Neetel Inside 文芸新都
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拡散記
点灯夫

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   5 点灯夫

 知らない間にこの都市の首長選挙が行われる日が近づいていた。私は最初候補者の一人の元軍人だという軍拡派の小父さんを選ぼうとした。しかし将来的に私が革命を起こす場合邪魔になることは必至だ。考え直そうとしたがこの人の鹿爪らしい顔と揃った口髭がいかにも将校、という感じで気に入ったので投票することにした。
 東の外れの地区がこの前爆弾で吹き飛んだ。壁が崩れて街の外が見える。後から接続された白く灼けたコンクリートだけが続く大陸だ。地平線に逃げ水。そういえばもう真夏だ。壁の修復はしばらく行われないようだった。ずっと向こうに雲がかかってスコールが降り始めた。
 ■■■は魔祓い師を廃業して腰に鍵束をぶら下げたまま小学校の点灯夫を始めた。それはすでに廃校になった場所で、夕暮れ時に一人登校しては尖塔の一番上に火を灯す。小高い丘の上のそこは建物全体が蜘蛛の巣で包まれていて、白く霞んでいるように見えた。ある日彼が仕事に行こうとするとどうやら夕立の気配がした。これは行かない方がいいと思ってそうすると市民から苦情が殺到したのだという。その後やる気がないという理由で再びサボタージュが行われた翌日には、武装した男達五人が学校で待ち伏せしていた。彼は憲兵を呼ぶことにした。
「はいもしもし」
「ええとこちらは■■■■三番地区の■■学校の点灯夫をしとります■■■・■■■・■■と申します。今仕事場の学校に武装勢力がいてものすごく怖いんですが」
「なるほど」
「こっちにおまわりさんを派遣して片付けて欲しいんですが」
「いやあ……」担当者は曖昧に笑うのだった。
「いやあ、じゃあなくてどうにかしてくれないですか。オレは非武装なもので。よしんば銃を持っていてもやめときますけどね」
「夕立が降るのを待ってください。彼らはきっと水溶性だ。雨が降ればなんとかなるでしょう」
「いえ、しかし空は晴れている」
「降るまで、待つのです」
 憲兵は来ないことになった。
 しかたないので■■■はブーツに川の水を入れて学校へ向かい彼らにかけては溶かし、再度川で水を汲み、を繰り返して悪漢たちを紙くずのようにしてから仕事を始めた。

 映画館の仕事は変わり映えがなくてものすごく退屈だった。私はしばしば客席の掃除をしていたがいつになってもきれいにならなかった。どういうしくみになっているのかは分からないが紙くずやビスケット片、臓物が延々供給されて。
 客は一人も来なかったがあるとき客席に一匹の黒猫がいてまったく動かずにただこちらを見ていたことがあった。知らない間に侵入し知らない間に消えていた。猫が映画を見る? そんなことはあるはずがない。
 この映画館が建っている場所は過去に何かがあった場所で呪われているのではないかと思った。魔祓い師をしていたころの■■■ならどうにかできるのかもしれないが今の彼はその仕事をやめてしまっていたし、量子的災厄を祓うことで客が来るようになるのは嫌だった。この頃あった印象的な出来事と言えば、赤いバスを見たことである。この都市の外郭部に走っているバスは全て空色の車体だったが、あるとき赤いバスを確かに見たのだ。赤子の集団に老人が混じっているような驚きがあったがそれ以来二度とその赤いバスを見ることはなかった。
 選挙の結果、首長には知らない老紳士が選ばれた。

       

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