Neetel Inside 文芸新都
表紙

黒兎物語
65 裏切りの報復

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メゼツ兵団との激しい戦闘により消耗の激しい黒兎人族の兵士たちが休息をとる中、白兎人族の兵士達は彼等を守るように陣地を確保していた。ディオゴとヌメロがノースハウザーと共に裏切り者の炙り出しのための会議を終え、ネロと思しき白兎人兵 「コンラッド・ブルーアー兵長」の捜索を開始してから発見までは時間を要することはなかった。
「あァ、ブルーアー兵長なら3分前に交代したばかりですね。喫煙所にでも居るんじゃあないですか?」
「ありがとう」
コンラッド・ブルーアー兵長の所属している第2分隊長に礼を言うと、ノースハウザーはディオゴとヌメロのもとに戻る。
「ネス兵長は仮眠所に居るらしい・・・すまないが、ここからは私に任せてくれないか? もし彼が君達の知るネロだとしたら 君を見た途端に激しく抵抗しかねない。」
「・・・初めからそのつもりです 曹長 」
ディオゴはノースハウザーを気遣うように肩を叩いた。
「コンラッドはいい部下だと信じていたのだが・・・嘘であってくれと祈るしかない。」
身内に裏切り者が出て内心相当ショックだったのだろう、ノースハウザーの兎耳は紫色に染まり、血色を失っていた。
「・・・すまないね」
「らしくありませんよ 曹長」
ノースハウザーは元々ディオゴが白兎軍に所属していた時の元上官だった。ディオゴに軍人として基礎を教え込んだのも彼だ。モニークをレイプしたアーネストに復讐するために基地へと乗り込んだ時、背を押してくれたのも彼だ。そんな師と言える存在のノースハウザーの狼狽と動揺を隠せぬ姿にディオゴ自身も悲しくなり思わず、叱咤するように言ってしまった。
「・・・まったくだ、歳は取りたくないものだ。」
弟子とも言える存在のディオゴにハッパをかけられ、ノースハウザーも自身の老いを悟るかのように悲しく呟いた。
ノースハウザーは元々ディオゴが白兎軍に所属していた時の元上官だった。ディオゴに軍人として基礎を教え込んだのも彼だ。モニークをレイプしたアーネストに復讐するために基地へと乗り込んだ時、背を押してくれたのも彼だ。そんな師と言える存在のノースハウザーの狼狽と動揺を隠せぬ姿にディオゴ自身も悲しくなり思わず、叱咤するように言ってしまった。
「ここで待っていてくれ、話をつけてくる。」
ノースハウザーは単身喫煙所へと入っていった。
「・・・大丈夫ですか? 彼に任せても」
ヌメロが心配そうにディオゴに尋ねる。味方だとは言え、ノースハウザーは白兎人族だ。もしかしたら、匿って逃がすんではないかと心配になる。
「大丈夫だ、曹長を信じよう」

そう言い終えるのを待たず、喫煙所
からノースハウザーの声が聞こえてくる。
「ブルーアー兵長 話がある」
ノースハウザーが言い切ろうとしたその時だった。
「ぐあッ」
男のうめき声と同時に喫煙所から数発の銃声が鳴り響く。
「!!」
喫煙所にディオゴとヌメロが雪崩れ込んだ時にはその場にうずくまるノースハウザーと2~3名の部下の死体があった。そして同時にその光景を作り出した元凶であるコンラッド・ブルーアーの姿があった。
「・・・ネロ!!」
コンラッド・ブルーアー・・・いや、ネロは幼なじみのヌメロを見ると大層驚いた様子で目を見開き、その額目掛けて発砲した。だが、すんでのところでディオゴに背中を引っ張られ、部屋の外へとひきずり出されたお陰で辛うじて難を逃れた。
「クソッ!」
ディオゴが48口径の拳銃を取り出し応戦するが、ネロはそれを寸前で見切りながら応戦し、その場から逃亡した。
「黒兎人族が裏切ったぞー!!」
ネロは周囲の白兎人族を呼び寄せようと大声をあげると、林の方向へと逃げていく。
「待て!!ネロ!」
ヌメロは逃げるネロを追ってかけ出していく。
「曹長!!曹長!」
ディエゴは倒れるノースハウザーを抱き起こし、容態を確認した。
「・・・私のことはいい 早くコンラッドを」
ノースハウザーの右胸からは血がドクドクと染み出している。急所ではないが、失血死の危険がある。
誤報を聞きつけ、怒り心頭の白兎人族が襲い掛かってくる。
「こっちじゃない!裏切り者はあいつだ!」
ディオゴは怒り心頭の彼等を押しのけようとするが、味方である以上
手荒な真似が出来ず、行く手を妨ぎられてしまう。
「バカもの!!どけ!」
話の分かる空気でもなく、ディオゴはつかみかかる兵士達を振り解くと、そのまま駆け出して行った。
最悪、ノースハウザーは放っておけば兵士達が手当てしてくれるだろう。だが、ここでネロを逃がせば敵に情報を漏洩される危険がある。
ディオゴは先にネロを追うべく駆け出して行ったヌメロを追って林へと飛び込んだ。

「ネロッ! ネロー!」
ヌメロのネロを呼ぶ声が悲しく林に響いた。だが、それでもネロの足は止まらなかった。

「止まれ!!ブルーアー!」
いつの間にか先回りしていたディオゴがネロに銃を向け、制止させる。
ネロも負けじとディオゴを撃とうと銃を向けたが・・・
「銃を下ろせ!!ネロ! 」

間一髪でヌメロが到り着き、ネロに向かって銃を向ける。
「終わりだ・・・ブルーアー おまえの正体はバレた。」
どうか人違いであって欲しいとヌメロはネロではなく、ブルーアーの名を呼んだ。ブルーアーは不敵に笑いながら、ディオゴに向けていた銃を上方へ向けると振り返りヌメロを眺めた。
「・・・なら俺は誰だ?」
そう言いながら ヌメロに微笑みかけるネロの口元には本来の白兎人なら無いはずの発達した犬歯が覗かせていた。彼が黒兎人族であることを証明していた。白兎人になりすますためにあまり笑わずにいたのだろう。久々に動かす表情筋が不自然に震えている。
「・・・ネロ」
ヌメロは突きつけられた現実に思わず、目を背けたくなり思わず目を閉じた。
「久しぶりだな、ヌメロ。」
「ネロ・・・」
ヌメロは幼なじみが裏切り者だと信じたくはなかった。無言であったが、その顔には嘆きの悲しみが刻まれていた。
「幻滅したって顔だな・・・まあいい。ヌメロ、おまえが俺に何を期待しようと勝手だが、おまえの理想像を俺に押し付けるのはやめろ。 俺はおまえが思っているような人物ではない。」
幼なじみに裏切られ、ショックを受けるヌメロの顔を嘲笑いながら、ネロは言う。
「君が裏切ったと信じたくなかった」
「裏切る? 最初に裏切ったのはそっちだ。俺はその借りを返しただけだ。」
ネロはヌメロが裏切りという言葉の意味を取り違えていることを責めるかのように言い返した。ネロの言葉には激しい失望と そこから来る怒りと悲痛な叫びが滲み出していた。
「生まれた時から一緒だった
親も兄弟にも・・・!
苦楽を共にした友人にも・・・!
俺は裏切られたんだ・・・体の色が変わっただけで・・・! そんな理由で俺を裏切ったあいつらをどうして守らなきゃならないんだ?」
ネロは湧き上がる怒りをヌメロに向け、ただひたすらぶつけていた。
怒りに満ち溢れたその表情だったが、その目は辛く悲しく泳いでいた。涙こそ流れはしなかったが、その言葉一つ一つが涙のように流れているように感じられた。

「ヌメロ・・・すまない。君がどれほど苦しんでいたか分かっていた筈なのに・・・俺はそんな君を救ってやることすら出来なかった・・・どうか許してくれ。」
ヌメロはネロの痛みを噛み締め、ただ謝ることしかできなかった。
救いの手は何度でも差し伸べたつもりだった、だがそれが本当にネロのためになった訳ではなかった。
ヌメロはただそれが悲しくて悔しかった。
「・・・別におまえを恨んじゃあいないさ。少なくともおまえは俺を気にかけてくれたからな。ただ、おまえは俺の正体を知っている・・・生かしておくにはいかない。」
その瞬間、ネロは持っていた銃をヌメロに投げつけると両手の袖の下に仕込んでいたブレードを出し、ヌメロに襲い掛かる。
いつもなら投げつけられた銃など瞬時に見切ってかわせる筈のヌメロだった。 だが 幼なじみの言葉を受け止めすぎたヌメロにはかわすには体も心も重すぎた。 ただヌメロはネロのブレードを受け止め、防御する以外になかった。ヌメロの腕の体毛に潜んでいた鈎爪が外へと飛び出し、ネロのブレードを火花を散らしながら受け止める。
「ヌメロ!」
ディオゴは背後からネロに襲いかかろうと試みた。だが、ネロはヌメロの鈎爪を押し倒そうとしながら、後ろ蹴りをディオゴの腹に叩き込んだ
「ごふあッ」
ネロの蹴りがディオゴの腹に食い込む。兎面のネロの蹴りは強烈だ。いつかメゼツの攻撃を喰らったヌメロのようにぶっ飛ばされながら木々をなぎ倒していった。
「げはッ」
兎面の兎人族による強烈な蹴りを喰らいディオゴは痛みに身をよじり悶え苦しみのたうち回っていた。
人間面のディオゴの腹筋は見た目は人間そのものだが内部は兎人族の凄まじい筋力に耐えられる構造になっている。だが、それでも兎面ともなればやはりダメージは大きい。殴られる瞬間に腹筋を硬直させたが、それでも深刻なダメージを受けた。

     

「おまえらと同じ血が流れてると思うとゾッとする!! 俺にとっての過去は拭い去りたいものにすぎない!
だが いつまでも おまえが俺にしがみついてくる!! 削っても削っても生えてくるこの牙と同じだ!!」

ネロはブレードを振りかざしながら、ひたすら叫んだ。見た目こそ
白兎人族そのものなのに、叫んで開くロからは黒兎人族特有の鋭く尖った牙がその姿をさらけ出していた。
その姿は怒り狂ったディオゴを見つめている時と同じ、ただの黒兎人そのものだった。
だが、どんなに過去を拒絶しても 彼の身体に刻まれた過去がそうさせてくれないのだ。

「……ネロ」

「ウシャぁぁあああああああああああああ―――ッッ!!」
怒りのあまり、ネロは黒兎人特有の口蓋音の叫びをあげた。
コウモリの血を引く黒兎人族だからこそ出せる耳を突き刺すかのような
その叫びがヌメロの心には嘆きの叫びに思えてならなかった。

「今を生きたいと願っても 過去に縛られる俺の気持ちが分かるのか!!」

ネロが空中で魔文字を描くと、その魔文字から巨大な煙幕が噴き出していく。
その煙幕を拭ってネロは突如としてブレードを突き立てようとするが、
それを遮るかのようにヌメロはその刃を鉤爪で防ぐ

「ネロ……!!俺にそんな小細工は通用しない!!
君と俺が同じ師匠の元で修行したことを忘れたのか!!」

「フ……俺が考えることはおまえも考えてるとでも言いたげだな……
だが、忘れるな。生き方だけはおまえとは違う……
過去に恵まれたおまえとはな……!!」


ネロがヌメロの鉤爪をなぎ払うかのように振り払う。ヌメロの鉤爪からは火花が砂のように飛び散っていった。
ネロのブレードとヌメロの鈎爪が散らす火花がまるでネロの嘆きの涙のように思えた。

「おまえたちがフローリアの地を踏むことは無い!!
あの方のためにもおまえたちにはここで死んでもらう!! 」
「あの方・・・?」

感情が昂ぶり、思わず口にしてしまった言葉にふとネロは我に返った。

「……お喋りが過ぎたようだな。だが、もう遅い。準備は整った。」

そう言うと、ネロは空中で魔文字を書くとその中心を指で突いた。
突いた瞬間に、黒兎人族や白兎人族が居た陣地の方で大爆発が起こる。

「……な……!!」

爆発があった方向を一瞬で察知してしまったためか、ディオゴの身体から身をよじるほどの痛みが引いていく。

「あははははははは!!
目障り極まりない黒兎共も、それに協力する裏切り者共も同時に始末出来た……
次はおまえだ!」

笑うネロの背中に、突如としてディオゴの拳が飛び込んでくる。
ディオゴの怒りのあまりか、果てはネロの優越感からの慢心ゆえか
本来ならネロとて人間面のディオゴの攻撃などかわせる筈だった。

「ぐっ!!!」

牛の背中のコブのように膨れ上がったディオゴの腕から繰り出される攻撃を受け、
ネロの右腕がバキバキと音を立てて捻じ曲がる。
同時に砕け散ったブレードの破片がその場に桜吹雪のように舞い散った。
元より、兎人族は素早さこそ他の獣人族の中でも追従を許さないが、防御に至っては人間に毛が生えた程度しかない。
よって、喰らった攻撃がそのまま致命傷となる可能性だってある。
ダニィやザキーネのような戦闘員タイプではない兎人族ですらも、脱ぐとかなり筋肉質な身体をしているのは
少しでも喰らった攻撃に耐えられるように 頑丈な身体を作ろうとした進化のためである。
だが、筋肉で耐えられる攻撃などたかが知れているし、不意をつかれればひとたまりもない。
ましてや、怒り狂ったディオゴの拳なのだからネロの身体でも大事に至ることは誰の目に見ても明らかだった。
ネロもとっさにディオゴの攻撃を防いだが、受けた方の右腕からは骨が飛び出し、骨を突き刺した肉塊となっていた。
続いて襲いかかろうとするディオゴに向けてネロは残った左腕で魔文字を描く。
魔文字からネットが飛び出し、ディオゴの身体がネットで包まれる。

「ぐわがあッ!!」

ネットで包んだとはいえ、飛びかかるディオゴの身体の推進力を止められる筈もなく、
ネロの右腕に身体が大きくかする。

「ぐおおおッ!!!」

肉塊と化した右腕にディオゴの身体があたり、ネロはその場にうずくまり悶え苦しむ……


「おぉおおおぉぉおおおのれぇぇぇぇえええええぇぇぇえええええええぇええええ!!!!」

コウモリというより、むしろ野良犬のように牙をむき出しにしたディオゴが
ネットを噛みちぎってネロの喉笛に飛びかからん勢いで暴れ回るが、
暴れれば暴れるほどネットはディオゴの身体にまとわりついて解けない。

ネロは砕けた右腕を魔文字で治癒しながら、無気力に突っ立っているヌメロを見つめる。

「ネロ……」
自分の名を呼ぶ自分を悲しげに見つめるヌメロの眼差しに負い目を感じてか、
ネロは押し負けたように俯く。

「いたぞぉおおおお――――ッッ!!」
駆けつけた白兎人族の兵士たちが現れるのを確認すると、ネロは韋駄天の如き神速で夜の闇へと消えていった。


「待て!!ネロ!!」
追跡しようとするヌメロだったが、咄嗟に白兎人族におさえつけられてしまう。

「裏切り者め…よくもノースハウザー曹長を……!!」
どうやらまだネロの言葉を間に受けてヌメロとディオゴを裏切り者と思い込んでいるようだった。

「このッ……暴れやがって!!この野郎!!」
ディオゴもネットに全身をまとわりつかれながらも必死に立ち上がる。

「どけぇぇえええぇぇえええええ!!きさまらぁぁあああああああああ!!!」

取り押さえようとする白兎人族の兵士たちをなぎ倒そうとするが、
麻酔針を身体に数十本受けると、次第に動きは鈍くなり、
そのまま地面に引っ張られるかのように倒れていった。

「離せ!! 俺たちは裏切り者じゃない!!」
必死に振りほどこうとするヌメロの頭に床尾板打撃が与えられ、ヌメロは昏倒した。

「……がッ」

意識を失っていくヌメロだったが、それでも出た言葉はただ一つだった。

「……ネロ」

もう見えなくなったネロの背中へと手を伸ばし、ヌメロは意識の奈落へと落ちていったのだった。

     

 「うぅ……」
ディオゴとヌメロが目覚めた時……彼らは爆発した陣地の近くに運び出されていた。
また、あの深い奈落から少しずつ浮かび上がってくるような
あの嫌な気分だなとディオゴは思った。

「ディオゴ……」
そう言って目覚めたディオゴを覗き見るのはガザミであった。

「姉御……」
ディオゴは起き上がろうとするが、腰に違和感を覚え、驚いて思わず
元の位置に倒れ込んだ。

「無茶すんな……コルセットで固定してるんだ。」

「あぁ……クソ……」

裏切り者のネロに強烈な後ろ蹴りを食らっていたことを思い出すと、
あの捻れるような痛みがフラッシュバックしてくる。
フラッシュバックと同時に咄嗟にディオゴは金玉を触った。
あの腹痛が金玉を蹴られたことによるものでないことを無意識の内に再確認していた。
繁殖力と性欲の強い黒兎人族にとって、金玉を潰されることは死よりも辛い拷問である。

「……ふぅ」
安堵したのかディオゴは思わずため息をついた。

「……ヌメロは……? ノースハウザー曹長は?」

「ヌメロはただの脳震盪だ……包帯巻いてる。ノースハウザーは
撃たれちゃあいるが、急所は外れた。今はモルヒネで眠っている。」

「……そうか」

「ノースハウザー曹長はアンタたちが裏切り者じゃないことを話してから
気絶したよ……全く最後まで部下想いのおっさんだよ」

ノースハウザー曹長の好意にディオゴは少し微笑んだ。
彼は白兎人族ではあるが、ディオゴにとっては人として信頼できる人物だ。
やはり、彼までも裏切り者でなくて本当に良かったとディオゴは胸をなで下ろした。
現状をまだ掌握しきれていないディオゴがガザミから事情を掌握しようとしていると、
そこに何やら兎人族の怒鳴り声が聞こえてきた。

「どけぇい!!」
その声と一緒にディオゴの額に銃を突きつけ、やってきたのはオーベルハウザー将軍であった。
彼は、ノースハウザー曹長の上官にあたる。フローリアに亡命した白兎人の将軍で、
フローリアが脅かされると知り、同じく逃げ延びていたノースハウザー曹長の部隊を
ディオゴたち黒兎人族の部隊に合流させた。

「……この裏切り者め!!よくもノースハウザーを……!!」

どうやら現場に着いて間もないのだろう。
状況を掌握しきれていない将軍に周りにはヌメロたち率いる黒兎人族の兵士数名と、
ノースハウザー曹長の部下たちが群がり、将軍を制止しようとしていた。

「……状況をお分かりでないようですな……将軍閣下。
今回の失態は……私に責任が無いとは言い切れませんが
裏切り者という言葉には我慢がなりませんな……私は裏切られこそしたが、誰かを裏切ったことはない……!!」

ディオゴはオーベルハウザー将軍の突きつける拳銃を今にも噛み砕かんばかりの
眼光で激しく睨みつけた。

「そもそも、裏切り者のネロこと、コンラッド・ブルーアーは、貴方の部隊に既に潜り込んでいた……
あなたが兎人族の里を棄て、フローリアへと逃げ落ちる途中で
入隊希望者を募った時が2~3度あったことは曹長から聞いている……
ブルーアーはその時のいずれかに潜り込んだ……!
奴は裏切り者のザキーネの息が掛かった者だ……そのことを見抜けずに貴方は
まんまと懐に侵入を許した……!! その結果がこれだ……!!
貴方の部下だけでなく 私の部下も死んだんだ!!!!!」

ディオゴは怒りのあまり、痛みを忘れて起き上がっていた。
将軍に殴りかからんばかりの勢いで噛み付こうとしたディオゴを思わず
ガザミとヌメロが取り押さえる。

「貴様……ぁ……上官に対してなんという口をきくのだ…!!」
「貴方の指揮下に入った覚えはない!! 
そちらが一方的に私のことを咎めるなら、私にもそちらを咎める権利がある!!!!」

部下を殺され、激怒するディオゴに将軍は思わず苦虫を噛み潰したような顔で去っていった。

「ディオゴ様……将軍閣下にあんな口を聞いては……」

「……フン!敵が祖国に攻め入った時に真っ先に
逃げ出したあんな腰抜けに責められる筋合いなどない……!」

ディオゴの怒りは、ヌメロや他の白兎人族兵士も理解していた。
だからこそ、兵士たちはディオゴの反抗に内心エールを送っていた。

「……ネロのヤツめ 何を企んでこんなことを……
奴はあの方のためと言っていた……しかもフローリアの地を踏むことはないと……
奴が俺たちをフローリアに立ち入らせたくない理由はなんだ?」

「ディオゴ!」

ガザミが制止する。

「……あんまり深く考えるな。もうすでにレドフィンたち竜人族は出発した。
ゲオルクたちも直にここに来る。来たら直ぐに出発だぞ。」

「ちょっと待て……俺が寝ている間にもうそんなところまで
戦況が悪化してるのか!?」

「……不甲斐ないって言いてェのか?
んなに自分を責めるな、その分お前さんたちは
メゼツ兵団を止めてくれたじゃあねぇか……正直奴らがフローリアに踏み込んできたら危うかった……」
それだけでも十分だ。」

ディオゴはガザミの言動に不審感を抱いていた。
この女は何か隠していると……

「……ガザミ」

「ん?」


「ヌメロと2人きりにさせてくれねぇか?
今回の裏切り者のネロのことについて話がある。」

「……ああ」

何か探られたのかとやや冷や汗をかいていたガザミの表情から
ガザミもどうやら自分たちをフローリアに行かせたくないのだろうという
目星はついた。後は、そこから導かれる答えを探すだけだ。

「ヌメロ……ここからは黒兎語で話す。」

「分かりました。」

黒兎語は、アルフヘイム語とは独立した言語であり
アルフヘイム人はもちろん、白兎人族でも聞き取ることは出来ない。

(ネロが何故俺たちの足止めをした理由は何故だ……?)

(……おそらくはザキーネでしょう。奴のために人肌脱いだか……?)

(ザキーネの線で見るのが自然だろうが……ただそれならどうして
兎人族の陣地だけ狙った? 甲皇国軍として見るなら、ガザミたちの部隊まで狙うのが当然だろう?)

(何故なのでしょう……?)

(いずれにせよ、俺たちは今回の戦いで護るべき筈のフローリアへの立ち入りを禁止させられている節があった。
ガザミは監視役だろう……俺たちがフローリアの話題を出そうとした途端に
別の話題に移ったりと不自然なことが多かった。何故だ?
おかしくないか……? 相手は丙武軍団だぞ……奴等の手の内を知り尽くしている筈の俺たちが
フローリアに配置されない理由はなんだ?)

(……話がややこしくなってきましたね。ガザミさんが裏切り者なのでしょうか?)

(いや……姉御だけでじゃあねぇな。そもそも、今回の人員の配置を決めたのは
ゲオルクのオッサンだ……奴もこの件には絡んでいる。)

(ゲオルク氏……ガザミ氏……そして、ネロ……敵味方ともに我々がフローリアへと
踏み入ることを拒む理由はどこに……?)

(……ネロ……待てよ。そもそも奴はフローリアに逃げ延びる前に何をしていた?)

(王族警護兵をしていました。ピーターシルヴァンニアン王朝の……セキーネ王子の親衛隊長です。)

(セキーネだと……?)
久々に聞くその名に思わずディオゴの目つきが変わる。

(セキーネからゲオルク……そしてガザミ……セキーネから……ネロ……これらを繋げる要素はなんだ?)

(……ふと思ったのですが……ゲオルク氏のそもそもの活動資金は何処から出ているんでしょう?
ゲオルク氏に活動資金を与えるエルフはダート=スタンのみ……彼の保有資産からは想像も出来ないほどの
援軍がここ最近届いています。 それに、ノースハウザー曹長までも我々に援軍として差し伸べられるほどの人物……)

(……そういうことか!!クソッタレ!!あのジジイ……!!まんまと俺をハメやがった!
奴が傭兵だってことを忘れていた……奴の雇い主はセキーネだ……!
きっと奴はセキーネから俺たちを退けるように依頼されたんだ!)

(……ネロもグルだと?)

(ああ そうだ!!クソッタレ!!ネロは元セキーネの親衛隊長だった……!!
今もそのツナガリが死んでるとは限らん!! クソ……!!)

(……どうします?)

(……やるべきことは一つだ)

暫く話し終えるとディオゴとヌメロは部下たちを連れ、部屋から競歩で出て行く。
そう……全てはガザミの元へと向かうために

「おいおい、まだ怪我人だろ?おとなしく……」

「ガザミを拘束しろ……」

ヌメロたち黒兎人族兵がガザミの腕を縛り上げていく……
その縛り上げられたロープに、ヌメロが何やら魔文字を描くと
ロープが鋼鉄の手錠へと変化していく。

「おい!ちょっと待て!!なんの真似だ!これは!!」

「それはこっちの台詞だ……姉御……信じていたのに……!
よくも……」

「何の話だよ?」

「誤魔化すな!!」
ディオゴは思わず、ガザミの頬を拳で殴る。
女だとはいえ、相手は蟹人族だ。平手打ちでは到底堪えないと判断したのもある。
だが、今のディオゴからすればたとえ女でもガザミを拳で殴りたい気分だった。

「セキーネに雇われて俺をフローリアから遠ざけるつもりだったんだろ!!
ネロはそのために忍び込ませたスパイだろう!!」

ガザミの顔が真っ青になっていく。図星といった表情だ。

「……っ……違う」

「とも言い切れない顔だな。しらばっくれても無駄だ……
俺をフローリアから遠ざけるために、俺の部下までも殺し……
ノースハウザー曹長までも巻き添えにしたか……!!」

「違う!!誤解だ!!ディオゴ!!」

「……こいつを尋問しろ。俺たちはフローリアへ向け前進する。」

ヌメロはベングリオンナイフをガザミの首筋に添える。
そのナイフを握るヌメロの手の甲には「カミナリ」と書かれた魔文字が描かれていた。

「ぐわがッ……!!」

ナイフを突きつけられ、その場にうずくまるガザミ。
甲皇国によくある小型携帯型のスタンガンをヌメロ流に行っただけのことだ。
ただでさえ、水属性のガザミだ。電撃を喰らえば僅かでも深刻なダメージを受ける。

「……女だろうと容赦するな。そいつが何もかも真実を吐きたくなるまで
痛めつけろ。」

泡を吹き、うずくまるガザミを見下ろすディオゴの顔は鬼のようにシワが刻まれていた。
同じ獣人族同士で馬が合っていた筈のガザミに欺かれていたことが何よりも許せず
ディオゴはガザミを鋭く睨みつけていた。

「……ディ……ォ……ゴ……待って……」

泡を吹きながらもガザミを振り向くことなく立ち去るディオゴ。
その傍でヌメロは再び手の甲に「カミナリ」と魔文字を描くと、
ベングリオンナイフを首筋に添える。

ガザミの意識はそこで途絶えたのだった……

       

表紙

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