Neetel Inside ニートノベル
表紙

力を持ってる彼の場合は
第十六話 悪友との関わり方

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霊媒体質、というものがある。
悪霊、怨霊、その他の霊的存在。そういったものに憑かれやすい人間の体質のことだ。
これは『異能』というジャンルに該当されるかどうか意見が分かれるものだが、特徴として家系や遺伝に強く左右される傾向がある。
つまり親が霊媒体質であれば子もそうなる可能性が高い。
さらに厄介なことに、霊媒体質の女性が妊娠した場合、その体質を受け継ぐ可能性の極めて高い胎児にも霊媒体質の影響が襲うこともある。
悪意を持つ霊的存在に干渉された場合、まだ母胎内で守られていなければならない生命力の弱い子は最悪死に、流産する。
かろうじて出産に至ったとしても、なんらかの身体障害や肉体障害を抱えて産まれてくることもままある。
なんの障害も無く無事に産まれたとしても、憑かれた悪霊によって寿命を削り取られ、短命であることがほぼ確定してしまっている場合がほとんどだ。
霊媒者としての『耐性』を持っているか、あるいは相当な運でもなければ憑かれた状態で生き長らえることは不可能だろう。

『うっ……ぐすっ、うぅ…』
『お前は、どうしたいんだ?』

少年は運が良かったのか、あるいは悪かったのか。
それは自分にもわからない。
ただ、生き長らえているこの命が辛かった。

『嫌だ…もう、やだ…』
『…死にたいのか?』

それだけだった。こんな不安定な体と命で生きていくのは辛かった。まだ年端のいかぬ少年とて、今後このまま生きていけばどんな苦難に見舞われるか分かり切っていたから。
泣き呻く少年を前に、悲しげに目を伏せる少年もまた言う。
死を望むのか、と。

『…………ーーー』

それに対し、少年はなんと答えたのだったか。
薄ぼんやりとした夢現ゆめうつつの中では、あの時放った確固たる意思と言葉は思い出せなかった。



人面犬カナのヤツは、あれ以降俺の前に姿を現すことは無かった。
はあのあと廃ビル群の中央で目が覚め、膝枕をしてくれていた静音さんに平謝りした。
疑問はたくさんあった。
まず目覚めたのが廃ビル群地帯であったこと。俺の記憶は街中で口裂け女に一撃もらった辺りから薄ぼやけている。
口裂け女がいなかったのも不思議だった。
周囲を見渡せば立ち昇る黒煙、焼けた熱砂、陥没した地面。激戦を思わせる傷痕がそこかしこに刻まれていた。
静音さんは全て俺がやったのだと説明してくれた。
俺が静音さんを守り、口裂け女を撃退したのだと。
俺はその言葉になんとはなしに頷いていた。そしてそれ以上静音さんに質問を重ねることをしなかった。
なんでかはわからない。
ただ、なんとなくしてはいけないような気がしたからだ。思い出そうとするとそれを阻害するかのように頭痛に見舞われるし。
それに、俺自身が知りたくなかったような、そんな気もした。自分自身のことなのにかなり曖昧な感じだが、そうとしか言い様がない。
どうやって静音さんを守ったのか。どうやって口裂け女を撃退したのか。
知らない方がいい。知りたくない。
とはいえ心当たりがまったく無いわけでもない。
どうやら『あの状態』になったのは間違いないらしい。数年ぶりの、あの大鬼を退治した時以来の。
意識がおぼろげになる直前の、あの妙な安心感。あれはきっと、『あの状態』になれれば絶対に静音さんを守り切れるとわかっていたからだ。
同時に、認めたくもなかった。
あんな(詳細は聞いていないが)人間離れした力を振るって人外と渡り合った能力が、俺にあるだなんて認めたくなかった。
俺は安心しながらも拒絶を続けていたのだ。
守りたいと思いながらも自覚しかけていた力に否定を繰り返していた。
だって、そんな力を持って、振るって、暴れてしまったら。
それは、そんなのは。
「…おはよう。守羽」
「っ…」
聞き慣れた先輩の声で、はっとして目線を上げる。知らず俯いていたようだ。
いつの間にやら、もう静音さんとの待ち合わせ場所に着いていた。どころか通り過ぎようとしていた。
呼び止められなければそのまま学校に向かってしまっていたかもしれない。
「すっ、すいません静音さん!」
「ううん。守羽…大丈夫?」
気遣わしげに俺を上目遣いで見る静音さんに、俺は軽く頷いて見せる。
「ええ、少し考え事してまして…。ええっと」
「行こうか」
俺が言葉に迷っていると、静音さんは少しだけ微笑んで足を一歩前に出した。そのまま俺もあとに続く。
「…………」
「…」
隣同士で歩きながら、しばし沈黙が続く。
さて、なんと言ったもんだか。うまいこと言葉が出ない。
「……静音さん。カナは…」
ふと脳裏によぎったのは、あの人面犬のこと。静音さんからは撃退した口裂け女を追って去って行ったことしか聞いていない。
「…カナさんのことは、私にも。ただ、あの様子だと、きっと……」
去り際のカナと話した静音さんだからこそ、あの柴犬がどうなったのか察しているのだろう。
口裂け女と共倒れしたのか、あるいは返り討ちにされたのか。
どの道ただでは済まなかったのだろう。
だがそのおかげか、口裂け女も同様に姿を消した。あいつは身を挺してヤツを止めたんだ。
元はと言えばあいつが運んできた厄介事だったが、結局はあいつのおかげで静音さんに被害が及ぶこともなくなった。そう考えれば感謝してやらなくもない程度には、思う。
そして、カナが静音さんから俺へ残した伝言。
『自分の為のみならず、親しい誰かの為にも。自分の力とはもう少し親睦を深めておいた方が利口だ』
自分の力。
「……」
少し考え、頭を振るう。
今はやめよう。こんなこと考えたくない。
…こうやって、今はいいとかまた今度とか言って、ずっといつまでも考えないんだろうなぁと自分のことながら他人事のように思う。
いつか、どうしようもなく逃げ場のない状況でまた考えなければならなくなる。そんな気がする。
ならそれまでは忘れていよう。いつかの時が来るまで、俺は延々と答えを引き伸ばしにし続けていこう。
そんな、相変わらずな逃げの思考で俺は静音さんと朝の登校路と歩いた。

     

「おっす神門!おっすー!」
「うるっせ」
静音さんと正門前で別れ、一学年の自分のクラスへ。
そして即座に絡んでくる鬱陶しい男が一人。
夏服の制服をきちんと着ているのを見たことがない、短髪の同級生。ピアスはしてないしいらぬ装飾品を付けたりしてチャラついてるわけではないが、そこらのチャラ男より物怖じしない態度で人に接するし、そこらの不良よりも喧嘩っ早い。
東雲しののめ由音ゆいんが着席した俺の席の前に立っていた。
「んだよつれねえな!友達だろ!」
「違いますが」
目を合わせないように横を向いてそう答えると、摺り足でスライドして俺の視界に入ってきた。
しゃらくせえ……。
「なあなあ聞いてくれよ!昨日変なモン見ちゃってさー!」
俺が沈黙を保っていると、東雲の方から勝手に話し始めた。なんなの。
「ふうん、そりゃ凄かったなー」
「まだ何も言ってないだろ!」
東雲はそうツッコんでけらけらと笑った。俺なりの冗談だと取られたらしい。
俺のジトっとした視線に気付かないまま東雲は続ける。
「んでよっ。なんか包帯でグルグル巻きになった変な猫とか犬とか見つけてさ!ケガでもしてんのかなって思って近づいたらいきなり襲い掛かってきてよービックリしたわ!」
「………なんだと?」
包帯で覆われた、凶暴な動物。
そして昨日。
まさかとかもしかしてとか、そんな話じゃない。
間違いなくそれはトンカラトンの…ひいては口裂け女の手下共だ。
連中の狙いは俺達だけじゃなかったのか?
「おい東雲。その変な犬猫はどうしたんだ?」
「あ?そりゃ追っ払ったさ!んでも次から次へ来るもんだから手足を折って動けなくした!さすがに殺すのは可哀想だからな!」
話に乗ってきた俺に気分を良くした東雲が饒舌に語る。
「カラスもいたな!真っ白な包帯で巻かれたカラス!最近はペットにああいうカッコさせんのが流行ってんのかね?でもリードは付けとけって思うよな!他の人を襲ってなくてよかったぜ!」
「…襲われたのは、お前だけか?」
「おう!全部オレに寄ってきやがった!なんでだろうな!」
ってことは普通の人間には反応しなかったってことか?俺や静音さんを襲って東雲も襲われた、でも他の一般人は大丈夫だった。
もしかして口裂け女が野良猫や鴉を手下にしたとき、そういう指示命令をしたのだろうか。動物に異能持ちか否かの判別が出来るのかは不明だが、口裂け女によって人外化された動物ならばそれも可能なのかもしれない。
なんにせよ危なかった。家に帰った時には母さんも何事もなかったみたいだったし、きっと外に出てた俺や東雲の方へ全て向かっていたのだろう。そもそも本来の狙いは俺と静音さんとカナだ。東雲はその巻き添えを食っただけか。
「ていうか、なんでそんな時間に外を出歩いてんだよ」
そこまで遅い時間というわけでもなかったが、普通の学生であればとっくに家に帰ってる時間だったはずだが。
「神門に絡んでた二年のセンパイぶっ飛ばしたら仲間呼ばれちゃってさ!取り囲まれて全員殴り倒したら暗くなってた」
「そ、そうか…大変だったな」
楽しそうに満面の笑みで言う東雲に俺は苦笑いで返事した。
昨日の下校前に絡んできた二年の先輩達の処理を、俺は直前に割り込んできた東雲に任せて帰った。
つまり俺の押し付けで東雲の帰宅が遅れ、こっちの人外騒ぎに巻き込まれていたってことか。まあ東雲ならその程度のことはさして大事にも捉えていないんだろうが。
一応は多少なりとも罪悪感を覚える。悪いことしたな……。
「おっと、んなことよりよー神門!」
どうでもいいことのように凶暴な動物に襲われた話題を終了させて、机をバンバンと叩きながら東雲は子供のようにはしゃぎながら声高に口を開く。
「最近出来たラーメン屋があるんだよ、こってりからさっぱりまでなんでも来いのメニュー揃いでさ!試しに昨日行ってみたんだけどめっちゃうめえ!!放課後行こうぜ!」
「い……あ、ああ。いいんじゃないか?」
いきなりの誘いに対し、ついいつもの癖で即答で『嫌だ』と言ってしまいそうになったが、それを押し込んで俺は二つ返事で了承した。
こいつ自身が望んでいたこととはいえ、不良の喧嘩を押し付けてさらに人外の被害にまで遭わせてしまった手前、こいつにはちょっとした罪悪感と借りがある。
晩飯に付き合うくらいなら、まあ、別にいい。
「マジかよ!?よっしゃ、んじゃ決定な!」
まさか俺が素直に頷くとは思っていなかったらしい東雲が大喜びで手を打ち鳴らす。そんなに俺と飯に行けるのが嬉しいのか。意味わからん。
と、それならそれで母さんに夕飯がいらない旨を伝えなければ。
ケータイを取り出してメール画面に切り替えてから、母さんの前に静音さんに先に伝える必要があると思い直し、メールの宛先を静音さんに変える。
こいつと飯を食いに行くのなら静音さんとは一緒に帰れない。悪いとは思うが今日はお一人で帰ってもらうしか……いや、でも帰り道を一人でってのも危ない。
俺が静音さんを送り届けてから東雲と飯食いに行けばいいのか。
多少手間になるが、それほど面倒でもない。静音さんが一人で下校して危ない目に遭う可能性を考えればまるで苦にもならんしな。
それなら、と。手早く母さんにその件をメールで送り。ケータイをポケットにしまう。
「悪い東雲。放課後すぐってわけにはいかねえんだ」
「なんでだ!?」
「一緒に下校してる先輩がいるんだ。その人を先に家に送り届けてからになるから少し待っててくれ」
「ああ、久遠センパイだったか?最近一緒に帰ってるみたいだよなお前!」
東雲がそんなことを知ってることが意外で、俺は無意識に首を傾げていた。
それをみた東雲が俺を指差して、
「そのせいで他のセンパイに絡まれてんだろ?昨日だってそうだったじゃん!」
はて。そのせい、とは。
こいつの言ってることがよくわからない…ん?いや待てよ。
静音さんはこの学校では有名だし人気者だ。誰にでも分け隔てなく接するし、誰にでも優しい。口数は少ないが、ふとした笑顔が眩しくて一目惚れする者も多い。
同学年、上級生、下級生の全てから慕われていると言っても過言ではない。他人にあんまり興味を示さない東雲ですら知ってるくらいだ。ってか東雲は前に静音さんとは会ってた気がするな。
対する俺はクラス内ですら滅多に会話をしない人間だ。仲が悪いってわけじゃないが、お互いに特に接しようともしないから距離が埋まらないだけ。
言ってしまえば陰気で根暗なやつだと思われているのだ、俺は。事実そんなもんだし。
そんな俺と静音さんが一緒に登下校なんてしているのを学校の人間が見たらどう思うが。
まあ不釣合いだと思うだろう。こういうことは以前にも考えたことがある。
つまり俺が静音さんと一緒にいるのを良く思っていない連中もいるのだ。
根暗野郎が、人気者の久遠静音に近づくな。
ようはそういうことだ。
昨日のことはカナが引き起こしたトラブルだと思っていたが、それ以外にも要因はあったわけだ。思えば数日前にもいきなり二年の先輩にカツアゲされた。それも原因はそこにあったのだと考えればいくらか理解もできる。納得はできんが。
なるほどなるほど。まあ、そうならない為にわざわざ登校の時は正門前で別れて校内ではなるべく静音さんに接触しないようにしていたわけなんだが。意味を成していなかったんだな。
だが静音さんの方へは特に被害は向いていないようだ。当たり前だけど。
俺に矛先が向くだけならなんの問題も無い。静音さんが俺との登下校を望んでくれている限りは、俺はそれをやめるつもりはないし、それで絡んでくるのなら俺の望むところだ。どこまでも逃げ切ってやるぜ。
返り討ちは相手の戦力を倍増させて返ってくるからやらない。何人いても勝てるだろうけどね、今後の学生生活を安全に送りたいから下手に手は出さない。
「うん、まあ。そういうことなんで静音さんを送ってから…」
「んなことする必要なくね?」
言葉を途中で遮って、東雲は真顔でこう言った。
「そんなめんどくせえことしなくてもさ、久遠センパイも一緒に行けばいいじゃん、ラーメン食いに」
「………お、おう」
ああ、そうだな。……そうかな?
とりあえずその発想はなかった。

     

快諾だった。
『夕飯ラーメン食いに行きませんか?東雲とかいう喧しいのが一人ついてきますけど』
『うん、行きたい。連れてって』
メール一往復で終了した。本当にわかっているのか心配になったが、放課後いつもの集合場所である正門から少し離れた一角へ行くとそこに静音さんは待っていた。
静音さんは俺の隣でうるさく何か話していた東雲に向き直り、長い黒髪を揺らしてぺこりと一礼。
「こんにちは」
「どうも久遠センパイ!オレ東雲由音!」
「うん、知ってるよ。前に会ったことあるよね」
「うっす!」
どうやら二人に面識があったのは俺の思い違いではなかったらしい。東雲はどうだかわからないが、静音さんがきっちり覚えていた。
確か前に異能力者同士ってことで一回自己紹介し合ったんだったかな?
「ごめんね東雲君、付いて行ってもいいかな?」
「全然だいじょぶっすよ!あと由音でいいっす!呼び捨てで!」
「そう?なら私も静音でいいよ」
「うっす静音さん。んっじゃ行きましょうか。お前も名前で呼んでくれていいんだぜ守羽君?」
「あ、いえ結構です東雲君」
「冷たいなお前!」
そんな感じで(約一名のみ)ぎゃあぎゃあと騒ぎながら目的のラーメン屋へ。
学校から歩いて十数分かそこら。思ったより近かった。
細い路地を通って何度か角を曲がった辺りにあったその店は、あまり大きな店ではなかったが中はわりと小奇麗で座敷とカウンターが通路を挟んで半々に分けられていた。小規模な店でその場所柄、ちょっとした隠れ家的な感じのするところだ。
何故こんなところに店を建てたんだろうとは思うが、俺はこの感じ嫌いじゃない。男の子はいつだって隠れ家とか秘密基地とかそういうものにロマンを持つものなのだ。
「おうらっしゃぁぁい!!」
「おっす!!」
「おう坊主!また来てくれたんか!」
「今日はこってりしたの食いに来ましたぜっ!」
「おうそうかそうか!まあ座れや!」
中にいた店長らしきガタイのいいおっちゃんが大声を張り上げて東雲と会話する。昨日初めて行ったはずなのにもう意気投合してるのか。物怖じしなくて声がでかいからこの店長とは気が合うのかもしれない。似た者同士か。
とりあえず三人で座敷に座る。店長のおっちゃんと何か話しながら最初に東雲が座り、俺はその対面に。静音さんは迷いなく俺のすぐ隣に座った。
「…静音さん?」
「うん」
「近くありません?」
「そう?」
わざわざ距離を開けて置いてあった座布団を引っ張って俺の真横にちょこんと座った静音さんとの距離は拳一つ分もない。隣り合う、よりも、寄り添うって言葉がしっくりくる距離感だ。
「がはははっ!まだ初夏だっつうのに汗が噴き出してきやがるぜ!お熱いねえお二人さん!!」
店長が熱いのは単に煮えたぎった鍋のすぐ傍にいるからだと思うが。
「ひゅー!ひゅーっ!!」
「お前それ以上その耳障りな口笛モドキを続けたらぶん殴るからな」
口笛が出来ないクセにその真似なんかするから甲高い声で奇声を発しているようにしか聞こえない、ってかもう奇声だ。耳に痛い。
「……」
「…?」
店長や東雲に冷やかされて困ってるだろうと思いすぐ隣の静音さんの表情を窺ってみたら、じっと俺を見上げている静音さんと目が合った。
ずっと見ていたのか?
「…え、と。静音さん?」
その瞳が僅かに震えているように見えて、俺は名を呼んだ。
俺の声にはっとした様子の静音さんが、一度だけ瞳を伏せてから、再度俺を見上げて言う。
「……守羽は、守羽だよね?私の知ってる、神門守羽だよね」
「?」
言葉の意味がわからず、ただ疑問符を浮かべる。
「ううん、なんでもない。ごめんね」
俺の表情を見て、静音さんもそれ以上何かを言おうとはしなかった。視線を前に向けてテーブルに置いてあるメニューを目で追う。
…ふうむ。よくはわからないが。
「静音さん。俺は俺…だと思いますよ。何があっても、静音さんの知ってる神門守羽です。きっといつまでも、そうだと思います。俺も、あなたの知ってる俺であり続けたいですし」
人は時間と共に変わりゆくものだ。他者から見た自分は、昔と今では大なり小なり違いが生まれるものだろう。
だけど、せめて大切な人からは『今も昔も変わらない』と言ってもらえるようにありたい。変わることが悪いことばかりとは限らないが、俺は今の俺を維持していきたい。これ以上変わりたいとも思わないし、変わろうという気も無い。
だから静音さんにとっての俺は、いつまでも変わらない神門守羽のままがいい。
「すいません、俺にはこんな言葉しか返せません」
静音さんの質問の意図は読めないが、俺の答えはこんな感じだ。
すると静音さんはいつもの微笑ではなく、珍しくにっこりとした笑顔を見せてくれた。それを見て、俺も心臓の鼓動が一層高くなるのを自覚する。
「ありがとう。…その言葉で、充分」
「…そうですか。ならよかった」
「なあなあ、何頼むか決まったかー?」
俺と静音さんが話している間ずっとメニューと睨めっこしていた東雲が、目線を一点に集中させたまま口を開く。
「オレはやっぱこってり!これだな!!」
「ああそうかい。じゃ俺はさっぱりだな」
「私も」
「そうか!さっぱりしたのも美味かったぞ!なあおっちゃん!」
「ウチのは全部美味に決まってんだろうが!!がっははは!!」
終始ハイテンション超ご機嫌な東雲と店長の二人が生み出す空気のおかげか、俺も自然と笑みが浮かんでいた。それは静音さんも同じようで、わりと楽しい食事だったように思う。



会計を済ませ、俺達三人は店を出て大通りまで戻って来る。
「いやー美味かったし楽しかったな!なっ!」
「そうかもな」
「そうだね、楽しかった」
確かにテンションの高いアホが一人いると、ただの会話でもそこそこ盛り上がるような感じがある。こいつの存在は、パーティーや宴会の盛り上げ要員として重宝されるキャラだと思う。
外はもう薄暗くなっていた。初夏だからかまだ日は落ちていないが、じきに沈んで暮れる。既に薄暗くなり始めていた。
「それじゃ、ここらでお開きにするか……っと!」
「あっ!」
隣に並ぶ二人を見てそう告げた矢先、前から走ってきた人と肩がぶつかってよろける。相手はその場に尻餅をついていた。
「すみません、大丈夫ですか?」
慌てて手を差し出す。
「は…はい、ごめんなさい。急いでいたもので」
見れば、その人は栗色の髪を三つ編みにした女性だった。歳の頃は二十代前半くらいだろうか。
俺の手を取り立ち上がった女性は、直後に屈みこんで何かを拾った。
「あ、すみません。これ…」
拾った何かを俺に差し出す。制服のズボンの後ろポケットに突っ込んでいた俺の財布だった。ぶつかった弾みで落ちたのか、中に入っていた学生証も財布と一緒に女性が指に挟んでいた。
「おっと、どうもありがとうございます。どこか打ったりとかは?」
「いえ、平気です。急いでいるので、これで。申し訳ありませんでしたっ」
それだけ言い残して、わたわたと女性は大通りを走り去っていった。
「忙しない人だね」
「もっと心に余裕を持たないとな!落ち着きってーの!?」
「ならまずお前が真っ先に落ち着きを知るべきだな。そろそろ本当に血管ブチ切れるぞ」
他愛ない話を少しして、今度こそ俺達は解散した。東雲は片手を振り回して去り、俺は静音さんの家までの道中で今日一日の学校の話などをしながら歩き、静音さんはそれに一つ一つ相槌を打ったり一言返してくれたりした。
静音さんを何事もなく家まで送り届け、最後に俺も自宅へ帰る。
ここ最近の学校生活の中では、特に満ちた一日だった。
少しだけ高揚した気分で、家の玄関で帰宅の挨拶をする。
今日は何事もなくてよかったなあと、そんな風に思いながら。



ぶつかった時、意図的に指で引っ張って財布を落とした。保険証なりなんなり、名前がわかるものが見つかればそれでよかった。
そしたら学生証なんていう、とてもわかりやすいものを落としてくれた。
記載されていた名は、神門守羽。
間違いない。
わざわざ調べるのが面倒だったとはいえ、こんな簡単な手で本人確認が済ませられたのは彼女にとっても僥倖だった。
「見っけたー。んだよもー、やっぱアイツじゃん。だから言ったのにー」
大通りをゆったりと歩きながら、栗色の髪を持つ女性は呟く。
「…んー、でもまあ、あれかな。本人確認以外にも、いいモンは見つけたからなー」
にやりと笑って、女性はついさっきぶつかった少年が連れていた他二人の顔を思い返す。
それと、その身から放っていた普通の人間ならざる力の気配をも。
「異能力者のご学友かー。こりゃ自分のせいで拉致られたなんて知ったら流石に黙ってらんねーんじゃねーの?あはは、……ちょっと遊んでやろっか」
不敵な笑みを浮かべたまま、女性は鼻歌混じりに日の暮れていく街中をぶらりと歩いてゆく。

       

表紙

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Neetsha