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揺れる地面……地震!?
「サトシ、大丈夫?」
隣を歩くタイヨウがオレの肩に掴まる。揺れは大きくとても立っては
いられない。オレ達はゆっくりと地面にしゃがみ込んだ。
「いったい、なんなんだ」
「異常事態でしょうか? とりあえず動かない方がいいですよね」
しばらく揺れは続いていた。辺りを見るとNPCの動きが止まっていた。
するとやはりシステム側で何か不具合が起こったのであろうか。だとした
らオレ達は……
嫌な予感が頭をよぎるが無理やり考えを頭の奥に押し込める。こういう
時は取り乱してはいけない。冷静さが一番大切なはず。
そんなことを考えている間にも揺れはさらに大きくなり、しまいには平
衡感覚すら狂ってくる。上下左右、どこどこやらわからなくなり体が徐々
に沈んでいく感覚。そしてオレの意識は……
感じる頭痛。オレは目を開けるがそこに広がっていたのはただの闇。驚
き目の辺りに手をやると何か金属の冷たい感触が手に伝わってくる。オレは
恐る恐るその何かを目から外す。すると、眼前には光が飛び込んできた。
「うっ、つう」
目を細め周りを見渡すがやはり目が慣れるまでは何も見えず、かすかに
人影を認めたのみ。オレは目に入る光を手で遮りながらその人影の方をみ
やる。
「お目覚めですか?」
「うわっ」
突如目に飛び込んできたのは鬼の顔……もとい、鬼の面であった。その
面をつけている主はオレの目の前に立ちベッドに寝そべるオレを見下ろし
ていた。
「な、なんだ。お前」
「ははは、何おどろいてるんですか。私ですよ、私」
オレの質問に相手は親しげに答えるが、オレに鬼の知り合いはいない……
いや、一人いるじゃないか。
「お前、ノーサイドか?」
「おお、正解です!! よくわかりましたね」
キャッキャと笑うノーサイド……らしき人物。本人が名乗ったにもかか
わらずなぜ断定しないのかと聞かれればその姿があまりにも最初にあった
ときの姿と違ったからである。
確かに鬼の面は同じであるが、体格が明らかに違う。最初に見たノーサ
イドは大柄で筋肉質、けれども今目の前にいる奴は身長はオレよりも低い
くらい、そして何より女性なのである。
「サトシさんも戸惑ってることでしょうけど、すみませんね、少し場所を
変えたいのです」
「おい、ちょっと待て。お前がノーサイドでこの空間にいるということは
ここは現実世界ということか!?」
「ええ。もちろんそうですよ」
確かにオレのいる部屋は白を基調としたちょうど病室のような部屋であ
り、ゲーム世界とは違う印象を受ける。
「とにかく、説明はしますからまずは場所を移しましょう」
「お、おう」
オレはノーサイドに言われるまま手を引かれ連れられていく。この人の
ことを考えない強引さはやはりノーサイドのそれである。
歩くこと数分。その間黙々と進んでいたオレ達であったがようやくノー
サイドが足を止める。
「ここなら……いいでしょうか」
「何がいいんだ?」
「あなたにすべてをお話しします」
ノーサイドが面に手をかける。
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廊下の片隅に女性と二人。本来なら喜ばしいシチュエーションであるの
だが相手ノーサイドである以上、素直に喜べるわけもなく、オレはこれか
ら訪れるであろう何かに身構えていた。
「強引に連れ出すようなまねをして申し訳ありません。ですが、今はこう
するよりほかに手段がなかったので」
「……謝るなんて、どうかしたのか?」
「これが素ですよ。そんなことよりも今から事の次第をお話しするわけで
すが、一つだけ。何を聞いても絶対に取り乱さないでください、今は時間が
ありませんので」
「えっ、ああ」
何を今更。いままで散々振り回しておいて取り乱すなと言われてもな。
それにここは現実だろ? ゲーム空間のような化け物が出てくるわけでも
あるまいし。
「そうですか、では」
そういってノーサイドが顔のしている鬼の面に手をかける。その中から
現れたのはどこか見覚えのある顔。どこかで見た顔、どこかで……
「て、てめえええええ!!」
ノーサイドの素顔を見たとたん頭の中は真っ赤に染まり、オレはいつの
間にかノーサイドの胸ぐらをつかんでいた。
そうだ、そうだ、そうだ、そうだ!! こいつだ、こいつが……
次々に頭の中を駆け巡る映像、そして呼び起される悲劇。その時、確かに
オレは見たのだ、こいつの顔を。記憶がよみがえり頭の中で渦を巻く。なん
で忘れてしまっていたのだろう。オレの中にはあふれんばかりの憎悪と悲
しみがよみがえってきていた。
ノーサイドをつかんだ右腕、それに力が加えられたかと思うとオレの視
界は回転し、その直後には背中に鈍い痛みを感じる。
「取り乱さないでくださいと言ったはずですが」
地面に寝そべるオレの上から冷たく掛けられる声。オレは構わずノーサ
イドにとびかかる。けれどもオレの手は彼女に到達する前にあしらわれ、
勢い余ったオレは再び床へとつんのめるのであった。
「記憶が戻って、興奮状態にあるようですね」
「なにが興奮状態だ、お前が、お前がハヤトを!!」
ノーサイド、否。沢村美代子。こいつのせいで隼人は……オレの脳内は
赤く染まり、すべての感覚が消え失せていく。血は熱を放ち、視界に映る
のは目の前の女のみ。オレは腕を振り上げた。
「……いい加減、あきらめませんか?」
「うる、さい」
息も絶え絶え、いったい何発撃ち込んだだろうか。けれども沢村にはオ
レの拳はかすりもしない。息ひとつ乱さず目の前に立つこの女にオレの憤
りは収まるはずもなく再び肩で息し立ち上がる。
「そろそろお話を聞いていただけませんか」
「誰が人殺しの話なんか!!」
「ですからそれが誤解だというのです」
沢村の方から詰め寄られ、オレは尻込みをしてしまう。誤解だって?
じゃあ、オレが見たあの光景は……
オレはあの時のことを思い返した。