Neetel Inside 文芸新都
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Arkяound 城塞都市の冒険者
16 不名誉の探索~二人のローグ

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   16 不名誉の探索~二人のローグ

 ジャズは痩せた、年端も行かない吸血鬼だった。最もそうなってからは歳を取ってないだろうけど、今回の発端だって、賭場でアニーに大敗させられたことが原因だそうだし、そこまで大人ってわけじゃないのかもしれない。
 ロバートが予言したとおり六時の鐘が鳴り響いたとき、安宿の正面入り口をアニーがぶち破って「出てきやがれ、ジャズ」と名指しの大音声を上げる。四つ目の鐘と同時にこの吸血鬼が裏の窓から飛び出してくるので俺は〈麻痺〉の魔法で撃墜した。これでしばらく立つことも、喋ることもできないだろう。実戦ではほとんど使わない技だ。〈火の矢〉や、エーテルの弾丸をそのままぶっ放した方が早い。アニーは鐘が鳴り終わるとやって来て言った。「時間厳守さ、兄弟」
 ジャズを担ぐと俺達は八番地区の教団本部へ向かって歩き出した。「このこそ泥が、私にろくでもねえ罪を着せてくれたじゃないか。今すぐあんたの腸をケツから引きずり出すってのも一興だが、まずは本部で私の無罪を証言してもらうよ。手間かけさせやがって」
 その後延々下品な罵倒が続いて本部へ来ると、ちょうど一人の男が出てくるところだった。真っ白い頭髪が足元付近まで伸びている。制服は二課のそれと同じ臙脂色の外套だが、左腕が硬質化しているわけじゃない。皮膚は病的に蒼白く、一見するとジャズと同じ吸血鬼に見えなくもない。が、牙の肥大化が見られず、瞳も金色のそれではなく、真っ赤だ。男は三課の吸血狩りだった。
「おっとこれは……この俺の為に吸血鬼を奉納しようと言うのかね?」男はいきなり腰につけていた対吸血鬼用焼夷兵器〈松明(トーチ)〉を抜いてジャズに突き刺そうとする。「実に感心だ。ではさっそく」
「バカ、違うよ! この女は私に罪を着せて逃げ回ってた盗っ人なんだ。今から私の無実を自白させなきゃならないんだよ」
 慌ててアニーが言ったので男は、「なるほど。素人がよく捕獲したものだな。さしずめ義憤にかられて、というところか、魔女よ。とはいえその吸血鬼はどうやら魔法で拘束されているようだが?」
「ああ、俺がやったんです。一時間はそのままかと」
「ではさっさと処分した方が早い」と再び男は〈松明〉を振りかざす。
「なんでそうなるんだよ! 話聞いてんのかい!?」
「俺はな」真剣な面持ちで男が話し始める。「吸血鬼どもの鉄臭い臓物を焼き尽くすのが趣味なのだよ。仮にお前の大好物がシュークリームで、目の前にそれがあって食べてもいいなら、とりあえず食うだろう? そうしないのは損だと思わないか? 一生で屠れる吸血鬼の数は決まっているのだからな」
 ある意味適役だがこんな人物に兵士をさせて良いものだろうか。
 そのとき、「あれ、ヴァーレインじゃん」と声がしたので振り返ると、パトリックとフレデリカがいた。
【本部に何か用?】
「いろいろ大変なことがあってさ……」
【話さなくていいからその大変なことを思い浮かべて】【許可が出れば勝手に読む】
 俺はそうした。
【なるほど】【マザーズボウ隊長に遭遇するとはついていない】
「隊長? この人隊長なのかい?」
【吸血鬼の討伐にはすごく熱心な人だよ】【それ以外に興味なくて床屋も行きやしないけど】
「なんかすごい大変だねーじゃーこうなったらさあ、証言させるよりパトリックがその吸血鬼の頭ん中読めば早いじゃん。そのまま精神をぶっ壊してもいいんじゃないいろいろ面倒くさいしー」
【そうだな】
「待ちたまえ、なら私にやらせるのだ。吸血鬼を焼くのは君たち二課の仕事ではない」
「殺しちゃだめだと何度言ったら分かるんだい!? 吸血鬼だろうとちゃんと法の裁きを受ける権利があるんだよ」
「確かにそうだが彼女はどうだ? 人間の血を吸うしかできない欲深きあやかしって輩ではないのか? 確かいたずらに聖堂に忍び込んだというやつだろう? 早急に焼却炉の灰にすべきではないのか」
【いや、このジャズって女は血を吸ってないぜ】【非認可の血液銀行で律儀に買って飲んでる】【人ん家に寝てる間忍び込んで吸えばタダなのにな】
 三課の仕事の一つに、パトリックが言ったようなケースへの対処がある。寝ている間に吸血された住民は、知らず知らずのあいだに吸血病におかされてしまう。患者を発見して抗体医薬を打ったり、万一吸血鬼化した場合、いち早く発見して治療したり、吸血衝動により暴れているなら討伐したり、こうした「素人の」吸血鬼への対処も主要な仕事の一つだ。
「どんな病気持ちが売ったかも知らない血を飲むなんてね」
「吸血鬼は病気にならぬからな。我々や、お前のような魔女と同じだ。だが多少は感心できるやつのようだな。すぐに焼くのはやめておこうか」ようやくマザーズボウ隊長は武器を納めた。
【なるほど。こいつはアニー氏への恨みがすげえな】【というか貴君がサマをしかけたのはきっかけにすぎなくて】【ジャズはどうやら帝国の貴族令嬢だったらしい】【あるとき忍び込んできたノラ吸血鬼に吸われて感染したんだ】【病弱でこもりきりなんで症状が進んでも自覚できなかったんだな】
「太陽を浴びれば皮膚が焼けるが、ファーゼンティアの城塞の人間や、夜勤に従事する者、ひきこもりは気づき難いからな」
【そんで吸血鬼になっちまって、両親に対し吸血衝動を覚えてかなり精神的にきちまったようだぜ】【家から出て、こっちでこそ泥しながら生きてたみたいだ】【苦労人だな】
「私が吸血鬼なったら絶対血吸うのに彼女ってすげえ我慢強いねえ、まずパットをミイラにするのは間違いないよね。次はなるべく美人で口直しするけど」
【お前の穢れた欲望なんざ聞きたくないんだよ】【まあプライバシーに配慮して本名は明かさないけど】【イカサマ賭博とかで食ってたころ対戦相手を探すのに足を運んでたんで】【ジャズ・ハウス(売春宿)から今の通り名になったようだな】【貴族令嬢にゃ辛い状況だろな】【そういう人生へのストレスが溜まってたときアニー氏に会って負けて】【おまけに自分を吸血鬼にした相手の女に顔が似てたから今回の復讐に至ったみたいだ】
「なんだいそりゃ、逆恨みじゃないかい! クソったれ」アニーは背を向けて歩き出す。
「どこ行くんだいアニー」
「飲むんだよ! あとは任せた、牢屋にぶち込んどきなよ。私の手配を取り消すのを忘れんじゃないよ!」と、大股で彼女は広場に煙る蒸気の向こうへ姿を消した。

 今回の一件はこれで解決と思いきや、後日〈過客〉の礼拝堂へ顔を出したとき、そこにすごく不機嫌そうなジャズとアニーが二人並んでいた。
「もう出所できたのかい?」
「なんでも、地下巡邏団のほうでこの女の逃げ足の速さに目をつけて、保釈金を積んで解放させたんだとさ!」とアニーは苦々しい顔で、「それだけじゃなくこともあろうに私と組ませるなんて!」
「わたしだってこの忌々しい女と組むのはクソみたいな気分だよ」ジャズはアニーの顔を見ずに言った。「とっとと教団に心臓を取り出してもらった方が街が平和になる。いや肉屋にかな」「たわけたことを抜かすんじゃないよ腐れ小悪党(ローグ)」「はぐれ(ローグ)はあんたのほうだろ」
 なかなかうまくいくんじゃないかと思いながら俺は不快な罵倒合戦に背を向けて立ち去った。

       

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