Neetel Inside 文芸新都
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ミシュガルド戦記
78話 世界樹頂上決戦

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78話 世界樹頂上決戦






 リュウ副隊長の率いる十六夜によって、メイア、クローブ、他にも多くの者が救出されていた。
 魔法が使えない十六夜たちは、魔法結界で封じられた牢獄を力づくでこじあけ、破壊しつくしていた。おかげで、ヴェリア城の最上階から下の部分は、まるで略奪にでもあったのような有様だったが、ともかく多くの者が助かったのである。
「筋力を鍛えて気合を込めて剣を振れば、魔法だろうが何だろうが断ち切れるのです!」
 とは、リュウ副隊長の言葉である。
 実は、彼女こそが白兎人族でも最強の戦士であった。
 リュウが持つ刀剣は、普通のドワーフが鍛えたアルフヘイムの刀剣ではない。甲皇国の東部地方にあるエドマチと呼ばれる都市国家で鍛えられた“エドマチ刀”と呼ばれるもので、主に甲皇国軍人が好んで使うものだが、十六夜は隠密行動などで甲皇軍陣営に潜り込むこともあるため、そこで盗んできたそうだ。使ってみると、魔法を打ち払う効果がある刀もあり、十六夜ではメイン・ウェポンとして使っている者は多い。
 ゆえに、筋力で魔法結界を断ち切れたわけではなく、武器のおかげだったのだが、リュウ脳筋は筋力と気合のおかげだと思っている。
「お父様!」
「おお、メイア! 良かった…無事で…!」
 エルフの少女メイアが駆け寄り、ヤーヒムと抱擁を交わす。
 まだ十代前半ぐらいのあどけない少女で、父親のヤーヒムが可愛がるのも無理はない見目麗しさだった。
「モツェピ家は優秀な魔導士や魔法戦士を輩出している名家だ。だがお前が殺されてしまうぐらいなら、名家の地位も誇りも何もいらないと思っていた。本当に…ああ、良かった…!」
 ヤーヒムは体面もなく、むせび泣いていた。
 元々、皮肉っぽく斜めに構えた物言いをする男だったが、娘への愛情は何よりも勝り、本物であった。
 ヴェリア城には、幾人かの要人、ミハイル4世やラギルゥー族がアルフヘイムの実権を掌握するために人質とされてきた者たちが多く幽閉されていた。
 その中に、みすぼらしく顎髭が伸び、目もよく見えないし腰も曲がって、恐ろしく年を取った小柄なエルフの翁がいた。
 その者が、何とアルフヘイム首相ダート・スタンと名乗ったのである。
「この翁がダート・スタン…だと? ばかな。私が知っているダート・スタンとはまったく別人だぞ。確かに年老いてはいたが…」
 キルクが驚くのも無理はない。
 キルクはゲオルクなどと同じく五十歳ほどのエルフだが、彼が幼い頃からダート・スタンは今と変わらない容姿の老人だった。そして、年老いても好色さを隠そうとしないスケベジジイであり、少なくとも目の前の老人より百倍は元気そうだった。
「大丈夫? おじいちゃん」
 救出された方のダート・スタンが余りに惨めな老人であったので、メイアは思わず駆け寄って体を支えてやった。
「おお、すまんのぉ…優しい娘じゃな」
 ダート・スタンは、美少女エルフのメイアに支えられ、ようやく立っていられる有様なのだ。
「きゃっ」
 メイアが驚いて甲高い声をあげる。
「おお、すまんすまん。よく見えないものじゃから」
 とぼけた口調でダート・スタンは、メイアの尻を撫でまわしていた。好色なのは本物も偽物も変わらないらしい。
 ヤーヒムが恐ろしげな目でダート・スタンをにらんでいる。
 ごほん、とダート・スタンは咳ばらいをしてごまかした。
「うむ。クローブどのほどではないが…わしももう七十年ほどは幽閉されておったのじゃよ……じゃから、ちょっとぐらい尻を撫でるぐらい大目に見てくれても……」
「七十年…というと…」
「七十年前、骨の国と戦争が起きようとしておってな…。わしは戦争が起きるのを何とか外交的努力で止めようとしておったが…。当時の骨の国の外交官は、やけに好戦的なホロヴィズという若い将軍じゃった。それでも互いの誤解を解き、戦争を回避できる自信はあった。わしが、このように幽閉されなんだら…」
「…開戦当時の状況は、今では殆どの者が忘れてしまっています。なぜこんな長い戦争になってしまったのか…」
「は? まだ戦争中じゃというのか? 何ということじゃ」
 ダート・スタンは呆気に取られてしまう。まさか七十年も戦争が続いているとは思いもしなかった。
「わ、わしが首相のままであれば…ミハイルの好きにはさせなんだ。口惜しいことよ…。あのババア、戦争になってもどうせ死ぬのはオークやオウガといった劣等種族じゃから気にすることはない…などと当時も言っておったからな」
「骨の国との戦争へ突き進ませたのも、またミハイル4世だったというわけか…」
 ヤーヒムは思い出したようにつぶやく。 
「…そういえば。我々がずっと接してきたダート・スタンは偽物だったということだが…。私はずっとヴェリア城で警備の任にあたってきた。時々、メイドや執事といった貴族の世話をする者たちの噂話を耳にすることもある。その彼らが言うには、ダート・スタンどのはエルフのはずだが、時々別の種族に見えることがあるそうだ。そう、ゴブリンのように見えることがあるとか…まぁ、下らない与太話だと思っていたが…」
「つまり、ゴブリンが化けて、ダート・スタンどのを演じていたという訳か…?」
「そういうことになるな…」
 キルクやヤーヒムの推察通りだった。
 と同時に、これまで七十年にわたり甲皇国との戦争を主導していたのが、実際にはミハイル4世ただ一人のたくらみであったということに、一同は恐るべき闇を感じるのだった。 





 救出されたクローブ、ダート・スタンなどを加えた一同は、いよいよ玉座の間の上階を目指すこととなった。
 そもそもこれまでヤーヒムやキルクが知るところによれば、玉座の間がこのヴェリア城の最上階であるはずだった。
 だが、その玉座の間の隅には、上へ登る階段が新たに作られていた。
 いや…実際には元からあったが、魔法で隠されていたのだろう。
 つまり、真の最上階は、未知の領域となる。
 先程、クローブのダーツを破壊した謎の女エルフが言うには、この真の最上階にミハイル4世がいるのだろう。
「こちら側の身体を小さくさせるあの魔法は驚異的だった。今度はいよいよミハイル4世が潜む部屋だ。どんな罠や魔法が仕掛けられているか分からない。皆の者、心してかかるぞ」
 討伐隊のリーダーとなっているキルクがそう言うが、言われるまでもなく、全員が引き締まった表情で頷いた。
「ボルニア西方のゲーリング要塞で、アルフヘイム軍と甲皇軍が最終決戦に臨んでいますが…」
 そうつぶやくのは、セキーネ王子だった。
 十六夜の隊員に応急処置を受け、ヤーヒムの治癒魔術も受け、切られた耳も復元されている。が、治癒魔術というのは元から肉体に備わっていた回復力を呼び起こすものだ。回復力自体は無尽蔵ではなく、治癒を受ける者の体力に依存する。セキーネは精力はあるが体力はそれほどではないため、急激な肉体治癒に体力が著しく消耗され、その表情は青ざめている。
 だがそれは、単に体力の消耗からくる疲れではなく、事態の深刻さからくる表情でもあった。
「……禁断魔法というもので、甲皇軍を滅ぼそうという作戦があると、前線で軍を指揮している現地のゲオルクどのの使いから聞いております。ですが、その禁断魔法作戦は、そもそもセントヴェリアのダート・スタンどのの発案で始められている。そう、ついさっき偽物であると判明した方のダート・スタンの命令によって、半ば強引に進められているのです。ゲオルクどのが勝てば禁断魔法は発動しないと言いつつ、少しでも不利であるとみれば躊躇なく発動するらしい…その発動する判断、時機も、アルフヘイム首相のダート・スタンが権限と責任を持つ…と」
「ゴブリンのダート・スタンがな」
「しかも、そのゴブリンはミハイル4世の手下ってわけだ」
「とんでもねぇ…なら、前線にいる両軍どちらも滅ぼそうとしてもおかしくねぇってことだ」
 セキーネのつぶやきに、十六夜の隊員の面々が口々に恐ろしげに呼応する。
「……つまり、我々が一刻も早く、ミハイル4世と偽物のダート・スタンを討たねば、禁断魔法も発動されてしまう。戦争が始まった理由がミハイル4世のたくらみであるというなら、甲皇国も長き戦争に苦しむ被害者となる。アルフヘイム…いや甲皇国を含めた世界を救うすべは、我々の手に委ねられたということだ」
「甲皇軍の連中なんざどうなってもいいって思うけど、これ以上の血が流されるのは良くないな」
 この場に集まったのは、様々な事情を抱えた者たちだったが、アルフヘイムを救うため、そのためにはやはりミハイル4世を討たねばという想いは同じであった。
「行くぞ」
 階段を登り、一同は真の最上階へと進みゆく。
 十三段ほどの僅かな階段を登りきると、巨大な扉が待ち構えていた。
 神々しい天使と、美しいエルフが並び立つ装飾がなされた扉である。
 天使とエルフが交わって誕生したという、エンジェルエルフの神話をなぞらえているようだった。 
「エンジェルエルフが真に神の使徒というなら、このような過酷な運命を我々に与えるものだろうか」
「ヤーヒムよ。俺が思うに…エンジェルエルフもまた、差別を受けてきた一族なのではないか?」
「どういうことだ。ディオゴ」
 ディオゴは静かな表情をしていた。 
 今のディオゴは、狂気に駆られていた時とは違う。冷静さを取り戻している。妹を殺された怒りを爆発させていたのも、感情や感性が豊かであるゆえにだったが、自分の怒りを鎮めれば、他者の感情…怒りや嘆きを敏感に感じ取ることもできるのだった。
「…つまり、白兎が黒兎を迫害してきたような目に、エンジェルエルフも遭ってきたんじゃないのか? 彼らも黒兎のように混血の結果に生まれてきた一族ではあるのだろう。だが、それが天使であるかは疑わしい。余りに昔のことなのではっきりしたことも分かっていないから、都合よくそう言っているだけなんだ。黒兎だって、実際には白兎とコウモリ族との混血に過ぎないが、独自にラディアータ教という黒兎の教えを作り出してまで、それが神聖なことのように語り継いできている。というか、そうとでも思わなきゃやってられなかったんだ」
「ディオゴさんと言いましたか。あなたの推察は正しいでしょう」
 それまでずっと黙っていたクローブが頷く。
「エンジェルエルフとは名乗っておりますが、実際に私たちが天使との混血であるかは疑わしい。私はせいぜい三百年ほどしか生きておりませんが、千年以上生きているミハイルでさえそれは分かっていないでしょう。初代のミハイルまで遡れば、一族のはじまりはそれこそ何万年も前のことですし…。天使というものが実際にいたかどうかなど、結局のところは何もわかっていないのです。ただ、自分たちは天使との混血だと、神の使徒だと言い張っているだけですね。まるでそう、迫害があった黒歴史の傷を隠すように」
 ヤーヒムが首を振った。
「エルフだとか、人間だとか、白や黒の兎人だとか…我々はそうした種族間の差異を、今度こそ乗り越えねばならん…。それが、世界を救うための鍵となるだろう」
 一同は扉を開け、室内へと進みゆく。




「むぅ…」
 キルクは腕を交差させて目をかばった。
 部屋に入った瞬間、薄紫色の霧のようなものが顔にかかってきたのである。
 またさっきの部屋で受けたような魔法か? と、警戒した。
 だが、そうではなかった。
 ミハイル4世が部屋の奥、段差が設けられて高くなったところにある玉座に座り、こちらを睥睨へいげいしていた。
 不思議なことに、千年以上生きているというにはとても見えないほど若々しい…というか、幼い見た目だ。ヤーヒムの娘の、十代前半のメイアよりも幼く見える。白く清楚な法衣をまとっており、小さな頭部に比べて耳だけが巨大で長い。そして背には純白の巨大な翼を背負っている。また、胸元まで伸びた髪もまた純白であった。老人のような白髪ではなく、少し青みがかった白磁器のような色。毛も肌艶も良く、美しく輝いている。そして、細められた目の瞳は、煌々と赤く輝いている。その瞳の輝きは、見る者に不安と威圧感を与えた。
「ちっ…」
 ディオゴが舌打ちをする。
 ミハイル4世からは、どこか傲慢な白兎人を感じさせる雰囲気があり、気に食わなかった。
 どうやら、薄紫色の霧のようなものは、ミハイル4世の周囲から流れ出ているようだった。
 余りに強い魔力の持ち主であるために、体から魔素が色を帯びて漏れ出ているのだ。
「猊下の御前です。平伏しなさい!」
 甲高い声が上げられる。
 ミハイル4世の傍らからである。
 クローブのダーツを破壊した、あの女エルフだった。
 やはりその女もエンジェルエルフであるらしく、先程は見えなかったが、ミハイル4世やクローブよりもかなり小さめの白い翼を背負っていた。よくよく見ると、実にけしからん豊満な体つきをしている。人間でいえば二十代前半の成熟した体つきで、股間の大事な部分が見えそうで見えない、際どいスリットの入ったピンク色のドレスをまとっている。
「モフモフしたくなりますね」
 大真面目な声で、セキーネがつぶやいた。
「セ、セキーネさま…」
「こんな時に、さすがのあたしも引くわぁ」
「頭ハッピーセットかよ」
 十六夜の面々が好き勝手に罵倒している。
「失敬な。私さっきは死にかけてたんですよ! 生命の危機に子孫を残したくなるのは生物として自然な───」
 セキーネが赤面して釈明しようとするが、ただならぬ殺気を感じて言葉を止める。
「平伏しなさいと言ったのが……聞こえなかったのか!?」
 ごうっ
 ピンクドレスの女が、すさまじい激怒の表情を見せ、掌から巨大な魔法の炎を繰り出していた。
 火炎球は威嚇するように一同の元へ落ちてきて、床へ落ちたかと思うと、その場で火炎嵐を巻き起こす。
「……何て強大な魔法力だ。あの女も、只者ではないぞ」
 ヤーヒムが冷や汗を流してつぶやく。
 彼が使えるのは中級魔法までであり、ピンクドレスの女が使って見せたような上級魔法は使いこなせない。
「だが、今度は体が小さくなる魔導を使われたわけでもないし、距離を詰めれば刃が届く」
「そうだ。我らにはこれだけの頼もしい仲間がいるのだ。恐れるな!」
「ミハイル4世! 貴様の企みも…もはやこれまでだぞ!」
 一同がそれぞれ、ナイフや剣や弓を構えて戦闘態勢を取り、気勢を上げている。
「ふ、ニツェシーアよ」
 ミハイル4世が喋った。
 声質まで少女のようであった。
 だが、魔力でも帯びているのか、その声にすら威厳が、威圧感がある。
「下等動物どもが何か喚いておるが……わらわには虫けらの鳴き声のようにしか聞こえぬ。やつらは何と言ったのだ?」
「お耳に入れるほどのことではございませんわ。ただ、神のごときミハイルさまに嫉妬して喚いているだけです」
「そうか。ならば黙らせてまいれ。ニツェシーアよ」
「…ああん、ミハイルさま! お気軽にニッツェとお呼びください!」
「ふふふ。可愛いニッツェよ。お使いを頼まれてくれるかな?」
「はい! かしこまりました! 害虫駆除、頑張ってきまーす!」
 先程まで激怒していたニツェシーアが、ミハイル4世と会話する時だけ甘えた声になるのは実にギャップがあった。
「……さて」
 こちらに向き合ったニツェシーアは、やはり般若のように残酷な笑みを浮かべている。
「あんたたち、出てきなさい」
 ニツェシーアがそう呟くと、床下から生えてくるように…あのラギルゥー族の三兄弟が現れる。
 だが、彼らからは、先だって戦った時のような、感情らしいものが見られない。いずれのラギルゥー族も、死んだ魚のような濁った眼をしていた。そして、腐臭のようなものまで漂ってくる…。
「まるでゾンビみてぇだな…」
 誰かがそう呟く。
「ゲラゲラゲラゲラ……良く分かったのぉ」
 不快な笑い声が響く。
 ラギルゥー族の背後から、背の低い老人エルフ…いや、ゴブリンが演じているという話の偽ダート・スタンが現れる。
「こいつらはもう死んでおるわ。いや、生きるしかばねと化したのじゃよ。もうこいつらに表立ってわしらの代理で権力を振るわせることもできぬだろうし、かといって戦うこともできん文官どもじゃ。この際、考える脳みそなど不要と抜き取り、生きるしかばねとして戦ってもらおうというわけじゃよ」
 偽ダート・スタンの顔が、醜い笑顔で歪められている。
「わ…わしの顔を使い、今まで何をしてきた! こやつめ!」
 本物のダート・スタンが叫ぶ。
 偽ダート・スタンは、少し驚いた表情をするが、自分が偽物だというのがやっとバレたことを面白く感じたのか、ますます意地悪く笑った。
「なんじゃ、生きておったのか。くたばりぞこないのジジイめ。よかろう、ならば引導を渡してくれる…」
 みるみると…偽ダート・スタンの姿が変わっていき…そいつは正体を現した。
「…この、チャラガ・ラバがな!」
 やはり噂通りであった。
 緑の体色の巨大な頭、灰色の口髭を持った醜いゴブリン。とはいえ、頭の悪いゴブリンではなさそうであり、いっちょまえに法衣を着て、魔法杖を手にしている。ゴブリンではあるが魔導士でもあるらしかった。
「さぁ…殺してやるぞい」
 チャラガは杖を高々と掲げ、ゲラゲラと笑っている。
「───天と地の盟約において炎の精霊に命ず。わが怒りのほむらで、闇の使徒どもを焼きつくせ…」
 ニツェシーアは何かの魔法の詠唱を始めている。
「グアアアア!」
 ラギルゥー三兄弟が爪を立てて突っ込んできた!
「行くぞ!」
「女エルフの魔法、あれはやばい。やつを先に!」
「ゾンビども、麻痺か毒を持っているかもしれん。気を付けろ!」
 アルフヘイムの戦士たちも、呼応して動き出す。




 死闘であった。
 幾人かの戦士が敗れ、殺され、倒れていく。
 名のある戦士たちでも手傷を負い、疲労の色は濃い。
獄炎爆烈弾セパルチュラ!」
 ニツェシーアが火炎魔法を唱えた。
 凄まじい大きさの火球が幾つも現れ、それらすべてが避けがたい速度で戦士たちに襲い掛かる。
「エレエレナムメイリン 精霊よ 我が盾となり給え!」
 クローブである。
 魔法を封じるダーツは失われたが、彼も賢者と呼ばれるだけあり、かなりの魔法力を備えていた。
覇者霊陣ストライ=バー!」
 その力ある言葉が発せられると、魔力を完全に遮断する絶対魔法防御アンチ・マジックシェルの障壁が現れる。高威力の火炎呪文といえど、完全に防ぐことができるのだった。
「おおお!」
 ラギルゥー族の最後の一体が、十六夜副隊長リュウの刀によって切り裂かれる。残りの二体もそれぞれ始末されていたが、強力な麻痺毒によって、幾人かの隊員が痺れて動けなくなっていた。
「手強い──」
 汗を拭い、リュウは息を荒げる。
「よそ見をしている場合かな? ゲラゲラゲラ」
 下品なゴブリンの哄笑。
 チャラガ・ラバである。
 やつは老人とは思えない動きをしていた。
 全身を大回転させ、目から光線を発していた。
大回転破壊光線アッサー・シーン!」
 赤い光線が乱雑にほとばしった。
 それに焼かれた者は、みるみると体内の血液が沸騰し、一瞬で死に至るのである。
「ぬぅっ!」
 リュウは辛うじてその光線を刀で弾き返す。
 だが、そんな器用な芸当のできない者は、焼かれて死ぬだけだ。
「グアアアア!」
 太っちょのパワータイプの十六夜隊員が、持っていた鉄槌ごと赤い光線に焼かれていた。
「クォッサーーー!」
 別の細身で小柄な十六夜隊員が、太っちょの隊員に駆け寄る。
「俺は…もうだめだ…ナッカ…すまねぇ…」
「く、くそっ! あたしが仇を…!」
 ナッカと呼ばれる十六夜隊員が、ナイフを手にチャラガに迫る。
 しかし、やはりチャラガの動きを捕えるのは容易ではない。
 チャラガは何かの魔法を使っているのか、尋常ではない速度で動き回っており、更に分身までしてみせた。
「ゲラゲラゲラ」
 乱雑な赤い光線が飛ぶ。
 飛びまくる。
 どこから飛んでくるかもわからず、かわすのも容易ではない。
 づぶっ!
 ……しかし、終わりはあっけなかった。
 チャラガの頭が肉を断ち切る音と共に、胴体から切り離されていた。
 首を取ったのは、マスクを被ったままのまた別の十六夜隊員。
「このシンゲツさまからは逃れられねぇのさ…」
 チャラガの首を手に取り、シンゲツは凄惨な笑みを浮かべる。
「後でこの醜い顔のスケッチでも取ってやるか」
 自分が殺した相手の顔を絵に描くというのが、このシンゲツという隊員の密かな趣味であるらしかった。
「はん、やはりたかがゴブリンか。他愛のない」
 仲間が殺されたというのに、ニツェシーアは揺るがない。
 むしろ楽し気に笑っていた。
「中々苦戦しておるようじゃな、ニッツェよ」
 そこへ、ミハイル4世が厳かにも声をかける。
 ニツェシーアは途端にミハイルの足元へすがり、膝をついて頭を垂れた。
「……は。ミハイルさま…も、申し訳ありません…」
「ふふふ。愛いやつよ。やむを得ぬな…」
 ミハイル4世はニツェシーアの顔をそっと両手で撫でまわす。
 そのまま、何を思ったのか口づけを交わす。
「……! ミ、ミハイルさまぁ……?」
 とろんと。
 ニツェシーアが陶酔したように、口からダラダラと涎を流して顔を紅潮させている。
「……な、何か百合ショーがおっぱじまっちまったぞ」
 その様子を唖然として見るアルフヘイムの戦士たちだが…。
 だが、クローブだけが険しい表情をしていた。
「何ということを…。同族さえ、そのようにっ!」
 怒りの声を張り上げる。
「ぷはっ」
 ミハイル4世はねっとりとした口づけを、ようやくニツェシーアから離した。
「ふふふ……行け、ニッツェよ」
 ニツェシーアは、ゆったりと夢遊病者のように立ち上がる。
 まさしく、夢を見ているような陶酔した目のままであった。
「まったく…しぶとい連中よ…。駆除しても駆除してもまだ現れる。さすが下等動物だけあって繁殖力だけはすさまじい」
 遠くを見るように、ミハイルは呟いた。
「じゃが、おまえたちの傲慢ぶりもこれまでじゃ。神は、我々エンジェルエルフの持つ力のほんのひとかけらを与えたに過ぎない。神はエルフを恐れた。万能さゆえにエルフが神をも打倒するのではと。だからこそ、神はエルフにその力を分け与えよと命じられた。おまえたちの持つ力がそれだ」
「何だ、何を言っていやがる…!? このアバズレメンヘラクソババアがーーーーっ!」
 ディオゴが叫ぶ。
「誰が傲慢だというのです。あなたこそ、多くの命を弄んでおきながら!」
 セキーネも叫ぶ。
「ミハイル4世、きさまさえ倒せば…!」
「アルフヘイムを正常な姿へ…取り戻すために!」
 キルクが、ヤーヒムが叫ぶ。
「母上。最後にもう一度だけ、そう呼ばせてください…。もはや、あなたと分かり合えることはないのですね…!」
 クローブが悲し気に叫ぶ。
「ふん…」
 ミハイル4世は、人々の怒りの声を受けてなお、尊大に振舞った。
「お前たちに奪われた万能たる力を取り戻す。お前たちに与えられたこのアルフヘイム最大の精霊樹…世界樹は、その曙光だ。我々エンジェルエルフから全てを奪った神への復讐劇は、この世界樹の頂上にて、神を天空から引きずり落とすことで始まるのだ!」
 ミハイル4世は、白き巨大な翼をはばたかせる。
 宙に舞った。
 誰よりも頭上へ飛び上がり、ミハイル4世は両手に魔法力を込めだした。
 世界樹頂上において、最後の決戦が始まった。





つづく

       

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Neetsha