ある夜、酒と胃薬と頭痛薬とカフェインを摂取しまくったためか、マリアは一種異常な、音楽活動をしたい気分になり、これを逃すと次はいつになるか分からないので、隣人ノアに借りたままのラジカセを手にして、メンバーたちに電話をかけ、急遽スタジオに入って、今できる曲を全部やろうということになった。
カレンは夕方から真夜中くらいにかけて寝るサイクルが確立しているそうで、起こされてかなり不機嫌そうだった。低血圧で「すっごい動悸激しくてぶっ倒れそうなんだけど」と疲れた顔で言った。ジャックはいつも通り平静だ。アーシャは、ようやくスタジオで音が出せると意気込んでいる。
当日練習なので普段から安いラモン店長のスタジオは激安、店長はロビーでテレビを見ながら食事を取っている。焼いていない食パンに蜂蜜をかけてウイスキーで流し込んでいるのだ。
部屋に移ると、酒瓶がいくつも転がっており、片方だけのサンダルもあった。なぜか蛙の死骸も。「なんの曲できる?」マリアは聞いた。
「〈ブリーズエイジ・プロウラーズ〉の曲ならマスターしたんだわ」アーシャが椅子の高さを調整しながら言う。
「面倒臭いからルート音以外出さないわよ。夜が悪い」赤いホローボディのベースをチューニングしながら、カレンはプリシラみたいに眠そうな顔だ。「ジャック、〈ロンサム・ビリー〉いける?」
「いけますが」彼女が〈クイックシルバー〉をかき鳴らすと、ピックアップのあるべき場所に埋め込まれた精霊鉱石が煌き、真上からA7の音が降り注いだ。凪いでいたエーテルを漣みたく音は伝わる。マリアが「歌詞が一切分からないんだけど」と切り出すと、ジャックはギターケースのポケットから歌詞カードの束を出した。ひとまずカバーをやろうと思ったが、インスピレーションが走り、マリアは全員に言った。
「すごいアイデアが浮かんだ」
「どうすごいのよ?」カレンが気だるく前のめりになって手をぶらぶらさせながら聞く。
「いきなりオリジナル曲を作成する方法だよ。私は〈ロンサム・ビリー〉を何度か聞いたけどうろ覚え。で、この時点で皆が……そうだな、コードを一音落として、アーシャ、テンポをちょっと変えてやってくれない? それで今から私がアドリブで歌えば、オリジナル曲出来上がるんじゃない? どう?」
「天才的アイデア。いがんべ、ボルシー音で録ろうさ。ボリューム上げまくれ」
アーシャがそう言ったので楽器二人がそうした。ラジカセで録音しながら、ほとんどジャムセッションみたいな感じで曲が始まった。
ジャックはどこから聞こえてくるのか分からない安定感のないギターを弾いた。ギターのテクニックがなく、ちゃんと全部の弦を押さえていない上に、魔術的コントロールに乏しく、音がクリアになったり逆再生風になったりした。良く言えばサイケデリック悪く言えば吐きそうな。カレンは宣言通りルートしか弾かなかったが意外にリズム感は良かった。しかし、しばしば狙ったのと違う弦をピッキングして汚い音が出た。
アーシャは普通にうまかった。どかどかと音はでかい。だんだんテンポが上がる欠点を除いては文句なしだった。
マリアは、家の前にでかい芋虫がいて、三日後に羽化し、赤い羽根の蝶が飛び、それにつれて自分は疲れていく、という歌詞を歌った。
〈三日後〉と名づけたそれはいい出来なので、どんどん録音していこう、と、〈ブリーズエイジ・プロウラーズ〉の曲(の改変)を二曲、アドリブのブルースを一曲録音した。それぞれ〈答えなきアンサーソング〉〈限定解除〉〈バックドラフト〉と名づけた。疲れたので家に帰り、録音したテープを聴くと、音質はかなりひどかったが、一応自分も声が出ていたし、まあいいんじゃないの、とテープを四つくらいダビングした。
この手法はその後〈クロスロード・レインボウ〉において使用され続けることになり、膨大なオリジナル曲を生み出した。