生贄の旅
プロットナンバー06.『船』 筆者:顎男 11/30
「いい天気だな~」
「ジャスバル、あなた気が緩み過ぎですよ」
「はいはい」
甲板の手すりにもたれながら、ジャスバルは軽くミレイの睨みつけの矛先から逃れた。
「いいじゃねーか、久々の休みなんだから」
「船上とはいえ、魔物の気配はゼロではありません。警戒を怠らぬよう」
ミレイはツンケンしている。腰に帯びた拳銃の握りに手を当てて、キョロキョロしているが、そんな必要があるようにはジャスバルには思えない。頭上は雲ひとつない青空。カモメがのんきに飛んでいる。第二の聖堂に着くまでは、ゆっくり出来そうな気しかしない。
「な、ディリシアもそう思うだろ?」
「え? え? な、なんの話?」
カウチに座ってぼーっとしていたディリシアがはっと目を覚ました。どうもまだ眠いらしい。船室にいると酔うらしいので、ジャスバルとミレイは巫女の少女を甲板まで連れてきたのだった。
「お前も気が緩んでるな~」
「そ、そうかな?」
ディリシアは恥ずかしそうに自身の前髪を撫でた。ジャスバルはわしわしとその頭を撫で回す。
「わっ、わっ」
「もうちょっと休んでろ。もうちょいで第二の聖堂がある島に着くから……」
とジャスバルが言った瞬間、
どばーん! ……と。
盛大な波しぶきが上がり、船が大きく傾いた。ディリシアの乗ったカウチが綺麗に滑っていき、「わっわっわっ」と背もたれにしがみついた巫女が何も出来ない間にカウチは女騎士ミレイのスネに直撃した。ミレイは甲板を転げ回って激痛に耐えている。
「……っ! ……っ!」
「日頃の行いが悪いからそうなるんだ」
「なんでですかっ!」
痛みと屈辱で顔を真っ赤にしたミレイがまずジャスバルを、次にどんくささ世界一のディリシアを睨みつけた。巫女はぺこぺこしている。
「……いったい何事ですか?」
「わからん。おーい、何があったんだあ?」
ジャスバルは両手で筒を作って、舳先にいる船乗りに呼びかけた。屈強な体躯を持つその船乗りは、古傷だらけの顔をジャスバルに向けて叫び返してきた。
「魔物だ! 魔物が出たんだ! ……うわ~っ!」
「ふ、船乗りさーん!」
唐突に「にゅるっ」と出てきた触手に船乗りはあっけなく掴まれ、海中に引きずりこまれていった。ジャスバルとミレイは顔を見合わせる。
「どう思う?」
「たぶん、大型の魔物ですね。……勝ち目はないです」
「じゃあ、運を天に任せるしかないなあ」
「ですね」
珍しく意見が一致した二人が天を仰ぎ。
そして、大陸と島を繋ぐ連絡船はあっさりと怪物の触手に絡み取られ、沈没したのだった。
○
「ジャスバル」
「……う~ん」
「ジャスバル!」
ジャスバルはぱちっと目を覚ました。するとそこにはミレイとディリシア、二人の美少女の心配そうな顔があった。なんとなくハーレム気分を堪能しながら、ジャスバルは身を起こす。
そこは青い鉱石で出来た鍾乳洞だった。
「船は?」
「沈没しちゃったみたい。私たちはみんな流されて……それよりジャスバル、身体、だいじょうぶ? なんともない?」
不安げなディリシアに、おう、とジャスバルは片手を挙げてみせる。するとその手の甲が「カッ」と輝き始めた。
「な、なんだあ!?」
「ジャスバル、それはいったい……?」
「俺にもわかんねーよ!」
「ねえ、見て。ジャスバルの手の模様が、この壁画と反応しあってるみたい……」
ディリシアが示した壁画の前に、三人は集まった。確かにそこには、何か人のようなものが描かれており、ジャスバルが手を近づけると青く輝くのだった。
「うっ……」
ジャスバルが額に手を当ててしゃがみこんだ。慌てて二人が肩を支える。
「どうしたの、ジャスバル?」
「分からない……ただ、頭の中に……言葉が……」
しばらくして、ジャスバルはスッキリしたように立ち上がった。
「……思い出した……」
「思い出した、って?」
「俺は……俺はガルタ人の生き残りだったんだ!!」
「ええーっ!」とミレイ。
「がるたじんって、なに?」とディリシアが小首を傾げながら、
「お魚かな?」などとふざける。
「いや違う。おまえ何と間違えたんだ? ……ガルタ人は、かつて神と共に戦った兵士たちの子孫という伝説のある民族だよ」
「そんな……確かにジャスバルは孤児で出身がハッキリしていないところはあるけれど……どうしてガルタ人だなんてわかったの?」
「頭の中に声が響いてきたんだよ。この紋章が輝いてから……」
「この紋章……ここの壁画に同じものが描かれていますね」
ミレイがジャスバルの手を取りながら言った。ジャスバルは顔を赤くする。
「……それで?」
「詳しくは分かりませんが、この紋章はガルタ人のものなのかもしれません」
ミレイは一緒に流れ着いていた荷物を背負った。
「いきましょう。ここを出て、第二の聖堂にいけばもっと詳しいことも分かるでしょう。あの聖堂はガルタ人の管理下ですから」
「結局、前に進むしかないってことか」
ジャスバルはため息をついた。
「仕方ないな。いくか」
そうして洞窟を通り抜けて、朝陽を浴びた一行が踏み締めたのは、ガルタ人が統治する聖堂島クラティスの土だったのだった。