Chapter 4
1
「ところで、ルーンさんは『運命の者』が見つかったらどこへ行こうと思っていたんですか?」
「やだ。ちょっとやめてよね。ルーンさんなんて気持ち悪い」
気持ち悪い。その言葉にアクアは少しショックを受けた。
「あたしのことは、ルーンでいいわよ。クリスもね」
「ルーン……ですか」
「そう。それでいいの。あとその口調、どうにかならないの?あたしそういう堅苦しい言葉遣いは苦手なのよね。さっきの質問、もう一回くだけた言い方で言ってみなさいよ」
そうは言っても、アクアは王女。ルーンのように慣れた口で話したことなど一度もない。そんなアクアにいきなり口調を変えろと言われても、なかなか難しい話だった。
アクアが「えっと、その……」とおろおろしているところへ、クリスが助け船を出した。
「まあまあ。マリンはいろいろと厳しい環境で育ってきたみたいだし、すぐには無理だよ。マリン、少しずつでいいからね」
「ご、ごめんなさい」
「謝ることはないよ。それより、ルーンは僕たちの用が済んだら、どこへ行くつもりなんだ?」
「あ、そうそう」とルーンは腰に付けたポーチから地図を取り出し、二人に赤いバツ印を付けた場所を指差して見せた。彼女が持っていたのは、ここアストルリア大陸の地図だった。大陸のほぼ中央にあるハイルランバーの都と書かれた場所の少し西、通称『迷いの森』と呼ばれている森の中にバツ印は付けられていた。
「どうして迷いの森と呼ばれているので……ごめんなさい、呼ばれている……の?」
「ですか」と言いかけたところでルーンがぎろっと睨んできたので、アクアは慌てて言い直した。
「それは、ここは樹海と呼べるほどそんなに広い森じゃないんだけど、なぜか開けた道を歩いていても道が分からなくなって迷子になりやすいらしいの。方位を確かめようとしてもコンパスが正常に動かないことが多くて、森を抜けるまで何日もかかってしまうっていう話よ」
「それは不思議な森だな」
「でしょ?この地図は宿屋が襲われたあとに占い師がくれたもので、運命の者とここへ行けって言われたのよね。何があるのかは教えてくれなかったんだけど、きっとすごいお宝が隠されているにちがいないわ。早くここへ行きたいから、用はさっさと済ませてよね!」
あまりにもの自己中心的な発言に、アクアもクリスも言葉が出ず、茫然とルーンを見つめることしかできなかった。ルーンはというと、二人が自分の態度に呆れていることなど知る由もなく、「ぼーっとしてないでさっさと行くわよ!」と、二人の腕を強引に引っ張り街道を進んで行った。
それからしばらく進み、海から潮の香りがまったくなくなったころ。辺りに穏やかな平原が広がっている中、三人はこじんまりとした一軒家がぽつんと建っているのを発見した。誰かが住んでいるようで、庭には手入れの行き届いた畑や井戸まである。ただ、今は誰もいないのか、家はしんとして風景に溶け込んでいた。
「あんなところに家が……どうしてこんな何もない所に住んでいるのでしょうか」
「知らないわよ。ほらほら、立ち止まっているヒマはないわ。さっさとザリへ行くんでしょ」
ルーンに急かされ、一行はその場を立ち去りザリへ向かった。アクアは辺ぴな場所に建つ一軒家が気になり、何度も立ち止まって後ろを振り返ったが、以前として家の主が現れる様子もなかったので再び歩き出した。
Chapter 4
2
謎の民家からほどなくして三人はザリの町へとたどり着いたのだが、町の様子を見て唖然とした。
「いったい、これはどういうこと?まるで廃墟じゃない」
「魔物にでも襲われたのでしょうか……」
ほとんどの建物は崩壊しており、無事に残った数軒に人々は住んでいるようだった。しかし、町が半壊滅状態だというのに町の人は復旧作業をしている様子もなく、まるで最初からこうなんですという顔で生活している。
「あっきれた。町がこんな状態だっていうのに、よく平気で暮らせるわね」
ルーンが呆れて溜め息をついた。
「とにかく町の人に事情を訊いてみよう」
クリスはそう言うと、近くにいた女性に声をかけてみた。
「すみません、この町で何か起きたんですか?」
「あんたたち誰?どこから来たのか知らないけど、よそ者は口を挟まないでちょうだい」
女性は怪訝な顔でそれだけ言うと、さっさと去ってしまった。
「なによあの態度!感じ悪いわね!」
ルーンがわざと聞こえるように言うと、周りにいた人たちが一斉に三人を睨んだ。ルーンが肩をすくめて「おかしな人たちね」と一言もらした。
それからも町の人たちに声をかけたが反応は同じだった。怒鳴り返す人や無視をする人ばかり。まともに話をしてくれる人など誰一人としていなかった。三人が途方に暮れて民家の壁にもたれかかっていると、一人の老人が近づいてきた。
「そこの旅の方々。こんな町に何の用かの?」
どうやらこの老人はまともなようだった。クリスが事情を説明すると、老人はやれやれと溜め息ついた。
「わしはロバート。二月ほど前にこの町に越して来たんじゃが、町の住人があんな態度じゃろ?本当におかしなヤツばかりじゃ。こっちがちょっと何か訊ねるとすぐ怒鳴り返してくる。しまいに耐え切れなくなって、今は町から少し離れた場所で暮らしておるんじゃが、町があれじゃ買い物もまともにできん。けっきょく遠くの町まで行かざるをえなくなっておるし、そろそろ引っ越そうかと思っておるんじゃよ」
「そうなんですか……」
アクアが気の毒そうに言う。たしかにロバートの言うとおり、老人が一人生活するには不自由すぎる町だった。会話も成立せず、怒鳴り散らされるだけの毎日に耐えられる人などいるはずないであろう。
「困ったな。これじゃ占い師に言われてここに来た意味がないぞ」
「それならあたしの用事に付き合って……て言いたいところだけど、もう夕方になっちゃったし、これから行ったんじゃ着くのは夜中ぐらいになっちゃうわ。どこか泊まる所はないのかしら」
「町があんな様子じゃ無理だな。他の町へ行くしか……」
三人が泊まる場所に困っていると、「それならわしの家に泊まるといい」とロバートが提案をした。
「ここから次の町までは距離も遠いし、この辺りは物騒なんじゃ。人さらいが出るかもしれん」
「人さらいですって?」
ロバートの話では、時々ザリの町に訪れる旅人や通行人たちがこつぜんと姿を消すことがあるらしい。そして、そんなことがあった日の夜は町の方角から奇声が聞こえてくるという。
「それから、人の叫び声も聞こえる夜もあったんじゃ」
「それはヘンね。ますます怪しいわ」
突然姿を消す人たち、町から時折聞こえる奇声と人の叫び声、そして崩壊した建物。アクアたちがここへ導かれたのはこれが理由だったのだろうか。
「ところで、おじいさんはひとりでここへ越して来たんですか?」
「いんや。ここへは妻と孫と一緒に越して来たんじゃが、ある日突然行方不明になってしまったんじゃ……」
「ご家族の方も行方不明に?」
アクアが聞き返すと、ロバートは悲しそうに頷いた。
「そうじゃ。ちょうど一週間ぐらい前になるかのう。妻はあの町が嫌いじゃったから、遠くの町まで買い物に行くと言って孫と出掛けたきり、帰ってこなくなってしまったんじゃ……」
「二人の行方が分からなくなってしまったのと、夜に聞こえてくる奇声や悲鳴は、何か関係があるのでしょうか?」
「こうなったら、夜になるのを待って町へ偵察しに行きましょうよ」
「そうだな。で、誰が町へ行くんだ?」
クリスが訊くと、アクアとルーンは無意識にクリスを見た。
「……やっぱり僕か」
どうやらアクアもルーンも、偵察に行くのは当然クリスだと思っていたようだ。クリスはノーと言っても無駄だと悟ったようで、しぶしぶ偵察役を引き受けた。
「じゃあクリス。いい?まずは町の様子を、ざっとでいいから見てきてちょうだい。その状況しだいで、これからの作戦をあたしが立てるわ」
「わかった」
そして、日が落ちるぐらいにクリスは町へ偵察に行った。アクアは少し不安だったが、ルーンは「クリスなら大丈夫でしょ」と言って、あっけらかんとしていた。
クリスが偵察に行っているあいだ、アクアは何度も外を覗いてはそわそわしていた。しまいには、ルーンに「ちょっと、少しは落ち着いたら?」と言われてしまった。
やっとクリスが偵察から戻ってきた頃には、すっかり夜も深くなっていた。住人に気付かれないようずっと気を張っていたのだろう、いつもの澄んだ青い瞳が淀んでいるように見えた。
「で、町の様子はどうだったの?」
「なんだか町の集会所みたいな所へ、大きな袋をいくつか運んでいくのを見たんだ」
「大きな袋ですって?」
「ああ。しかもその袋は動いていた気がする。動物の動きとはちょっと違ってたし、もしかしたらロバートさんが言っていた、さらわれた人たちかもしれない」
「じゃあ、もしそうなら町の人たちが人さらいで、旅の人たちや通行人を次々と……」
アクアはそこまで言いかけて、背筋がざわっとなった。もしもクリスが見た大きな袋の中身が人間ならば、ザリの町の住人たちは、とんでもない組織かもしれないということだ。
「とにかく、もう一度偵察に行く必要があるわね。クリス、頼んだわよ」
「は?また僕?」
「当たり前でしょ。偵察役はあなたなんだから。ただし、今回はあたしたちも後からこっそりついて行くわ。何かあった時のためにね」
そしてルーンはポーチから小石くらいのガラス玉を取り出すと、クリスとアクアに手渡した。
「これはおしゃべり玉といって、連絡を取り合うための魔法道具なの。連絡したい相手を思うだけで、玉がそれを感じ取ってくれて話をすることができるのよ」
「へえー、すごい玉だな」と、クリスは玉をじっと眺めながら言った。
「いい?じゅうぶんに警戒して行くのよ」
「クリス……気をつけて」
「マリン、なんて顔してるんだよ。それより二人も後からついて来るんだから、じゅうぶん注意するんだぞ」
「ええ」
三人は神妙に頷いた。実行は明日。はたして、無事に偵察を終えることができるのだろうか。
to be continued...