「おい。なあ、おい」
ベッドから身を起こした彼が、ワイシャツ一枚で私を呼ぶ。
時計を見る。朝の、五時。空が、白み始めている。
あれ。
そんなに時間、経ってたのか。
「おいったら」
「……なあに」
しょうがないなあ、といった体で、枕元に歩み寄る。
それは、嘘。
「おはよう」
挨拶。キス。目線が、舌が、もつれて交わる。
もののついでに、私のからだを抱き寄せる。勝手な人だ。
「……忙しいんだけど」
「俺は暇だから」
私のボタンを外しながら、彼は言う。本当に、勝手な人。
「ん――」
シリコンで覆われた私の首筋を、耳朶を、彼の細い指がなぞる。
たったそれだけで、私のからだのタガは外れてしまいそうになる。
ああ。
お互い、ダメだなあ。
「やめて、っ、てば」
余裕のない声。多分、気取られてるんだろう。呼吸をする必要の無い設計で良かった、と思う。きっと、とても、息をしなくちゃいけないから。
「やめて?」
からだをなぞる指が、止まる。
あー、もう。
「……やめないで、いい」
「だよな」
こいつは、すぐ、調子に乗る。乗せてるのは、私だけど。
ムカついたから、彼の耳に噛み付いてやる。
「おわ、っ」
セーフティ・ロックが起動して、私の歯が収納される。耳を甘噛みされた彼が、可愛い声をあげた。
私たちは、人を傷つけられないように作られてる。人って、ズルいなあ。
「ノってきた、みたいだな」
違います。ほんと、調子に乗りやすいんだから。
なんて言おうとしたら、彼が右肩の内側に舌を這わせながら、内腿をなぞり出した。
その指が、這い上がる。空いたもう一方の手が、肩甲骨の間を這い回る。
「あ、や、ダメ、っ」
そこは、ほんとに、ダメ。
身をよじる私に、彼が覆いかぶさる。せっかちなんだから。
準備が出来てない、とは、言わないけど。
わたしの弱点は、すっかり、把握されている。彼は、私のプログラムを知っているから、不思議じゃないけど。アンフェアだ、といつも思う。
「ん、ぅ」
結局、主導権はいつも、向こう側だ。
「ふっ……ん、っ」
別に、イヤじゃ、無いけど。
「相変わらず、狭いのな、お前の」
あったかい。私のからだは、ヒーターで擬似的にヒトの体温を再現してる。
彼の温もりは、ホンモノだ。悔しいけど。
「かたちは、っ……毎朝、リセットされる、っから、っ」
「そういや、そんな設定だっけか」
本当は、ずっと、形が戻らなければ、いいのに。
「なんで、そんなことにしたんだろうな、お前の設計者」
「わかん、ない、っ」
時々、彼は、突拍子もない話をする。
きっと、私の気を紛らせようとしてるんだろう。
大丈夫、なのに。イヤじゃないのに、それだけは、彼に上手く伝えられない。
彼に会うまでは――イヤだった、かも、知れないけど。
それは、思い出せない。
「っ……悪い、俺、もう」
「ん、いい、けど」
「けど?」
「ぎゅっ、って、して」
「――おう」
細い、でもがっしりした腕。抱きしめられる、感覚。
きっと、これが、ヒトの幸せ。
「――――っ」
がくがく、からだが震える。幸せ。しあわせ。
ふわふわした意識の中で、彼が何か、言ったような気がした。
「なあ」
小鳥を模した小型の機械が、窓の外で合成音声を垂れ流している。
「なあに」
「俺は、勝手な奴だ」
「知ってる」
知ってる。
「だから、時々、怖くなる」
「何が?」
「お前が、愛想、尽かすんじゃないかって」
バカ。
「いつも言ってるが……恩、とか、負い目、とか、そういうのは良いんだからな」
ばーか。
「だから、その――おわっ」
彼が言い終わる前に、覆いかぶさってやる。思いっきりのしかかって……と、思ったのに。
セーフティ・ロックが働いて、私は彼を優しく抱きしめた。
まあ、良いか。
朝が来る。今日も、彼の隣で。