Neetel Inside 文芸新都
表紙

MITSURUGI
第肆話【敵】

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「いやぁ、面白い。実に面白いぞ、大和や」
 メカニック統括の津久井は、大和の私室に入るなり大声で笑いながら自慢のスキンヘッドをぺちぺちと叩いた。
「んー、何が面白いんだね?」
 アポもなしに津久井が乱入してくる光景に慣れている大和は、彼を無視して書類に目を通しながら質問した。
「あの青年だよ、草薙正義。いやぁ、アレは実に面白い」
「草薙君が面白い?」
 応接用ソファにどっかりと腰を下ろした津久井に、大和は視線を向ける。“機械馬鹿”といっていい程メカニック以外の物事に興味がない津久井が、珍しく他人に興味を示している事に驚いてしまったのだ。
「それがな、大和。あの青年な『ミツルギに関する今迄のデータを全部見せてくれ』って、三時間画面とにらめっこよ」
 メカニックルームにやってきた正義は、津久井を見付けると過去の戦闘でミツルギにどの様なダメージがあったか、どの部分に負荷がかかったのか、自分が把握している武装以外に隠し武器は存在しないか等、モニターを眺めながら次々と津久井に疑問を投げつけた。
“機械馬鹿”は、自分の頭の中に叩き込んであるミツルギに関する全てを披露していったが、中には津久井が考えもつかなかった疑問迄ぶつけられ「これは研究対象だな」と一緒になってノートに走り書きをさせる事になってしまう。
「今迄の資格者なんざ、損傷した所をとっとと直せぐらいしか言ってこなかったが…ありゃ、戦闘員じゃなく研究者向けの男だな」
 自分がいじるGMを纏っている側の者と語り合えたのが余程嬉しかったのか、満面の笑みで津久井は煙草を吹かしながらスキンヘッドを何度も叩く。確かに、大和が知っている限りでも今迄の守護者は戦闘以外の行動といえば好きな事をして羽を伸ばそうとするか、部屋に篭って自分の死を恐れているかのどちらかくらいしか思いつかなかった。そうでなくとも、守護者は戦いを好む者かそうでないかの二極であったから、そのどちらでもない行動をする正義には色んな意味で面喰うだろう。
 津久井の報告に書類を捌く手を休めていると、部屋の扉がノックされた。
「古澤です、少しよろしいでしょうか」
 津久井に続いて、今度はアーキアラジー統括の古澤がやってきた。今日はいやに来客が多い日だ、と大和は苦笑いしながら「入りたまえ」と声をかける。
「おや、津久井主任もご一緒でしたか」
「おう、考古学馬鹿。元気にしてたか」
 津久井の口の悪さに慣れていた彼女は、彼の言葉に動じる事なくソファに腰を下ろす。そのまま「失礼します」と大和の言葉を待つ前に煙草に火を着けると肺に入れた紫煙をゆっくりと吐き出した。
「それで、何かあったのかね?」
「いえ、草薙君の事で報告しておこうかと」
「お前さんもか! こりゃ愉快愉快」
 正義の名前が出た瞬間、津久井が大声で笑い出した。それはそうだろう、今しがた自分がその名前を大和に投げつけたばかりで他から投げつけられる等思いもしなかったのだから。当然、大和もタイミングのよさについ目を丸くさせてしまう。
「古澤君は、彼にどんな?」
「組織に残されている、守護者についてのデータを全て閲覧したいと」
 津久井とのやり取りを終えた正義は、次に古澤のラボへと向かい守護者についての情報を漁り出す。年齢、性別、守護者としての活動期間、考古学分野から見るGMについての見解。
 次々と「何故?」「どうして?」と小学生並のはてなを投げかけられるも、古澤にしてみれば“疑問を解明させる姿勢”が小気味よく、正義と議論していく内に自分自身でも『そういえば、どうしてそうなったのだろう?』という疑問が浮かび上がる事もしばしばあった。
「それで、彼は?」
「まだ、ラボでデータを閲覧中です」
 納得がいく迄調べようとする姿は、研究者としていい刺激になる。自分も、今以上にこれ迄あった事を見直し更なる研究にうち込めそうだ。
古澤の言葉に、津久井も深くうなずく。それは、今迄なかった“戦う者とサポートする者との深い繋がり”を意味している様にも見えた。戦う者は非戦闘側の者を見下す傾向があり、サポートする者は戦闘側の者の乱雑さに苛立つ姿をいくつも見てきた。それが、草薙正義という男を介して一転するかもしれない可能性がある。
「確かに…面白い男だな、彼は」
 大和はデスクチェアに深々と体を預けると、コインデックに現れた“イレギュラー”がこれからどう周囲を変えていくのかを想像し、静かに微笑んだ。

     

 千葉市稲毛区弥生町──午後。
「全く、何て場所に…」と千葉は頭を抱えたまま煙草に火を着けようとしたものの、石川にライターを取り上げられてしまう。
「千葉さん、流石にここはまずいんじゃないですかね?」
「別にいいだろよ、関係者は全員避難済みなんだろ?」
「だからって、一応TPOはわきまえて下さいよ」
 千葉大学総合校舎中庭。
 歪界域は、多くの生徒が通うマンモス校の中心部に出現すると計測された。しかも、よりによって人目の多い昼間となればキャンパスにいる全員を追い出し、更には周囲の避難や規制をかけるのに多大なる労力を要する。
全ての通用門を封鎖し、尚且つ人が集まらない様に対処するには時間も場所も非常に困難であった。その為に、警察側から「爆弾が仕掛けられたと予告された」とうそぶかせ、周囲を警察、機動隊、レスキュー隊、自衛隊と大量に配備させ、上空はマスメディアのヘリが近付かない様徹底させる羽目になった。 
投入する人数も多ければ捌く人数も多い。たった数匹の敵相手に、こんなにも無駄なエネルギーを消費させるなんてなぁ…と、千葉はため息を吐きながら頭を垂れた。
「石川、後何分だ?」
 ヘッドセットのスピーカーから、加賀の苛立った声が聞こえてくる。
「えっと、後三分ですね」
「揺らぎが激しくなってきてるぞ。そろそろエソラムの数もはっきりするんじゃないのか?」
 本来であれば守護者より戦闘管理補佐官の方が役職としては上なのだが、突撃部隊時代は石川より加賀の方が先輩だった為か未だに突っかかった物言いをされてしまう。仕方ないと割り切ってはいるが、加賀の態度が全体の士気を下げつつある事をもう少し理解してほしいものだ、と石川は心の中で中指を立てた。
「石川さん、揺らぎの色がいつもより濃い感じがしますが、異常はなさそうですか?」
 それに比べて、草薙さんはどうだ。新人だからというのを差し引いても、常に相手を思っての物言いだからホッとさせられる。
「今の所、異常現象の報告は届いてないですね。これなら、司令部の情報通りエソラムは五体だと思います」
「了解です。“発現”はこちらでも確認します」
 石川との通話を終えると、正義は目の前で揺らぐ歪界域をじっと見詰める。
いつもは蒼と碧が入り混じった様な色合いの揺らぎが、今日は若干赤みを帯びている様に見えた。それが気になったが、石川の報告で大した事がなさそうだと自分に言い聞かせる。
「たかが、揺らぎの色合いくらいどうだって言うんだ?」
 正義と石川の通話を聞いていた加賀は、鼻で笑うと呆れた口調で問いかけた。今迄の戦闘で、司令本部のデータと異なった事象は一度もない。そんな事をいちいち気にかけていたってどうという事はないのに、と小馬鹿にした態度で正義を見る。
「気のせいだったらいいんです」
「そんな事、いちいち気にしてたらやってられないと思うがな」
 確かに、加賀の言っている事は正しい。でも、違和感を拭わないまま戦うのは時として自分の身を危険に投じる可能性だってある。敵の事も、GMの事もはっきりと判ってない今は、ちょっとした違和感にも敏感になるべきでは…と、正義は思っていた。
「全く、今回の“新人さん”はデリケートなお方で──」
「こちら司令部。エソラムのデータ検証出ました、Type-Kyu・Biです!」
 姫城の声が各人のスピーカーに響き渡る。同時に、石川が「エソラム五体、出ます!」と声を荒げる。
揺らぎから五つの影が勢いよく飛び出すと、素早い動きで正義達三人の周囲を跳び交う。狐の姿を模したエソラムは、地面に降り立つと臀部に備え付けられている九門の銃火器を火吹かせ、着弾を確認する事なく再び跳躍する。
「駄目、早い!」
 茜が念動宝玉でエソラムを捕らえようとするも、動きはわずかに敵の方が上回り攻撃を繰り出す事が出来ない。
「チッ…草薙! けん制かけないと、こっちがチャージ出来ないだろ!」
 ブリーフィングでは、ミツルギがアタッカー、ミカガミがバックアップ、ミタマがフォローという形になった。これは、各GMの特性を利用したフォーメーションで、正義がミツルギの守護者になる前から主戦方法として採用されていた。しかし、今回はそれが簡単に通用する様な相手ではなかった。
敵の銃弾が地面を抉り、校舎の壁を剥がしていく。けん制をかけるつもりが逆にけん制をかけられ、シャワーの様に降り注ぐ銃弾を避けるので精一杯だった。
「──ッ!」
 シャワーの一筋が、ミタマの肩に直撃する。
「曲木さん! 大丈夫ですか!?」
「う、うん…ビックリしただけで、何ともないから」
 確かに、ミタマの肩部は兆弾跡が見られるだけで大した被害ではなさそうだった。という事は、重火器の威力はGMを破壊する程ではないのか?
正義は、ある疑問を感じて動きを止める。しかし、確認をしようにも敵の動きが早くて今ひとつ掴み切れなかった。
「クソッ…だったら」
 今度は、闇雲に敵に向かって突っ込んだ。それでも狐を止める事は出来ないが、目的はそれを捕縛する事ではなく重火器の威力を確認する事だった。
「く、草薙君!?」
 無数の銃弾が正義を襲う。だが、それのどれもが彼の動きを止める程度の威力で致命傷になるものではなかった。中には威力の強い物もあったが、一発着弾したくらいではわずかな苦痛を伴うだけで連続着弾を避ければどうという事もなさそうだ。
「千葉さん! データ検証をお願いします!」
 重火器の威力を自分の体で覚えた正義は、敵の動きを目で追いながら千葉を呼び出した。
「何を調べたいんだ?」
「敵の跳躍から着地迄の時間と距離、それと、一匹の敵が一度に何門の武器を使っているか…出来るだけ早くに!」
 一度にいくつもの注文を出され、千葉は「無茶言うな」とほくそ笑んだ。
「石川ぁっ! お前は時間と距離な! 俺は武器について調べるわ!」
「了解です!」
 バンの中で二人はキーボードを威勢よく叩く。石川の前にあるモニターには狐が飛び跳ねてから着地する迄の動きがモーションキャプチャで幾十ものコマ送り画像になり、千葉の前にあるモニターでは九尾が火を噴く瞬間が画面分割で大量に映し出される。
「出ました! 跳躍距離は約七メートル、跳躍時間は三コンマ三五秒平均!」
「こっちもだ! 五匹の内三匹がマシンガンタイプ、二匹がグレネードタイプ。どっちも、すぐに跳躍する場合は最大二門しか開いてねーわ!」
 タイプが違うと判ると、石川はグレネードタイプといわれたエソラムの動きを追う。千葉はそれを横目で見ると、引き続きマシンガンタイプのエソラムを調べる。
「連携型っぽいですね…マシンガンタイプの後をグレネードタイプが追って、小攻撃から大攻撃という流れにしてる様です」
「石川、グレネードの溜めは何秒だ?」
「えっと…出ました。着地後、発砲迄のチャージに二秒ジャストです!」
 二人の報告を確認するのに、正義はいつも以上に腰を落として身構える。
グレネードタイプと言われていた九尾狐の内の一匹が着地して発砲するのを見つけると、それをターゲットに動きを追う。一瞬、素早い動きに見失いそうになるが、GMのセンサーが追尾していたお陰で次の着地を見逃さなかった。着地と同時に一瞬の溜めから二門の銃火器が火を噴くと、撃ち終わるか終わらないかの内に再び跳躍する。
「だったら、次は…」
 狐の攻撃を交わしながら、今度は右手で腰元を叩きながら拍子を刻む。三コンマ三五秒を目視で確認する為だ。
「一、二、三…よし」
 狐の動きを数回読んで動きを確認した正義は、そのまま「曲木さん!」と叫んだ。
「あそこの支柱の辺りに宝玉を動かして下さい!」
「えっと…こんな感じ?」
「OKです。今度は、俺が合図したら引き寄せて下さい」
 自分の読みが間違いでなければ、中庭の支柱前でマシンガンタイプが発砲跳躍した直後にグレネードタイプが同じ場所に着地する。その瞬間を狙えば、奴等の連携を崩せる筈だ。
「加賀さん! 敵の動きが止まったら、ノーチャージでいいからミカガミのレーザー光線を発射して下さい!」
「レーザー…? イレディミラーの事かよ」
「何でもいいです! 兎に角、それを!」
 連携攻撃は、一度陣形が崩れると途端に動きがなくなる。その混乱に乗ずる事が出来れば勝機は見える、と正義の中で狙いをつけた。それだから、敵の軌道を変えない程度にわざと敵陣に突っ込み銃弾のシャワーを浴びる。その動きは、アタッカーというより囮といった方が正しかった。
ダメージを軽減させる為に極力グレネードの着弾は避け、尚且つ加賀や茜に攻撃の目が向かない様に攻撃している振りを続ける。
「三、二…曲木さん!」
 正義の合図に、茜は念動宝玉を自分の元に引き戻す。その宝玉は、正義の読み通りグレネードタイプの九尾狐を捕らえ、その腹部に見事にめり込んだ。
「クァァァァアァァアァァッ!?」
 九尾は甲高い声を上げて、その場に崩れ落ちる。それが引き金となったのか、他の四匹の動きも止まってしまう。
「もらったぁッ!」
 正義が、目の前で動きを止めていた敵にブレードを突きつける。慌てて逃げようとする狐の後ろ足を捕らえると、躊躇なく切り裂いた。致命傷にはならなかったが、ダメージを負った狐の動きはそれ迄とは格段に違って鈍くなる。
連携が出来ないと咄嗟に判断したのか、残りの三匹はその場で次々と九門全ての重火器を発砲するが、固定砲台と化した狐は最早三人の敵ではなかった。三匹の内一匹は、加賀の放出するイレディミラーの熱量で消し炭と化し、茜の前に身構えていた狐は念動宝玉の雨に蜂の巣にされていく。
「残り一匹!」
 最初に念動宝玉を喰らってよろけていた狐をイレディミラーで葬った後、正義が足を奪った狐を切り刻んだのを見た加賀が叫ぶ。仲間を失ったエソラムは戦意を失い、じりじりと歪界域に向かって後退していくが、そんな事は加賀には関係のない事だった。
「最後も俺がもらうぞ、いいな?」
 左の握り拳を右手でコキコキと鳴らしながら、加賀は狐に向かって歩を進める。
「加賀ぁ、そいつは出来るだけ捕まえられねーか?」
 スピーカーから、千葉が呼びかける。生け捕りにして本部に持ち帰る事が出来れば、研究材料として役に立つと思ったのだろう。しかし、加賀は彼の言葉を無視して肩部の照射口に光を充填させていた。
「俺の役目は“エソラムの殲滅”ですからね、その命令は聞けませんねぇ…」
 加賀は千葉を小馬鹿にした様な口調で返答する。正直、草薙なんてド素人が自分と同じフィールドにいるだけでも苛々するんだ、コイツをサンドバッグにでもしないと腹の虫が収まりはしねぇ…
「え、ちょっと待った…何だ、この熱量?」
 突如、石川の混乱した声が各人のスピーカーから聞こえる。同時に「歪界域、注意!」と姫城の言葉も聞こえてきた。 
「これって…やっぱりそうだわ…」 
 石川同様、姫城も混乱している。否、本部管制室全体が動揺しているのか、彼女の背後がざわついているのがスピーカー越しに聞こえてくる。
「姫城さん、何があったんですか?」
 心配になった茜が問いかけると、
「──『天人』、きます!」
 姫城の言葉が全員に伝わるよりも早く、歪界域から鈍い重金属音が響いた。

     

 確かに“神”だ、と正義は思った。
 歪界域から突如現れた鎧姿のそれは姿形こそ正義達とそれ程変わらない筈なのだが、全身が出る前からその場にいた者達を脅かすオーラを放っていた。
「──ッ」
 体中に電撃が走ったかの様に、ビリビリとした刺激が伝わってくる。そのせいなのか、『天人』が一歩前に動くと、三人は一歩後退してしまう。
「こ…これが、『天人』…」
 茜が震えた声を出して呟いた。彼女も、守護者となってからいくつものエソラムとは戦ってきたが『天人』を目の当たりにするのは初めてだった。それは加賀も同じ事で、彼はその重圧の前で言葉を失ってしまっている。
「姫城、何でもっと前に言わねーんだよ!」
 千葉が姫城を怒鳴りつけるが、スピーカーから「仕方ないでしょ!」と反撃されてしまう。
「こっちだって、いきなりの事で驚いてるんだから!」
「千葉さん、彼女の言う通りです。これを見て下さい」
 石川がモニターを操作すると、画面上に歪界域の動きが現れる。最初は、Type-Kyu・Biのものであろう五つの熱源反応が点々と浮かび上がり、それが外に放出されると歪界域の中は静寂としたものになる。が、暫くして急激に熱源が発生し、画面右上のアラートサインが全て赤くなる。
《Type-TENJIN》と表記される頃には、既に熱源は外部へ出ようとしている所だった。
「何てこったい…」
 石川にライターを要求すると、千葉はモニターの前で煙草に火を着け深々と煙を吸う。
 どうする、三人を撤退させるか? いや、撤退させてしまえば学校がどうなるか判らない。だからといって、未知数の相手に「戦え」と命令するのも気が引けてしまう。勿論、自分達が最終体に戦わなければいけないのは他でもない『天人』なのだから、この場で三人が戦うのは至極当たり前の事だ。しかし、加賀は兎も角曲木や草薙の兄さんは戦闘慣れしていない。下手に戦わせて被害が出れば、学校がどうこう以前の問題だろう…
「姫城さん! 『天人』の正確なタイプって判りますか?」
 だが、千葉の不安等お構いなしに正義は戦う意識を失っていなかった。
「ごめんなさい、こっちではデータ不足なの…千葉君、石川君、そっちで詳細を掴んで頂戴!」
「千葉さん、取り合えず特攻かますんでデータ照合頼みます!」
 モニターのライブ映像では、あの青年は他の二人同様後退しながら距離を取っている。バンの中と違って目の前にいるのだから、その怖さは並ならぬものがあるのだろう。それでも、彼は戦う事を決して諦めようとはしていない…全く、大した男だ。
「よっしゃ! こっちで拾えるモンは全部拾ってやる。兄さんは、遠慮なく死んでこいや!」
 正義の覚悟に、千葉は気持ちを切り替えた。自分が躊躇していては全体の士気が下がってしまうから、あえて軽口を叩いて少しでも場を盛り上げようとしてみた。
「嫌ですよ、俺は死ぬ気なんてこれっぽっちもないですからね」
 そんな千葉に応える様に、正義もマスクの中でにやりと笑いながら軽口を叩いた。本当は怖さで体が押し潰されそうだったが、ここで逃げるという選択肢はない事は他でもない自分自身が一番判っていた。
「草薙、何か策があるのかよ」
 身構えつつ後退しながら、加賀は正義に問いかける。その横で、茜も心配そうに正義を見る。だが、正義は「そんなのありませんよ」と、あっさりとした口調で返答した。
「俺がアタッカーなんだから、兎に角突っ込んで敵の出方を計るしかないかなって」
「そんな無鉄砲な事をして、何の意味がある?」
「三拍で突っ込みます。同時に、二人はロングレンジからのけん制をしてもらえませんか?」
 正義は加賀の問いかけを無視し、後退したい気持ちを無理矢理押さえ込むとあえて右足を一歩前に出す。そのまま体を前のめりに重心を下げ、いつでも跳びかかれる姿勢を作った。
「いきます…一、二…」
意味のあるなし、じゃない。“やらなければいけない”が正しいんだ。
「三!」
 かけ声と共に、正義は右足で地面を蹴ると勢いよく『天人』に向かって低姿勢のまま突っ込んだ。その頭上には、ミカガミの照射光とミタマの念動宝玉が飛び交っている。
最初にイレディミラーが直撃するが、『天人』は全く動じる気配がない。続いて宝玉が狙いを定めたが、それは『天人』の肩から射出された念動宝玉に弾き飛ばされてしまう。しかし、そのふたつが囮として機能してくれたお陰で、正義は何の抵抗もなく一気に『天人』の懐に入り込めた。
「はぁぁぁぁぁぁぁッ!」
 正義は上体を起こすと、右拳を『天人』の体に叩き込んだ。が、わずかな隙を突いて『天人』の左手が彼の腕を掴んだ。そして、そのまま勢いよく振り払われた彼は校舎の壁に激突してしまう。
「くはッ!」
 激突した衝撃で呼吸が出来なくなる。立ち上がろうにも体中に激痛が走り、思う様に上体を起こせない。
「草薙君!」
 茜は全ての宝玉を開放させ、その全てを『天人』に向けて放出するとそのまま正義の元に駆け寄る。何とか立ち上がろうとする正義を支えると、彼はかすれた声で「すみません」と呟く様に礼を言った。
「エソラムの時みたいには、上手くいかないか…」
 今迄は、茜や千葉達のサポートのお陰で難しそうな局面も何とかこなしてこれた。それだから、『天人』相手でも恐れずに立ち向かえば活路は開けると信じていた。その気持ちは今でも変わっていないが、流石はエソラムを束ねる頭だけあって『天人』は一筋縄ではいきそうにない。
「ここは一旦退くべきだよ」
 正義の横で、茜が不安の声を上げる。だが、正義は諦めるつもり等毛頭なかった。
「もう一度いきます」
 呼吸を整えると、再び二人の中心位置に立ち突撃の姿勢を取る。
 最初と違うのは、茜の放った宝玉が『天人』の周囲を取り囲み攻撃の態勢に入っている事。十六ある宝玉の内四機は『天人』の宝玉とかち合っているが、それでも八機が敵を捉えている。恐らく、宝玉が時間稼ぎをしてくれたお陰で加賀の方もチャージする事なく高威力の光弾を撃てる筈だ。
「行くならとっとと行け。三拍なんて必要ない」
 ミカガミの肩部、イレディミラー照射口が両門共熱源を溜め込んでいる。正義の口切と同時に照射出来る合図だった。
「了解です…行きます!」
 正義が軽く地面を蹴ると、同時にミカガミの肩から光弾が激しい輝きと共に照射された。その動きに合わせて、『天人』の周りを囲んでいた十六の宝玉は一旦その場を離れる。
『天人』は、自分の周りから離れた念動宝玉に一度目を配らせると、殺気に気付いたのか正義の方に顔を向ける。刹那、ふたつの光がその体を直撃し、先程以上の威力に一歩後退させられてしまう。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
 再度捕まる失態を避ける為、正義は低い姿勢のまま拳撃を叩き込む場所を今度は大腿部に定めた。目線は『天人』の腕から離さず、正義を再び捕らえようと左腕が伸びる瞬間を狙った。
 チャンスを見誤るな。狙いが正しければ…きた!
『天人』の腕が、正義を捕まえようと伸びてきた。それを目視で確認した彼は、勢いよく上体を起こし右足を前に突き出すとブレーキをかけた。そのフェイントが効果を発揮し、正義を捕まえ損ねた『天人』の左腕はそのまま空を切って体勢を崩してしまう。
「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
 再び加速すると、がら空きになった『天人』の左肩を狙って拳撃を振り下ろした。
「──なっ!?」
 しかし、彼の拳は『天人』の右手から突如現れた大剣によって防がれてしまう。
『天人』は正義を見てはいない。だが、体勢が崩れた勢いで持ち上がった右手から大剣が後頭部すれすれに伸びミツルギの右拳を受け止めた。それは、まるで「お前の攻撃等お見通しだ」と言わんばかりだった。
 体勢を整えた『天人』は、そのまま大剣を勢いよく振る。正義はそれを寸での所で避けたが、剣に帯びた電流がわずかに彼を捉えた。
「クッ!」
 剣撃を避ける為に距離を取ると、体を走った痺れを振り払った。
「データ照合完了! 悪い事は言わん、ここは撤退するぞ!」
 緊張した空間に、千葉の声がスピーカーを通じて響いた。しかし、彼の声はいつもの間延びしたものとは違い、明らかに緊張と動揺が入り混じったものだった。
「いいか、よく聞け。そいつは…混じりっ気のない“神様”だ」
「混じりっ気のない?…どういう意味です?」
 千葉の突拍子もない言葉に、茜が思わず聞き返した。その問いにどう答えるのか躊躇しているのか、スピーカーの向こうで千葉の唸りが聞こえてくる。その溜めに苛立った加賀は、思わず声を荒げて、
「おい、こっちは悠長に待ってる暇なんてねーんだよ!」
「照合した答えは[コードNo.T-0243:タケミカヅチ]…後は自分の頭で考えろ!」
 信じられない名前が飛んできた。
 建御雷神。
古事記や日本書紀に登場する雷神で、国譲りの為に天照大神の命を受け地上に降りたとされる。経津主神と共に関東・東北の平定を執り行い、現代では茨城県鹿島市にある鹿島神社の主神ともなった存在──そんな神が、今まさに目の前にいる。
「ハッ、たまたま電撃を使うから一番判り易いって感じでつけただけだろ」
「そんなの、名付け親がこの世にいねーんだから俺に言われたって困るわ…それより、ソイツの念動宝玉に気を──」
 千葉の言葉が終わるより早く、『天人』タケミカヅチが持つ四機の念動宝玉から稲妻が放出された。それは三人を直撃する事こそなかったものの、深く抉られた地面は黒々とした煙を立てる。その威力を三人に見せ付けるかの様に。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
 その黒煙を、逆に煙幕代わりにして正義はタケミカヅチの下に突っ込むと、両手の手甲からブレードを伸ばした拳撃を次々と雷神に叩き込む。それらは全て受け止められてしまうが、着地した瞬間に地面を蹴って距離を取ると再び特攻をかける。
「草薙君! 無茶よ!」
 スピーカーから茜の声が聞こえてくる。しかし、正義は攻撃の手を休めるつもりはなかった。
今、ここで戦いを放棄して撤退してしまえば大学はどうなる? いや、そんな事じゃない。勝敗は関係なく、ここで少しでも『天人』を知らなければ今後『天人』が現れる度に逃亡撤退しなければならなくなる。それじゃ、自分が守護者になった意味がない。
 戦う覚悟を選んだんだ。だったら、無理とか無茶とかじゃない…やるしかないんだ。
《汝、力ヲ求ム者ナリヤ?》
 突如、くくぐもった低い声がマスクの中で響き渡った。
それは加賀や茜、千葉達の声とは違い、マスクのスピーカーからというより直接頭の中に響いた感じだった。雷神の攻撃でミツルギの音声認識に何処か異常が発生したのかと目を配ると、茜や加賀もその声を聴いたのだろうか周囲を見回しながら身構えていた。
「まさか、タケミカヅチの声!?」
 再び距離を取った正義は、声の主を確認しようと雷神を見る。しかし、神は微動だにせずただ威圧感を三人にぶつけているだけだった。
「“力を求む者”か…ああ、力は欲しいね!」
 正義は身構えると右拳をぐっと握り締める。
 今の自分は、明らかに力不足だ。攻めるにしても守るにしても、それに必要とする力がない。それを認めるのは悔しいが、事実なのだから仕方がない。
 もっと力が欲しい。『天人』をも凌駕するくらいの力が。
「『天人』の宝玉、高エネルギー反応! 三人共気をつけて!」
 石川が叫んだ。
 ハッとして頭上を見ると、四機の念動宝玉が帯電の影響か揺らいで見える。
「くるぞッ!!」
 加賀の叫びに、全員が地面を蹴ってその場を後退する。それとほぼ同時に、宝玉から“神の裁き”とでも言わんばかりの雷光が地面に落とされた。
 激しい爆音と共に、もうもうと白煙が上がる。それは周囲を簡単に覆い、三人の視界を一気に奪ってしまう。
「お前等、無事か!?」
 白煙で見えなくなった世界で加賀が叫ぶと、スピーカー越しに「大丈夫です」と二人の声が聞こえる。
落雷の直撃は避けられたが、完全に視界を奪われた三人はその場で身構えるとタケミカヅチの追撃に備えた。雷撃がくるのか、あるいは剣撃がくるのか判らない状況での嫌な緊張感が体を走る。
 だが、雷神は一向に追撃する姿を見せなかった。もしかしたら、神も又視界を奪われて身動きが取れないのだろうか? もしそうであれば、白煙が薄れて姿を捉える事が出来た時がチャンスだ。
 正義は右足に重心をかけ、腰を捻らせると左掌を突き出し右拳を握り締めて身構えた。徐々に白煙が薄れていき、加賀や茜の姿が薄ぼんやりと見えてくる。後は、タケミカヅチの姿さえ捉える事が出来れば──
「…え、いない?」
 視線の先に何もない事に、茜が驚きの声を上げる。白煙が消えつつあると、その先にいる筈のタケミカヅチも、その後ろにある筈の歪界域も跡形もなく消え去っていた。
 もしかしたら、敵は白煙を利用して何処かに身を潜め、油断した所を狙うかもしれない。そう感じた三人は身構えたまま周囲を警戒する。
「石川さん、タケミカヅチは?」
「…駄目です、ロストしました」
 バンのモニターからも、タケミカヅチも歪界域も消失していた。雷神は、三人を襲う事なくその場から立ち去っていったという事だ。
「チッ、逃げられたか」
 構えを解くと、加賀は舌打ちをしてわずかに残った白煙を振り払う。だが、正義は、
「逃げた、というより…見逃がしてもらった、という方が正しいでしょうね…」
 あれだけの力があれば、その気になったら三人共あっという間に倒されていた筈だ。それなのに、雷神は手を下す事なく去っていった。
 悔しいが、認めたくないが、『天人』の力の前では何も出来なかった。生きてこの場に残っているだけ有難い話なのかもしれないが、言い様のない屈辱感が体中を襲っている。
「まぁ、いい…戻るぞ」
 加賀が鼻を鳴らして歩き出した。確かに、守護者としてやる事はもう残っていない。後は処理班が現状調査と後始末をするだけだ。 
「あ…これって、Type-Kyu・Biの物かな?」
 茜が足元に落ちている勾玉を拾う。それは今にも消えそうな光を纏っていたが、掌の上で生き物の様に表面を蠢かせている形状はタマハガネのものであった。
「いくつか落ちてそうですね。拾って回収しましょうか」  
 正義も、地面に落ちていたタマハガネに気付くとそれを拾う。
 彼が拾ったタマハガネは、捕まった事に怯えて逃げ出そうとする小動物の如くうねりを見せていた。その動きは、タケミカヅチを相手にした自分達の姿の様に見えてしまう。
「“力を求む者”、か…」
 右掌の上で踊る勾玉を見つめながら、正義は頭に響いた声を思い出し改めて自分の力不足を呪った。

     

「へぇ…」
 薄暗い部屋の真ん中で、その青年はタマハガネを握り締めながら興奮の笑みを浮かべていた。
「まさか、コイツにこんなギミックがあったなんてね」
 タマハガネの輝きに合わせて、右腕の装甲が形を変えていく。まだ完全に同調していないせいか、変形しては元に戻り再び形を変え、とそれ迄気付きもしなかった隠し技に彼は面喰って思わず笑みを溢してしまう。
 左手にタマハガネを持ち替えると、右腕と同様に変形を繰り返していく。時折、装甲が異様に膨らむ事もあったが形状そのものに被害はなさそうだ。
「全身が馴染む迄は…まだ、時間がかかりそうだな」
 恐らく、この隠された機能は誰も気付いていない筈。だったら、このまま黙っておけば更なる“力”が我が物になる。完全にこれを使いこなす事が出来れば、その時は…
「ククッ…ククク…アーハッハッハッハ!」
 悦に入った彼は、部屋の中で我慢出来ずに大声で笑った。

       

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