Neetel Inside ニートノベル
表紙

彼女とバイクとプラネタリウム
最終話

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 目覚まし時計の音で目を覚ます。
 僕は結構、目覚ましが鳴ってからもしばらくベッドの中でグダグダしていることが多いのだが、この日はすごくあっさりとベッドから起き上がることができた。
 こんなに目覚めがすっきりしているのは久しぶりだ。今日はきっと、凄くいい日になるだろう。
 それから僕は、顔を洗い歯を磨き、朝の支度を済ませて家を出た。
 そして向かったのは佐々木の家。
 そこでいつものように朝食をとる。
 テーブルについているのは二人だけ。三人だった食卓から一人が減って、それからもうちょうど一年になる。
 最初はその空白を意識しないようにするのに必死だった。そして食事の度にその現実に絶望し、もうここに来たくないと思うこともあった。
 だけど最近になって、この光景にも慣れてきた。
「――今日、私も見に行こうかしら」
 食事中、透の母はそう言った。
 今日、僕らの通う高校では文化祭があるのだ。
「ぜひ来て下さい」
「お、なんか自信ありそうな顔ね」
「そして来るなら、うちの出し物も見て行って下さいよ。今年の天文部は、結構すごいですよ」
「そこまで言われたら、行くしかないわね」
 やがて僕らは朝食を終えた。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
 そして家を出て学校に向かう。
 今日は文化祭だ。それもただの文化祭ではなく、僕にとっては最後の文化祭。
 校門は普段と違って随分と飾られている。そしてそこから中に入ってみれば、あちこちから何かを準備している音が聞こえてくる。誰かが指示を出す声や、何かを運ぶ音……どっからか悲鳴のようなものが聞こえるが、どこかのクラスでは当日になって何かトラブルでもあったのだろうか。
 何にしろ、こういった活気のある音は嫌いではない。じわじわと胸の奥から温かいものが湧いてくる。
 僕が天文部に割り当てられている教室に向かうと、そこにはもう既に部員が全員揃っていた。もちろん勇次郎もいる。彼はもう剣道部を引退しており、最近では誰よりも真面目に部室に顔を出すようになっていた。
「おはよう」
「おはようございます! 正人先輩!」
 すごく元気よく挨拶を返すのは明日香だ。
「気合が入ってるね」
「そりゃあもちろんですよ! 今日をどれだけ楽しみにしてきたか!」
 目をキラキラ輝かせながら彼女は言う。
「――それで、準備の方は問題ない?」
「さっきひと通り動かしてみたところだが、完璧だったぞ」
 勇次郎がそれに応えた。
「ちゃんと動いた? 変な動作したりしない?」
「大丈夫。全部うまくいった」
「ならよかった。……それで、あの二人の方は?」
 僕はちらりと部屋の隅でブツブツ言っている西川と葉山に目をやった。
「さっき動かした時に簡単なリハーサルをやったんだが、あっちも大丈夫だったぞ」
「そっか、それなら良かった」
 やたら真剣な顔で練習をしているから、もしかしたらまだ覚えていないのではないかと思ったが、僕の杞憂だったらしい。真剣な雰囲気が漂うのは、それだけ気合が入っているということなのだろう。
 ――僕らの出し物は、言うまでもなくプラネタリウムだ。
 が、それは去年と同じものを上映するという意味ではない。
 色々と話し合った末、僕らはいつか透が言っていたあのプラネタリウムを作ることにしたのだ。コンピュータで動きを制御し、世界中のありとあらゆる場所と時間の星空を再現する、あのプラネタリウムを。
 透はあれを完成させたいと言っていた。だから僕はその望みを叶えることにした。
 確か最初は、それに対して抵抗があったような記憶がある。だけどあのバイクの事故のあと、病院に入院して治療を受け、そして退院したころには、そんな抵抗感はいつの間にか消えていた。彼女の死という事実に対する執着のようなものが、いつの間にか、消え去っていた。
 とにかく、僕らはそれを作ることに決めたのだ。
 そのために解決するべき問題は山ほどあった。だけど最終的にはなんとかなった。
 部員皆がすごく意欲的に頑張ってくれたことや、あるいは、向こうの高校の如月茉莉に協力してもらったことも大きいだろうと思う。彼女のほうも、あのプラネタリウムをなんとか完成させたいと思っていたらしいのだ。だから僕らは力を合わせることにした。
 そうして、プラネタリウムは完成した。

 やがて文化祭ははじまった。
 言うまでもなく、僕らの出し物は成功した。
 正確に数えたわけではないが、去年よりも来てくれる人の数は明らかに増えていた。多めに入場券を作り、スケジュールも少し無茶をしたのだが、それでもその席のほとんどが埋まることになった。
 一日目の午後に、透の母がやって来た。彼女もまた他の客と一緒に中に入り、そして出てくる時には満足そうな顔をしていた。喜ばせることができて良かったと思う。
 そうしてやがて、二日間に渡る文化祭は終了した。
 閉会式を終えてから僕らは片付けを行った。
 祭りの後の静けさというのは、寂しくもありながらどこか心地よい。
 そうして片付けを終えたのだが、このまま今日を終わらせるのは少しもったいない。そういうわけで、天文部の部員皆で近くのファミリーレストランに向かった。
 今日まで皆で頑張ってきたのだ。あまり大きなものではないが、簡単な打ち上げのようなものをしようと思った。
 食事をし、これまでの苦労について語り、そして雑談をしてから、僕らは別れた。
 そして帰り道、僕は一人になった。
 暗い中を歩きながら、僕はほっと一息ついた。すると、ずっと背中に乗っていた何かが、その息と共に僕から去って行ったような気がした。
 その無くなったものが何なのか、はっきりとは分からない。だが、恐らくそれは"青春"というものに似たものだろうと思う。
 僕の青春は、この日、文化祭の終了と共に終わったのだ。
 しかし、その終わりと同時に、新しい世界が僕の前に現れていた。その世界にはもう、僕が大切に思っていた人達はいない。それを理解していながら、僕はあっさりとその境界線を超えた。
 そして、この時本当に、僕は全部が大丈夫になったのだ。
 ふと空を見上げれば、そこには満天の星空が広がっている。今までもこれからも、そこでは光が瞬き続けている。
 僕はなんとなく気分が良くなって、気づけば口元が笑みの形になっていた。

  <了>

       

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Neetsha