Neetel Inside 文芸新都
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拡散記
造船所跡

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   4 造船所跡

 魔祓い師の■■■の仕事を見学する機会があった。彼は日常生活に不安を覚えている市民の家に赴いては、量子的災厄が人生を圧迫しているという論理を展開して、腰に付けている鍵束からひとつを売る。錆びた、すでにどこにも合う錠前の無い鍵を。■■■は私と同じく停滞していた個体だ。最初に会ったときは私のほうが年上だったはずだがどこかで彼のほうが五歳ほど上になってしまっていた。■■■は魔祓い師だったがほかにも色々な仕事をしていた。ガラクタ市場で何の変哲もない粗大ゴミを買っては貴族に対し黄金時代のロスト・テクノロジーの産物だと言って売りつけたりする。
 スコールが都市の西側にだけ降っていた。人々が慌てて走りながら傘を差す。そして境界線を越えて安心しながら傘を差したまま歩いていくのだ。
 我々は半ば崩れた入り江沿いの造船所跡に来た。植物が繁茂し見たことのない虫が飛び交っている。「仕事をやめるかもしれないな。今のはそんなに稼ぎが良くない。きみは今後どうするんだ? どこかの学校に編入するというのはどうかな? もしくは思い切ってこの国から脱出するのが一番かもしれない。雷はどこに落っこちるか分からないから」
 造船所跡にはその後何度か一人で行った。いつも見たことのない虫が飛び交っていた。それらはいつになったら「見たことのある虫」になるのか? 少なくともまだそのときではない。造船所の近くに蔦が絡まった鉄橋があってものすごくゆっくりな電車が通っていく。ゆっくりなのにも関わらずけたたましい金属音を立てて今にも橋はバラバラになってしまいそうだった。
 相変わらず仕事をしていなかったが貯金は少しあった。それも家電が必要になるたび買っていたら徐々になくなっていった。冷蔵庫、次にテレビ。冷蔵庫は霜で毎回がちがちに扉が固定されどうしようもなかった。いざ冷蔵庫を買っても入れるものはそんなにない。テレビのほうは最初からすべての登場人物が砂嵐か曇りガラスの向こうにいるように不明瞭だ。私は叩けば直ると思って警棒で何度も打ち据えていたら映らなくなった。退屈なので最初のうちは近所の傷痍軍人の女性(■■という名だった)に見たい番組だけ見せてもらっていたが、彼女の家はなにかいやな雰囲気がした。薄暗くてなんだか夜明けには死ぬことが決まっている患者の病室みたいに思える。だから彼女からなんとかラジオを借りることに成功したあとはもう家に行くことはなくなっていた。
 見たこともない虫が家の近所にもいた。それは巨大だった。薬缶くらいの団子虫に見えた。常になにか緑色の液を吐き出していて生ゴミが腐ったようなにおいがした。それを駆除する人が街にはそのころ多くいた。彼らは鉄の槍を持っていてそれで虫を突いてそのままどこかへ運んでいく。あるときすごく疲れた様子の初老の駆除人がうちにやって来て、麦茶を一杯頂けないですか、と言ってきた。私は麦茶はないですと言った。その人は、では水道水でもいいです、と言ったが水道水はずっと赤色に濁っているのだ。それを伝えても彼は、私が水道水を提供したくないがゆえにそういった嘘をついているのだ、と考えているようで至極不満そうだ。私は台所へ彼を入れて蛇口をひねり、延々錆びた水が流れる様を見せてから帰らせた。

 日曜日に街へ出かけて新しい仕事を見つけた。映画館の受付。たまたま入った場所でやたら早口な少年が話しかけてきた。「ええとね、すごく久々にお客さんだね。あなたがいいというならこの仕事を代わってほしいと思ってるんだよね。俺はもうこれをやめたいし、だけどやめようにも代わりの人が見つからないしお客さんももう五年くらい来てないから俺は特に夏になるたびこの仕事をやめてやるやめてやるんだって考えてるんだけど、誰も見つからないからやめられなくて。どうだろう。すごく楽だよ何たって客が来ないんだから」
 私は仕事を代わろう、と言った。
 小年は何処かへ電話をかけて代わりが見つかった旨を伝えると嬉しそうに映画館を出て行った。私は中に入って映画を見始めた。誰もいなくて埃っぽい。上映されていたのは西部劇だ。前世紀の最初の頃■■■■■大陸に入植が始まり開拓者は銀鉱や野生動物や土地や専売権を巡って銃を撃ち合った。もしくはもっと下らない何かの動機で。
 荒野の真ん中にオルガンが置かれていて一人の流れ者がそれを見つけて弾き始めるシーンだ。流れ者はどこからどこへ行くのか。それが決まっていないから流れ者。目的地があるならそれは歴とした旅人だ。そういう意味では■■■はやはり魔祓い師や詐欺師や山師と呼ぶべきよりも「流れ者」と言う方が合っている。彼が次に何の仕事に就くかでこの呼び名は変わるだろう。
 映画館の受付の仕事はとても退屈だった。客は一人も来なかった。この映画館は誰に向けて映画を上映しているのだろうか。きっと誰にも向けずに上映しているのだ。ここに映画を見に入った私はきっと間違った存在なのだ。私は受付にラジオを持っていってずっとそれを聞いていることにした。ジャズを一日中流しているチャンネルに合わせて、飽きたらニュースに切り替えていた。毎日国のどこかでテロルや殺人事件が起こっていた。シリアルキラーはまるで当番制であるかのように連日犯行を繰り返していた。
 昼頃になると隣の食堂に入って定食を食べていたが店主の小母さんは映画館が隣接することを全く知らなかった。その上それを説明してもあまりに信じないので外に連れ出して見せると、小母さんは負けを認めたくないのか分からないが「ああ、そうね」と生返事を返して戻っていった。それ以来どうも私にのみ定食のおかずの量が少ない気がする。どうして正当なことをしてこういった目に会わなければならないのか。

       

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