ミシュガルドを救う22の方法
19章 太陽の城
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「新皇帝万歳、新皇帝万歳」
メゼツの戴冠を喝采する声が潮騒のごとく響いていた。来賓が次々と祝辞をのべるが、どこか空虚な言葉ばかりが連ねられていく。
皇帝がころころ変わり、変わるたびにどんどん血統が怪しくなっていった。皇帝の権威などとうに地に落ちていただろう。ほとんどの人間が心から祝福してはおらず、嫉妬か利用対象としてしか見られていない。
そんな陰謀渦巻く戴冠式において、一番歓喜してくれたのは父ホロヴィズだった。
「皇帝メゼツよ、陛下ならば丙家の悲願を必ず叶えてくれると信じておったぞ。ワシも老骨に鞭打って復職する所存じゃ」
「あんたにはとっておきの役職がある。あんたにしかできねえ仕事だ」
「なんでも申し付けられよ。宰相でも最高司令官でも陛下の下で存分に活躍しますぞ」
「あんたはメルタの父親をやってくれ」
「なんじゃと!? このバカ息子がああああああああ!!」
ホロヴィズはメゼツの栄達を心から喜んでいたが、要職に返り咲くあては外れたようだ。
実の父を冷遇したのを見て、丙家でなくても皇帝の恩寵を得られるかもと木っ端貴族たちが色めき立つ。玉座にあぐらをかくメゼツの前に恭しく進み出ては、自分の名を必死に売っている。どこどこに領土を持つなにがしやら、偉大な先祖を持つだれだれやら。まったく頭に入ってこない。
メゼツは救いを求めるようにうんちの姿を探した。
「うんち、何遠慮してやがる! そんな後ろにいないでこっちに来い」
皇帝となったが、メゼツはまだ覚えていてくれた。それをうれしく思ううんちはメゼツの御前にはせ参じようしたが、メゼツを取り巻く貴族の子弟たちによって邪魔された。
「陛下、このような臭い魔物とは今後一切関わらぬほうがよろしいかと」
「貴様のような奴にうってつけの仕事がある。さあ、来い」
うんちはメゼツから引き離され、憲兵に連行されていく。
メゼツは遠い人になってしまった。もう共に戦ったり、酒場でくだをまいたり、いっしょに冒険した日々は帰って来ない。うんちは失ったものの大きさからメゼツの皇帝即位を実感した。
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ミシュガルド大陸北部は未開未踏の地であり、甲皇国空軍の装甲飛行船を使った上空からの調査はカールからメゼツへと引き継がれていた。プロジェクトのリーダーである乙空は名前の通り乙家の出身で、旗艦に座乗している。同じ乙家のククイも視察のため同乗していた。
駐屯所より北に100キロメートル。眼下には雪を頂く6000メートル級の山脈。
「今回も中央造山帯の上に厚い雲がかかっていて、ミシュガルド北部の観測は不可能です」
乙空のため息が白く凍った。
ククイは軍服というものが嫌いだったが、さすがに上空の寒さには勝てず防寒性のすぐれた飛行服を着せられていた。息をすることさえ困難な飛行船による探検、深窓の令嬢には厳しいだろうに。乙空による探検終了の具申にも関わらずククイは何度も首を振る。
「あれを見てください!」
物見がメインマストの上から北東を指さし叫ぶ。
なにか新発見があったようだ。
ククイは指さす方向をじっとみつめる。
乙空は微速前進を命じた。
飛行船を近づけるにしたがって、小さな島ほどの大きさの宙に浮いた人工構造物であることが目視から分かった。
乙空は6機すべてを縦一列の巡行陣形から横一列の戦闘陣形に配置換えする。飛行船の生みの親、ゼット伯爵の残してくれた甲皇国空軍は士気旺盛にして練度も高く、すばやく艦隊運動する。
乙空はこちらの射程ぎりぎりの間隔を維持しつつ、伝令用の人工電子妖精で警告メッセージを送らせた。甲皇国の言語で伝わるだろうか。
その心配は無用だった。
「我戦闘の意思なし。所属を明らかにし臨検に応じよ」のメッセージは確かに伝わり、超空の要塞は空中に停止した。
そして蒼空をスクリーンにして映し出された立体映像で返答があった。
「甲皇国陸軍所属、丙武大佐だ。獣神帝の拠点アルドバラン城を奪って凱旋中である」
アルドバラン王の玉座にだらしなく腰掛け、不遜な態度の丙武が映し出されている。
空軍には丙家縁故のものは少なかったが、丙武の戦果と戦利品を知って兵たちは素直に羨んだ。甲皇国男児たるもの丙武のようにありたいと。兵たちから見れば丙家だ乙家だなどどうでもよくて、勇ましい者、強い者に付き従いたいというのが本能だろう。
「甲皇国万歳! 丙大佐万歳!」
「我が艦で歓待しましょう!!」
口々に丙武を讃える兵たちの声で冷静なククイの声はかき消される。
「待ちなさい。丙武の単独行動など報告にないわ。何かおかしい……」
「丙大佐には軍規違反の疑いがある。引き続き臨検を実施しろ」
乙空の命令も一度熱狂した兵たちの耳には届かない。
立体映像の丙武は、そんな狂騒をあざ笑う。
「海軍におけるペリソン提督、空軍におけるゼット伯爵。確かにヤツらは偉大だった。だが偉大すぎる第一人者がいなくなれば、このザマだ!」
訓練で培った規則正しい隊列がぐちゃぐちゃに寸断され、統制を失った一機の飛行船は丙武の城に不用意に近づく。
丙武はこれを見逃さず、玉座のひじ掛けに掘られた古代ミシュガルド文字をなぞる。
「見せてやろう、アルドバランの雷を!!」
太陽よりももっと明るい人工の光。アルドバラン城の主砲から放たれた紅炎が一瞬で飛行船の横っ腹をぶち抜き、はるか後方の山まで削り取ってしまった。
飛行船の残骸は機体を縦にしながら、渦巻く炎とともに沈んでいく。
「ハハ……見ろ! 人がゴミのようだ」
主砲の再充填には時間がかかり、まだ第二射は撃てない。丙武は甲皇国空軍の反撃を封殺するために次なる手を打った。
黒い柱のような上部構造物から光球が放たれる。
特に飛行船の船体にダメージはないように思われたが、乙空はオペレーターに確認した。
「機関部異常なし、浮力嚢異常なし。あっ、いえ、計器に異常電流!? 無線機、ダウン。迎撃システム、ダウン。ピクシー、ダウン」
もう一つの兵隊の本能がさらなる混乱を呼ぶ。
恐怖にかられた兵たちは飛行船を旋回させて戦場を離脱しようと、勝手な行動を始めた。
空軍の兵ばかりか、丙武の行動は仲間内の丙武軍団すら戦慄させた。
軍団の中でまだまともな者が「殿、空軍は甲皇国のお味方ですぞ。この力はエルフを根絶やしにするために使うべきです」と丙武をいさめる。
「バカが。エルフの根絶やしとか眠いこといってんじゃねー。甲皇国とアルフヘイムとSHWが束になっても負ける気がしない。この力さえあれば俺は全世界を支配する皇帝にだってなれる」
丙武はかみしめるようにゆっくりと言い聞かす。
部下たちはまったく理解できなかった。ただ恐怖だけが場を支配した。
「さすがは殿、凡人には考えも及びません」
おべっかを言ってご機嫌をうかがう者や、手のひらを返して甲皇国空軍の無様な姿を笑う丙武軍団。
「うわー。逃げようとして飛行船同士が衝突してやんの。ざまあwwww」
甲皇国の飛行船の防御力はその精密機械に多く依存していて、飛行船自体の強度はない。空を飛ぶために最大限軽量化したハリボテは当然味方同士の衝突を想定しておらず、2機の飛行船はあっけなく沈んでいく。
「旗艦がこっちに突っ込んできますぜ。気でも狂ったのか?」
部下たちは空軍の無謀を笑ったが、丙武だけが乙空を評価した。
「ほう、空軍にも少しは骨のあるヤツがいる。潰走している味方との連携が不可と見るや、単艦で挑んでくるとは。よほど部下たちの練度と信頼に自信があるのか」
乙空の行動が戦場の霧を晴らした。逃げ散っていった飛行船が引き返し旗艦へと続く。それにならって次々と脱落していた飛行船が編隊を組み、壊乱していた空軍は持ち直した。
予想したとはいえ、丙武は歯噛みする。
「ゼット伯爵は死んだが、空中艦隊の性格は死んじゃいなかった」
艦隊はアルドバランの底にコバンザメのようにへばりつき、至近距離から応射する。それでも基底部には弾痕ひとつつかない。
乙空の手腕を評価はしたが、無駄弾を撃つ行為にどれほどの意味があるのか。丙武は首をひねる。
複数の映像で戦況をにらんでいた丙武の目に戦場を離脱する一機の竜戦車が映った。
「艦隊すべてが囮! 情報を持ち帰るたった一機の竜戦車を逃すために……」
画像を拡大し、竜戦車の複座に乗っている人物を見た丙武は嗜虐心をくすぐられる。
「……このアマだけは絶対に許さん」
カールを傀儡の皇帝にする計画がご破算になったのは全部、乙家のククイが裏で糸を引いていたに違いない。カール自身が企みをすべて看破していたことに気づかない丙武は、すべての失敗をククイに結び付けて逆恨みしていた。
本当はそれすらも言い訳に過ぎないかもしれない。
出会ったその日からククイを嫌い続けたのだから。
丙武はこれ見よがしに車いすを使うククイが嫌いだった。
義手義足を使う自分をすべて否定されたようで。
丙家末流よりも裕福な乙家本流のククイならば質の良い義足を買えるのに。使いものにならない足を義足に取り換えずに車いすを使うのは金持ちの道楽か、自分への当てつけに思えた。
ククイを屈服させたい。
丙武は股肱の部下に言い含め、ククイを追わせた。
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2機の竜戦車が複座にククイを乗せた二式竜戦車を追っている。
ククイは空軍の戦力を少しでも残すために護衛を断っていた。急場で判断を誤ったのではないか。ひとり葛藤する。情報を持ち帰り援軍を呼ばなければ、乙空の献身は無駄になる。
自分の無力さを呪う。ハバナのように伝心が使えればいち早く情報を伝えられるのに。
ククイは自分の足で立って歩けないことすらもどかしい。
動力である左翼下の飛竜が撃たれ、機体が左側に傾く。パイロットはゆるやかに滑空しながらリブボーン旧鉱山基地を目指す。
リブボーン鉱山は開拓初期に発見されたため、鉄道が開通していなかった。輸送はもっぱら馬車と飛行船による空輸で、そのための飛行場も完備されていた。
巻きグソのてっぺんのようにとがった、否、肋骨のように鋭い山脈に近づいていく。右に四峰、左に四峰、5、600メートルほどの山間を抜ける。一本グソのような、否、背骨のような100メートルほどの丘陵を横目に不時着した。
鉱山は深部から危険級のモンスターがあふれ出し、甲皇国は維持できなくなってSHWに売り払った。
SHWに渡った後の経緯は分からないが、跡地とは言え管理している人間がいるかもしれない。
パイロットは竜戦車を閉山された炭坑に隠し、ククイの車いすを押して人を探した。
墓標のような無数の鉄柱が突き刺さり、鉄柱と鉄柱の間に橋が渡されている。橋を渡りきるとさえぎるように兵舎が建っていた。兵舎には歩哨すら立っておらず、隣の労働宿舎もゴーストタウンと化していた。白骨化した遺体のほかは生きた人間の気配はない。
めぼしいものがないかとモンスターに荒らされた売店を散策するが、使いものにならないガラクタばかりが散乱している。
「さがってください」
パイロットは拳銃を引き抜き、カウンターの奥にじっとしている魔物に向けた。大型犬ほどの大きさのカエルが陰の中にたたずんでいる。
「その魔物は危険程度のタエル。危害を加えると自爆するからかえって危険よ」
「では、撃たないほうがいいんですね」
「いえ、発砲を許可するわ。自爆すれば狼煙の代わりくらいにはなるでしょう」
「しかし、それでは追手に気づかれはしないでしょうか」
「一刻も早く情報を持ち帰らなくてはいけないわ。乙空が時間稼ぎしているうちに」
丙武が甲皇国空軍にまで牙をむいた以上、早急に対策を練らねばならない。アルドバランという機動要塞を手に入れた丙武は何をしでかすか分かったものではなかった。
安全策をとっている時間はない。これは賭けだ。
パイロットはククイの決意を察して、タエルを撃った。
タエルは微動だにせず、背中が水膨れのように膨らんだだけ。
パイロットはククイの車いすを引きつつ、売店の外から二発三発と撃ち続ける。
タエルの体は牛ほどの大きさにはれ上がり、限界が近づいているようだった。
パイロットは十分距離を取り、とどめの一発を撃ち放った。
爆風が屋根を跳ね飛ばし、売店は跡形もなく消し飛んだ。
ススが舞い上がり、黒煙が立ち昇る。
ククイはせき込み、目をこすりながら待つ。煙に気が付いて甲皇国軍の誰かが駆けつけてきたときに、丙武の反乱を伝えなければならない。
砂ぼこりが薄くなり、二人の人影が近づいてくる。
残酷にもククイの賭けは裏目に出た。
近づいてきたのは追手のほうだ。
パイロットはすぐに拳銃を引き抜き、迷わず引き金を引いた。
撃鉄が空振りするかすれた音だけが鳴る。弾切れだ。
先に銃弾を発射したのは追手のほうだった。
「早く……お逃げ……くだ」
のどを撃ち抜かれながらもパイロットは最期までククイを案じて死んだ。
ククイは逃げるわけにはいかなかった。まだ爆発の煙を見て誰かが駆けつける可能性をあきらめてはいない。なるべく時間かせぎをする必要があった。
「あなたち、丙武の反乱に加担するのはおよしなさい。今からでも甲皇国軍に原隊復帰するならば、罪には問いません。乙家が保障いたします」
追手の体格の良い男は体をゆすって大笑いした。相棒の小男は銃口をククイに向け、不機嫌そうに答える。
「嬢ちゃんよー、何か勘違いしてねーか。命乞いするのは俺たちじゃなくて、あんたのほうだ。心優しい丙武さまはあんたが『おねがい、私のぐちょぐちょな下の口にあなたのたくましい肉棒突っ込んでかき回して』って言うだけで見逃してやるっておっしゃってるぜ」
ククイは考えた。ただ一度自分が恥を忍び誇りを汚すだけで、この場をやり過ごすことができると。
「おねがぃ、ゎ……」
だめだ、どうしても声が出ない。
「なんだってぇ。聞こえねーなー」
大男は下卑た笑顔を近づける。
「お高くとまりやがって。まだ、わかってねーよーだなー」
小男は車いすの背もたれに鎖を巻き付け、乗ってきたバイクに結び付けながら言う。
そして2台のバイクで車いすを後ろ向きに引きずった。
バイクは徐々に加速していき、目の前の景色が飛び去っていく。
「さあ、どこまで耐えられるかな」
さらにバイクは急加速し、引かれていく車いすの車輪は壊れたように回転している。
遠ざかる煙を見つめながら、ククイは狼煙がわりの煙から離れてしまうことのほうを心配していた。だからためらわず車いすから身を投げ出した。
土煙をあげながら転がる。頭だけかばって、ククイはかろうじて意識を失わないでいた。足に走る激痛で、半身不随はまぬがれたことを知る。
だが今までしてきた歩けるようになるためのリハビリは、またゼロからのやり直しになるだろう。
それでも無駄ではなかったかも知れない。ククイは2本の足では立てないが、車いすなしで自立している。追手から逃れるため地面をはいつくばってでも情報は持ち帰る。全身の痛みを使命感で押さえつけ、傷口を泥で汚しながら。
バイクの駆動音が近づいてきていた。戻ってきた大男がなくしたおもちゃでも見つけるようにククイを探している。小男が先に見つけ、ククイを指さした。
と、そのときだ。
小男の頭が破裂する。
大男が気づいて、発砲音のした方に銃を向けたがもう遅い。銃を構えたときには頭が吹き飛んでいた。
ククイは煙を見て駆けつけてくる誰かを思い描いてはいたが、本当にカールが来たことに驚きを隠せない。
ところがカールの様子はいつもと違う。すでに死体となっている大男と小男の頭であった部分に執拗に銃弾を撃ち込んでいる。
「情報将校さんはお耳が早いだけでなくて、千里眼でも使えるのかしら」とククイが軽口を言っても無反応で、目の前のカールはおどおどして言葉も支離滅裂だ。
「なぜ、慢心した! すぐに皇帝の座を手放したから、平気だと……ククイとは距離を置いていたから、安全だと……」
肩を震えさせながら、自身を責め悔いている。
おびえたカールの目を見て、ククイは思い出した。かつて短い少年時代の終わりの日。母が亡くなってから、カールは子供であることをやめなければならなかったことを。
ククイにはカールが落ち着くまで震える肩を抱き続けることしかできない。
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うんちは憲兵によって甲皇国駐屯所のすぐ東を流れる銀の河につれてこられていた。
川は赤く濁り、腐った肉のような悪臭を放っている。
入植が始まった二年前は日に照らされた川面が銀色に輝く美しい川だったはずである。人の手が入るだけでこうも変わってしまうものだろうか。
「早く川に入って川底をさらってこい。くっさいお前にはお似合いの仕事だろ」
憲兵が嘲笑する。
忘れていた。
差別しなかったヤー・ウィリーやほおずりしてくれたおじさん、うんちに良くしてくれた人は少ない。
メゼツと出会って、臭いを気にしない仲間が増えていったけど。
でも自分が変われたわけじゃなかった。
己は魔獣のうんちにすぎない。
うんちは言われるままにとぼとぼと川へ身を投じた。
水温は生ぬるかったが、心は冷え切っていくようだ。
潜ってみたところで、視界は朱に染まり何も見えない。川底に近づいてじっと見つめてから、ぎょっとした。
水を吸って一回り膨らんでいたが、人の形をしている。いや、過去形で語るべきかもしれない。半分ほど魚のエサになって原型をとどめない遺体もある。人間の遺体と亜人の遺体が癒着しあって、混然一体となった奇妙な形のものもある。
川底に折り重なる無数の遺体が水の流れをせき止めていた。
銀の河は上流でテレネス湖と繋がっている。テレネス湖遺跡を探索したとき、甲皇国軍とエルカイダの間で激しい戦闘が繰り広げられた。遺体はそのときの死傷者で、川下まで流れ着いたのではないだろうか。
なるべく冷静さを保ちながら考察していたが、限界だった。
気が遠くなる。
「おい、しっかりしろ」
ずいぶん長いこと会ってなかったような懐かしい声だった。
銀の河までうんちを追ってきたメゼツが、腰まで川につかりうんちをすくい上げた。
「おやめください、汚らわしい!」
「自ら川に入るなんて自殺行為です!」
河原で臣下たちが大騒ぎしているが、誰も川まで入って止める者はいない。
メゼツは左手でうんちを抱えながら、右手で癒着した遺体を引き上げた。川から上がるとすぐさま部下に命じる。
「少し上流の丘の上に共同墓地があったはずだ。そこに人間亜人分け隔てなく丁重に弔ってやってくれ」
「皇帝陛下の命令でもそればかりは。亜人と一緒に人間を葬るなどもってのほかですぞ」
露骨に嫌悪感を示す部下の物言いに、頭にきたメゼツは意地悪を言った。
「ほう。お前はこのくっついた遺体から人間の部分だけを切り分ける作業がしたいと、そう言うんだな」
「いえ、その。それは、ちょっと」
部下はしどろもどろになって返答に窮す。進んで汚れ作業をやってまで、メゼツの命令に反対する者は誰もいなかった。
川を見下ろすことができる小高い丘の共同墓地に墓穴が掘られ、次々と遺体が埋葬されていく。
すきあらば参加しようとするメゼツを抑えるために、部下たちは急ピッチで作業を進めた。
体を動かさずじっと埋葬の監督なんてしていると、体の真ん中を隙間風が吹き抜けていくようだ。
人間と亜人は死ななきゃ寄り添うこともできないのか。
嘆息するメゼツのもとに伝令のピクシーが飛んできた。
ピクシーとは別の方角からも来る。西日が照らす丘の上に、カールが遣した情報士官が息せき切って登ってきた。
メゼツはまず情報士官の要件から聞く。
「陛下! 緊急につき拝謁をお許し願います。丙武大佐、ご謀反!」
ククイからカールへとリレーされた情報のたすきを受けたアンカーの情報士官は、強行軍がたたって伝え終わるなり昏倒した。責任感の強い男だったようで自身に何かあったときのために、手には詳細が書き込まれたメモ書きがしっかりと握られている。
メゼツはその詳細を読むにつれ、今日埋葬した以上の死人が出ることを覚悟した。
「空飛ぶ城を手に入れた丙武が空軍を潰走させただと! 最悪だ!!」
丙武は守るべきものを何も持っていない。祖国愛だとか、家族だとか、そういったものは。手に入れた力を行使することに何の躊躇もないだろう。メゼツには丙武を止める手立てなんて皆目見当もつかない。
「メゼツさん、ヤー・ウィリーならば知恵を貸してくれるはずです。私ならば渡りをつけることができます」
うんちの献策はありがたかったが、メゼツはいまいちSHWの大社長を信用しきることはできなかった。
いったん置いておいて、ピクシーのもってきた音声データを再生する。
「皇帝陛下、拝謁希望者が二組います。ひとりはコルレオーネファミリーのヌメロと称する者」
どうやら丙武の乱とは別件のようだと安心して、メゼツは続きを聞いた。
「もう一組は獣神将のエルナティとロスマルトと名乗る者が拝謁を申し出ております。お会いになりますか?」
メゼツは獣神帝がもうここまで攻めてきたかと焦ったが、考えてみればアルドバランで攻めてきているのは丙武だった。
獣神帝の勢力はいわば丙武たちに拠点をのっとられた被害者であり、共通の敵である丙武を相手にするならば共同戦線を張ることも可能かもしれない。
丙武の城が甲皇国駐屯所に到達するまでに対策を立てねばならない。ククイが命懸けで運んだ情報。乙空が稼いでくれた時間。無駄にすることはできない。
時間制限がある以上、とりうる行動はひとつだけだ。
皇帝は決断した。
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┃ ヌメロと面会する ┃→最終章 世界を救う19の方法 へすすめ
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┃ 獣神将と面会する ┃→最終章 世界を救う20の方法 へすすめ
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