それから一週間位のあいだ、その謎の軍服を着た人を街で何度も見かけた。そのたびに話しかけて、あんたは何ですか、と聞くが、誰もまともに答えてくれなかったし、存在意義とか話す内容もふわりとしていて要領を得ず、なにもしないのが目的の現代アート集団かも知れないとマリアは判断した。
そこで、現代アートをまさにやっているエリザベスを食堂で発見したときに、その話をしてみたがまったく通じていないようだった。
「うん、そういうことってあるよね。わたしもよくあるよ。この前の昼もあったよ」
「エリザベス、本当に私の話を理解したの?」
「したよ。それで、今度個展を開くんだ」
「エリザベスってプロなんでしょ」
「そうだよ。そして今、ここにいること自体がすばらしいんだ」
「会話のキャッチボールができている気がしないよ。その個展ってタダで見せてもらえる?」
「いや、自信があるからこそ、お金を払って見てほしい気持ちはあるよ」
「でもどうせまた、なにかに針金を巻きつけたものでしょ」
「針金? ああ、〈鈍色の偶像群〉について話しているんだね?」
「きっとそれ、でも針金はもういいよ、見ていて面白くないし」
「そう感じることが、奇跡なんだよ」
どうも苛立ってきたマリアは、エリザベスの耳を思いっきり後方に引っ張りたい衝動に駆られたが、そんなことをしたらまるで異常者なので、思いとどまった。
「それで、そのサッカー集団だかなんだかのことを知らないかって私は尋ねてるんだよ、エリザベス。現代アート関連の横のつながりとかで……」
その話も聞かずエリザベスは、マリアの靴の紐を無造作に解き始めたので、やはり耳を後方に引っ張った。