Neetel Inside 文芸新都
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LOWSOUND 十字路の虹
8 Legendre

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 珍しく朝の講義へ行くと、キャンパスの入り口近くでジャックがギターを弾いていた。増幅機に繋いでいないし、ジャックのエーテル出力もそれほどでなく、共鳴音はかなり大人しかった。
 それでも学生のうち何人かは、エーテルに伝わる音に対し不快感を覚えたらしく、露骨に嫌そうな顔をした――弾いているのはただの雑音だったし。
 ジャックの足元には帽子が置かれていたが、中はもちろん空だった。
 授業は文学史だった。デリス文学、特に詩人について。ルジャンドルという人物が取り上げられた。マリアはデリス文学というのを、なにか気取った人が好むもので、皆分からないのに分かったふりをするだけだと思っていたが、あるとき、ひどく素直な気持ちになれたタイミングで、花壇街の急坂下の露天へ行き、これを買い求めた。読むと意外と面白かったので、それ以来条例を改正しこれの単純所持を認めることにしたのだ。
 ルジャンドルは生涯五度にわたって結婚をし、にもかかわらず家庭は持たず、ほとんど路上で放浪生活を送っていた。書くものはまあまあおもしろいが、人間性を見ると泥酔と乱闘ばかりの人生であった。ミュージシャンにもよくそういうのがいるが、マリアはこれにだいぶ批判的だった。創作に携わるものは〈幽霊〉であるべきだと考えていた。アーティストの私生活というのは、書き割りの裏側のようなもので、いたずらに公開したり覗き込んだりしてはいけないのだ。
 別の日、カレンと〈白ライオン亭〉で入り浸っているとこの話題になり、彼女は、ミュージシャンの私生活は本人が望むか望まざるかにかかわらず作品の一部になるのだから、ある程度は「華麗に」整えたほうがいいと言った。マリアがそれに対して何らかの反論をしようとしたところで、店に大型の甲蟲とこれを退治しようと殺蟲魔術の光を手から溢れ出させるギルドの魔道士が闖入し、話題は終わった。
 何度かカレンに会ったが、やはりベースを弄くっている様子はなかった。性格的には、意外にもあまり激昂したり、声を荒げたりすることは少ないが、その平静な状態なまま、異様な行動に出ることが多かった。道を一緒に歩いているといきなりあらぬ方向へ進んでいってそのままどこかへ行ったり、喫茶店の窓ガラスを持参したクレンザーで拭き始めたり、蟻の巣にシチューを流し込んで虐殺したりした。口も大分悪く、社会的地位のある人物と結婚したがっている様子もあった。マリアは〈カラミティ・フロント〉が解散したのもメンバーの進学が原因じゃないな、とこの愛らしい厄介者を見て、いざとなれば……と排除する方法を思案したが、当分はそうするつもりはなかった。

       

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