Neetel Inside 文芸新都
表紙

屈託のない人に用はない
序文

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 妊婦になりました。

 その前に、結婚もしてます。ノイローゼになって貯金全部使ってから死のうって離島へ1人で向かって、偶然同じ宿に泊まっていた人となんやかやとつきあうまで半年、およそ1000kmの遠距離恋愛2年で結婚、というなんかドラマみたいな感じで。
 全然ドラマじゃないのは私が美人じゃないどころか顔も体型もモサモサしたぱっとしない男性不信気味で醜形恐怖と自分への嫌悪感でいっぱいの自意識過剰女だったというところ。なぜかそんな私を見た瞬間に「この子はダイヤの原石だ」と思ったという夫。変な人。
 対する私は、彼が宿に入ってきた瞬間の爽やかな「こんにちはー」の笑顔の時点で既に「近づかないようにしよう」とか思ってました。嫌いだと思ったわけではなくて、自分のコンプレックスを刺激されるから、苦手なタイプだなと思ったのです。明るくて、コミュニケーションが好きで、人からも好かれて、なんかうじうじ悩んだことなさそう。
 当時の私は「屈託のない人」が苦手でした。明るく素直に生まれ育っていたら、そりゃなんでもうまく行くし当然のように幸せになれるよねってすねていたから。結婚も妊娠も、自分からはあまりにも遠い、「屈託のない人々が手にする祝祭的なステータス」でしかありませんでした。
 ところが彼は実に「屈託ある人」だったのです。宿での滞在中にそれを知り、その後半年以上かけてもっとじっくり理解することになるのだけど、けっこうシビアに育ち、ぐるぐると悩み、効率悪くうじうじし、いじけ、自信を失くし、でもなんだかんだ克服しながらやってきた人だったのです。
 こんな人がいるんだなぁ、って目の前が晴れていくようにびっくりしたのをよく覚えています。いやでもまさか、結婚することになるとは思ってもみなかったけど。
 そしてまさか妊娠するとは。

 実際にその立場になってみると、妊娠という現象があまりに曖昧でワンダーで面白かったので、なんとなく、妊娠の記録をつけておいたほうがいいと思いました。
 妊娠期って、きっと一瞬で過ぎてしまう。たった10カ月足らずしかないから。そしてその短い期間のうちにびっくりするぐらいめまぐるしい変化を経験する。けれどその後には生命の誕生・怒涛の子育てが待っていて、妊娠期間のことなんて遠く穏やかな波音が響く夢に包まれた世界のようにぼんやりと忘れ去られていくのでしょう。
 でもそんなの勿体ない。こんなに面白いのに。こんなに変てこな現象なのに。誰にとっても初めての妊娠があって、それはもうびっくりしたり不安になったりでいっぱいの経験のはず。
「妊娠」という状態は過渡期のまっただなかでしかなくって、その先には「出産」という大目的がある。まったくオリジナルな新しい人間を一人増やそうというわけのわからない壮大さのプロジェクト。やり方なんてわからなくても、一定の条件がそろえば身体が勝手にそれをやってのける。腹の中で何がどう進行しているか皆目見当がつかないのに、刻々と変化していく身体に振り回され、日々を生活していかざるを得ない。
 妊娠してみて初めてしみじみとわかったのだけれど、私はこれまで妊娠についてほとんど無知でした。知っていたことと言えばつわりで吐いたりするらしいとか、お腹が大きくなるとか、煙草やお酒がよくなかったりとか、それくらいのぼんやりとしたもの。
 この文章を書いている私は、妊娠期間およそ全40週のうち13週に入ったばかり、3分の1ほどをようやく終えた初期妊婦でしかありません。それでも、もう妊娠前とは比較にならないくらいの知識を吸収し、変化を経験しました。そしてしみじみ思ったのです。妊娠って、ヘン。でも面白い。興味深い。すごい。もっとみんな妊娠について知っていたらいいのに。
 なので、少しばかり記録を残してみることにしました。それがこの文章群の目的。

       

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