Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
54 元甲皇国兵士 ウォルト・ガーターベルトの証言

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 ここからは一旦、私バーボンハイムことマルネ・ポーロの視点から離れ、ウォルト・ガーターベルト氏の視点で事の顛末を語ることにする。
一部、描写が不充分になることを詫びたい。代わりとして、彼等の間で当時交わされたであろう会話を、特にアルフヘイム語を原文のまま表記する。甲皇国語を原文表記しないのは、甲皇国人であるガーターベルト氏の視点ということを強調したいからである。

あー、懐かしいなぁー 
あの日のことは今でも昨日のことのように思い出せるよ。思えば、アレが俺の人生の転機だったのかもなぁー。ダニィの穴掘りを手伝っていた俺と69号の許に、アルフヘイム軍の兵士3人が現れたのはそれから間もなくのことだった。
(おいおいおい!!マズイぞ!)
身体はそう叫んでたが、逃げる間も無かった。いや、逃げても無駄だと身体が悟っていたんだろう。

兵士達は2人の亜人兵と、1人のエルフ兵だった。エルフ兵に至っては小生意気そうなガキだったが、かなりの経験値を積んでいるのだろう。背中に背負っていた弓は使い込まれていた。彼のエルフ耳は先端がやや欠けていた。弓道の選手が、弓の弦を弾いた勢いで、誤って耳を引っ掛けて切り落としちまうっていう話聞いたことねぇか? まぁ、実際あるんだなそれが。同じ傭兵仲間で弓の使い手のエルフがいるんだが、エルフって長耳だろ? だから、よく耳を引っ掛けちまうんだ。だから、よくその耳が欠けてるってことはそれだけ弓を使ってるってことだ。
まぁ、このエルフ兵も脅威にゃぁ感じたが、問題は2人の亜人兵だよ。
その亜人兵ってのが見るからにヤバそうな面してた。一人は蟹人族の女兵士だ。全身を蟹の鎧で覆った如何にも絶対防御系でそこいらの刃物じゃキズ一つ付けられねぇボディーをしてた。ここまで聞いたらかなり重量系のゴリラ女をイメージしちまうだろうが、その女は全くの真逆だ。女性らしさを損なわないかなりスマートでスリムな体格をしてた。エドマチでカッチュウとか、ヨロイムシャとか言うんだっけ? 兜を身にまとったサムライみたいな姿をイメージしてくれりゃあいい。防御力が高く、機動性もあるなんて反則だろ。
もう一人の亜人兵は黒兎人族の男兵士だった。黒兎人族って兎面、人間面、蝙蝠面と3つのタイプがあるんだが、そいつは人間面してた。黒みがかった茶髪に、褐色で細身の美男子だったが、かなり筋肉質なのが分かった。人間面の黒兎人族は、6つ耳だって聞いてたけど、改めて見るとかなり不気味だったぜ。要は鼓膜が6つあるってことだろ? 人間と変わらねぇサイズの頭の中にどうやって鼓膜しまいこんでんだ?って思ったよ。それだけじゃねえ、奴の口には八重歯か犬歯かが変形した尖ったキバが生えていた。
(おいおいおい!!よりによって黒兎兵かよー!!)
黒兎兵の怖さはトレイシーフォレストで思い知らされてたからな、俺は面子を見た瞬間に死んだと思ったよ・・・後で知ったんだが、その2人、
当時全盛期だった頃のガザミの姉御と、若かりし頃のあのドン・コルレオーネだった。まぁ、彼とは親しい間柄だから、ディオゴって呼ばせてもらうか。そん時は知る由もなくて、2人と再会したのはミシュガルド上陸後だったんだけど・・・今考えると怖ろしい面子だ。


え~と、それでだ。当然の如く
俺も69号も後から現れたディオゴ、ガザミと・・・アナサスって言うのかあのエルフ・・・とにかくその3人に拘束された。ディオゴに至っては怒りが頂点に達っしててプッツンしてたのか、鬼も裸足で逃げちまいそうな剣幕で牙を剥き出しにしてこっちに歩み寄ってきた。

「※1Komma bort från honom !!」
ディオゴはダニィと違ってドスの効いたアルフヘイム語で何やら叫びながら、ダニィを懐抱していた69号の胸倉につかみかかった。69号は突然現れたディオゴにビビって何も言う暇すら与えられず、突き飛ばされ気絶させられてしまった。
(まずいぞ クソ! これじゃあ まるで俺達がこの黒兎人を殺して埋めたみてぇになってんじゃねえか!!)
背筋からスーッと血が引いていくのが分かった。頼みの69号はノビちまったんだからな、この状況を説明してくれる奴が居なくなっちまった以上、自力でこの状況を乗り越えるしかない。
次にディオゴの怒りの矛先は俺に向かった。待ってましたって言わんばかりに、俺の背筋は一瞬で凍り付いたよ。背骨の中をでけぇツララで串刺しにされたみてえだったよ。
「※2 Figli di puttana!!」
感情が高ぶったのか思わず、ディオゴはアルフヘイム語じゃなく、コエーリョ語で俺に罵声を浴びせながらで俺につかみかかってきた。コエーリョ語には、白兎語と黒兎語があるらしいから、多分アレは黒兎語だったんだろうな。

「おいおいおい!! 待て待て待て!! 俺はただこの子の墓掘りを手伝ってただけだ!!」
俺はダニィを指差して、必死に弁解を試みたが、甲皇国語の分からないディオゴに伝わる筈も無い。69号みてぇに俺ぁ胸倉を掴まれて、地面に叩きつけられてうつ伏せにされられてしまった。
その直後に、ディオゴが背中越しにアルフヘイム語で何やら罵声を浴びせてきたんだ。
「※3 Hur vågar du döda min bror !
Jeg skal drepe deg,söner av en bitch ! 」  
ディオゴに背中越しに罵声を浴びせながら、銃まで突き付けられた俺は心底ブルったよ。未だにあの時の奴のアルフヘイム語が耳に焼き付いてる。俺の人生であれ以上の兇暴兇悪なアルフヘイム語は聞いたことがない。
(ヤベぇぞ この黒兎兵・・・同胞がこんな目に遭ってるのがやっぱ許せねぇのか、激怒振りがハンパじゃねぇ・・・)

マジで俺は奴にこのまま頭を弾かれると思ったよ。黒兎人族の格言に
「自分が殴られた時は相応の報いを、同胞が殴られた時はそれ以上の報いを受けさせよ」ってのがあるが、まさにその教えを忠実に守って生きてきたんだろなって思⊃たよ。だが、そんなディオゴに向かってガザミの姉御が何やら叫んだ。
「※4 Sett pistolen ned, Diogo.
Vi må arrestere dem . La dem snakke opp informasjon !」
ディオゴを制止しようとしてたんだろうが、奴は全く耳を貸そうとしていないようだった。余計に苛立ったのか今度は俺の後頭部に銃を押し込んできた。こういう修羅場は何度か潜ってきたつもりだが、全く分かってなかったんだって思い知らされたよ。

     


「※5 Hundar av Schale knochen・・・・・・!! Kommer jag att skjuta din jävla skalle !」

ディオゴは俺の後頭部と首の凹みに銃口をねじ込みながら、続けざまに俺を怒鳴りつけた。とにかく、言葉は分からないが、罵られていることは分かった。次に奴に叫んだのはあのアナサスっていうエルフのガキだった。
「※6 Diogo!! Hvis du skyter ham ned,
 Vil jeg skyte deg !」
アナサスの一言で一瞬だけふと我に返ったのか、奴の銃が後頭部から離れたのが分かった。しかし、奴にとっちゃあ納得がいかねえ内容だったんだろう。かなり不服そうに奴は唸り声をあげていた。
「グゥァルルルルルル!」
背中越しに肉食獣みてぇな声が聞こえ、俺はぞくっとしたよ。あんな声、兎の声じゃねえ。犬っつった方がまだ通じる。おそらく、奴の中に眠ってたコウモリの血が騒いだのかもしれねぇな。それから駄目押しと言わんばかりに、ガザミの姉御が何やら語りかける。
「※7 Diogo , låt mig inte skjuta dig...!」
背中越しに奴が一旦突き付けた銃を俺から離すのが分かった。うつ伏せのまま、俺もガザミの姉御とアナサスの方を向いた。何と2人がディオゴにハサミと弓を突き付けていたんだ。

「※8 V・・・Varför du pekar på mig …?!」
アルフヘイム語の分からない俺でもディオゴが今の状況を何故なんだと問いかけているのが分かった。
味方である筈の2人に銃口を向けられていることが、奴には相当頭に来たんだろう。

「落ち着けよ、何もドラキュラみてぇなツラすんなって・・・」
俺もあまりに苛立ったのかボソッとつい漏らしちまったが,却ってディオゴの怒りを買うことになってしまった。

「※9 Håll käften!!Vad säger ni ?!
Tala Alfheim ! Jävla skalle !!」
ディオゴが俺の一言にブチ切れて怒鳴り散らしていることだけは分かった。
一旦、マシになった筈の状況はより最悪な方向へと逆戻りだ。心底、自分の軽口を呪ったよ。奴は銃をねじり込むように俺の後頭部に叩きつけるかのように押し付ける。あと少しで引き金が引かれ、俺は死ぬんだと思ったよ。

「※10 Sluta pekar mot varandra , 
Alla.Alla sätta dina vapen ner.」
聞き慣れない声のアルフヘイム語が俺の耳に聞こえて暫くして ディオゴが俺の頭に突き付けていた銃を身体から離すのが分かった。
その声は野太くはあったが、貴品と威厳を兼ね備えた・・・まさに紳士っつーか、漢の中の漢っていうのに相応しい声だった。
  
「甲皇国兵よ もう起きてもいいぞ」
その声の主が自分の母国語で話しかけてきたことに驚き、思わず声の方向へ俺は振り向いた。

そこに居たのは2m以上はある大男だった。いや、大男って表現するにはあまりにもデカすぎた。筋肉の節々がゴリラの頭部並に膨れ上がり、それらが寄せ集まって出来た筋肉の大山脈ってカンジだった。手綱を握る手はライオンの頭部ぐらいはあるだろうか、肩幅は巨大な熊ぐらいはある、足は数百年は生きてる大木のようにデカい。
(でッ・・・でけえぇえええええぇえーッ!!)
とにかくでかい、筋肉すげえとしか言えねえ巨人の男だった。
こいつがこの亜人兵とエルフ兵を束ねるボスかと思った。アルフヘイムって国のスケールの巨大さがこれかと俺はビビリを通り越して、亜然としちまったよ。
「我が名はゲオルク・フォン・フルンツべルクだ。」
「ゲオルクだって!? あの傭兵王か?」
「・・・如何にも、まさか私の名を知っているとはな。」
知らねぇ筈が無ぇよ、あのアルフヘイム義勇軍を率いる、あの傭兵王だぜ。義勇軍っつったら,西方じゃあクラウスがいるような連中だ。アルフヘイムに上陸したら、正規軍より義勇軍に注意しろって言われていたぐらいだからな。
「・・・何かお困りの様子だな。今の君にとっては私の素性話よりも、重要な話のようだが・・・」
ロ振りは大山脈みてぇな見た目に相応しい聡明な男だったってのが分かった。ハイランド訛りの甲皇国語だったが、逆にその訛りこそがこの男の聡明さを引き立てているように思えた。


「ああ、そうだ!!」
俺は今の状況を射精の如く洗いざらいぶちまけた。戦って敵うような面子じゃねえ!!とにかくこっちに敵意が無ぇことを分かってもらうしかなかった。戦場で何言ってんだって思うかもだけどよ。
ゲオルクは俺が言ったことを
ディオゴ達に通訳してくれた。
アルフヘイム語は全く分からねぇが、69号よりはかなり流暢だったってのは分かった。何せ傭兵業を業にしているハイランド王国の王だ。各世界に得意先が居るんだから、アルフヘイム語ぐらい話せて当然ってワケか。ハイランド王国の識字率と語学教育が世界一って理由が分かったような気がしたよ。ゲオルクとのやり取りで此方も大体の状況は理解できた。どうやら、ディオゴはモニークの実の兄らしく、そのモニークの亡骸をダニィがキャンプから持ち出したのを追ってきたらしい。
だが、ダニィがモニークの墓を掘ろうとしていたのはディオゴも知らなかったらしく、事情を知ると彼はダニィを抱きしめた。戦時中だ、遺体なんざ何処へ行ったってゴミの様に焼かれちまうのがオチだ。だが、ダニィは愛した妻モニークの遺体がそんな風に扱われるのが堪えられなかった・・・心の底から愛した女だったから・・・それだけは許せなかったんだ。
「Dannie・・・ DANNIE!!!」
もはや意識の無くなったダニィを
ディオゴはとてもとても愛おしそうに抱き締めた。兄として嬉しかったんだろうな。これ程まで妹を愛してくれた義弟の深き愛に、ディオゴは涙してたよ。

「Mio...mio fratello Dannie, 
Sono molto orgoglioso di te. 
Grazie per aver amato la mia sorellina Monique.
Ti amo in fondo del mio cuore...」
ゲオルクに聞いたよ。何て言ってるのか・・・ ゲオルクも涙を堪えながら訳してくれた。
「偉大なる我が弟ダニィよ・・・お前の兄でいられたことを誇りに思うぞ・・・モニークを・・・俺の妹を・・・愛してくれて本当に有り難う・・・!! お前を心の底から愛している・・・!!」
ガザミもアナサスも泣いていたよ、
俺も思わず泣いちまったよ。言葉が違ったって、国が違ったって、愛は偉大なんだって俺は知ったよ。

ディオゴはダニィをガザミに託すと、ゲオルクの腕を引っ張って彼と共に俺の正面に立つと、両手で俺の右手を握り締めた。
「Jag tycker verkligen synd om min upprörande björntjänst till två av er, kommer jag att vara mycket tacksam för två av dig i hela mitt liv.」
俺の右手を自分の額につけ、ディオゴは涙ながらに何かを訴えていた。
「何て言ってるんだ? 傭兵王。」
「先程のあなた方に対する無礼を心の底から恥じている・・・あなた方の御恩は決っして忘れぬと言ってる。」 先程の暴君振りなど、そこには微塵もなかった。
「何言ってんだよ・・・気にすんなって。」
事情が事情だ、勘違いされても仕方無かったろうし、とてもディオゴを責める気になどなれなかった。だけど、ディオゴにとっちゃ一生の恥だったんだろうな。よく仕事で会う時には毎回謝られるし、何かと良くしてくれるんだ。付き合い長ぇのにずっと敬語で話しかけてくるんだから、背筋が痒くて仕方が無ぇよ。
で、その後なんだが傭兵王ゲオルクが馬に積んでいた棺を下ろしてきてくれたんだよ。モニークの棺だっつってなぁ。その棺の中に、意識取り戻した69号も加わって皆でありったけの花を摘んで敷き詰めてやってな・・・言葉の壁とか種族の壁とかあったけど、皆が皆一つになってモニークを弔ってやったんだ。

ツィツィさんに懐抱してもらってたダニィが目を覚ましてな・・・皆してモニークの墓見せてやったんだ。
ダニィは・・・笑っていたよ。
言葉なんて要らなかった、表情だけで充分だったよ。きっと、嬉しくて嬉しくて仕方が無かったんだろうな。あんな美しい笑顔見たことがねぇ。惚れちまいそうだったよ。モニークがダニィを・・・愛した理由がようやく分かったよ。アンタ(マルネ)があいつを愛した理由もな。

その後、俺達は手をとりあって別れたよ。互いがとっていたのは敬礼のポーズだったよ。次、会う時が戦場にならないことを俺達は祈ったよ。
俺も69号もモニークを共に弔ってくれたことで情報も吐かされずに解放されたよ、俺達もディオゴ達のことは何一つ話さなかったよ。
あの事件以来だったかな。俺達の心のどこかでこの戦争は間違っているという気持ちが芽生えたのはな、69号は戦争が終わるまで堪え切れなかったんだろうか・・・その後、軍団長に逆らって懲罰兵にされちまった。69号ってのはそん時の呼び名だ。

こんなとこだ、やっぱり過去を打ち明けるってのは悪くねえな。
あくまでも個人的な意見だが・・・
人は過去無しじゃあ生きられねぇもんだ、どんなに辛い過去だろうが、楽しい過去だろうが、無かったことになんて出来ねぇんだ。だからよ、たまには過去を振り返ってやれ。
今の自分があるのは過去のお陰なんだからよ。過去の自分を責めるかもしれねぇ、だけど許してやれ。過去の自分を。
自分の現在も、未来もきっとそこから始まるんだから。

ーアルフヘイム語の訳文をここに記すー
※1 ダニィから離れろ!!
※2貴様ァ~ッ!!
※3よくも俺の弟を・・・! 許さねぇ!
※4 銃を下ろせディオゴ!! そいつらは捕虜にする・・・撃つんじゃねぇ!
※5 甲皇国の犬共め!
おまえらだけは確実に殺す!
※6 ディオゴ、そいつを撃ったらアンタを射つ!!
※7 ディオゴ・・・止めろ。アンタを撃ちたくはない。
※8 誰に銃を向けてやがる・・・!!
※9 黙れ!!何言ってやがンだ!!アルフヘイム語で喋りやがれ!!ガイコツ野郎!!
※10 そこまでだ、全員銃を下ろせ

       

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Neetsha