Neetel Inside ニートノベル
表紙

力を持ってる彼の場合は
第十七話 忍び寄る魔手

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「守羽ぅー!聞いてくれよ我が愛する息子よ!」
家に帰ると、真っ先に出迎えてくれたのは母さんではなく、父さんだった。
数日ぶりに顔を見る。ようやく仕事が終わって帰ってこられたらしい。
「はいはいどうしました。我が愛しのお父様」
四角い眼鏡を掛けて、額が見えるくらいの短髪。髭が伸びているのは、忙しすぎて剃ってるヒマもなかったってことか。
緩めたネクタイにワイシャツなどを見るとサラリーマンにしか見えないが、どうにも違うらしい。息子の俺も父さんがなんの仕事をしているのかは聞かされていない。試しに聞いてみても『愛する家族を養う為にパパ頑張ってるんだぞー』とかいうふざけた回答しか返ってこない。はぐらかして教えてくれないのだ。
なんか守秘義務でもあるお仕事なんかね。別に深く詮索するつもりもないけどさ。
そんな家族を養ってくれてる素敵なパパがだばーと涙と鼻水を垂らして息子を出迎えてくれたわけだが。
この流れには覚えがある。
「また職場の人になんか言われたの?」
予想して聞いてみると、父さんは眼鏡を外して目元を擦りながらうんうんと頷く。
当たりか。
「今テレビによく出て来る流行りのアイドルの話になったんだけど、僕には全然わからなくてね。そしたら『ああ、神門さんは奥さん一筋ですもんね。ああいうのには興味ないんですよね(笑)』って言ってきたんだよ!あれ明らかに悪意が篭ってた!幼い子って書いて奥さんって呼んでた!ルビ振ってたよ!『幼女おくさん』って言ったんだようわぁん!!」
「落ち着きなさいよ父さん。別にいいじゃんかロリコンだったって。俺にとっては俺達家族を支えてくれる立派な大黒柱だよ」
ぽんと肩に手を置いて、俺は真摯な感情を込めて父さんを宥める。
「しゅ、守羽……」
ぐすっと鼻を鳴らして落ち着きを見せた父さんは、直後に再度暴走した。
「…いやだから僕はロリコンじゃないって言ってるよね!?なんで僕がロリコンなのを許容した上で納得してるみたいな言い方するの!慰めてほしいのはそこじゃないんだよ!」
「うーん、そう言われましても。じゃあ父さんは母さんのどこを好きになったんだよ」
「え?そりゃあ…あの妖精みたいに可憐で可愛らしい見た目とか」
「やっぱロリコンじゃねえか」
完全に言質取ったぞ。
「ちっ違うよ!まだ続くんだよ、そもそも僕は外見だけで母さんを好きになったわけじゃない!誤解しないでくれよ守羽!!」
「いやもういいから、誤解とか誤魔化さなくたって俺は大丈夫だから」
「全然大丈夫じゃないと思うよ!?息子にそんな目で見られたら父親としてもう死ぬしかないレベルなんじゃないかな!」
「玄関で大きな声で話さないでねーお父さん。ご近所迷惑だよ」
父さんの喚き声を聞いてか、廊下の奥から母さんまで出てきた。本当に近所迷惑だよ…。
普段着の上からエプロンをつけた若奥様(幼妻?)に対し、父さんは再び涙をだばだば流しながら勢いよく振り返る。
「母さあん!僕はね、君を見た目だけで好きになったわけじゃあないんだよ!本当だよ!!」
「うんうん、そうだよね。大丈夫だから泣き止んで。ちゃんとわかってるから」
小さな母さんの腰に抱き着いた父さんの頭を優しく撫で、俺が言ったのとは違い本当に理解しているような穏やかな口振りで宥めている。
まあ、こうなるまでがうちの基本的な流れだ。傷心した父さんが愚痴を溢し、俺が適当にあしらい、そして母さんが慰める。我が家の日常だ。
いつもの光景を眺めながら、俺は学生鞄を片手で担いだまま靴を脱いで居間へ向かう。
「あ、守羽。ご飯食べてきたんだよね、どうする?」
「ん、あー……そうだね、軽くもらおうかな」
父さんを慰めながらの母さんの言葉に、俺も軽く頷いて両手を合わせる。
成長期真っ只中である俺にとって、やはり晩飯がラーメン一杯というのは少し足りなかったようだ。母さんには手間を掛けてしまって申し訳ないがもらおう。
「時に守羽よ、学校はどうだい?」
母さんが晩飯の支度で台所へ引っ込み、部屋に学生鞄を放り投げて戻ってきた時には居間には脱力してくつろいでいる父さんだけがいた。
「どうと言われても、普通だよ。特に何も無し」
「そっか。まあ、友達とご飯食べに行くくらいなら心配することもなさそうだけど」
フローリングの居間で、俺はいつもの定位置の椅子に座って数日振りに父さんと会話する。
父さんの心配ってのは、あれか。俺が学校でうまくやれてるのかってことか。
ならやっぱり問題は無いだろう。
「うん、まあ、たまにはね」
「そうかそうか、いいことだ。男の子の友達かい?」
「ああ、同級生の男子と、先輩」
「静音ちゃんかい?相変わらず仲がいいねえ」
俺と静音さんの仲は父母共にとっくに知ってることだ。俺にとって学校の先輩といえば静音さんくらいしかいない。
「よく出来た子だよね、静音ちゃん。礼儀正しくて。僕があのくらいの歳の頃って言ったらそりゃあ粗野で野蛮だったもんだけど」
「ははは」
「いや信じてないでしょ君。その乾き切った笑い方やめてよ」
「あゴメン、次からはもっと大声で笑うよ」
「笑い方を指摘したんじゃなくて、笑う場面じゃないって意味なんだけどね!」
俺と父さんの関係性は、母さんと同じく良好だ。こうしてふざけ合うくらいには仲良しだし、一般的な反抗期による父親との衝突というものもしたことがない。この父親の性格からして喧嘩にもならなそうだが。
「それでさあ、守羽」
テーブルに頬杖をついて、父さんは横目で俺を見ながら言う。
「最近、ちょっとやりあったんだって?」
「……それは」
人外関連の話か?とは聞かなかった。分かり切っていたからだ。
母さんと同じように、父さんだって当然俺のことは大体知っている。俺が能力者だということ、その持つ異能、人外との争い事まで。
知らないことといえば、その詳細くらいのものか。大鬼との一件も両親には話していないし、これまで関わってきた人外とのこともほとんどボカして話していない。
単純に話したくないのもあるし、二人を危険に近づけたくもなかったから。
異能力というものが遺伝するものなのかどうかは知らないが、両親共に俺と同じ異能力者なのだ。人外に狙われる可能性、危険性は充分にある。
火の粉を払い矢面に立つのは俺だけでいい。二人とも、自分の能力にはあまり習熟していないようだし。
さては母さんが父さんにバラしたのか。そう思って黙っていると、
「…ま、それは別にいいのさ」
顔を上げて、父さんは頬杖をついていた片手をひらひらと振った。
「死ななきゃそれでいい。生きてさえいれば静音ちゃんや母さんでどうにかできる。死にそうだったら僕が身を挺してでも守り切るし。でさ、僕が訊きたいのは」
顔を正面に向けて、父さんは俺の眼を直視しながら、
大丈夫・・・、だったかなって」
「?」
大丈夫。
その意味を、一瞬だけ図りかねた。だがすぐに返す。
「ああ、大丈夫だったよ。ちょっと大変だったけど無事に済んだ」
俺は生き延びた。人外も姿を消した。完全解決とはいかなかったものの、最低限の安全は確保されただろうし、俺としてはこれで終わったつもりだ。
だから大丈夫、何事もなかった。俺はただそう返した。
しばし父さんは俺の言葉を受けて沈黙していたが、やがていつもの朗らかな笑顔に戻って一つ頷いた。
「うん、ならよし!いやー僕もお仕事で大変とはいえ、知らぬ間に息子が危ない目に遭ってたってのは気が気じゃなくてねえ。大丈夫ならいいんだけど、くれぐれも無茶はしないように」
「わかってるよ」
薄っすらと笑みを浮かべて、俺も父親の言葉に素直に頷いた。

     

日の落ちた夜道を、東雲由音は鼻歌混じりに歩いていた。
守羽や静音と別れたあと、少し文房具店に寄り道してシャーペンの芯やその他足りなくなっていたノート等を揃えて出た為に店を出た頃にはすっかり夜となっていた。
小さな買い物袋を片手でぶんぶんと回しながら上機嫌の由音は、ラーメンだけでは少し足りなかったかなと思いつつ家に何かお菓子でもあったかと考えていた。
そんな時、街灯の光が届かない脇道の奥から由音を見つめる二つの瞳があった。
それは音もなく脇道を素通りした由音の背中に回り、スキップすらしそうな様子の由音へ向けて右手に握る短刀を突き出した。
僅かに時間を空けて脇道から出て、一定の速度で歩いていた由音との距離は十メートルは離れていた。
立ち止まって突き出した短刀が由音に届くはずがない。切っ先は虚空を突いて空振るのみ。
普通であれば当然であるはずのその常識は、異能という非常識によって覆される。
距離を埋めて届いた凶器の先端が、無防備な由音の背中へ迫る。
「…あっ」
その時、勢いよく振り回していた買い物袋が指から離れてぽーんと空高く飛んでしまい慌ててキャッチしようと一歩身を沈めた由音の背中に、思いがけない動きで標的がズレたことによって狙いが外れた短刀が由音の肩に突き刺さる。
「ぐ、ァあ!?」
すぐさま引き抜かれた短刀に意識を向けるより先に、突然の激痛に由音は顔を歪ませて背後を振り返る。
少し離れた先の道路の真ん中に、一人の女が立っていた。右手には血が滴る短刀が握られている。
「チッ」
「おいコラァ!なんだお前!」
指差して大声を張り上げる由音の言葉には一切反応せず、舌打ちをした女が再び右手を持ち上げ由音の胸部へ向けて突き出す。
明らかに届くはずのない刃物が、今度も確かに由音の胸に突き刺さる。
(コイツ、能力者…か!)
またしても心臓は外れたが、それでも内臓に達する短刀の刺突が由音の脳内に確実な生命の危機を認識させる。
(守羽の知り合いとか、んなわけねえよな!!)
由音の知る異能力者はとても少ない。だがどの能力者達の知り合いでもないだろうことくらいは由音にもわかった。
こんな、平然と人を殺しにかかる人間とお近づきになってるわけがない。他人を見る目に絶対の自信があるでもない由音とて、それだけは断言できる。
「あのカスを誘き寄せる餌は二匹もいらねー。だからお前は見せしめに殺しとく。どんな顔するか楽しみだよねー」
何を言っているのかさっぱりわからないが、それを考えている余裕もない。
届いていないのに胸を穿っている短刀を、女は突き出したままぐっと力を加えて真上に持ち上げる。それに連動して、胸部に突き刺さった短刀の衝撃も上方向へ向けられていった。
ブチブチと、肉が引き裂かれる。
どっ、と冷や汗が噴き出す。
(やばい、ヤバい!抑えてる場合じゃねえ!異能をフルに使ってどうにかーーー!!)
ブシャッ!!
「……かっ」
由音が息を吐き出して目を見開く。
数秒の間を置いて、胸から肩へ切り抜けて両断された断面から噴き出した血飛沫が雨のようにざぁっと路面を赤く染め上げる。
一言も発することなく、上半身が半分ほど斜めに引き裂かれた由音の体が力なく地面へうつ伏せに倒れた。
「…ふーん」
みるみるうちに血溜まりを広げていく殺した相手を見下ろして、短刀をしまった女が三つ編みに束ねた栗色の髪をいじりながら、
「あっけなかったなー。ま、実戦経験も乏しい能力者程度ならこんなもんか」
つまらなそうに最後に一瞥くれて、女は踵を返して夜道を歩き始める。
「さてさて、これで明日の朝くらいにはこの学生の死体がいい具合に騒ぎを広めてくれるかな。それが自分の友人だとあのカスが理解するまで待って、その間にもう一人の能力者を生け捕りにして誘き寄せるかー」
誰にでもなく呟きながら、女は狂気に染まった笑みを浮かべて愉し気に肩を揺らす。

出現も襲撃も唐突に。
誰しもが理解も対策も思いつかぬまま。
現れた女はあくまでも気儘きままにマイペースに事を進め始める。
『ミカド』に積年の怨嗟を溜め込んで、『シモン』が動き出す。

     

今日は朝から珍しいことがあった。
東雲からメールがあったのだ。それ自体はさほど珍しくはないが、その内容に俺は朝食をとりながら小首を傾げていた。
俺と静音さんとの登校に同行したいとのことだ。



「今日はなんか、東雲のヤツも一緒に学校行きたいらしいですよ」
いつもの待ち合わせ場所で静音さんと合流してすぐ、俺はそう切り出す。
「そうなんだ。私は別に構わないよ」
「すいませんね、いきなり」
本当にいきなりどういうつもりなんだか、東雲のヤツは。そもそもあいつと俺達とは登校路が違う。一応この先で待ち合わせにはしてあるが、あいつは家から学校への距離の数倍をかけてこっちに来てることになる。
そこまでして俺達と一緒に学校へ行きたい理由がさっぱりわからん。
あの馬鹿の思考を読もうと考えながら歩いていると、すぐにその待ち合わせ場所に着いた。
「…よっ」
電信柱に体を預けて、俺と静音さんを発見した東雲が片手をあげて挨拶してくる。
「ああ。んで、なんのつもりだ?いくらお前でも、朝から意味もなくそんなことしようとしたわけじゃねえだろ」
開口一番それを訊ねる。こいつは天気がいいからって全力疾走で正門をくぐって登校するくらいにはアホなことをするが、それとこれとでは少し毛色が違う気がする。
「そりャ、マあ、な」
警戒するようにせわしなく視線を周囲に向けながら、東雲はいつもとは打って変わって口数少なく返事した。勢いも弱いし、喋り方もおかしい。
俺は眉根を寄せた。
こいつのこの症状には覚えがある。
「由音君、体調悪そうだけど…大丈夫?それに、その顔…」
さらに静音さんが指摘したそれを俺も確かめて、確信する。
顔自体はいつもと変わらない。生意気そうなツラだ。問題は、その顔の右半分が微痙攣を引き起こしているということ。
何かを堪えるように、何かに抗うように。あるいは何かに蝕まれているかのように。
「東雲。お前、調整をしくじったな」
主語の抜けた言葉にも、東雲は正しく理解してぎこちなく頷いた。
「ン、ああ。昨日、ちょッとな。いきなりスギて、出力を間違エた」
まさか通り魔に刺されたなんてことはないと思うから、妥当な線で事故って深手でも負ったか。ともかく、安定させる間もなく異能を使わなければならない事態になったのは間違いない。昨日ってことは、俺達と別れたあとか。
「それで俺と合流しようとしたのか」
「それモ、ある、んだケドな……だけじゃなくて、…う、ぁ、ああアァああ!」
「おい、平気か?しっかり気を保て」
ガクガクと不自然なまでに全身を震わせ始めた東雲の肩を揺さぶって意識を飛ばせないように声を掛ける。
見れば、東雲の右眼球が黒色に染まり掛けていた。顔色も土気色の変化し始めている。
「不味いな…」
「守羽。由音君は、大丈夫なの?」
心配げに俺の背中越しに由音の顔色を見ていた静音さんに、由音へ肩を貸しながら顔だけ向ける。
「すいません静音さん、悪いんですけど先に学校行っててもらえますか?こいつの面倒見ないといけないんで」
「……」
とても不安そうな表情でいる静音さんに、俺は安心させようと笑顔を作って気楽な調子で説明する。
「命の別状があるようなモノじゃないんですよ。ただ、東雲は俺らみたいにただ異能を持ってるってだけの人間じゃないんで」
「それって…?」
「ええまあ、どっちかって言えば人外寄りの要素っていうか。まあ、そんな感じですね」
東雲の事情を一から話すのは簡単だが、他人の秘密をあまり軽々と口にしたくはない。やるなら東雲が直接説明した方がいいだろう。
適当にぼかして、俺は全身に“倍加”を巡らせて東雲の体を半ば引き摺るようにして持ち上げた。
「すぐに戻ります。おい東雲、もうちょい踏ん張れ」
「……わりィ、な。て、手間かケる」
「今度なんか奢れ。それでいい」
痙攣を繰り返し意識を継続させるのに必死になっている東雲を横目で見やり、最後に静音さんがこくりと頷くのを確認する。
目的地はやはり決まっている。あの廃ビル群地帯だ。
朝とはいえ人通りの少なくない歩道や道路は避けて、屋根伝いに移動する。
東雲を抱えたまま大きく跳躍し、俺は学校から離れた目当ての場所に向けて屋根から屋根へ飛び移った。

「…………」
東雲由音の詳しい事情を知らない静音は、屋根を跳んで行く後輩の姿が見えなくなるまで見送ってから、守羽の言葉を信じて先に学校へ向かうことにした。



静音が二人と別れて単身学校への登校路を歩き始めた、その僅か数分後のことだった。
手慣れた最小限の動きで背後から迫った女に意識を刈り取られた静音が、誰にも見られることなく静かに脇道の奥へと連れ去られていったのは。
久遠静音の拉致に神門守羽が気付くのは、ここからさらに数時間後のことになる。

       

表紙

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Neetsha