プロローグ
センセーショナルな事件の報道は、時に人を狂わせると聞く。
だからこの事件も決して外に漏らしてはいけないのかもしれない。
今年から専門学校に通う俺こと櫻井京<サクライキョウ>はつい最近、奇妙な出来事を体験をしてしまった。
でもあれは事件、なのだろうか。体験したことを今から話そうと思う。
◆
あれは、雨が降って寒い日のことだった。
場所は一軒家が立ち並ぶ住宅地から少し離れた場所にある、山道とくっついたような広い公園。
園内には洒落たものもない、使われなくなった遊具が少しだけあるような田舎の姿そのもの。通称、仇墓山(くぼやま)公園。
その日の予報になかった大雨を大胆にも全身で受けとめた俺は、その公園の中で一人、雨宿りの場所を探していた。
「ヘクショッ!!」
最近ちょっと涼しくなってきたからそろそろ秋服かな、なんていう時にこれだ。濡れた薄着から水滴が体温を奪い、今すぐに風邪をひきそうな寒さが襲う。辺りを見回して運良く雨宿りできそうな大樹を見つけると、俺は一目散にそこへ向かった。
いつもなら通らない道を通るなんて経験、こういう時でないとなかなかないよな、なんて思いながら。
木陰で境界線となっている外は、大粒の雨が降り注いでいる。曇り空はちょっとゴロゴロ唸りつつ、俺みたいな不用心ものを嘲笑う。
小雨くらいなら大急ぎで家に向かってもいいんだが、もう少しここで待ってみるか。
「通り雨なら、こういう木陰での雨宿りってのもありなのかな」
木陰に入った俺は独り言をつぶやきながら、服の端っこを摘んで雑巾のように絞る。服から滴る水が地面に落ちてゆく様は、なんだか楽しい。
ふと、その足元を見ると動く物体が一つ。よくみると黒色の猫だった。
シュッとしたシルエットにツヤのある毛並み、イエローの目、ピンと立った尻尾。カワイイよりも美しい、そんな表現が似合うやつだった。
まじまじと見ていると俺と目があった──こいつが突然現れた無礼者を見つめていたのかな。それでも逃げ出す素振りは全くない。
あまり詳しくないんだが猫なんてものは、人を見るとすぐ逃げると思っていた。
こいつは違うのかな?人に慣れてそうだから野良猫じゃなくて飼い猫?
なんて考えていると当然、猫が思い出したかのように今いる木陰から大きく飛び出した。
その時だ。正確には俺の記憶にはないことだが後で聞いた話を元に再現しよう。
「逃げて!!」
瞬間、どこからかそう叫ぶ声が聞こえたかと思うと、まだ空中に浮いている黒猫に飛びつくかのように俺は死に物狂いで跳んでいた。
そして刹那のことだった。
──音にならない轟音と閃光、大きな振動。
人体が耐え切れない衝撃が一度に襲ったかのように、声も上げれず全身の細胞が危険信号を伝える。
そういや聞いたことあるな…背の高い大樹には雷が落ちることもあるって。
目の前の水滴がスローモーションになって走馬灯のようにそのことを思い出したのは一瞬で、すぐに目の前が真っ白になったかと思いきやそこで俺の意識は消えた。
思えばこれは奇妙な体験の始まりに過ぎなかった。