ジャックとカレンを交えて三者で会うことは、ノレッジスタジオのライブ以来久しくなく、ノアと会うこともなかった。
ある日の夜明け頃、珍しく隣家で話し声がするのが聞こえた。ノアが誰か、女性と話しているようだった。
もしかするとメンバーの条件に合う人物が見つかったのかもしれないし、恋人ができたのかもしれない。そうするとこれは奇跡だ――神はあの堕落した男になぜ手を差し伸べたんだろう。
翌日、夜中に夜食を買いに出て行くと、アパートの入り口にノアがいた。階段に腰掛けて、白いガーベラの花束を持っている。
「ああマリアさん、どうも久しぶり。お互い不健康にもこんな時間まで起きてる」
「それどうしたの」
「ある女性に貰ったんだけど参ってね。俺には似合わないし部屋に飾ろうにも花瓶はない、ときている。おまけに頼みごとをされたという」
「なにかのお祝い」
「いやただ貰ったんだ。ほんとうにただ」
だいぶ長いあいだノアは悩んでいた。なにを悩んでいたのかは分からない。
しばらくして、駅方面から二人の人物がやって来た。古めかしい黒い外套で、腰には剣と銃、そして蒼白い光のランタンをぶら下げている。
見た目からして、教会系の魔女狩り企業〈灯し主の短剣(ライターズダガー)〉社のようだ。魔女のうち、呪いを駆使する下級実験職の犯罪者を相手取る賞金稼ぎたちだ。
片方は壮年の聖職者じみた男で、片方は空色の目の漂流種(ドリフト)だった。外見は耳の尖った子供だが、壮年の男と同じくいかめしい顔つきだった。
「それをよこしたまえ」シンプルに聖職者風のほうが、ノアへ命じた。「弱いが呪いの媒体だ。放っておけば心臓が止まる」
「あの女のことは忘れるんだ」漂流種が言う。
「はい」
ノアはあっさりと花束を渡した。
魔女狩り師二人は嫌悪感を露に、花束を皮袋へ入れ、立ち去った。蒼白い灯火が路地裏に消えていったあとも、ノアとマリアはしばらく喋らなかった。かつてのように魔女たちを磔にしたり、火あぶりにしたりといった処刑は――少なくとも日常的には――実施していないが、それでも彼らはいつそれを白昼の駅前広場や、そこらのコンビニの駐車場でやりはじめてもおかしくはない。
「なるほどあの人は魔女だったのか。俺に話しかけるのは魔女かアーティストか集金人くらい。ひどい人生。寝る。寝てニワトリ五羽に囲まれる夢を見る」
ノアは階段を昇っていった。マリアは近所のコンビニでパンを買って帰った。それ以来またしばらく、ノア・メドウズの家から生活音が聞こえてくることはなかった。