白刃が列をなして煌き、黒塗りの鎧兜をまとった兵士が軍馬と人馬一体となり駆けていた。勇壮ではあるが、騎士物語の絵巻から現れたかのような古風な装備で統一されたゲオルク軍は、まるで一匹の獰猛な黒竜のようであった。
ゲオルクに本国から付き従ってきたようなハイランド兵に銃兵はごく僅かだ。石弓を扱う弓兵や弓騎兵は多数いるが、銃の有効性は知りながらも貧しいハイランド王国は満足のいくだけの銃を揃えることはできずにいた。代わりに、彼らは刀剣と弓の調練を徹底的に行い、世界の傭兵市場で確固たる信頼を得るようになった。ハイランド兵といえば熟練兵の代名詞とも言われるまでに。
「切り崩せ!」
ゲオルクの号令一下、その熟練のハイランド兵を中心とした騎兵たちが刀剣を掲げる。
「ウラーッ!」
「ウララーッ!」
蛮声をあげるのはドワーフ族や兎人族の戦士だった。数々の激戦で数を減らしたハイランド兵は今や五十名にも満たなくなってしまったが、セントヴェリアで徴募した様々な種族の亜人兵らがいる。農民上がりの亜人たちが殆どで、最初は刀剣を持つことに慣れず素人同然だったが、ゲオルクによる調練が彼らを一流の戦士に育てていった。元々、純粋な身体能力だけなら亜人たちの方が人間よりも優れている。戦い方さえ覚えれば、亜人兵らはごく短期間で
「うわあああ!」
「な──なんだ!?」
ゲオルク軍の突撃を見て、甲皇軍の兵士たちが悲鳴をあげる。
ボルニア要塞攻略のために出撃していた甲皇軍だが、横合いから攻撃されるとは夢にも思っていなかった。北方戦線におけるゲオルク軍の活躍は聞いていたが、セントヴェリアを根城にしていると聞いていたし、まさかその彼らがこれほど早く西方戦線まで出張って来るとは予想外である。
それに、ゲオルク軍は完全に甲皇軍の虚を突くことに成功していた。彼らは高台から一気に駆け下り、森の中を突っ切ってきた。甲皇軍からすればいきなり目の前に現れたようなものだった。
(───騎乗したまま森の中を突っ切る)
そうゲオルクが言った時、兵士たちは驚愕したものの、誰一人文句も言わず従った。数々の戦いで勝利してきた傭兵王が言うならば勝算あってのことだろうと。
そうして彼らが森の中へ突入すると、不思議なことが起きる。森の中の木々が軍馬を避けて捻じ曲がるように道を開いてくれたのだった。それは、まさしくアルフヘイムの森の精霊の加護を彼らが得ていることを示していた。
ゲオルクがそんな奇跡が起きることを予想していたのかは、威厳ある髭面から読み取ることはできない。だが、兵士たちはそんなゲオルクを戦神のように頼もしく感じた。
(この戦い、勝てる!)
不思議な現象を目にした兵士たちは、勇気づけられ興奮を抑えきれずにいた。
そして、森の中を突っ切ると、目の前ににっくき奴らがいた。
「蹂躙せよ!」
言われるまでもなく、ゲオルク軍の兵士たちが長剣や長槍を振りかざし、甲皇軍の部隊を一方的に切り込んでいった。手足や脳漿や臓物が飛び散り、夥しい血が地面に溢れていく。
「ぐああああ!」
「お助け──助けて!」
いくら士気の高い甲皇軍といえど、一方的に蹂躙されるだけでは恐慌をきたすばかりであった。近代装備というのは諸刃の刃だ。鎧兜や刀剣を捨て、小銃と軽快な軍服をまとった甲皇軍部隊は、近接戦闘においてはゲオルク軍の恰好の獲物だった。何とか落ち着きを取り戻して抗おうとする甲皇軍の兵士もいて、小銃につけられた銃剣を槍のようにして戦おうとしていたが、ゲオルク軍の騎兵が振るう剣によって小銃ごと真っ二つにされていく。
何という切れ味だろうか!
ゲオルク軍の持つ刀剣は、ドワーフ族の刀工が鍛え、精霊の加護を得た刀剣だった。さすがに精霊戦士ほどには精霊の力を引き出すことはできないが、それに近い攻撃力を見せていた。鉄をも切り裂く必殺の刃だ。
名将ゲオルクによる統率と、ハイランド式の調練と、亜人兵の身体能力、そしてアルフヘイムの精霊の加護を得た刀剣。これらが組み合わさり、今のゲオルク軍の戦闘力は、近接戦闘においてはだが、近代装備を保有する甲皇軍すら蹂躙するまでになっていたのだ。
恐慌をきたした甲皇軍は、背中を見せて逃げ惑っていく。
「逃がすか! 故郷の女子供たちの仇だ!」
「ウラーッ! ウララーッ!」
自軍の兵士たちが勝手に敵兵に追いすがろうとするのを見て、ゲオルクが腰に差していた短銃を宙に向けて放った。戦闘用ではなく、あくまで号令のために使っている銃である。
「待て! 深追いは禁物だ!」
怒声を張り上げ、ゲオルクは追撃しようとする兵士たちをいさめる。
「何だって!? お、追わせてください!」
「このまま──このまま、敵を全滅させられるのではないですか!?」
興奮収まらない兵士たちが問い返すが、ゲオルクは首を振った。
「こちらは寡兵だ。まずはボルニア要塞へ入城することが肝要である」
「ですが!! 今ならば逃げ惑う敵兵を殺すことは容易い。今こそこれまでの恨みを晴らす時じゃないんですか!?」
「しょくんらがそう思うのも無理もない。確かに今ならば敵兵を容易く掃討できよう。私も長く戦場を歩いてきたが、このように完璧に奇襲が成功した例は中々ない」
「だったら……!」
「だが、さっき言ったようにこちらは寡兵だ。向こうが完全に落ち着きを取り戻してしまえば、今度はこちらが容易く取り囲まれて圧殺されてしまうだろう。戦果は十分にあげた。今はこれ以上、欲をかくべきではないのだ」
「しかし、しかし……!」
尚も収まらず、未練がましく言いすがる兵士たち。
彼らはあくまでアルフヘイムのために立ち上がった義勇兵であり、ゲオルクの部下たるハイランドから付き従ってきた生え抜きの兵ではない。傭兵になったわけでもないので、ゲオルクの指揮下にあるのも今だけのこと。だからこそ、ゲオルクも強い命令口調ではなく、丁重に協力を求める形で彼らを操ろうとしていた。だが、これほど感情に任せて動こうとするならば、一人や二人は切ってしまって無理矢理にでも言うことをきかせるべきか…と、ゲオルクは鼻白みながらも再びいさめようとして──。
「そうだ! 怒りに任せて追ってはいけない。みな、ゲオルク様の命令に従うのだ!」
そう叫ぶのは、ゴンザに代わり、ゲオルクの従者として付き従う白兎人族の戦士・ノースハウザーである。ハイランド兵に負けず、彼は熟練の兵士である。北方戦線では丙武軍団の襲来以前より、白兎人族と黒兎人族との間で内乱状態にあった。三十路に至ろうかという彼自身、精通が来るかどうかという年齢からペングリオンナイフを手に戦場に立ってきたという古強者だ。
「し、しかしノースハウザーの旦那よ!」
怒りに血走った眼をぎらつかせ、ドワーフ族の戦士が抗弁する。
「どれだけ多くの盟友が殺されたか忘れちまったのかよ!? 俺たちはこの程度の血では満足できねぇ…! もっともっと多くの血が必要だ…! 敵を殺し尽くすまでは!」
「……復讐心だけでは、戦いを終わらせることはできない!」
そんなノースハウザーの言葉には──同じ兎人族同士で血みどろの争いを繰り広げてきたという過去の苦い経験による──実感がこもっていた。
(そう。あの復讐鬼と化したディオゴ・J・コルレオーネのようになってしまっては……戦いに勝つことはできても、終わらせることはできないのだ)
いっときは白兎人族と黒兎人族の垣根を超え、盟友ともいえたディオゴ・J・コルレオーネの姿は、もうゲオルク軍にはいない。
ノースハウザーの男泣きにも近い、熱い言葉が伝染していく。
義勇兵として参戦してきた多くの亜人たちにしても、それぞれ戦う理由というものがある。
復讐──というものも多くいた。
ノースハウザー個人をよく知らなくとも、白兎人族と黒兎人族との間に起きていた血みどろの内戦は誰もが知っている。その渦中の人であったノースハウザーの言葉だからこそ、「復讐を捨てよ」という言葉は重かった。
「ボルニアへ」
ゲオルクは静かに言う。
「この戦いを終わらせるためには、アルフヘイム全民族の結集が必要だ。こんな緒戦でしょくんらの命を失うわけにはいかん!」
ゲオルクとノースハウザーの言葉は、軍全体に波及していく。
感情に左右されがちなアルフヘイムの民だが、だからこそ、機械的な軍人命令ではなく、感情のこもった戦友としての言葉が身に染みる。
「……! 分かったぜ、傭兵王!」
「個人の復讐を優先するのではなく、アルフヘイム全体のためを考え、今はあんたに従おう……」
そうして、ゲオルク軍は追撃の誘惑を断ち、一兵すら欠けることなくボルニアへと入城していったのである。
一方ボルニア周辺にいた甲皇軍の方は、途方もない損害──ただの一度の切り結びであったにも関わらず、およそ二千弱の兵士が死傷──を被っていた。
このことは、甲皇軍総司令であるユリウスに衝撃を与え、激怒せしめるのであった。
つづく