17 乱れ火の習得
我ながらタイミングが悪かった。
新しい仕事を探して、マーリンから教団の仕事を回してもらうか、地下巡邏団の仕事をやるかと考えて――あのあとなぜかデイヴィス司祭が俺を勧誘してきたのだ。もう誰でもいいんじゃないか――結局住居の近くにある掲示板に、依頼の張り紙がないか確認することにした。すると今まさに衛兵フッカーが依頼書を貼り付けるところだった。そして俺と目が合う。なんてこった。引き返そうとするが、やつが小走りで近寄ってきて肩を叩く。
「ヴァーレイン、すごく丁度イい。魔導師が必要だ、手ェ貸すべきダな」
「俺じゃなくてもいいでしょう、クワインとかさ」
「あの野郎はやる気と向上心がナいのデ無理、アタシの秘術を学ベるチャンスなンだぜ」
「秘術だって?」
「アア、とってオキのな」
その後道すがら話を聞くと、どうやらフッカーは金儲けのために、魔導師に対して呪術を教える副業を始めようとしているそうだ。ウォーターズも言っていたが、魔法と呪術は基本理念こそ異なるが、互換性が一部見られ、魔導師が補助的に使用することは十分可能だそうだ。
魔法は、ソルシャードの初代皇帝にして最初の魔導師・アンゼリカ一世が、〈大災厄〉で分断した南部大陸を竜から奪還するために見出した力だ。それはすでに失われた〈黄金時代〉の技術の再現、世界を構成する〈エーテル〉に働きかける手段を体系化したものだ(発端が発掘したアーティファクトの解析という点では教団の狩人たちと同じだ)。
魔法の一部が、エーテルを通してその場のマナに働きかけることがあり、間接的にせよ魔導師は呪術を使っている、と言えなくもないとフッカーは言う。しかし、魔導師たちは「安定」に拘るあまり、制御に多大な力を用いており、大きな弱点となっていると。「よってだから魔導師は、とっとト決着ヲ付けたがるンだわ」呪術はかなり大雑把で、その威力にもかなりムラがある。ダイスを振るみたいに――もちろん魔法も多少はそうだが誤差と言っていいレベルだ。呪術を使う際には「最大」と「最小」を把握した上でやらなくてはならないそうだ。
「それでさて、アタシの経歴なンだけど、〈フュル=ガラ〉所属の拝火兵だったノよ」
〈フュル=ガラ〉ってのは確か、亜大陸における支配的な祭官ギルドだ。国土のほとんどが森林であるカルムフォルドでは、火の扱いは極めて慎重に、厳かに行われなくてはならない。かのギルドは冠婚葬祭や鍛冶、そして〈銀の教団〉や〈聖火騎士団〉と同じく、魔族の討伐を行う。
「じゃあなんで衛兵なんてやってるんだい?」
「破門されタのよ」
まあ納得の理由だった。フッカーは高い裏依頼料すなわちワイロ(本人は「気持ち」と称していた)によって優先的に人狼や吸血鬼を討伐し、多額の利益を出していた。ところがそれが明るみになると財産は没収され、あえなくクビになった。
「アタシは単純にタダ、古くさイ場所ヘ市場原理を介入サせただけなノにね。まァそろそろほとぼりも冷めたコロだし、少しばかり稼ガせてもらウわ」
俺たちは点検用通路や錆び付いていつ崩れてもおかしくないような階段を越えて、外壁の出っ張りの上へ出た。上空には青空、草原とその向こうの海、爽快な風景だ。そんな俺の気分をぶっ壊す台詞が。「じゃアさっそくすぐに開始すルけど、料金は前払イでいいカな」「ああそうだね、今もらえるかな」「もらう? 何寝言言ってンの、アンタが授業料としてアタシへ支払ウに決まってるデしょ」「なんだって? 魔導師が習得可能かどうか実験するため協力して欲しいんじゃないのかよ?」「だからソノ結果アンタがパワーを得らレるんだから七万サン払う価値アルでしょ」「七万サン? なんてこった」
俺のため息を初夏の涼やかな風が吹き飛ばす。