MITSURUGI
第参話【決】
「お、お前は…今、何をした!?」
川崎市川崎区殿町──早朝。
“車輌事故による緊急通行止め”と称し、首都高速神奈川六号川崎線、湾岸線、東京アクアラインと周辺の一般道を全て閉鎖している中、正義達は首都高速のアスファルトの上に立っていた。
多摩川を挟んだ対岸には羽田空港が見え、高速の真下には大手企業の石油コンビナートが連なっている。戦闘をするには非常に立地状況が悪かったが、そんな事は目の前にいるエソラムには何ら関係のない話だ。
そして、それは初陣である正義にとっても同じだった。
ミカガミを纏った加賀の背をカバーする様に立つと、正義は左足を前に腰を落として身構える。その先には、正義が拳撃で派手に吹き飛ばしたエソラムと数匹がいた。少し離れた所では、茜がミタマの固有武器で二匹のエソラムを拘束している。
敵の数は全部で八体。三人で対処すればどうという事のない数の様に見えるが、その三人の空気は険悪なものであった。
「お前は! ブリーフィングで言われた事を忘れたのか!」
敵の攻撃を避けながら、加賀が正義に向かって怒りの声を上げる。
「加賀君、彼は貴方を守ろうと──」
「そんな事はどうでもいい! 指示を無視した事を言っているんだ!」
正式な任務参加という形では正義にとっては初めての戦いの場であった為、開始前のブリーフィングでは加賀が先頭に立って敵の殲滅、茜は加賀のバックアップ、正義は前線には極力立たずにフォローとの指示が出されていた。しかし、正義はそれを無視する形で加賀の背後の敵を相手にした。
「俺はフォローに回っただけです」
加賀の怒声とは対照的に、正義は極力冷静な声で反論した。無論、彼にも指示を無視した行動である事は判っていたが、
「加賀さんは、目の前の敵に集中する余り背後を取られ易い気がします。曲木さんが離れてる状況だったら、俺が背後のフォローをすべきでは?」
いきなり自分の欠点を指摘され、加賀は思い切り舌打ちをする。
「そんないい訳が──」
正面からの敵の襲撃に、加賀は言葉を詰らせつつ左に交わすと右足刀を敵の脇腹に叩き込む。そのまま敵を踏み台にしてジャンプすると、同じ様に跳躍していた二匹のエソラムに向かって両手に溜め込んだエネルギーの光弾を次々と放った。それが直撃すると、加賀が地面に着地すると同時に空中に二つの爆煙と破裂音が生まれる。
「だから!」
加賀が立ち上がった瞬間、彼の背後を狙っていたエソラムに正義が飛び掛っていた。正義とエソラムは、掴み合いの状態で加賀の右横を転がっていく。
「素人の戦闘参加が気に入らないなら、もう少し背後に気を使って下さい!」
巴投げの要領で敵を投げ飛ばした正義は、ついカッとなって加賀に怒鳴りつけてしまう。例え、加賀が認めていないとしたって、今は戦闘を終わらせる為に自分がやれそうな事をこなしていくだけだ。チームワークが上手く取れなくても、出来るだけ冷静に状況を見てひとつひとつ片付けていけば何とかなる。
正義は加賀の背後を敵に捕られない様再び彼の背に立つと、そのままの体勢で茜の方に目線を配らせる。彼女はすでに拘束していた二匹の敵を倒し終え、新たなエソラムと対峙している状態だった。
「──ッ!」
正義に背後を守られるのが気に入らないのか、加賀は舌打ちをするとそのまま地面を蹴って敵陣に突入する。その行動は、正義を完全に拒絶している様だった。
「草薙君!」
マスクの中のスピーカーから、茜の心配の声が聴こえてくる。
「貴方は無理をしなくていいから、下がっても大丈夫だからね!」
ミタマの肩に備え付けられていた勾玉が茜の念動制御で勢いよく動き出し、正義の近くにいたエソラムに攻撃を加えていった。恐らく、彼女は加賀と違い正義を受け入れた上で前線から引く事を勧めているのだろう。
それは、正義にとって本来であれば有難い話であった筈だが、彼は小さな声でぽつりと「そうじゃない」と呟いた。
「え? 何て言ったの?」
敵の攻撃を交わしていた茜は、正義の言葉を上手く拾えなかった為に思わず聞き返してしまう。ゆっくりと話を聞こうにも、敵との攻防が正義の言葉を拾うのを邪魔する。
「曲木さん、俺は“戦う事”を否定した訳じゃないんですよ…」
「え? 草薙君?」
正義の言葉を理解出来ずに半ば混乱している茜をよそに、正義は地面を蹴って加賀とは反対の敵陣に突っ込んでいった。
川崎市川崎区殿町──早朝。
“車輌事故による緊急通行止め”と称し、首都高速神奈川六号川崎線、湾岸線、東京アクアラインと周辺の一般道を全て閉鎖している中、正義達は首都高速のアスファルトの上に立っていた。
多摩川を挟んだ対岸には羽田空港が見え、高速の真下には大手企業の石油コンビナートが連なっている。戦闘をするには非常に立地状況が悪かったが、そんな事は目の前にいるエソラムには何ら関係のない話だ。
そして、それは初陣である正義にとっても同じだった。
ミカガミを纏った加賀の背をカバーする様に立つと、正義は左足を前に腰を落として身構える。その先には、正義が拳撃で派手に吹き飛ばしたエソラムと数匹がいた。少し離れた所では、茜がミタマの固有武器で二匹のエソラムを拘束している。
敵の数は全部で八体。三人で対処すればどうという事のない数の様に見えるが、その三人の空気は険悪なものであった。
「お前は! ブリーフィングで言われた事を忘れたのか!」
敵の攻撃を避けながら、加賀が正義に向かって怒りの声を上げる。
「加賀君、彼は貴方を守ろうと──」
「そんな事はどうでもいい! 指示を無視した事を言っているんだ!」
正式な任務参加という形では正義にとっては初めての戦いの場であった為、開始前のブリーフィングでは加賀が先頭に立って敵の殲滅、茜は加賀のバックアップ、正義は前線には極力立たずにフォローとの指示が出されていた。しかし、正義はそれを無視する形で加賀の背後の敵を相手にした。
「俺はフォローに回っただけです」
加賀の怒声とは対照的に、正義は極力冷静な声で反論した。無論、彼にも指示を無視した行動である事は判っていたが、
「加賀さんは、目の前の敵に集中する余り背後を取られ易い気がします。曲木さんが離れてる状況だったら、俺が背後のフォローをすべきでは?」
いきなり自分の欠点を指摘され、加賀は思い切り舌打ちをする。
「そんないい訳が──」
正面からの敵の襲撃に、加賀は言葉を詰らせつつ左に交わすと右足刀を敵の脇腹に叩き込む。そのまま敵を踏み台にしてジャンプすると、同じ様に跳躍していた二匹のエソラムに向かって両手に溜め込んだエネルギーの光弾を次々と放った。それが直撃すると、加賀が地面に着地すると同時に空中に二つの爆煙と破裂音が生まれる。
「だから!」
加賀が立ち上がった瞬間、彼の背後を狙っていたエソラムに正義が飛び掛っていた。正義とエソラムは、掴み合いの状態で加賀の右横を転がっていく。
「素人の戦闘参加が気に入らないなら、もう少し背後に気を使って下さい!」
巴投げの要領で敵を投げ飛ばした正義は、ついカッとなって加賀に怒鳴りつけてしまう。例え、加賀が認めていないとしたって、今は戦闘を終わらせる為に自分がやれそうな事をこなしていくだけだ。チームワークが上手く取れなくても、出来るだけ冷静に状況を見てひとつひとつ片付けていけば何とかなる。
正義は加賀の背後を敵に捕られない様再び彼の背に立つと、そのままの体勢で茜の方に目線を配らせる。彼女はすでに拘束していた二匹の敵を倒し終え、新たなエソラムと対峙している状態だった。
「──ッ!」
正義に背後を守られるのが気に入らないのか、加賀は舌打ちをするとそのまま地面を蹴って敵陣に突入する。その行動は、正義を完全に拒絶している様だった。
「草薙君!」
マスクの中のスピーカーから、茜の心配の声が聴こえてくる。
「貴方は無理をしなくていいから、下がっても大丈夫だからね!」
ミタマの肩に備え付けられていた勾玉が茜の念動制御で勢いよく動き出し、正義の近くにいたエソラムに攻撃を加えていった。恐らく、彼女は加賀と違い正義を受け入れた上で前線から引く事を勧めているのだろう。
それは、正義にとって本来であれば有難い話であった筈だが、彼は小さな声でぽつりと「そうじゃない」と呟いた。
「え? 何て言ったの?」
敵の攻撃を交わしていた茜は、正義の言葉を上手く拾えなかった為に思わず聞き返してしまう。ゆっくりと話を聞こうにも、敵との攻防が正義の言葉を拾うのを邪魔する。
「曲木さん、俺は“戦う事”を否定した訳じゃないんですよ…」
「え? 草薙君?」
正義の言葉を理解出来ずに半ば混乱している茜をよそに、正義は地面を蹴って加賀とは反対の敵陣に突っ込んでいった。
姫城に案内された個室のベッドに身を投げると、正義は天井を眺めながら大きくため息を吐いた。
会議室から大和が去った後、姫城から仮身分証を渡され組織にある施設の説明を簡単に受けた。だが、普通の生活から一転して“戦闘員にさせられる”という状況を受け入れ難い正義の頭には全く入らず、上の空で生返事をしていた事に気付いた千葉が落ち着かせるべきだと姫城に提案してくれたお陰で一時の休息となった。
「はぁ…」
一体、これからどうなるのだろう。
仮身分証では一部の施設しか利用出来ない、と姫城は言っていた。本身分証は三日以内には出来上がるとも。だからといって、今自分が置かれている状態が変わることはなく、本身分証が出来上がるという事は事実上戦闘員になるのを認めてしまう事になる。
いくら相手が化け物だからといって、敵を倒すというのは“殺す”のと同じ。それに慣れないと、命を落とすのは敵ではなく自分だ。
「ンなの、出来る訳ねーだろ…」
何度目か判らないため息を吐いた時、部屋の扉がノックされた。
「曲木だけど、少しいいかな?」
扉の向こうから、曲木茜の声がくぐもって聞こえる。
寝た振りでもしてやり過ごそうかと思ったが、今迄のやり取りから考えれば今回だって自分には拒否権がないんだろうな、と半ばヤケになってベッドから身を起こすと扉の前迄進む。
「話って、何ですか?」
あえて扉を開けずに返答すると「ん…ちょっとね」と、先ほど迄のハキハキした口調ではなく、どちらかと言えばしおらしいトーンで言葉を濁していた。その様子が気になってしまい、思わず扉を開けるとそこには沈んだ表情の彼女が立っていた。
正直な所、この少女には言いたい事が沢山ある。その中でも、特にこんな所に連れてきた文句は絶対に言わないと気がすまない。
だが、いくら怒りで震えそうになっていても、目の前で落ち込んでいる様な姿を見せる相手に間髪入れずに文句を言える程の図太さは持ち合わせていなかった。
「…えっと…又、会議室か何処かで話し合いですか?」
正義は、出来る限り冷静を装って茜に声をかけた。
「あ、草薙君がいいんだったらここで構わないけど」
泣きそうな顔で無理に笑顔を見せられると嫌だとは言えず、どうしていいか判らないまま彼女を部屋に通した。
「いくつか補足も必要かな、と思ったんだけど…その前に謝りたくて」
信じられない言葉を聞いた気がした。
茜の表情から、てっきり「連れ帰ってきた一般市民は、素直に従おうとせず文句ばかり口にした。あれは何だ」みたいにあの司令から注意か説教を喰らい、それについて何か文句でも言いたくなったんじゃないか、と勘ぐってしまったのだが、彼女からは全く違った言葉が出てきて面喰ってしまう。
「本当は、公園から戻る時点で今後の環境変化について説明するべきだったんだけど…」
正義の“資格問題”に関しては、組織の隊員でもないごく普通の市民という事でイレギュラー扱いではあったが、それだからこそ正義の身辺が独自調査によって組織に何ら害をなさないと判明する迄は、拘束に近い形で仮居住区に身を置いてもらう事になる。
それを茜は知っていたが、GMを解除した時点で明らかに怯え警戒していた正義に説明すると却って不安や警戒心で逃走を図ろうとし、最悪は加賀に身柄確保という形で暴行を受けるのでは…と考えると真実を伝え辛く、取り合えず宥めて警戒心を解いてもらってからと誘導してしまった。それが、結果として組織のトップである大和が正義を脅迫めいた形で拘束し、とてもじゃないが「仲良く協力し合って敵と立ち向かう」といかないのでは、と正義に対する申し訳なさと自分への不甲斐なさで頭がいっぱいになってしまった。
「やっぱり、怒ってるよね…」
彼女の言葉に、正義は思わず「当たり前ですよ」と答えてしまった。
「考えてもみて下さいよ。これって、拉致されたも一緒ですよ? しかも、自分の住んでる国の政府にですよ!」
会議室でのやり取りを思い出して、つい語尾を荒げてしまう。
大和の物言いに対する怒りは、茜にぶつけるものではないとは判っていた。だが、知り合いも誰もいない空間に独りで追いやられ、どうしようもない不安や苛立ちが正義の口を滑らせていく。
「ごめんなさい」
興奮して肩を上下に揺らす正義の姿を見て、彼女はただ静かに謝罪の言葉を口にした。
「でも…多分、司令も焦りと期待でごちゃごちゃになってるんだと思う」
大和の、脅迫に近い強引さは茜にとっても不本意なものに感じた。正義が怒りや不快感を抱いても致し方ないと思う。
しかし、GMは組織や装着する者の考え等無視するかの如く守護者を好き様にする。それ迄守護者として自分を纏わせていた者を、突如拒否し二度と装着を認めなくなるかと思えば、平々凡々とした者をいきなり守護者として選び本人の意思とは無関係に自分を纏わせる──そう、鶴生や正義の様に。
それは、大和を始めとするコインデック全員には不安の種であり、又、新たな守護者が生まれる事は皆にとって新たな希望でもあった。それだから、大和は藁にもすがる思いで正義に守護者としての道を強制的に選択させたのだろう。
「だからって、戦闘経験の全くない一般市民に強制的に戦闘員になれっておかしいじゃないですか」
自分は争いとは無縁の世界に住んでいた。それだから、戦わずに済むのであれば平穏な日常に身を置いておきたい。そう思うのはおかしくはない筈だろう?
「そう、だよね…うん、貴方に戦いはさせないから」
怒りで体を震わせている正義を見て、茜は彼との共闘は不可能だと悟った。それならば、せめて彼を巻き込もうとしてしまった責任だけは果たさないといけない。
「加賀君と私がメインで戦闘は行う様に提案するつもり。草薙君は、自分の身の安全だけを考えてくれればいいから」
今は正義がミツルギの守護者である以上、否応なしに前線に投入させられる。ならば、自分が今迄以上の動きでもって彼の分も働くしかない。新たな守護者を見出す迄、自分が彼の盾になって守る。それがせめてもの償いだろう。
「次の守護者が見つかる迄は我慢してもらう事にはなるけど、それもなるべく早く探す様に要求する」
そう口にすると、最後に「ごめんね」と一言付け加えて茜は部屋を後にした。彼女がいなくなった事で部屋の中に静けさが戻ってくる。
「はぁ…」
虚しさが体中を駆け巡り、正義は再びベッドに身を投げた。
「戦いはさせない」と彼女は言った。それは、自分が何よりも望んでいる事だから、彼女の提案は至極当たり前のものだ──“戦わずに済む”のであれば。
「そうじゃない…そうじゃないんだよなぁ…」
正義の頭の中で、色々な想いが浮かんでは消え浮かんでは消え、まとまりがつかなくなった状態で何度目か判らないため息を吐いた。
会議室から大和が去った後、姫城から仮身分証を渡され組織にある施設の説明を簡単に受けた。だが、普通の生活から一転して“戦闘員にさせられる”という状況を受け入れ難い正義の頭には全く入らず、上の空で生返事をしていた事に気付いた千葉が落ち着かせるべきだと姫城に提案してくれたお陰で一時の休息となった。
「はぁ…」
一体、これからどうなるのだろう。
仮身分証では一部の施設しか利用出来ない、と姫城は言っていた。本身分証は三日以内には出来上がるとも。だからといって、今自分が置かれている状態が変わることはなく、本身分証が出来上がるという事は事実上戦闘員になるのを認めてしまう事になる。
いくら相手が化け物だからといって、敵を倒すというのは“殺す”のと同じ。それに慣れないと、命を落とすのは敵ではなく自分だ。
「ンなの、出来る訳ねーだろ…」
何度目か判らないため息を吐いた時、部屋の扉がノックされた。
「曲木だけど、少しいいかな?」
扉の向こうから、曲木茜の声がくぐもって聞こえる。
寝た振りでもしてやり過ごそうかと思ったが、今迄のやり取りから考えれば今回だって自分には拒否権がないんだろうな、と半ばヤケになってベッドから身を起こすと扉の前迄進む。
「話って、何ですか?」
あえて扉を開けずに返答すると「ん…ちょっとね」と、先ほど迄のハキハキした口調ではなく、どちらかと言えばしおらしいトーンで言葉を濁していた。その様子が気になってしまい、思わず扉を開けるとそこには沈んだ表情の彼女が立っていた。
正直な所、この少女には言いたい事が沢山ある。その中でも、特にこんな所に連れてきた文句は絶対に言わないと気がすまない。
だが、いくら怒りで震えそうになっていても、目の前で落ち込んでいる様な姿を見せる相手に間髪入れずに文句を言える程の図太さは持ち合わせていなかった。
「…えっと…又、会議室か何処かで話し合いですか?」
正義は、出来る限り冷静を装って茜に声をかけた。
「あ、草薙君がいいんだったらここで構わないけど」
泣きそうな顔で無理に笑顔を見せられると嫌だとは言えず、どうしていいか判らないまま彼女を部屋に通した。
「いくつか補足も必要かな、と思ったんだけど…その前に謝りたくて」
信じられない言葉を聞いた気がした。
茜の表情から、てっきり「連れ帰ってきた一般市民は、素直に従おうとせず文句ばかり口にした。あれは何だ」みたいにあの司令から注意か説教を喰らい、それについて何か文句でも言いたくなったんじゃないか、と勘ぐってしまったのだが、彼女からは全く違った言葉が出てきて面喰ってしまう。
「本当は、公園から戻る時点で今後の環境変化について説明するべきだったんだけど…」
正義の“資格問題”に関しては、組織の隊員でもないごく普通の市民という事でイレギュラー扱いではあったが、それだからこそ正義の身辺が独自調査によって組織に何ら害をなさないと判明する迄は、拘束に近い形で仮居住区に身を置いてもらう事になる。
それを茜は知っていたが、GMを解除した時点で明らかに怯え警戒していた正義に説明すると却って不安や警戒心で逃走を図ろうとし、最悪は加賀に身柄確保という形で暴行を受けるのでは…と考えると真実を伝え辛く、取り合えず宥めて警戒心を解いてもらってからと誘導してしまった。それが、結果として組織のトップである大和が正義を脅迫めいた形で拘束し、とてもじゃないが「仲良く協力し合って敵と立ち向かう」といかないのでは、と正義に対する申し訳なさと自分への不甲斐なさで頭がいっぱいになってしまった。
「やっぱり、怒ってるよね…」
彼女の言葉に、正義は思わず「当たり前ですよ」と答えてしまった。
「考えてもみて下さいよ。これって、拉致されたも一緒ですよ? しかも、自分の住んでる国の政府にですよ!」
会議室でのやり取りを思い出して、つい語尾を荒げてしまう。
大和の物言いに対する怒りは、茜にぶつけるものではないとは判っていた。だが、知り合いも誰もいない空間に独りで追いやられ、どうしようもない不安や苛立ちが正義の口を滑らせていく。
「ごめんなさい」
興奮して肩を上下に揺らす正義の姿を見て、彼女はただ静かに謝罪の言葉を口にした。
「でも…多分、司令も焦りと期待でごちゃごちゃになってるんだと思う」
大和の、脅迫に近い強引さは茜にとっても不本意なものに感じた。正義が怒りや不快感を抱いても致し方ないと思う。
しかし、GMは組織や装着する者の考え等無視するかの如く守護者を好き様にする。それ迄守護者として自分を纏わせていた者を、突如拒否し二度と装着を認めなくなるかと思えば、平々凡々とした者をいきなり守護者として選び本人の意思とは無関係に自分を纏わせる──そう、鶴生や正義の様に。
それは、大和を始めとするコインデック全員には不安の種であり、又、新たな守護者が生まれる事は皆にとって新たな希望でもあった。それだから、大和は藁にもすがる思いで正義に守護者としての道を強制的に選択させたのだろう。
「だからって、戦闘経験の全くない一般市民に強制的に戦闘員になれっておかしいじゃないですか」
自分は争いとは無縁の世界に住んでいた。それだから、戦わずに済むのであれば平穏な日常に身を置いておきたい。そう思うのはおかしくはない筈だろう?
「そう、だよね…うん、貴方に戦いはさせないから」
怒りで体を震わせている正義を見て、茜は彼との共闘は不可能だと悟った。それならば、せめて彼を巻き込もうとしてしまった責任だけは果たさないといけない。
「加賀君と私がメインで戦闘は行う様に提案するつもり。草薙君は、自分の身の安全だけを考えてくれればいいから」
今は正義がミツルギの守護者である以上、否応なしに前線に投入させられる。ならば、自分が今迄以上の動きでもって彼の分も働くしかない。新たな守護者を見出す迄、自分が彼の盾になって守る。それがせめてもの償いだろう。
「次の守護者が見つかる迄は我慢してもらう事にはなるけど、それもなるべく早く探す様に要求する」
そう口にすると、最後に「ごめんね」と一言付け加えて茜は部屋を後にした。彼女がいなくなった事で部屋の中に静けさが戻ってくる。
「はぁ…」
虚しさが体中を駆け巡り、正義は再びベッドに身を投げた。
「戦いはさせない」と彼女は言った。それは、自分が何よりも望んでいる事だから、彼女の提案は至極当たり前のものだ──“戦わずに済む”のであれば。
「そうじゃない…そうじゃないんだよなぁ…」
正義の頭の中で、色々な想いが浮かんでは消え浮かんでは消え、まとまりがつかなくなった状態で何度目か判らないため息を吐いた。
二匹のエソラムが、ほぼ同時に飛翔する。
左側が若干早く跳んだ、と正義は瞬時に判断すると攻撃目標をそれに合わせ、右拳に力を込めてタイミングを図る。
「キシャァァァァァァァァァッ!」
「うるァァァァァァァァァァッ!」
エソラムが腕を伸ばすよりも前に、正義の拳が敵の顔面を捉える。腰の入った拳撃はそのまま勢いよく敵を吹き飛ばし、もう一匹のエソラムを怯ませるには十分だった。
「ッらぁぁぁぁ!」
軽く地面を蹴ると、怯んでいるエソラムの胸元に左の拳撃を叩き込み、同時に手甲に仕込まれているブレードを突き出した。そして、それを外に向かって振り払うと敵の右胸に大きな切り傷が口を開けた。
「…空っぽ? 中に人はいないのか!?」
傷口の中から見える敵の中身は、薄ぼんやりと光っているだけで何も入っていなかった。
「あー、兄さんよ。聞こえるかい?」
スピーカーから千葉の声が聞こえてくる。
「エソラムは、タマハガネっちゅー金属みたいなモンを核にして動いてるハリボテって所だ」
「…って事は…」
「兄さんの動きを見せてもらってるけどさ、もしかして敵を倒す事に躊躇してないか?」
千葉さんの“戦闘管理補佐官”という役職は伊達ではないか…流石は痛い所を突いてくる。
「裏方の俺が言うのも何なんだが、容赦なくやっちゃいな」
「了解!」
でも、これで憂いがひとつ消えた。後は彼の言う様に遠慮なく戦うだけだ。
正義は仮面の中でニヤリと笑むと、目の前でうろたえているエソラムに次々と拳撃を叩き込んだ。拳撃が一発当たる毎にエソラムの装甲が徐々に削り取られていき、いくつもの拳撃で胸元の装甲を剥ぎ取った中、空洞の中に淡い紅色に輝く勾玉が浮かんでいるのを見付けた。
「これが、タマハガネ…」
その輝きが美しいと思ってしまった正義は一瞬攻撃の手を休めてしまうが、その上からエソラムのくぐもった声を聞いた瞬間我に返ると勾玉を力一杯握り締め空洞の中から引き抜いた。そして、本当に空っぽになったエソラムを思い切り蹴飛ばすと握り締めた拳に更に力を入れ、掌の中のタマハガネを砕いた。
「クォオォォオォオオォォォォッ」
核を失ったハリボテは、断末魔を上げてそのまま砕け墜ちた。
「草薙君、大丈夫?」
自分の相手していたエソラムを退治し終えたのか、茜が正義の元に駆けつけてきた。
「別に、貴方は無理に戦わなくてもよかったのに」
茜には正義を戦わせないと約束した事が気がかりだったのか、執拗に彼を気遣ってくる。しかし、正義は茜を見る事なく目の前の敵に視線を走らせていた。左足を前に出し、ゆっくりと腰を落とすと深く息を吐いて身構える。
「草薙君、もう残り少ないから──」
「だから、違うんですってば」
正義は茜の方を向く事無く、彼女の言葉を遮った。
「俺は“自分が戦わずに済む”なら戦わないって言ってるんです」
「だから、貴方は戦わなくっても」
「貴方達が必要としてるのは“ミツルギの守護者”と“草薙正義”、どっちなんですか?」
目の前のエソラムが、絶叫に近い雄叫びを上げながら突っ込んでくる。その動きに合わせて、正義も右足で地面を駆って応戦する。
「…なる程ね」
バンの中で千葉が深いため息を吐くと、横に座っていた石川が不思議そうな顔をして彼を見詰める。
「千葉さん、どういう事か判ったんですか?」
「簡単に言えば、兄さんは“拗ねちまった”って事よ」
千葉の言葉が理解出来ずに眉をひそめる石川を無視して、彼はヘッドセットのマイクを掴むと「兄さん、そりゃ俺等が悪かったわ」と正義に向かって謝罪した。
「そりゃ、そうよな。こっちが頭を下げてお願いしなきゃいけない所だってのに、兄さんの感情無視して『戦え!』なんて命令されりゃ戦っていいモンも戦う気にならんわな」
千葉の言葉に、茜はハッとする。
そういえば、誰一人として彼に頭を下げてはいなかった。それは、守護者として選ばれたものは“戦うのが当たり前”と思っていたコインデック職員のエゴでしかない。それ所か、自分はそんな彼の気持ちを無視して「戦う必要はない」なんて上から目線で勝手に話を進めていってしまっていた。
何で、誰一人として彼に「お願いします」と言わなかったんだろう…自分達はそんなに偉い存在でも何でもないのに。
「兄さん、今更で申し訳ないんだがこの場だけでもやっちゃってもらって構わんか?」
「それくらい理解してます。少なくともコレだけは何とかやりますから」
冷静に周囲を見て自分が置かれた立場を読み、戦う必要があると判断したから戦っている。彼は至極簡単な事をやってのけているのに、自分達はそんな簡単な事すら忘れてしまっていた。
「草薙君…ごめんなさい」
正義のフォローに回る為に茜は彼の側に寄ると、自分の恥に泣きそうになりながら謝った。
「…生意気な事言っていいですか?」
そんな茜に、正義は少し動揺した口調で言葉を紡ぐ。
「生意気な?…うん、構わないけど」
「謝るくらいだったら、むしろお願いされた方がいいんですけどね」
それは、茜に対する正義なりの言葉の選び方だったのだろう。突っぱねてしまった手前、素直には言えない。それでも、たった一言があれば一緒に戦う事を認めていいと思っている証明だと。
その言葉が茜には救いの一言に思え、一瞬にして憂いが晴れた様に思えた。
「あ、えっと…草薙君、私の為に力を貸してもらえませんか?」
エソラムと距離を取った正義に、茜は素直に気持ちをぶつけた。その言葉に、正義はすぐには答えず敵との間合いを計るのに身構えた。
「曲木さん、あの空飛ぶ武器っていくつくらいあるんですか?」
「空飛ぶ武器?…あ、テレジェムだったら全部で十六機だけど?」
突如、ミタマの固定武器の数を聞かれ茜は一瞬首を傾げてしまう。そんな茜なぞお構いないといった感じで、正義は目の前のエソラムを相手にする必要数をブツブツと計算していた。
「そのテレ何とか、最初のけん制に四つ程飛ばしてもらっていいですか?」
「あ、うん」
茜は、正義に言われるがままに念動宝玉を四つ中に浮かせる。それを確認し、正義も両手甲のブレードを突き出し突撃の体制を取ると、
「曲木さん達の為に俺の力が必要だってのと同じで、俺も曲木さんの力が必要です。サポートをお願い出来ますか?」
正義の言葉が、自分の願いに対する答えだと判った茜は、満面の笑みで「了解!」と返答した。それが正義には、何となくであったが心地よい響きだった。恐らく、自分がミツルギを纏ってから初めて協力しながらの戦いだからだろう。
亡き父親に格闘技を習っていたから、戦いのノウハウはある程度把握はしていた。それだから、本格的な戦いであるとはいえエソラムの単調な動きに対して応戦する自信はあった。とはいっても初めての戦闘に心細さはあった。それが、茜の言葉で救われた気がする。
そんな中、正義の頭に『何故、お前の名前は“せいぎ”ではなくて“まさよし”か判るか?』と、昔父親に名前の由来を教えられた時の事が浮かんできた。
「何故、お前の名前は“せいぎ”ではなくて“まさよし”か判るか?」
今は亡き父親が、正義に名前の由来を話してきたのは彼が中学に上がる頃の事だった。
「お前の中で“マサにヨシ”と思える時に、お前の中の“セイギ”が生まれるからだ」
父の言っている事がさっぱり理解出来ず、正義はその場で首を捻ってしまう。そんな息子を見て、父は白い歯を見せながら笑うと正義の頭をくしゃくしゃと撫でた。
正義は人の数だけ存在する。だが、その全てが正義になるとは限らない。
例え正義の為に力を奮ったとして、その正義が認められなければ単なる暴力でしかなく、暴力は決して人々を幸せにする事はない。それはテロ事件等を見れば明らかで、彼等にとって正義であっても周囲からすれば単なる暴力行為の何者でもない。勿論、彼等の中にある正義は間違ってはいないのかもしれない。だが、それは時を間違えなかったら正義であったかもしれないが、機を見誤ったかあるいは力を誇示させすぎた結果か、彼らの正義は周囲からは悪の烙印を押されてしまう。
「いいか、正義。焦らないでゆっくり周りを見るんだ。常に回りを意識して、“今、この瞬間こそが自分の力を使う時だ”と思った時に初めて自分の正義を奮うんだ」
力を間違えないで使えば、必ず人々が評価してくれる。それが“正義”なんだ。
正義の力は、必ず人々を導いてくれる。お前が正義の力を人の為に使えば、お前の正義を認めてくれた人は必ずお前に着いてきてくれる。だから、お前は“マサにヨシ”と思える時を見誤るな。
頭上で白い歯を輝かせながら語る父の言葉を、正義はよく判っていない表情でふーんと聞いていた。それを理解するには時間を要したが、まさかそれが力を必要とする戦場でとは思ってもみなかった、と正義は皮肉めいた状況に呆れながら苦笑いした。
左側が若干早く跳んだ、と正義は瞬時に判断すると攻撃目標をそれに合わせ、右拳に力を込めてタイミングを図る。
「キシャァァァァァァァァァッ!」
「うるァァァァァァァァァァッ!」
エソラムが腕を伸ばすよりも前に、正義の拳が敵の顔面を捉える。腰の入った拳撃はそのまま勢いよく敵を吹き飛ばし、もう一匹のエソラムを怯ませるには十分だった。
「ッらぁぁぁぁ!」
軽く地面を蹴ると、怯んでいるエソラムの胸元に左の拳撃を叩き込み、同時に手甲に仕込まれているブレードを突き出した。そして、それを外に向かって振り払うと敵の右胸に大きな切り傷が口を開けた。
「…空っぽ? 中に人はいないのか!?」
傷口の中から見える敵の中身は、薄ぼんやりと光っているだけで何も入っていなかった。
「あー、兄さんよ。聞こえるかい?」
スピーカーから千葉の声が聞こえてくる。
「エソラムは、タマハガネっちゅー金属みたいなモンを核にして動いてるハリボテって所だ」
「…って事は…」
「兄さんの動きを見せてもらってるけどさ、もしかして敵を倒す事に躊躇してないか?」
千葉さんの“戦闘管理補佐官”という役職は伊達ではないか…流石は痛い所を突いてくる。
「裏方の俺が言うのも何なんだが、容赦なくやっちゃいな」
「了解!」
でも、これで憂いがひとつ消えた。後は彼の言う様に遠慮なく戦うだけだ。
正義は仮面の中でニヤリと笑むと、目の前でうろたえているエソラムに次々と拳撃を叩き込んだ。拳撃が一発当たる毎にエソラムの装甲が徐々に削り取られていき、いくつもの拳撃で胸元の装甲を剥ぎ取った中、空洞の中に淡い紅色に輝く勾玉が浮かんでいるのを見付けた。
「これが、タマハガネ…」
その輝きが美しいと思ってしまった正義は一瞬攻撃の手を休めてしまうが、その上からエソラムのくぐもった声を聞いた瞬間我に返ると勾玉を力一杯握り締め空洞の中から引き抜いた。そして、本当に空っぽになったエソラムを思い切り蹴飛ばすと握り締めた拳に更に力を入れ、掌の中のタマハガネを砕いた。
「クォオォォオォオオォォォォッ」
核を失ったハリボテは、断末魔を上げてそのまま砕け墜ちた。
「草薙君、大丈夫?」
自分の相手していたエソラムを退治し終えたのか、茜が正義の元に駆けつけてきた。
「別に、貴方は無理に戦わなくてもよかったのに」
茜には正義を戦わせないと約束した事が気がかりだったのか、執拗に彼を気遣ってくる。しかし、正義は茜を見る事なく目の前の敵に視線を走らせていた。左足を前に出し、ゆっくりと腰を落とすと深く息を吐いて身構える。
「草薙君、もう残り少ないから──」
「だから、違うんですってば」
正義は茜の方を向く事無く、彼女の言葉を遮った。
「俺は“自分が戦わずに済む”なら戦わないって言ってるんです」
「だから、貴方は戦わなくっても」
「貴方達が必要としてるのは“ミツルギの守護者”と“草薙正義”、どっちなんですか?」
目の前のエソラムが、絶叫に近い雄叫びを上げながら突っ込んでくる。その動きに合わせて、正義も右足で地面を駆って応戦する。
「…なる程ね」
バンの中で千葉が深いため息を吐くと、横に座っていた石川が不思議そうな顔をして彼を見詰める。
「千葉さん、どういう事か判ったんですか?」
「簡単に言えば、兄さんは“拗ねちまった”って事よ」
千葉の言葉が理解出来ずに眉をひそめる石川を無視して、彼はヘッドセットのマイクを掴むと「兄さん、そりゃ俺等が悪かったわ」と正義に向かって謝罪した。
「そりゃ、そうよな。こっちが頭を下げてお願いしなきゃいけない所だってのに、兄さんの感情無視して『戦え!』なんて命令されりゃ戦っていいモンも戦う気にならんわな」
千葉の言葉に、茜はハッとする。
そういえば、誰一人として彼に頭を下げてはいなかった。それは、守護者として選ばれたものは“戦うのが当たり前”と思っていたコインデック職員のエゴでしかない。それ所か、自分はそんな彼の気持ちを無視して「戦う必要はない」なんて上から目線で勝手に話を進めていってしまっていた。
何で、誰一人として彼に「お願いします」と言わなかったんだろう…自分達はそんなに偉い存在でも何でもないのに。
「兄さん、今更で申し訳ないんだがこの場だけでもやっちゃってもらって構わんか?」
「それくらい理解してます。少なくともコレだけは何とかやりますから」
冷静に周囲を見て自分が置かれた立場を読み、戦う必要があると判断したから戦っている。彼は至極簡単な事をやってのけているのに、自分達はそんな簡単な事すら忘れてしまっていた。
「草薙君…ごめんなさい」
正義のフォローに回る為に茜は彼の側に寄ると、自分の恥に泣きそうになりながら謝った。
「…生意気な事言っていいですか?」
そんな茜に、正義は少し動揺した口調で言葉を紡ぐ。
「生意気な?…うん、構わないけど」
「謝るくらいだったら、むしろお願いされた方がいいんですけどね」
それは、茜に対する正義なりの言葉の選び方だったのだろう。突っぱねてしまった手前、素直には言えない。それでも、たった一言があれば一緒に戦う事を認めていいと思っている証明だと。
その言葉が茜には救いの一言に思え、一瞬にして憂いが晴れた様に思えた。
「あ、えっと…草薙君、私の為に力を貸してもらえませんか?」
エソラムと距離を取った正義に、茜は素直に気持ちをぶつけた。その言葉に、正義はすぐには答えず敵との間合いを計るのに身構えた。
「曲木さん、あの空飛ぶ武器っていくつくらいあるんですか?」
「空飛ぶ武器?…あ、テレジェムだったら全部で十六機だけど?」
突如、ミタマの固定武器の数を聞かれ茜は一瞬首を傾げてしまう。そんな茜なぞお構いないといった感じで、正義は目の前のエソラムを相手にする必要数をブツブツと計算していた。
「そのテレ何とか、最初のけん制に四つ程飛ばしてもらっていいですか?」
「あ、うん」
茜は、正義に言われるがままに念動宝玉を四つ中に浮かせる。それを確認し、正義も両手甲のブレードを突き出し突撃の体制を取ると、
「曲木さん達の為に俺の力が必要だってのと同じで、俺も曲木さんの力が必要です。サポートをお願い出来ますか?」
正義の言葉が、自分の願いに対する答えだと判った茜は、満面の笑みで「了解!」と返答した。それが正義には、何となくであったが心地よい響きだった。恐らく、自分がミツルギを纏ってから初めて協力しながらの戦いだからだろう。
亡き父親に格闘技を習っていたから、戦いのノウハウはある程度把握はしていた。それだから、本格的な戦いであるとはいえエソラムの単調な動きに対して応戦する自信はあった。とはいっても初めての戦闘に心細さはあった。それが、茜の言葉で救われた気がする。
そんな中、正義の頭に『何故、お前の名前は“せいぎ”ではなくて“まさよし”か判るか?』と、昔父親に名前の由来を教えられた時の事が浮かんできた。
「何故、お前の名前は“せいぎ”ではなくて“まさよし”か判るか?」
今は亡き父親が、正義に名前の由来を話してきたのは彼が中学に上がる頃の事だった。
「お前の中で“マサにヨシ”と思える時に、お前の中の“セイギ”が生まれるからだ」
父の言っている事がさっぱり理解出来ず、正義はその場で首を捻ってしまう。そんな息子を見て、父は白い歯を見せながら笑うと正義の頭をくしゃくしゃと撫でた。
正義は人の数だけ存在する。だが、その全てが正義になるとは限らない。
例え正義の為に力を奮ったとして、その正義が認められなければ単なる暴力でしかなく、暴力は決して人々を幸せにする事はない。それはテロ事件等を見れば明らかで、彼等にとって正義であっても周囲からすれば単なる暴力行為の何者でもない。勿論、彼等の中にある正義は間違ってはいないのかもしれない。だが、それは時を間違えなかったら正義であったかもしれないが、機を見誤ったかあるいは力を誇示させすぎた結果か、彼らの正義は周囲からは悪の烙印を押されてしまう。
「いいか、正義。焦らないでゆっくり周りを見るんだ。常に回りを意識して、“今、この瞬間こそが自分の力を使う時だ”と思った時に初めて自分の正義を奮うんだ」
力を間違えないで使えば、必ず人々が評価してくれる。それが“正義”なんだ。
正義の力は、必ず人々を導いてくれる。お前が正義の力を人の為に使えば、お前の正義を認めてくれた人は必ずお前に着いてきてくれる。だから、お前は“マサにヨシ”と思える時を見誤るな。
頭上で白い歯を輝かせながら語る父の言葉を、正義はよく判っていない表情でふーんと聞いていた。それを理解するには時間を要したが、まさかそれが力を必要とする戦場でとは思ってもみなかった、と正義は皮肉めいた状況に呆れながら苦笑いした。