分も目を通したことがある、プロジェクトの体制図の印刷物を瑠璃垣が取り出した。やはり保守はFSDN、そしてプロジェクト管理はSISが担当すると明記されている。
「どうしてこうなった、どうしてこうなったのか」
「わかんないけど、営業か部長が勝手に口約束しちゃったんじゃない」
 事態が悪化していることしか認識できない現状に天音は天を仰いだ。もしメールを送らなければ、この話は知らなかったで通せただろうか。藪をつついて蛇を出してしまった。
「まあでも、やるしかないんじゃない」
 瑠璃垣が半ば口癖のようになったセリフを吐いたので、天音は苛立って強い口調で言ってしまう。
「やらなくてもいいことは、やらない。はっきりさせておくけど、自社にそんなリソースはないわ。SISがどう考えていようと、うちの会社の人間が裏でどんな約束をしていようと、契約書に明記されていない自社に不利な条件を現場の人間が無条件に飲む状態なんておかしいわ」
 急にこわばった口調で淡々と話しだした天音を見て、ああこれはふざけちゃいけないんだなあと思い直した瑠璃垣は、天音を正面に見据えて問うた。
「でも、どうするの?口約束だって証明のしようがないだけで立派な契約だよ。一方的には反故には出来ないんじゃない」
「一方的には、出来ないでしょうね」
 天音がニヤリと笑うと、やたらとやかましいキータッチで自社の部長と営業宛てにメールを書き始めた。

 15時30分、第3会議室にて、SISとFSDNの打ち合わせが始まった。名刺交換を終えた後、着席して最初に口を開いたのは、天音だった。
「このたびは突然のご依頼にもかかわらず打合せをしていただきありがとうございます。御社も日々の業務で大変だと風のうわさで聞いております」
 SISの人間は、事前の通告通り、天沼と佐香下が座っていた。天沼が女性だというのは聞いていたが、なんと佐香下も女性だった。この職場の女性の多さは何なのだろう。見えない力が誰かのハーレムでもつくろうとしているのだろうか。
「いえいえ、とんでもな」
 天音は、天沼の言葉の終わりを待つつもりはなかった。
「ところで今回のお申し出は非常に助かりましたよ。なんでも御社が弊社業務の一部を引き取ってくださるとか。いやあ弊社も実は非常に業務が圧迫されておりましてね。大助かりです」
 えっ、という疑問符を、天沼と佐香下が同時に頭の上に点灯させた。事前の予定通りのリアクションだ。
「ということで今回は本件に関する引き継ぎに関してお話したいと思っております。資料がありますのでこちらをご――」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
 天沼が顔面を蒼白にして訴えてきた。
「御社からの引き継ぎ?いったい、何の話ですか?」
 天音は、これまでのにこやかな顔を一変させて、天沼の問に返答する。
「えっ、何の話と言われましても。御社の営業担当の東山様からのご提案なんですが。弊社が一部PG保守を引き受ける際、手の回らないインフラ保守業務に関してご助力いただく、と」
 何一つ嘘は言っていない。
 天沼の会社は発注元の強権を振りかざして下請けを回りくどく脅したし、自社の部長は日常会話から営業の揚げ足をとった。
 天沼は、ただ、やられた、と思った。
「おっしゃりたいことは大体理解しました。それで、今回の打ち合わせの真の目的は何でしょうか」
「話がはやくて助かりますね、御社とはいい関係が築けそうです」
 そういうと、天音は本音を打ち明ける。PJ管理を引き続きSISが主管として担当してほしいこと、インフラ業務の助力はFSDNのリソースが足りない場合には依頼するかもしれないこと、そして今回の打ち合わせの真の目的――10分前に茶園の何気ない独り言から思いついたもの――を天沼に隠すことなく披露する。
 当初は目を丸くしていた天沼だったが、少し考えた後に結論を出した。
「なるほど、それなら現状を打開するきっかけにはなるかもしれませんね。弊社としても今の状況には少しうんざりしていたところです。円さんにはすこし気の毒ですが……、それでいきましょう」

 SISの後ろ盾は確保した。あとはぬかりなく準備をし、明日に向けて充分な食事と睡眠で英気を養うだけだ。
 帰宅の途につくのがだいぶ遅くなったが、深夜までやっているファミリーレストランに入って、天音と瑠璃垣はスイーツを貪った。茶園はケーキにフォークをさした時点で深い眠りに入っていた。

     


-5-

 SISとの打ち合わせ後もすでに目を通した資料や契約関連の書類をもう一度見なおしたが、やはり自社に有利になるような事柄は見つからなかった。見積については先の顧客との打合せでヒアリングを行い再精査した結果、わずかだが工数減の見込みは立ったものの、これで納得させられるとは到底思えない。
「そもそも土台が無理な話なのよね」
 瑠璃垣がそういうのも無理はなかった。現状の課題はソフトウェアの問題だけではなく、ハードウェアも密接に絡んでくるから、現象への推測がなかなか立てられずにどうしても調査の時間が必要とされる。ディスカウントのためにこの期間を削ってしまうと思わぬトラブルや想定外の挙動で深刻な事態を招きかねない。「改善」のために必要なフェーズだ。
「円さんが言ってましたよ。『不可能を可能にするのがお前らの仕事だろ』って」
 茶園がものすごいことを言うものだから天音は思わず苦笑いする。SEは研究職の人間のみで成り立っているわけではない。
「私達の仕事は、『今ある物理資源と人的資源を見渡して、どう組み合わせればユーザが真に欲しかったものを提供できるか』よ。0から1を作り出すことじゃないし、そんなお金はもらってないわ」
「たしかに、新しいハードウェアを購入するとか、案として出しただけでどやされましたもんね」
 はじめから可能性を捨てていては本質を見誤ると思い、費用感を無視して様々な案を提示した際、「アホかお前、こんな金出せるわけないやろ」と会議序盤で初披露された理由により天音が甲高い声で怒鳴られたのは記憶に新しい。普通なら萎縮してユーザの好みに合うような内容だけの資料を作ってしまいがちだったが、天音はその程度の重圧であればはねのけてしまうほど肝が太かった。
「なあに、あんなユーザなんて子供みたいなもんよ。鉄鋼のラインに乗せられて胴と脚を分離させられそうになった時はさすがに死ぬと思ったけど」
「どんな修羅場経験してるんですか……」
 めずらしく茶園が起きていたため談笑していると、SISの人間が向こうからスタスタと歩いてくるのが見えた。佐香下だ。Tシャツにジーンズという恐ろしいほどカジュアルな服装でいるので出会った当初は目を疑ったが、どうやらそれを咎める人間はいないらしい。天音はそれを見てもスラックスとジャケットのスタイルをやめるつもりはなかったが、最近になって瑠璃垣が羽目を外し始めたのが気になる。
「村雲さん」佐香下が天音に対して小声で言う。「例の件、オーケーです。アポイント取って約束も取り付けました」
 天音はほっと胸をなでおろした。別の手段がなかったわけではないが、これが現状取りうる中で最良の手段であると天音は確信している。茶園はなかなか乗り気ではなかったが、瑠璃垣の説得と甘い差し入れに屈した。
「ありがとうございます。どうです、SISさんも参加されますか?」
 天音は心にもないことを言う。本来ならプロジェクトマネージャとしてSISも打ち合わせに参加すべきだが、ボールペン投げつけ事件やユーザの思惑もありSISが会議に出るのは現状余りおすすめできるような状況ではない。少なくとも一回は間を空けるべきだろう。顧客には別件で参加できないと伝えてある。
「いやー、なかなか手が回りませんので。ご迷惑おかけしますが、本日はどうかよろしくお願いします」
「とんでもありません、いつもお世話になっていますので、本日はお任せ下さい」
 眉間にしわを寄せながら愛想笑いをする佐香下を見て、敵を間違えてはいけないと天音はフォローの言葉を付け足した。
「でも毎回うちだけだとお客さんのプレッシャーに耐えられませんから、次からはなんとかおねがいしますね」
「もちろん。あのお客さんおっかないですもんね」
 小声で冗談を言い合った後、佐香下は自席に戻っていった。
 打合せは午後から、前日と同じ会議室で行われる。

 ドアが開き、天音が会議室に入ると、円がすでに座っていた。苛立ちを隠す様子は無いようで、「おそいよー!」と言いながらバンバンと机を叩き始めた。しかし、会議室に最後の人間が入室した時点で、円の顔は一瞬にして豹変した。
 茶園の入室後に会議室に入って扉を閉めた初老の紳士を呆然と見ながら、円は言った。
「お、恩田常務……!?」
 白髪に銀縁のメガネの恩田は、円の呻き声を聞いてかニコリと微笑むと、ゆったりとした挙措で円の隣に着席した。瑠璃垣と茶園が資料を配り、天音がプロジェクタの準備を終えたところで、全員が着席する。
 まだ事態を飲み込めない円を尻目に、スクリーンに写しだしたアジェンダの説明を天音が始める。
「本日はホムラ工業様社内システム改善に関する打ち合わせにご多忙の中ご参加いただきありがとうございます。今回緊急度の高い案件ということで本プロジェクトのステアリングコミッティである恩田様にもご参加いただいております。どうぞよろしくお願いします」
 恩田がペコリと頭を下げる。円はそれを見てようやく、自分が「嵌められた」ことに気付いた。
 恩田のプロファイリングはSISに依頼していた。結果、円の意見に安易に同調するような人物ではないということがわかり、参加を依頼していた。資料精査中に気付いたことだが、ホムラ工業のシステム部の打ち合わせ参加者の名前には毎回円「しか」いなかった。詳しくSISに話を聞いてみると、どうやら円は本プロジェクトを意図的に牛耳っているらしく、ホムラの前担当者が承諾した内容を反故にしたり、その決定をした前担当者を別部署へ異動させたりと政治力を駆使して色々やっていたらしい。なぜそんなことが出来たのかはわからないが、天沼の話から円のこのプロジェクトに対する執念のようなものが伺えた。
 なぜここまでこのプロジェクトに執着するのかは、いまは問題ではない。円に集まりすぎた強権を削ぎ、複数の視点からFSDNの提案を判断してもらうというのが、天音の切り札だった。

 初参加の恩田のために出来るだけ細かく現況を説明する。ホムラ工業のパフォーマンス問題改善の他、円からシステム改善の依頼を受けており、優先順位付けの結果優先度が一番高いものだけで想定工数が一年を超えていること。それを一ヶ月でやれと言われていること。パフォーマンス問題と同時並行でやれと言われていること。高いと言われた後再見積もりしたが、多少下がったものの大して変わらないこと。ボールペン事件のことは伏せた。
 天音がすべての説明を終えたところで、円が冷静さを取り戻したのか、口を開いた。
「で、前回の内容とどう替わってんの?大して違わんように見えるけど」
 気取られないように息を大きく吸った後、天音は回答する。
「結論から申し上げますと、前回の打ち合わせからご提案内容に大きな差異はございません。しかしこれが弊社の提示できる最高のサービスであると――」
「やかましいわ。なにが最高のサービスじゃ」
 円はそれでも恩田に気を使ったのか、昨日よりやや声のトーンを落としながら怒りの表情を顕にした。どちらかというと、現在のほうが恐怖感という意味では説得力がある。
「言うたよな?『高い』て。今回のやつでそれが何も改善されとらんやないか。お前ら前回の打ち合わせから今までなにしとったんじゃ。スイーツ屋で甘いもんでもシルブプレしとったんか。ええかげんにせえよお前ら」
 スイーツのくだりで茶園がビクッとしているのが見えた。ケーキをむさぼっていたのは事実であるから反論のしようがない。
「たまらんなこういう提案されると。うちはマインスイーパ世界王者養成するためにあんたらに仕事頼んでるわけちゃうで。金はろとるんやからそれだけの仕事はしてもらわんと困ります」
 嫌味の引き出しを次から次に開けていく円を、天音はただじっと見据えていた。冷たく、ところどころに憐憫の情を浮かべた眼差しで見据えていた。茶園はビクビクしながらずっと下を向いている。円に対して一人だけ感情をむき出しにしている瑠璃垣が「お言葉ですが」と口を開こうとした時、恩田がついに口を開いた。
「まあまあ」
 この恩田の一言により、場の空気は一変した。恩田の話が終わるまで、恩田の許しが得られるまで、誰一人として発言できない空気が場を形成する。
「マドカくん、要求だけを押し付けていては、なにも前には進まんよ。この提案だって、必死で考えぬいた上での結論だろう。そうでしょう」
 天音は同意を求める恩田に対して、一度だけ大きく頷いた。初手を取られた感覚になり仕切り直そうとして椅子に座り直した瑠璃垣は、茶園はビクビクしているのではなく、この状況で寝ながら時々ガクッとなっているのだと理解して、笑いをこらえる作業に入った。
「しかしソリューションを提供するのがこの人達の役目でしょう。考えた結果できませんでは話しになりませんよ」
 恩田の圧力を何とか払いのけた円が反論を口にするが、恩田がそれに対して考えこむ様子は全くなかった。まるで子供を諭す親のように、恩田は円に言う。
「きみはなにか勘違いしとるようだが、ソリューションを提供するのは我々で、それを受け取るのがエンドユーザだよ」
「っ・・・」
 円は言葉を失い、目を見開いたあと、顔を伏せる。返す言葉がない。
「きみの役目は彼らを動かすことではないよ。エンドユーザが最大の利益を生み出す仕組みを考え、彼らと一緒に実現することだ。きみはこの仕事が万一失敗した場合、彼らの責任にするつもりかね」
「そ、それは」
「きみの責任云々についてはこの場で論じる気はないが、これまでのやりとりを聞いていると、マドカくんからはポジティブな発言が一切なされなかった。それがユーザの利益を最大化する部署の人間がする所作かね。」
 誰も何も言わない。
 恩田が天音の方を向く。
「もう一度聞きますが、こちらの要望を全て叶えて頂くことは難しいんでしょうか」
 天音はこの時初めて、打合せが始まった、と思った。
「期間的には不可能なレベルだというのはご提示した資料でご理解いただけると思います」
 恩田が頷いているのを見て、天音は言葉を続けた。
「また、調査や引き継ぎが必要なものについては別途見積ということになります。契約外の領域に手を出すことになりますのでそれなりのリスクも有るということもご理解ください」
なるほど、と言って恩田が腕を組んだ。うーむと考えたあと、口を開く。
「わかりました。追加のPG修正対応については、一旦忘れて下さい」
「そんな!」
 円が席を立った。かなり焦った表情で恩田を見ている。
「エンドユーザからの要望はかなりの期間塩漬けにされてるんです。これ以上期間は伸ばせませんよ」
「塩漬けにしていたのはきみだろ。なんとか理由を作って押さえ込みなさい。今まで出来たことが出来ない理由はないだろ」
「それが出来ないから焦っているんでしょうが!」
 つい口が滑る円。これは打合せに関する意見でもなんでもない。
「円くんの個人的な焦燥感について私は何かを言うつもりはないよ」
 恩田は大きく息を吐き、椅子に深く座り込んで腹の前で手を組んだ。
「これ以上異論があるなら、代替案とそれなりの根拠を持参して私の机にきたまえ」
 円は黙りこんだ。これ以上なにも言えないことを自分の発言が証明してしまったのだ。
「パフォーマンス改善の対応方法についてはこれで構いません。費用については多少高いですがまあいいでしょう、ところで」
 そう言うと、恩田が二枚の書類を取り出した。
「こちらを見ていただけますか」
 渡された紙にはそれぞれ「ユーザ要望書」「要件定義書」と書かれていた。恩田はまずユーザ要望書を手に取り、指差す。
「ここには『ユーザの操作後の応答時間は、遅くても10秒以内』とかかれています」
 天音は嫌な予感がした。これから自分たちに不利な証拠を突きつけられる気がする。
「しかしこちらの要件定義書には『システムの応答速度については、一般的なシステムと同程度とする』と書かれています」
 脳内に電撃が走った。要件定義書がユーザ要望書の示す意図からベンダに都合のいいように書き換えられているのだ。
「これに関して現状どうこう言うつもりはありません。当時の議事録も残っていないようでしたから言った言わないはこれ以上追求しようがありませんからね。当のSISさんもこの打ち合せには出席していない。ただ、当時のユーザの思いがシステムで実現できていないことは、ご同意いただけると思います」
 天音は頷く。同意せざるを得ない。システムを構築した結果、ユーザが満足していないことは事実。
「そこでどうでしょう。ものは相談なんですが、パフォーマンス改善対応の納期を一週間早めていただけませんかね」
「えっ」
 納期短縮を求めてきたのは、天音にとって意外だった。提案に自信があったというのもあるが、恩田が無茶な要求をしてくる人間にはとても思えなかったからだ。
「先ほどマドカも言いましたがエンドユーザが怒っている状況でして。このままだとシステムを使ってもらえなくなる可能性があります。こちらとしても早急に対処したいというのが本音なんですよ」
「ですが」と天音が口を開いたあと、瑠璃垣が割って入った。「こういうのはどうでしょう」
「費用はともかく、この期間見積でネックになっているのは手続きの煩雑さです」
「と、いいますと」
「システムを改修する場合、御社との取り決めでかなり複雑な手続きが必要になっています。こちらにサンプルを用意しましたが、PG対応に入るまでに4つの成果物と3人のハンコが必要です。もうおわかりかと思いますが」
「なるほど。何だこのクソみたいな取り決めは」
「それは」横でげんなりしていた円が久しぶりに口開く。「SISとそうやってやっているので、FSDNさんにもお願いしているんですが」
「うちからSISに提案したの?」
「いえ、SISさんがこうやるといいですよと言ってたので」
 業界大手のSIerを信用したといえば聞こえはいいが、フォーマットのフッターにSISの社名が入ったままだった。要するにそのまま鵜呑みにしたと考えられる。
「まあ品質担保に必要なのかもしれんが、これではリードタイムが大変なことになるだろ。文句を言ってる奴はおらんのか」
「不満はありますが、業界大手のSIerさんが言ってますし」
 おすし、と茶園が寝言で言いだしたので、天音は周りに聞こえていないかと心配したが、どうやら無事のようだった。
「まあ今後の方針は後で考えるとして」恩田がこちらを向き直し「どうすればいいとおっしゃるんです?」
「手続きを簡略化して下さい」
 ニコニコしながら非常に明快に答える瑠璃垣。
「これで期間が二割減らせます」
「そんなに減るの!?」
 恩田が驚く。確かに減る。減るが、SISとの兼ね合いもあるからもともと減らせなかった部分だ。瑠璃垣はその部分に今斬り込もうとしている。
「ええ、説明するための資料を作る時間がなくなりますからね。もちろん社内レビューは行いますけど」
 嘘だ、と思った。瑠璃垣はそんな慎重に作業をするような人間じゃない。口八丁で恩田を丸め込もうとしている。
「ほかにも期間を短縮する手段ならいくらでもありますので、明日打ち合わせしていただけるなら手段と適用後の予定を持ってきますよ。」
「そうか・・・」
「おいそがしいですか?」
「忙しさは理由にならない。できるかできないかだ。あと興味もあるから参加したいが、明日は無理だな。出張でここにはいないから物理的に参加できない」
 ワーカホリックは恐ろしいなと、話のまとまりそうな雰囲気を感じながら天音は思う。
「それでは明後日」
「OK」
「決まりですね」

     


-6-

 打ち合わせの結果を天沼に報告したら、かなり驚いていた。後々探りを入れてみれば、どうやら彼女たちは天音たちが交渉に失敗し、本件から手を引く絵図で事を進めていたらしく、FSDNとの打ち合わせ終了後、どの業者を後釜に据えるか協議していたというのだ。
 失礼であり不信を抱きかねない情報だったが、リスクがあったことも事実だ。恩田が前情報通りの人物でなく、円に同調してしまったらあの打合せは地獄絵図になっていたことだろう。想像したくはないが、そのことを考えたら別の手段をとっていたほうが良かったのかもしれないとも思える。
 ところで、リリース手続きの簡略化については、SISとの交渉がかなり難航した。SIS曰く「これでは品質が担保できない」とのことで、打ち合わせ終盤まで全く首を縦に振らなかったが、しびれを切らした瑠璃垣が伝家の宝刀を抜いてしまった。
「これを今まで行ってきた上で、現在の問題が表面化している件についてはどうお考えですか」
 これに明確に回答できた人間はいなかった。「品質を担保することと問題を解決することは別問題」と言って最後まで食い下がっていた人物がいたが、顧客の不満を解消できないのであれば品質を担保しているとは言いがたく、問題解決など論外である。顧客が望んでいるのは決して「SIerに文句の出ることがないシステム」ではない。

 円はあの打合せの後、体調不良を理由に休みをとっているらしい。風のうわさによると、システム部から別部署に移動するそうだ。不祥事が発覚したらしいが、詳しい事情を知ることはできなかった。

 SISとの打ち合わせ後、これまでの打合せ結果を加味したスケジュールの再作成をしようと作業用の共有フォルダを開くと、WBSが十分前に更新されていることに気づく。小人さんが作りなおしてくれたのかしらとメルヘン脳でファイルを開くと、なんと本当に再スケジュール作業が完了していた。天音がざっと目を通した感じだと、このまま提出してもいいレベルの完成度だ。ふと画面の右下を見ると、メールの着信があることに気付いた。

『あまねちゃん

こんな事もあろうかと、リスケしておいたわ!
浮いた時間でスイーツフェスティバルに行きましょう!!』

 打合せの時にやけにスラスラと「改善案」が出てくるなあと思ったら、すでにこのことを見越してスケジュールまで再作成していたらしい。
 でも、天音は、彼女のこういう二手、三手先を見通した予見能力があまり好きではなかった。嫉妬かと言われると否定出来ない。ただ気に入らないという、感情論でしか表現できない。気に入らないので、メールで注意することにした。

『瑠璃垣さん

私はスイーツフェスティバルはキライだと以前言いましたよね?
あそこの生クリームはコンクリートの味がするんです。
ですから今日行くのは[甘味処・トリコロール]です。
異論は認めません。

以上』

       

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Neetsha