Neetel Inside 文芸新都
表紙

江口眼鏡の奇書「探」読
注文の多い料理本

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 私がこの本を購入した際、外装が非常にしっかりとしていたことを鮮明に覚えている。真空パックされており、さらにその上からハードケースに入っていたのが衝撃的で、つい手に取ってしまったのだ。持ち帰っていよいよ開けるその前に、私は袋の上からじっくりと本を眺めてみた。何故この本はここまで厳重に管理されているのか、そこには何か理由があるのだろうと勘繰っていた訳だ。
「注文の多い料理本」
柔らかな童話調のタッチで題名が書かれている。その下にはボウルに入った野菜のイラストが描かれていて、それだけである。裏を観てもバーコードは無く、ただ出版社の「ビヂテリアン書房」という文字と「本体1050円」という文字だけが素っ気ないゴシック体で印刷されていた。

 おそるおそるパッキングを開ける。かすかに漂ってくるのは、書物特有のあの紙のにおいではない。よく嗅ぐにおいの気もするのだが、果たして何であろうか。
 ぱらぱらとページをめくってみると、紙質がいつもの本と異なることに気がつく。色も赤・緑から青がかったものまで、決して綺麗な発色ではないものの、カラフルである。装丁から絵本もしくはイラストの多く含まれた本であり、デザイン的な観点から色のついた紙を使用しているのかと思っていたのだが、どうやらイラストのようなものは無さそうだ。
 表紙をめくると、ページ中央の二行に

どなたもどうかお読みください。
決してご遠慮はありません。

という言葉が書かれていて、あとは空白である。なるほど、題名から予想はついていたが本格的に『注文の多い料理店』へのオマージュになっているようだ。私はすぐに次のページに進むと、

本書は注文の多い料理書ですからどうかそこはご承知ください。
注文はずいぶん多いでしょうがどうか一々こらえて下さい。

やはりそう来たか。しかし、ここまで読んでいて思うのだが、この装丁はどうしたものだろう。一ページに二、三行かそこらで全体の分量は薄めの文庫本ほどもある。それで本体1050円とは人を食ったような価格設定ではあるまいか。
 とはいえ読み進めようと続きを見ていくと、物語(と呼べるかどうかはまだわからないが)はそこから本家にも劣らぬ奇妙な「注文」をつけはじめていく。

腕時計、腕輪の類はおはずし下さい。
髪の長い方はゴム等で縛って下さい。
手を洗ってきて下さい。

 身支度に関する「注文」が終わると、いよいよ料理の準備が始まるようだ。

あなたのお宅の台所にある、塩を持ってきて下さい。
お鍋に水を入れて火にかけ、出汁をとって下さい。土鍋があると良いでしょう。

こんな「注文」がしばらく続いたのち、だしぬけに

お肉を用意して下さい。無ければお出掛けになって買ってきて下さい。

というこれまでで一番のわがままが示される。本家で言えばそろそろ紳士たちが猫と対面するあたり、物語の佳境に入っていくであろう。私は貧乏暮らしなもので冷蔵庫に肉が無く、仕方が無いので土鍋の火を止め近所のスーパーまで買いに行った。そして再び土鍋を温めはじめ、指示の通りに肉を細切りにし、最後のページをめくった。

 書かれていたのは、至極単純な言葉だった。

この本の本文部分を表紙から剥がし、鍋に入れて下さい。
心配ありません。この本は野菜でできています。インクも可食印刷という技法で印刷されています。お肉と一緒に煮込んで、お召し上がりください。

 見て佳し、読んで佳し、味わって佳し…………『注文の多い料理店』の、秀逸なパスティーシュになっていた。

書誌情報
著者:不明
出版社:ビヂテリアン書房
出版年:不明
定価:千五十円
江口眼鏡の購入価格:千五十円

       

表紙

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