Neetel Inside ニートノベル
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流星群
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『アルフ、アルフ、こちらホテル。現在の状況を送れ』
  無線機からクリアに聞こえる声に少女(……と表現したが彼女は20を越えた女性だ)は一言「本部のみなさーん現在1中隊は待機中ですよー」と右手で電話機の形を作り馬鹿にするような調子で答える。
「おい、弓浜。これは訓練ではなく戦争なんだぞ真剣にやれ」
  低く凛とした声。弓子がその声にあわてて振り向く。
「ゲッ!日山先輩起きてたんですか?」
  日山と呼ばれた女性(彼女は弓浜とは対称的で背丈も高くおおよそ軍隊では珍しい部類の女性だ)は今起きたのであろう。毛布にくるまれた状態で半身をおこし手を上にあげ伸びをする。
「きっかり上番10分前だ」
「じゃあそろそろあたしも……」
  弓浜が言い終わる前だった。無線機から流れる声が会話を遮断する。
『アルフ、ブラボ、チャリー、こちらホテル。丸太を作れ』
  その言葉を聞いて弓浜は青ざめる
「残念だったな弓浜。前進開始命令だ。しばらくは寝れないぞ」



「今日は電波がバンバン飛んでいきますねぇ」
  鉛筆を転がし退屈そうに、独り言なのか日山に話しかけているのかわからないような調子で聞く。
「あぁ、訓練の時は結構忙しかったからなおさらだな」
  彼女たちの任務は「中継」と呼ばれる任務であり本部と他の中隊(この場合アルフと呼ばれた1中隊、ブラボの2中隊、チャリーの3中隊)の間に無線の基地局を開設し本部からの電報や命令を他の中隊にそっくり伝えるのが仕事である。野球の"中継"(テレビ中継ではない)を想像していただければ分かりやすいだろう。
「ここまで仕事がないと暇です」
「彼らがどんどん前に進めば嫌でも仕事は増える。それとも有線班と一緒に敵地に前進するか?」
「……嫌です」
 


  そのやり取りを何度も交わし2時間。弓浜は眠そうな目で文句を言い出す。
「こんな美女2人を汚いトラックに放り込むって小隊長はなにを考えてるのかしら……」
  日山は聞こえない振りをする。その時、切迫した無線が流れ出す。
『ホテルこちらエクスライ班員が負傷繰り返す班員が負傷送れ』
「エ、エクスライってうちの小隊の有線班じゃないですか!」
「弓浜黙ってろ!」
  日山は電報に先程の連絡を走り書きする。
『エクスライこちらホテル。負傷した班員の名前、現在のエクスライの状況を送れ』
『こちらエク……げんざ……敵……せんちゅう……で連絡……する送れ』
  一気に無線機からの音が途切れ途切れになる。そして無線越しから怒鳴り声と銃撃の音が聞こえる。
『エクスライ待て。ズールこちらホテル先程のエクスライの伝とれたか送れ』
  ズール……中継班のことである。日山は取り付けられた受話器を取りホテルに伝える。
「こちらズール、雑多し途切れ途切れにしか聞こえない。送れ」
  軍に所属して日山は長いが実戦は初めてであり仲間が殺されそうになっている状況で正気でいられるはずがない。相手の意に反することをしてしまう
『こちらホテル。聞き取れたのか?聞き取れなかったのか?送れ』
「こちらズール。雑多し……聞き取れず送れ」
『こちらホテル了解』
  その時だ。先程とは別の声が無線機から聞こえる
『ホテルこちらエクスライ班員死亡。死亡したのは班長の山野辺軍曹、班員の喜多方兵士長、秋谷兵士長、大蔵一等兵の4名である送……』
  銃声が聞こえたと同時に無線が途絶える。その後無線機から雑音が流れ始める。
「……有線班全滅。無線機は敵にとられたと言うことか」
「嘘……やだ……」
「周波数を変えるぞ。今のままではどうにもならないからな」
  雑音が消えまた静寂が戻る。重苦しい空気を連れて……


「ねぇ、日山軍曹……」
  呼ばれて弓浜を見る。ぼうっと立っている。目はうつろ……いや飢えた獣のようにも見える。なんだと聞こうとした時いきなり弓浜は日山に覆い被さる。
「バカ!やめろ!」
「だって!このままあたしたちもしかしたら……そんなの嫌だ!」
強引に上着を脱がせられズボンのベルトに手をかけられる。弓浜は日山に比べ華奢であり体格も一回り小さい。普段なら簡単にねじ伏せることもできるがそれすらできないほどの力があった。
「頼む!落ち着け弓浜」
「やだ!このまま死ぬなんて!あたしまだ……まだ……」
『ズールこちらホテル定期連絡送れ』
  突然の無線にお互いの動きが止まる。その隙に日山は弓浜を押し退け無線機の向こう側の相手に反応する。
『ホテルこちらズール定期連絡異常なし』
  了解終わりと聞こえたあと次はアルファへの連絡を行い始める。日山はふうっと一息つき弓浜を見る。なにが起きたか、自分がなにをやっていたのかわからないといった顔。そしてしっかりと開かれた両目からは滝のように涙がこぼれ落ちている。
「あ……ごめんなさい……ごめんなさい」
「……大丈夫だ生きて帰れるだから……な?」
  不安で仕方ないであろう後輩を優しく抱き締めるしか今は方法がなかった。


『ホテルこちらアルフ敵と交戦中』
『ホテルこちらブラボ……』
『ブラボ待て!』
『……いん不明。現在味方のぶた……へしんこ……ち……れ』
『アルフこちらホテル雑多し待て!』
『ズールこちらホテル先程のアルフの件中継せよ』
  通信系が混乱してきた。よっぽど戦況はよろしくないのだろう。受話器をとろうと手を伸ばす。あるはずの受話器握ろうとした。したがそれは空を切った。
「ホテルこちらズール……えーっと」
  なんと受話器を弓浜が持ち通信をしている。そして今最悪なことが起ころうとしていた。
「雑多し……聞き取れず……こちらからも、呼び掛けてみるアルフのこちらホテル……」
「弓浜!受話器から手を離せ!」
しかし弓浜には聞こえていないようであった。長い時間無線で会話している。日山は無理矢理受話器を奪いとるがもう遅かった。けたたましい警報音が車内に響き渡る
『対空レッド、対空レッド。座標52,33に向かって敵戦闘機2台が接近中繰り返す……』
  恐れていた事態が発生した。敵に電波を傍受され位置を評定されたのだ。そして敵はここに攻撃を開始するだろう。とっさの判断で日山は叫ぶ。
「弓浜!にげ……」
上空から風を切る音と爆発音がすべての音を掻き消し、葬り去った。


「うわぁ、かわいそうに。やだなぁ」
  10人程の迷彩服を着こんだ団体の一人がそう呟く。
  目の前にはボロボロに大破した車両のような何かと、四角い形をなんとか保っている鉄製の箱。そして赤茶色の地面と焦げたなにかが散らばっている。
「ここが敵の無線の中継地点のはずだからな。敵の無線機の性能を考えるとあと少しで本部が見えてくるだろう」
「で、そこを奇襲して…」
  特段彼らにとって興味深いものでもなかっただろう。そのまま彼らは去っていった。

       

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