Neetel Inside 文芸新都
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ミシュガルド戦記
68話 激突

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68話 激突








 甲皇軍が誇る近代的な要塞・ゲーリングは、いわゆる「山城」である。元からある地形を利用しつつ、コンクリートで堡塁などを増設して防御を固めている。だからおよそ人が立ち入ることができないような切り立った崖になった地点は自然そのままとなっている。
「ゆえにここから攻めあがってくるとは、まさかきゃつらも思ってはおらんだろう」
「なるほど。流石ですね、傭兵王」
 そう言いながら、ナイナはそびえ立つ山肌へ向けて氷雪の魔法を放っていた。冷気を操るウェンディゴと呼ばれる亜人である彼女は、かつてアルフヘイム南方戦線で、侵攻する甲皇軍に対して川を凍結させたり融解させることで、進軍を阻んだという実績があった。その経歴を聞いたゲオルクは、すぐさまこの作戦を思いついた。ゲーリング要塞の山肌を流れる小川を凍結させ、平坦で登りやすい氷の橋と階段を作っていったのである。
「ボクが先行するよ。ナイナの作った氷の上を走るのは得意なんだ」
「油断するなよ、小熊ミーヒャ
 小熊と言いつつ、体躯はゲオルクよりも遥かに大きな大熊サイズである。ナイナと共に南方戦線を戦った熊の亜人・ミーヒャは、普段は小柄な人間の少女にしか見えないが、戦場に出れば大熊に変身して戦うのである。熊であるからして、野山や氷の上でも器用に駆け登ることができた。
「さすがに馬で行くのは難しいと思ったが、ナイナどのの作った氷の階段は岩肌と良い塩梅に混ざっていて滑ってしまうこともなさそうだ。これなら馬でも駆け上がることができそうだな」
「お褒めに預かり恐縮です」
 ゲオルクたち、ハイランド勢は騎兵ばかりだったが、全軍馬を捨てずに山上へ向かうことができた。小一時間ほど登ると、山上から戦場が一望できるところまで辿り着く。
 要塞の正面方向では幾つもの火の手や爆発が起きている。アルフヘイム正規軍が誇る僧兵集団が、遠距離魔法で要塞正面の堡塁を攻撃しているのだ。更にその上空では、甲皇国の竜戦車部隊と、レドフィンとルーラ・ルイーズの竜騎士部隊が交戦状態に入っている。主にルーラ・ルイーズが地上を爆破呪文で爆撃しようとするのを、レドフィンが護衛している形だ。おびき出された竜戦車部隊に対し、レドフィンはたった一人で獅子奮迅の活躍を見せている。アリューザでおくれをとった恨みを晴らすかのような働きぶりである。
「レドフィンどのの暴れぶり…見事なものだ。まさにアルフヘイム最大戦力と呼ぶに相応しい…」
 上ずった声でそう言いつつ、ゲオルクは手を聖剣の柄に添える。その手が僅かに震えていることに周りの兵は気づき、驚きの眼差しで見ている。あの傭兵王が臆することがあるのかと。
「ふふふ…なに、武者震いだ」
 眼下には甲皇軍の本陣が見えていた。
 皇太子ユリウスを総大将として、陸軍大将ホロヴィズ、第一軍大佐ゲル・グリップの姿も見える。いずれも要塞正面での戦闘の趨勢だけを気にしている様子であり、アルフヘイムの猛攻にも鉄壁の防御陣地が破られることはないだろうと余裕の表情を浮かべている。
(あれがユリウスか)
 遠目に、初めて見る我が子の姿。
 ユリウスは泰然と陣地に建てられた鉄の玉座に座っており、足を組んで頬杖をついていた。よくよく見ると、容姿だけで言えば若い頃の自分に瓜二つであった。似ているとは聞いていたがここまでとは。しかし表情や雰囲気はまるで違う。次期皇帝としての威厳に満ちていると言えば聞こえはいいかもしれないが、冷酷さだけが感じ取れる。皇帝となっても圧政者として君臨するのは目に見えているだろう。
(わしもああなっていたかもしれんが)
 ハイランドでは曲がりなりにも王として善政に務めてきた。人の上に立つ者としては、あれを息子として、皇帝として認めるわけにはいかないだろう。
「むっ……」
 ゲオルクの眉が吊り上がる。
 そのユリウスの傍らには、もう一人の息子アーベルことアウグストの姿が見えたのだ。
(やはりここに…‥兄弟そろってわしに歯向かうというのか)
 だが、もう立ち止まる訳にはいかない。
 思えばここに来るまで随分と遠回りをしてきたものだ。ゲオルクの胸には万感の思いがこみ上げてきていた。
 もう、手の震えは止まっていた。
 グオオオオオォォォォ!! 
 竜の咆哮。要塞正面方向からだ。レドフィンがブレスを吐き、甲皇国空軍の竜戦車を薙ぎ払っていた。
 かつてレドフィンは、たった一人で甲皇国帝都へ殴り込みをかけ、甚大な被害を与えたことから、その事件は“竜の牙”と呼ばれ、「アルフヘイムの亜人恐るべし」「挙国一致で戦争準備を!」と甲皇国に危機感を与えたという。あれから五年余り。この戦争は遂に最終局面を迎え、今またアルフヘイム側による奇襲作戦が敢行されようとしている。
 ゲオルクは聖剣を抜き放った。
 後ろを振り返ると頼もしい兵士たちの顔があった。
「おのおの方よ」
 部下だけではなく、友軍もいるため、ゲオルクはいつもより丁重に言った。
「あのレドフィンどののように、我らも一頭の竜となり、敵の喉元を食い破ろうぞ!」
「エイ、エイ、オーー!」
 歓声が沸き起こり、抜刀された白刃が山上で陽に照らされ煌いた。
 号令一下、ゲオルク率いるハイランド勢とナイナやミーヒャら辺境軍が山肌を駆け下りていった!






 不遜に足を組み、頬杖をついているユリウスの前に、平伏するアウグストがいた。アウグストはあちこち手傷を負っており、軍服も土埃にまみれてボロボロになっている。
「……それで貴様、おめおめと戻ってきたというのか」
「はっ……も、申し訳……」
 びくびくと怯えるアウグストを前に、ユリウスは微笑した。
「もうよい。ご苦労だったな」
「!?…‥あにう…いえ、殿下?」
 久しぶりに見せる兄の笑顔に、アウグストは戸惑う。
「クラウスの女は死んだというのだな? ならばいい」
「……」
「女を殺されたクラウスは、怒り狂って余を殺しにくるだろう。元よりそれが狙いだった。やつが姿を現した時、撃ち殺してしまえばいいのだからな」
「はっ……」
 アウグストは唇を噛み締めながら表を伏せた。兄の冷たい眼差しに自分の表情を見られてはならない。見られれば、嘘が露見してしまうだろう。
(あの女は死んではいない……)
 だが、その真実を告げることははばかれた。兄に言えば自分の命も危ういだろう。
(あの敵のエルフの女が自爆した時、凄まじい炎に巻かれて死にそうになったのは事実だが、あの女…クラウスの妻ミーシャはギリギリのところでぼくが守ってしまったのだ。人質にするため、守る必要はあったけど、そこまでして守らねばとまでは思っていなかったのに…)
 だが、アウグストはそうしなければならないと思ってしまったのだ。
 サイファが放った炎から命がけでミーシャを救ったアウグストだったが、大急ぎで炎から離れたがために崖から転げ落ちていたのだった。それでもミーシャをかばって落ちていて、ダメージを負ったのはアウグストだけだった。
(あの女は……)
 自分をさらった相手であるアウグストに対し、それでもさっきは自分を守ってくれたからと、手当をしてくれたのだった。ミーシャは自分は薬屋の娘だから薬草を見つけるのが得意だといって、言葉通りすぐに薬草を見つけてそれを使ってアウグストの手当てをしたのである。だから一見、ボロボロに見えるアウグストだったが、高い治癒効果のあるアルフヘイムの薬草のおかげでダメージはそれほどではなくなっていた。
(変わった女だ…だが、ああいう女だから、クラウスは命がけで守ろうとしているのかもしれないな…)
 それで毒気を抜かれたわけではないが、見逃してしまった。アウグストはミーシャに礼を言い、そのままその場を立ち去ってしまったのだった。だから、ミーシャは生きているし、どこに行ったかは知らない。クラウスが探しに来ているのなら無事に再会できているかもしれない。そしてミーシャが無事であれば、クラウスは怒りにかられてユリウスの元に来ることもないだろう。
(このことは兄上に気取られないようにしなければ…)
「それで、まだ戦えるのか?」
 兄に言われ、ハッとアウグストは表をあげてしまった。
 冷たいユリウスの眼差しが飛び込んできて、アウグストは顔中から冷や汗が噴き出る思いだったが、何とか口を結んで平静を装うことができた。
「は……ははっ! 勿論です。まだ戦えます!」
「ならばいい。剣を取れ……敵のおでましだ」
「敵…!?」
 ワアアアアア!
 背後から歓声が聞こえた。
 ゲオルク率いるハイランド勢の奇襲であった。
「まさかきゃつら、山肌を駆け下りてきたというのか!?」
 ホロヴィズが驚きの声をあげている。
「魔法を使ったのかもしれませんな」
 ゲルが冷静に立ち上がった。
「ご安心ください。ホロヴィズ閣下。敵は騎兵ばかりの様子。こちらは大量の狙撃兵を擁しています。近づく前に一斉射撃で皆殺しにしてやりましょう」
「おお、ゲルよ。頼もしいことだな」
「第一軍銃兵よ、配置につけ!」
 ゲルの指揮により、本陣を守っている銃兵らが最新式の旋条銃ライフルを携え、多重横隊を組もうとしている。
「構え……てーっ!」
 一斉に銃口が火を噴いた。
 たちまちハイランド勢が混乱に陥って壊滅的な打撃を…与えなかった。
「な、何だと!?」
 防壁魔法であった。
 アルフヘイム正規軍でも屈指の僧兵であるメラルダが友軍になったことで、彼女が出撃前にハイランド軍全体にかけていった防壁魔法が効果を発していた。さすがに戦闘中ずっと効果を発することはないが、一度か二度ぐらいの銃撃なら完全に防ぐことができるだろうと言われていたが、それで十分だった。
 甲皇軍の最初の銃撃を無効化させつつ、一気にハイランド軍は次の銃撃までに距離を詰めることができた。
「ここが勝機ぞ!」
 ゲオルクが吠え、白刃が煌き、幾つもの敵の首が落ちていく。
 大熊と化したミーヒャの爪が敵を切り裂いていく。
 ハイランド勢は軍馬ごとぶつかっていき、敵兵を蹂躙していった。
 肉片やはらわたや血が飛び散り、たちまち辺りは地獄のような光景となった。
「くっ……あじな真似をする」
 ユリウスも立ち上がり、魔剣を抜き放った。
「アウグストよ」
「はっ……」
「剣を抜け。乱戦となるぞ」
「了解です」
 アウグストは腰の長剣を抜き、兄に続いた。
(……結局、僕は兄を頼ってハイランドから来たは良いが、兄の役に立つことはおろか、兄を救うこともできていない。ならば、せめて……)
 アウグストは戦塵の中へ入っていく。






 ユリウスの言った通り、乱戦である。
 甲皇軍の距離的優位がなくなったため、至近距離での白兵戦となり、近代兵器もくそもなく、ただ獣同士が相争う地獄と化していた。
「うおおおお!」
「こ、こいつら……!?」
 怒号が飛び交う中、だが優勢なのははっきりとハイランド軍であった。やはり白兵戦となれば刀剣での戦いに慣れた方に分がある。甲皇軍の方はというと、銃兵を下がらせて槍兵を前面に押し出そうとしていたが、その槍兵もまったく相手にならないほどハイランド軍は強かったのである。
「鍛え方が違うというのか…」
 ゲルは歯ぎしりをして悔しさをにじませていた。
 第一軍はゲルが心血注いで鍛え上げた最精鋭のエリート部隊である。アルフヘイムに上陸以来、負け知らずだった。それがこれほどあっさりとなすすべなくやられてしまうとは。
 やはり生身の人間同士の戦いとなるとハイランド軍は強い。かなわないとみるや、生身の兵士では恐怖にかられて腰が引けてますます戦えなくなってしまう。
「やむを得ないな……機械兵よ!」
 その点、戦闘力では一歩落ちるが、機械兵は良い。恐れ知らずに数に物を言わせて黙々と敵に向かっていく。
 ゲルは機械兵を前面に押し出そうと指揮を執った。傷ついた兵士が後方へ下がっていき、槍やボウガンを持った機械兵が前面へと出てくる。
「ナイナどの」
「分かっております……はぁ!」
 機械兵が出るや、ゲオルクはナイナに命じて氷雪魔法を機械兵へくらわせていった。吹雪を受けた機械兵の足が少し鈍るがそれだけだった。
「どうだろうか」
「……だめですね。やはり効果は薄いようです」
「むぅ、しかしきゃつらは思ったより硬いぞ。刀剣だけで戦うとなれば少してこずるかもしれんな」
「せめてもう少し水があれば…」
 ナイナは口惜しそうに歯を噛んだ。彼女の氷雪魔法は元からある自然を応用したものである。何もないところからでも氷雪は出せるが、それだけでは効果が薄い。川なり海なり水分が豊かなところで使った方が氷の刃も大きくなって効果が増すのだという。
「水があればいいのかい?」
「むっ、その声は…!?」
 驚いて声がした方を見ると、偵察に出ていた蟹の魚人女戦士ガザミが姿を現していた。そのガザミの肩に捕まって、満身創痍のヒザーニヤの姿もあった。
「生きていたか。良く戻ったなガザミ」
「何とかね」
 ガザミは肩をすくめた。
 ヒザーニヤはどさっと地面に突っ伏してしまう。
「悪いね、傭兵王。あんたの部下、死にかけだから後で介抱してやってくれよ」
「ヒザーニヤ、ご苦労だったな」
 ゲオルクが声をかけると、ヒザーニヤは気づいたのか地面に突っ伏したままだったが弱弱しい手つきで親指を立てた。
「特に役には立たなかったけど根性だけはあるよ」
 ガザミはにやりと笑う。
「……さて、ここが正念場のようだね。で、あたしは水魔法が使えるんだけど、あんたの氷雪魔法と組み合わせたらどうなる?」
「大きな氷の刃を出すことができるだろう」
 ナイナも微笑する。同じ女戦士同士、意気投合するのは早そうだった。
「じゃあやってみようか」
「了解した」
 ナイナとガザミのコンビネーション魔法は効果ばつぐんだった。
 氷雪と水の魔法が合わさり、大小無数の氷の刃が現れ、それが機械兵をたちまちバラバラにしていったのである。また、小さな氷の刃に触れただけでも機械兵はショートして機能を停止していった。
 今や、機械兵も一掃され、甲皇軍の人間の兵士らも散々に打ちのめされて後退に次ぐ後退を余儀なくされていた。
 前線に、ユリウスとアウグストが姿を現すのにさほど時間はかからなかったのである。
 ゲオルクは聖剣を手に、ユリウスは魔剣を手に、それぞれが対峙する。
 互いに黙して何も語りはしない。
 だが、人々は息を呑み、思わず戦いの手を止めて彼らの様子を見守っていた。
「お前が……ユリウスだな。私は───」
「それ以上、口を聞くな。ハイランドの傭兵王」
 そっけなくユリウスは吐き捨てた。
 初めて間近で対面する父親と息子だというのに、情などは一片も感じられなかった。
「……! むぅ……何と言う殺気」
「フフフ……ハハハハハハ!」
 ユリウスは哄笑する。
「よくぞ余の前に姿を見せることができたものだ! 英明で、公正で、素晴らしい大人物と評判の王らしいじゃないか? 笑わせる!」
 そう言いつつ、ユリウスの冷たい目は笑っていない。
「貴様の“罪”を、余は誰よりも知っている……。貴様が生きる価値のないクズだということも。この魔剣で引導を渡してくれよう。いや、動けない程度に四肢を刻んでやり…。生きたまま犬にでも食わせてくれよう!」
 ゲオルクは大きく息を吐いた。
 首を振り、残念でならないようにため息をつく。
「殺意しか無いか。当然だな。貴様の立場を考えればやむを得ない。だが、貴様をそうしてしまったのが、この私の罪か…。贖わねばなるまいな。この聖剣によって…!」
「黙れ、ゲオルク! 殺してやるぞ!」
 そう言い、ユリウスはゲオルクへ向けて躍りかかった!






つづく




 

       

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