少女は英雄を知る
スクレイ動乱編2 奇襲
いよいよ動き始めた。
サップの部下が伝えてきた情報によると、都で大規模な軍の編成が行われているようだ。それに伴い、各地の軍も、何やら慌ただしくなっているらしい。
明らかに、こちらを攻撃するための準備なのだろう。
こちらは、全軍で千五百を越える人数になっていた。
編成は終わっていた。調練も、ある程度できてはいる。取り敢えず、考えつく準備は、すべて終わってはいる。
グラシアが、部屋に入ってきた。
「とりあえず、当初予定してた量の物資は、揃いそうだから報告を」
「うむ。良くやってくれた」
グラシアが、にやりと笑う。
「しかし今更だが、よくあれだけの量の武器を、こんな短期間に集められたものだな」
「まあ、前の戦争から、まだそれほど経っていないってことでしょうね」
「……そういうことだな」
グラシアが、椅子に座る。
「いよいよってことなのかな?」
「まず間違いない」
「勝てそう?」
「まともに戦えば、難しいだろう」
グラシアは、目を丸くした。
ボルドーは、少し笑う。
「いかに、相手の攻撃をまともに受けないか。そういう戦いをしていく必要があるということだ」
「私には分からない世界だね。そういうことは軍人が考えて」
グラシアは、呆れるといった顔をして、頬杖をついた。
「いくつか、話をしておきたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「まだ、一部の人の中ではあるのだけど、私達が、王女を独占してるんじゃないかって、不満を口にする人が出始めてるらしいの」
グラシアが言う。
「確かに言われてみれば、そういうことを思う人が出てきても不思議じゃないよね。殿下に会える人間を、私達が選んでるんだし、方針も私達が勝手に決めちゃってるし」
「ふむ」
ボルドーは腕を組んだ。
「ちょっと、簡単には解決策が出てこない事案ではあるけど、今後尾を引きそうな問題ではあると思うんだよね」
「そうだな」
「どうする?」
「仕方がない、と考えるしかないと、わしは思う。事実、我々が自由に王女を利用しているのだからな」
「もしも、国の奪取に成功したとしても、そのまま私達の一派が、実権を独占するんじゃないかって不満も出てくると思うけど」
「そうだな、それも仕方があるまい。開き直るしかない。我々が行っている行為こそ、我々にとって最善だとな」
「うーん、まあそうなのかなあ」
グラシアが、息を吐いた。
「それと、殿下のことだけどね。私は、もうちょっと人前に出してもいいと思うんだ。ボルドーさんが、あまり出したがらないのも分かるけど」
ボルドーは、グラシアを見た。
「確かに殿下は、まだ王族らしい威厳のある振る舞いはできないかもしれないけど、その姿を見せるだけでも全体の士気は全然違うと思うけどね」
「……ふむ」
「それに、殿下は美少女だし」
「関係があるのか?」
「あるある。男にしろ女にしろ、美人ってのはね、かなり効果があることなんだよ。兵達には、その姿を見せるだけでも、強烈に鮮明に印象に残るし、神懸かり的な力を持っているような気にもなる。士気も上がるってもんよ」
ボルドーは唸った。
「成る程、わしには考えつかん話だな」
グラシアが、少し笑む。
「まあ、言いたいのはこれだけ。それじゃ、後方の最後の点検に行ってくるよ」
グラシアが、腰を上げた。
「ところで、グレイには話したのか?」
「うん」
「何と言っていた?」
「そっとしておこう、ってさ」
「……そうか」
ボルドーは、出て行くグラシアの背中を見送った。
さらに、五日が経過した。
サップからの情報が、次々と入ってきていた。
都と、その周辺から大部隊が進発したようだ。
全軍で、およそ一万数千。数としては、一応予測の範囲内だ。
ただ、軍の陣容を聞いて、ボルドーは耳を疑った。
そこから、しつこいほどに何度も確認の遣り取りをした。返事は、毎回同じだった。
間違いないということか。
ずっと、軍議の催促を無視していたが、ようやく部隊長格の人間に召集をかけた。
「いよいよ開戦ですか」
ブライトが、部屋に入るなり言った。
全員が集まってから、ボルドーは卓の上に、地図を広げた。
「諜報部隊から、敵軍の陣容が届けられた。まず、その説明をしようと思う」
何人かが、地図をのぞき込む。
「どうやら、二人の王子が、これの陣容に加わっているようなのだ」
場が、にわかにざわついた。
「どういうことですか?」
「その理由については、確信の持てる情報はない。ただ予想するに、おそらく政争のための点数稼ぎではないかと思われる。二人の王子が、それぞれ並んで軍を率いて進軍しているという状態らしいのだ」
場にいる者が、それぞれうなり声を出した。
「なめ腐ってるわね」
「だが、これは好機だ。運がこちらに傾いているとしか思えん。もしかすると、この戦いを、短期間で終わらせることができるのかもしれん」
全員が、ボルドーを見た。
「二人の王子を、奇襲で討ち取る」
ボルドーは言った。
「今、二人の王子がいなくなれば、間違いなく中央は纏まりを無くすだろう。そうなれば、殿下が実権を握るのは容易くなる」
ルモグラフを見る。
「ルモグラフ。お前は息子三人と、本隊一千を率いて、街道で敵軍の正面に構えろ。分かっているとは思うが、これはあくまでも囮の軍だ。間違っても、まともに戦おうとは思うな。出来る限り犠牲を抑えながら、相手の攻撃を受けろ」
「はっ」
ルモグラフが、声を上げた。
「わしと、グレイ、グラシア、ダークはそれぞれ騎馬隊百を率いる。わしとグレイは、シアンを狙う。グラシアとダークは、グラデを狙え」
「ダーク? やってくれるの?」
「この軍議の前に、話しておいた。やってくれるそうだ」
「へえ」
グラシアが、意外そうな声を出した。
「ほお、あの噂に名高いダーク殿がいらっしゃるのですか。それは、是非とも御挨拶をしたいですな」
ブライトが言った。
「やめといた方がいいよ。きっと、幻滅するから」
グレイが言っている。
「ただ一つ危惧していることがある。もしも、片方の王子しか打ち取れなかった場合だ。せっかく二つに割れていた中央が、生き残った王子を中心に一つに纏まってしまう可能性がある。もし、片方で打ち取れる見込みがないと判断した場合、すぐにもう一方の部隊に、情報が伝わるよう合図を決めておこう」
ボルドーが言った。
「次に、敵の全容だが」
前置き。
「敵の前衛は、二人の王子それぞれの取り巻きの将軍のようだ。二人の王子は、本隊の中衛にいる」
地図の上に指をつけながら説明する。
「以前にライトが言っていた将軍としては、後衛の両端にインディゴとゴールデンがいるらしい。パステルとオーカーは、都にいるようだ」
「フーカーズはどこ?」
グラシアが言った。
「ここだ。都と本隊の中間」
「何ここ? どういう意図?」
「おそらく、王子達はフーカーズのことを完全に信用してはいないようだ。いきなり裏切った場合でも対応できるように、この位置に置いていると見える。こちらとしては、ありがたいことだがな。この位置ならば、それほど警戒しなくてもいいだろう」
「デルフトは?」
「うむ。中央からの召喚を、ずっと無視していたようだが、つい先日赴任地を動いたとの確認がとれた。しかし、どう考えても今回の戦いには参戦できないだろう」
「本当に、運が傾いてきたみたいだね」
「だからこそ、この機を絶対に生かしたい。全員、決戦のつもりでかかってくれ」
ボルドーは、全員を見渡した。
「では、皆武運を祈る」
その場にいる全員が、声を上げた。
騎馬隊を率いて進発した。
街道から、かなり大回りすることになる。攻撃予定地点に、王子が差し掛かると予想される三日前に出発することにした。ボルドー達は南回り、ダークとグラシアは、北回りで進む。
騎馬隊といっても、あまり質がいいものではない。しかし、やはり戦では効果は高いのだ。無理やりではあったが、馬を揃えた。
できるだけ、人目のつかない道を選びながら進み、二日進んだ所で待機の合図を出した。小高い山の合間だ。
周囲に見張りを配置させた後、ボルドーは、グレイを呼んだ。
「街道を進軍している国軍を見ておこうと思う。お前は、どうする?」
「私も行っていいの?」
「まあ、大丈夫だろう」
軍装を解いて、平民の服装に着替えて、街道の方に、徒歩で向かった。
街道では、大軍が進軍していた。それを、道の端で見ている人の群がある。ボルドーとグレイは、そこに紛れた。
国軍の、先頭の方だろう。一万の軍が街道を進むともなると、縦に大きく伸びることになる。予想通りだった。奇襲をするには、絶好の状況だ。
しばらく見ていたが、だらだらと歩いている兵ばかりだった。やはり、兵の質は良くないようだ。これなら、ルモグラフもそれほど無茶な戦いにはならないだろう。
三十分ほど見物してから、兵のところに戻った。
日が落ちてから、ボルドーは一人で草原の上に立ち、夜空を見上げた。
明日、攻撃をかける。戦の前で、緊張しなかったことはなかったと思う。
星が見えた。そういえば、星を見て、人の運勢を知ることができる人間がいるということを聞いたことがある。
自分の運勢も見ることができるのだろうか。
ボルドーは、しばらく夜空を見上げていた。
サップの部下が伝えてきた情報によると、都で大規模な軍の編成が行われているようだ。それに伴い、各地の軍も、何やら慌ただしくなっているらしい。
明らかに、こちらを攻撃するための準備なのだろう。
こちらは、全軍で千五百を越える人数になっていた。
編成は終わっていた。調練も、ある程度できてはいる。取り敢えず、考えつく準備は、すべて終わってはいる。
グラシアが、部屋に入ってきた。
「とりあえず、当初予定してた量の物資は、揃いそうだから報告を」
「うむ。良くやってくれた」
グラシアが、にやりと笑う。
「しかし今更だが、よくあれだけの量の武器を、こんな短期間に集められたものだな」
「まあ、前の戦争から、まだそれほど経っていないってことでしょうね」
「……そういうことだな」
グラシアが、椅子に座る。
「いよいよってことなのかな?」
「まず間違いない」
「勝てそう?」
「まともに戦えば、難しいだろう」
グラシアは、目を丸くした。
ボルドーは、少し笑う。
「いかに、相手の攻撃をまともに受けないか。そういう戦いをしていく必要があるということだ」
「私には分からない世界だね。そういうことは軍人が考えて」
グラシアは、呆れるといった顔をして、頬杖をついた。
「いくつか、話をしておきたいことがあるんだけど」
「何だ?」
「まだ、一部の人の中ではあるのだけど、私達が、王女を独占してるんじゃないかって、不満を口にする人が出始めてるらしいの」
グラシアが言う。
「確かに言われてみれば、そういうことを思う人が出てきても不思議じゃないよね。殿下に会える人間を、私達が選んでるんだし、方針も私達が勝手に決めちゃってるし」
「ふむ」
ボルドーは腕を組んだ。
「ちょっと、簡単には解決策が出てこない事案ではあるけど、今後尾を引きそうな問題ではあると思うんだよね」
「そうだな」
「どうする?」
「仕方がない、と考えるしかないと、わしは思う。事実、我々が自由に王女を利用しているのだからな」
「もしも、国の奪取に成功したとしても、そのまま私達の一派が、実権を独占するんじゃないかって不満も出てくると思うけど」
「そうだな、それも仕方があるまい。開き直るしかない。我々が行っている行為こそ、我々にとって最善だとな」
「うーん、まあそうなのかなあ」
グラシアが、息を吐いた。
「それと、殿下のことだけどね。私は、もうちょっと人前に出してもいいと思うんだ。ボルドーさんが、あまり出したがらないのも分かるけど」
ボルドーは、グラシアを見た。
「確かに殿下は、まだ王族らしい威厳のある振る舞いはできないかもしれないけど、その姿を見せるだけでも全体の士気は全然違うと思うけどね」
「……ふむ」
「それに、殿下は美少女だし」
「関係があるのか?」
「あるある。男にしろ女にしろ、美人ってのはね、かなり効果があることなんだよ。兵達には、その姿を見せるだけでも、強烈に鮮明に印象に残るし、神懸かり的な力を持っているような気にもなる。士気も上がるってもんよ」
ボルドーは唸った。
「成る程、わしには考えつかん話だな」
グラシアが、少し笑む。
「まあ、言いたいのはこれだけ。それじゃ、後方の最後の点検に行ってくるよ」
グラシアが、腰を上げた。
「ところで、グレイには話したのか?」
「うん」
「何と言っていた?」
「そっとしておこう、ってさ」
「……そうか」
ボルドーは、出て行くグラシアの背中を見送った。
さらに、五日が経過した。
サップからの情報が、次々と入ってきていた。
都と、その周辺から大部隊が進発したようだ。
全軍で、およそ一万数千。数としては、一応予測の範囲内だ。
ただ、軍の陣容を聞いて、ボルドーは耳を疑った。
そこから、しつこいほどに何度も確認の遣り取りをした。返事は、毎回同じだった。
間違いないということか。
ずっと、軍議の催促を無視していたが、ようやく部隊長格の人間に召集をかけた。
「いよいよ開戦ですか」
ブライトが、部屋に入るなり言った。
全員が集まってから、ボルドーは卓の上に、地図を広げた。
「諜報部隊から、敵軍の陣容が届けられた。まず、その説明をしようと思う」
何人かが、地図をのぞき込む。
「どうやら、二人の王子が、これの陣容に加わっているようなのだ」
場が、にわかにざわついた。
「どういうことですか?」
「その理由については、確信の持てる情報はない。ただ予想するに、おそらく政争のための点数稼ぎではないかと思われる。二人の王子が、それぞれ並んで軍を率いて進軍しているという状態らしいのだ」
場にいる者が、それぞれうなり声を出した。
「なめ腐ってるわね」
「だが、これは好機だ。運がこちらに傾いているとしか思えん。もしかすると、この戦いを、短期間で終わらせることができるのかもしれん」
全員が、ボルドーを見た。
「二人の王子を、奇襲で討ち取る」
ボルドーは言った。
「今、二人の王子がいなくなれば、間違いなく中央は纏まりを無くすだろう。そうなれば、殿下が実権を握るのは容易くなる」
ルモグラフを見る。
「ルモグラフ。お前は息子三人と、本隊一千を率いて、街道で敵軍の正面に構えろ。分かっているとは思うが、これはあくまでも囮の軍だ。間違っても、まともに戦おうとは思うな。出来る限り犠牲を抑えながら、相手の攻撃を受けろ」
「はっ」
ルモグラフが、声を上げた。
「わしと、グレイ、グラシア、ダークはそれぞれ騎馬隊百を率いる。わしとグレイは、シアンを狙う。グラシアとダークは、グラデを狙え」
「ダーク? やってくれるの?」
「この軍議の前に、話しておいた。やってくれるそうだ」
「へえ」
グラシアが、意外そうな声を出した。
「ほお、あの噂に名高いダーク殿がいらっしゃるのですか。それは、是非とも御挨拶をしたいですな」
ブライトが言った。
「やめといた方がいいよ。きっと、幻滅するから」
グレイが言っている。
「ただ一つ危惧していることがある。もしも、片方の王子しか打ち取れなかった場合だ。せっかく二つに割れていた中央が、生き残った王子を中心に一つに纏まってしまう可能性がある。もし、片方で打ち取れる見込みがないと判断した場合、すぐにもう一方の部隊に、情報が伝わるよう合図を決めておこう」
ボルドーが言った。
「次に、敵の全容だが」
前置き。
「敵の前衛は、二人の王子それぞれの取り巻きの将軍のようだ。二人の王子は、本隊の中衛にいる」
地図の上に指をつけながら説明する。
「以前にライトが言っていた将軍としては、後衛の両端にインディゴとゴールデンがいるらしい。パステルとオーカーは、都にいるようだ」
「フーカーズはどこ?」
グラシアが言った。
「ここだ。都と本隊の中間」
「何ここ? どういう意図?」
「おそらく、王子達はフーカーズのことを完全に信用してはいないようだ。いきなり裏切った場合でも対応できるように、この位置に置いていると見える。こちらとしては、ありがたいことだがな。この位置ならば、それほど警戒しなくてもいいだろう」
「デルフトは?」
「うむ。中央からの召喚を、ずっと無視していたようだが、つい先日赴任地を動いたとの確認がとれた。しかし、どう考えても今回の戦いには参戦できないだろう」
「本当に、運が傾いてきたみたいだね」
「だからこそ、この機を絶対に生かしたい。全員、決戦のつもりでかかってくれ」
ボルドーは、全員を見渡した。
「では、皆武運を祈る」
その場にいる全員が、声を上げた。
騎馬隊を率いて進発した。
街道から、かなり大回りすることになる。攻撃予定地点に、王子が差し掛かると予想される三日前に出発することにした。ボルドー達は南回り、ダークとグラシアは、北回りで進む。
騎馬隊といっても、あまり質がいいものではない。しかし、やはり戦では効果は高いのだ。無理やりではあったが、馬を揃えた。
できるだけ、人目のつかない道を選びながら進み、二日進んだ所で待機の合図を出した。小高い山の合間だ。
周囲に見張りを配置させた後、ボルドーは、グレイを呼んだ。
「街道を進軍している国軍を見ておこうと思う。お前は、どうする?」
「私も行っていいの?」
「まあ、大丈夫だろう」
軍装を解いて、平民の服装に着替えて、街道の方に、徒歩で向かった。
街道では、大軍が進軍していた。それを、道の端で見ている人の群がある。ボルドーとグレイは、そこに紛れた。
国軍の、先頭の方だろう。一万の軍が街道を進むともなると、縦に大きく伸びることになる。予想通りだった。奇襲をするには、絶好の状況だ。
しばらく見ていたが、だらだらと歩いている兵ばかりだった。やはり、兵の質は良くないようだ。これなら、ルモグラフもそれほど無茶な戦いにはならないだろう。
三十分ほど見物してから、兵のところに戻った。
日が落ちてから、ボルドーは一人で草原の上に立ち、夜空を見上げた。
明日、攻撃をかける。戦の前で、緊張しなかったことはなかったと思う。
星が見えた。そういえば、星を見て、人の運勢を知ることができる人間がいるということを聞いたことがある。
自分の運勢も見ることができるのだろうか。
ボルドーは、しばらく夜空を見上げていた。
騎乗のまま待った。
王子が、こちらの攻撃予定地点に差し掛かるころに、サップの部下が連絡に来る手筈になっている。街道に、馬なら数分で到達できる林の中だった。
自分ならば、間違いなく偵察を放つ距離だが、敵は、斥候も偵察も放っている気配がなかった。大軍なので、注意などしていないのだろうか。ただ、おかげで随分と接近して待機できている。
風の音だけが聞こえていた。
そろそろ、ルモグラフの部隊が、敵の前衛とぶつかっているころだろう。その報告が届くのは、成否に関わらず、奇襲が終わった後だ。
もしルモグラフの部隊が、大敗でもしたら、シエラの身まで危険に晒されることになってしまうだろう。
信じるしかない。
「遅くない?」
横にいるグレイが、先ほどから苛立っているようだった。
「あ」
騎馬が一騎、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。
「来ました!」
「よし、行くぞ!」
ボルドーは、偃月刀を真上に掲げて、馬を走らせた。
木々の合間を、駆け抜ける。やがて、空が見えてくる。
林を抜けた瞬間、視界が開けた。前方の、少し低いところに街道が横に続いている。そこを、大人数が歩いていた。
豪勢な飾り付けがなされた集団が見えた。そして、その中心には、一際煌びやかな装飾がなされた輿車があるのを確認する。
間違いない。
「全軍、死に物狂いで駆けろ! ここで、王子の首を取るぞ!」
ボルドーは、坂を駆け下りた。
ボルドーが、大声を上げて、坂を駆け下りていった。
「よし! 私たちも行くぞ!」
グレイも、声を上げて、馬を走らせた。
ボルドーは右回り、グレイは左回りから攻撃すると、事前に決めていたのだ。
敵軍は、何人かがこちらを向いているだけという状態だった。防御も構えもない。
グレイは、持っていた槍を構えた。双剣は、馬上では使いづらいので使わない。ただ、やはり剣は持っていないと落ち着かないので、腰につけている。
声を上げて、敵に突っ込んだ。
まともに武器を出してくる者もいない。グレイは、槍を振り回しながら進んだ。
鬱憤を晴らす思いだった。こちらの攻撃に手応えがある。
輿車の上にいる人間が、立ち上がっているのが見えた。シエラと同じ金の髪色をした若い男だ。あれが、シアンだろう。
三年前は、はらわたが煮えくり返る思いだったのだ。そして、シアンには、間接的にとはいえ、カラトの件もある。
必ず、首を取ってやる。
突き進んだ。騎馬隊が一丸となって、進み続ける。
これは、いける。王子の首を取れる。
さすがに、王子の回り数百は、迎撃の体制を作っていた。少しは質のいい部隊のようだ。
だが、もう遅い。
前にいた、数人を突き上げた。
あと数十秒で、輿車に到達できる。
思った時、鉦の音が鳴り響いた。
一瞬、何か分からなかったが、すぐに思い出す。これは、自軍の退却の合図だ。
グレイは振り返り、自分の隊の鉦持ちを見た。目が合う。鳴らしているはずがない。
鳴っているのは、ボルドーの部隊の方からだ。どういうことだ。
ボルドーと逸れてしまった鉦持ちが、焦って叩いてしまったのか。それとも、まさかボルドーが退却命令を出しているのか。
グレイは、ボルドーの部隊の方を見た。
土煙で、はっきりとは見えないが、王子とは逆の方向に進んでいるようだ。
グレイは、馬の鞍の上に立ち上がった。
退却している部隊の先頭に、見知った背中が見える。
間違いなく、ボルドーだ。
元の騎乗に戻る。
何故だ、分からない。もう目と鼻の先に、王子の首があるではないか。どうして、ここで退却しなければならないのか?
ボルドーが、判断を間違っているとしか思えない。何だかんだ言っても、あの人も、もう随分と高齢なのだ。
自軍単独で進んでも、十分王子の首を取れるはずだ。
しかし……。
グレイは、もう一度、ボルドーの部隊の方を見た。
先頭が、丘の上に駆け上がっているのが見えた。
ボルドーが、こちらを見ている。
瞬間、判断した。
「全軍、引け! 退却だ!」
グレイは、叫んだ。
大した攻撃も受けずに、敵の群を脱出できた。さらに、追撃もないようだ。損害は、殆ど無い。
念のため、グレイはしんがりに残ったまま、全軍を走らせた。
林の中に入ったところで、ボルドーが馬を並べてきた。
「よく引いたな」
ボルドーが言う。
「そういえば、昔ボルドーさんに、軍令を無視したら無茶苦茶怒られたのを思い出したよ」
「成る程、それは怒った甲斐があったということだな」
「で、理由は?」
「見ろ」
ボルドーが、振り返って言う。
その目線を追うと、街道の東の先だった。そこから、物凄い勢いで、こちらに向かってくる騎馬集団が見えた。
そこで理解する。
集団の中央には、上に掲げられた剣が見える。
「あのまま戦っていたら、王子の首を取れずに、こちらが全滅していたかもしれん」
「そこまで、戦力差がある? 私たち二人がいるんだよ」
「無理だろうな。奴は、心気の達人との戦闘も熟知している。こちらは、実力を発揮する間もなく、翻弄されるだけされて、討ち取られるだろう」
グレイは、もう一度振り返った。
走ってきた騎馬隊は、王子とこちらの間に、入ってきていた。
「こちらの意図を、奴にだけは読まれていたということだろう」
「あいつ……もう、完全に私たちと敵対するってことだよね」
「だろうな」
「王子が、意図して協定違反をしたかもしれないって話、伝わっていないのかな」
「いや、おそらく知っているだろう。それでも、あちら側につくということだろう」
「あの馬鹿、何を考えてんだよ。王子を守ったって、何の特もないのに」
「奴が戦う理由は、お前も知っているだろう?」
ボルドーが言う。
グレイは、黙った。
「惜しかったが、まあ仕方がない。拾えば儲け者の運だったのだと思うようにしよう。すぐに、切り替えるぞ。まずは、グラシア達に合図を送れ。攻撃は中止だとな」
部下に指示を出した。
「これでおそらく、王子達も今回のような油断は、今後しないだろうな」
ボルドーが言った。
「まあ、しかし王子達も、しばらくは動けんだろう。このまま、ルモグラフとぶつかっているであろう敵の前衛に後ろから攻撃をかける。できるだけ叩いておくぞ。鬱憤も、そこで晴らせグレイ」
言って、ボルドーが馬の速度を上げる。
グレイも、馬の腹を蹴った。
王子が、こちらの攻撃予定地点に差し掛かるころに、サップの部下が連絡に来る手筈になっている。街道に、馬なら数分で到達できる林の中だった。
自分ならば、間違いなく偵察を放つ距離だが、敵は、斥候も偵察も放っている気配がなかった。大軍なので、注意などしていないのだろうか。ただ、おかげで随分と接近して待機できている。
風の音だけが聞こえていた。
そろそろ、ルモグラフの部隊が、敵の前衛とぶつかっているころだろう。その報告が届くのは、成否に関わらず、奇襲が終わった後だ。
もしルモグラフの部隊が、大敗でもしたら、シエラの身まで危険に晒されることになってしまうだろう。
信じるしかない。
「遅くない?」
横にいるグレイが、先ほどから苛立っているようだった。
「あ」
騎馬が一騎、こちらに向かって駆けてくるのが見えた。
「来ました!」
「よし、行くぞ!」
ボルドーは、偃月刀を真上に掲げて、馬を走らせた。
木々の合間を、駆け抜ける。やがて、空が見えてくる。
林を抜けた瞬間、視界が開けた。前方の、少し低いところに街道が横に続いている。そこを、大人数が歩いていた。
豪勢な飾り付けがなされた集団が見えた。そして、その中心には、一際煌びやかな装飾がなされた輿車があるのを確認する。
間違いない。
「全軍、死に物狂いで駆けろ! ここで、王子の首を取るぞ!」
ボルドーは、坂を駆け下りた。
ボルドーが、大声を上げて、坂を駆け下りていった。
「よし! 私たちも行くぞ!」
グレイも、声を上げて、馬を走らせた。
ボルドーは右回り、グレイは左回りから攻撃すると、事前に決めていたのだ。
敵軍は、何人かがこちらを向いているだけという状態だった。防御も構えもない。
グレイは、持っていた槍を構えた。双剣は、馬上では使いづらいので使わない。ただ、やはり剣は持っていないと落ち着かないので、腰につけている。
声を上げて、敵に突っ込んだ。
まともに武器を出してくる者もいない。グレイは、槍を振り回しながら進んだ。
鬱憤を晴らす思いだった。こちらの攻撃に手応えがある。
輿車の上にいる人間が、立ち上がっているのが見えた。シエラと同じ金の髪色をした若い男だ。あれが、シアンだろう。
三年前は、はらわたが煮えくり返る思いだったのだ。そして、シアンには、間接的にとはいえ、カラトの件もある。
必ず、首を取ってやる。
突き進んだ。騎馬隊が一丸となって、進み続ける。
これは、いける。王子の首を取れる。
さすがに、王子の回り数百は、迎撃の体制を作っていた。少しは質のいい部隊のようだ。
だが、もう遅い。
前にいた、数人を突き上げた。
あと数十秒で、輿車に到達できる。
思った時、鉦の音が鳴り響いた。
一瞬、何か分からなかったが、すぐに思い出す。これは、自軍の退却の合図だ。
グレイは振り返り、自分の隊の鉦持ちを見た。目が合う。鳴らしているはずがない。
鳴っているのは、ボルドーの部隊の方からだ。どういうことだ。
ボルドーと逸れてしまった鉦持ちが、焦って叩いてしまったのか。それとも、まさかボルドーが退却命令を出しているのか。
グレイは、ボルドーの部隊の方を見た。
土煙で、はっきりとは見えないが、王子とは逆の方向に進んでいるようだ。
グレイは、馬の鞍の上に立ち上がった。
退却している部隊の先頭に、見知った背中が見える。
間違いなく、ボルドーだ。
元の騎乗に戻る。
何故だ、分からない。もう目と鼻の先に、王子の首があるではないか。どうして、ここで退却しなければならないのか?
ボルドーが、判断を間違っているとしか思えない。何だかんだ言っても、あの人も、もう随分と高齢なのだ。
自軍単独で進んでも、十分王子の首を取れるはずだ。
しかし……。
グレイは、もう一度、ボルドーの部隊の方を見た。
先頭が、丘の上に駆け上がっているのが見えた。
ボルドーが、こちらを見ている。
瞬間、判断した。
「全軍、引け! 退却だ!」
グレイは、叫んだ。
大した攻撃も受けずに、敵の群を脱出できた。さらに、追撃もないようだ。損害は、殆ど無い。
念のため、グレイはしんがりに残ったまま、全軍を走らせた。
林の中に入ったところで、ボルドーが馬を並べてきた。
「よく引いたな」
ボルドーが言う。
「そういえば、昔ボルドーさんに、軍令を無視したら無茶苦茶怒られたのを思い出したよ」
「成る程、それは怒った甲斐があったということだな」
「で、理由は?」
「見ろ」
ボルドーが、振り返って言う。
その目線を追うと、街道の東の先だった。そこから、物凄い勢いで、こちらに向かってくる騎馬集団が見えた。
そこで理解する。
集団の中央には、上に掲げられた剣が見える。
「あのまま戦っていたら、王子の首を取れずに、こちらが全滅していたかもしれん」
「そこまで、戦力差がある? 私たち二人がいるんだよ」
「無理だろうな。奴は、心気の達人との戦闘も熟知している。こちらは、実力を発揮する間もなく、翻弄されるだけされて、討ち取られるだろう」
グレイは、もう一度振り返った。
走ってきた騎馬隊は、王子とこちらの間に、入ってきていた。
「こちらの意図を、奴にだけは読まれていたということだろう」
「あいつ……もう、完全に私たちと敵対するってことだよね」
「だろうな」
「王子が、意図して協定違反をしたかもしれないって話、伝わっていないのかな」
「いや、おそらく知っているだろう。それでも、あちら側につくということだろう」
「あの馬鹿、何を考えてんだよ。王子を守ったって、何の特もないのに」
「奴が戦う理由は、お前も知っているだろう?」
ボルドーが言う。
グレイは、黙った。
「惜しかったが、まあ仕方がない。拾えば儲け者の運だったのだと思うようにしよう。すぐに、切り替えるぞ。まずは、グラシア達に合図を送れ。攻撃は中止だとな」
部下に指示を出した。
「これでおそらく、王子達も今回のような油断は、今後しないだろうな」
ボルドーが言った。
「まあ、しかし王子達も、しばらくは動けんだろう。このまま、ルモグラフとぶつかっているであろう敵の前衛に後ろから攻撃をかける。できるだけ叩いておくぞ。鬱憤も、そこで晴らせグレイ」
言って、ボルドーが馬の速度を上げる。
グレイも、馬の腹を蹴った。
短時間で勝敗がついた。
王子攻撃を取り止めた騎馬隊四隊は、そのまま、敵の前衛の軍を背後から、攻撃をかけた。正面で構えていたルモグラフも、ここぞとばかりに押し出してきた。
それで、勝負は決まったようなものだった。
あっという間に、敵軍は分裂、敗走した。指揮をしていた二人の将軍も討ち取った。手に入れた武器も馬も、なかなかの量になった。
その報告を聞いたからなのか、二人の王子とその軍は、ゆっくりと都に引き上げていった。
王女側が大勝利したと、世間が思うには、十分だったのだろう。
その後から、入隊希望者が一気に増えた。日和見をしていた大商人や貴族の一部も、密かに接触をはかってきた。呆れるような思いもあったが、今は利用できるだけ利用するだけだ。
しかしボルドーは、そこまで有用的な勝ちだとは思っていなかった。質のよくない部分を、ある程度潰しただけだ。これからは、敵の精鋭と本格的にぶつからなくてはならなくなるだろう。
ただ、それで人が増えるのなら、効果的に使わない手はない。
ボルドーの部屋に、少し俯いているサップがやってきたのは、数日後だった。
「申し訳ありません。フーカーズ軍の動きを監視していた偵察の報告が、間に合いませんでした」
「仕方がないさ」
「どうやら、途中で偵察の早馬が、追い抜かれてしまったようです」
ボルドーは、思わず笑ってしまった。
「いや、すまん。ならば、なおのこと仕方がないな。あれに対しては、また別の方法を考えるしかないな」
言っても、サップは悔しそうだった。
「部隊の人数は足りているか?」
ボルドーは話題を変える。
「今のところは。此度は、また何人か補充をしようとも思っていたのです」
「そうか。本隊の人数も増えたから、そっちも拡充しなければな」
「謀略の部隊を、そろそろ作りますか?」
「そうか、それもあったな。検討しておこう」
「それから、オーカー殿のことですが」
サップが切り出した。
「オーカー殿が中央の将軍になっていたことは、私もつい最近知りました。あのタスカンでの件の後、オーカー殿に中央から異動命令が届いて、どこかに行ったということまでしか私は分かりません」
「異動命令?」
「私たちも、何かと慌ただしかった時期だったので、きちんと把握していませんでした。申し訳ありません」
「ふむ」
少し気になる話ではある。
「接触はできそうか?」
「それが、オーカー殿もかなり慎重のようでして、時間がかかりそうです。ただ、慎重だということは、接触を拒んでいるわけではないので、時間さえかければ、なんとかなるかもしれません」
「無理はするなよ」
「分かっております」
サップは、一礼してから、退出していった。
ボルドーは、思考を切り替えた。
ボルドーは、ルモグラフが指揮している、練兵を見ていた。
しばらくして、休憩の合図が出る。
それから、ルモグラフがこちらに近づいてきた。
「ルモグラフ、今全軍で、どのくらいの人数だ?」
「もう三千は越える勢いですね。まだまだ増えると思います。それほど、先日の戦は世間に注目されていたということでしょう」
「そうだな」
「ボルドー殿、少しよろしいですか?」
「何だ?」
ルモグラフは、兵達が休んでいる方に歩く。ボルドーは、それに着いて歩いた。
兵達が、思い思いの集団に別れて、休憩をしている。そこから、少し外れたところに、一本木が立っていた。その木陰で俯いて座っている男がいた。
随分、疲れているようだ。全身汗塗れで、息が上がっているのが分かる。
「やはり、この部隊に入るのは辛いと思います」
「そうか」
ボルドーは、男を見た。
「あいつは部隊から外せ」
「分かりました」
ボルドーは、一本木に近づいた。
「ペイル、お前は部隊から外れろ」
俯いていたペイルが、弾けるように顔を上げる。
それから、また顔を下げた。
「……やっぱり、俺は駄目ですか?」
「勘違いするな。お前が、兵として不適格ということではない」
ペイルが再び顔を上げる。
「お前は、そこそこ強い。だが、それがかえって軍編成に組み込むのが難しいのだ。質のよくない部隊に入れると、お前の力が活かせなくなる。だが、質のいい部隊では、部隊戦闘の経験がないお前では、逆に足手まといになってしまうのだ」
「では……俺は、どうしたら?」
「後方支援に回るか、わしの下についてみるか、どちらかを選べ」
「ボルドーさんの下?」
「いろいろな部署を把握する、煩雑な仕事をするところだ。だが、組織というものの全体を理解するには、いいところだと思う。そこで、お前がどこに向いているか探すのもいいだろう」
「俺なんかが、いいんですか? そんな、特別なところ」
「言っておくが、楽なところではないぞ。朝から晩まで、やることは山のようにある。今より、きついかもしれんぞ」
「やります! やらせて下さい」
ペイルが、勢いよく立ち上がって言った。
ボルドーは、自分の部屋で、ルモグラフと話をしていた。
軍事に関しては、やはりルモグラフが一番である。そちらの分野の相談をするなら、彼だろう。物資に関しては、グラシアである。
ただ、それらを総合して大きい戦略的視点を相談ができる者がいなかった。ルモグラフも、ある程度の知識を持っているとはいえ、総指揮としての実戦の指揮の経験は、それほどない。
謀略部隊を指揮する者が、誰がいいかという話に及んだ。
「私は、ライトを推薦します」
「ほう」
「ああ見えて、肝は据わっています。冷静で、判断も的確なので、大きな失敗をする可能性も低いと思います」
「成る程な」
ボルドーは考えた。
「息子に、影の仕事をやらせる負い目はないのか?」
「私は、一人の指揮官として、最良の者を推薦しているにすぎません」
「悪かった」
苦笑する。
「部隊を指揮できる人間が減るのは痛いが、仕方がないか」
ボルドーは言った。
「ライトを呼んでくれ」
夜、再び隊長格に召集をかけた。
「皆、先日は、よく戦ってくれた。まだまだ戦は続くだろうが、とにかく一区切りはついた。皆に、わしの今後に関する提案を聞いて貰いたい」
ボルドーは言った。
「わしは、この期に、都に向かって本隊が前進するべきだろうと思う。拠点を造りながら、あるいは奪いながらの進行だが、あまり戦を長引かせないという意味でも、今だろうと思うのだ」
全員を見た。
「私は、賛成です。こちらから攻撃をしてこそ、王子を倒すという意思表示を世間に示すことができるでしょう」
「異論はありません」
誰かが言った。
「では、この小城は、後方基地というところですね」
「うむ」
「殿下は、どちらに居ていただきますか?」
「本隊の中だろう。もっとも安全で、士気にもいい影響がでる」
「新しく入ってきた者達の練度が、些か心許ないですが、まあ進軍途上で鍛えるしかないですな」
言ったのは、ブライトだった。この場に、ライトがいないことに気付いてはいるだろうが、何も言わない。
「兵站はどうだ? グラシア」
「取り敢えずは順調」
「他に、何か気になることがある者はいるか?」
いくつかの質問が出た。
すべての質疑応答が終わった後、ボルドーは全員を見回した。
「では、行こうか」
全員が、合わせて声を上げた。
王子攻撃を取り止めた騎馬隊四隊は、そのまま、敵の前衛の軍を背後から、攻撃をかけた。正面で構えていたルモグラフも、ここぞとばかりに押し出してきた。
それで、勝負は決まったようなものだった。
あっという間に、敵軍は分裂、敗走した。指揮をしていた二人の将軍も討ち取った。手に入れた武器も馬も、なかなかの量になった。
その報告を聞いたからなのか、二人の王子とその軍は、ゆっくりと都に引き上げていった。
王女側が大勝利したと、世間が思うには、十分だったのだろう。
その後から、入隊希望者が一気に増えた。日和見をしていた大商人や貴族の一部も、密かに接触をはかってきた。呆れるような思いもあったが、今は利用できるだけ利用するだけだ。
しかしボルドーは、そこまで有用的な勝ちだとは思っていなかった。質のよくない部分を、ある程度潰しただけだ。これからは、敵の精鋭と本格的にぶつからなくてはならなくなるだろう。
ただ、それで人が増えるのなら、効果的に使わない手はない。
ボルドーの部屋に、少し俯いているサップがやってきたのは、数日後だった。
「申し訳ありません。フーカーズ軍の動きを監視していた偵察の報告が、間に合いませんでした」
「仕方がないさ」
「どうやら、途中で偵察の早馬が、追い抜かれてしまったようです」
ボルドーは、思わず笑ってしまった。
「いや、すまん。ならば、なおのこと仕方がないな。あれに対しては、また別の方法を考えるしかないな」
言っても、サップは悔しそうだった。
「部隊の人数は足りているか?」
ボルドーは話題を変える。
「今のところは。此度は、また何人か補充をしようとも思っていたのです」
「そうか。本隊の人数も増えたから、そっちも拡充しなければな」
「謀略の部隊を、そろそろ作りますか?」
「そうか、それもあったな。検討しておこう」
「それから、オーカー殿のことですが」
サップが切り出した。
「オーカー殿が中央の将軍になっていたことは、私もつい最近知りました。あのタスカンでの件の後、オーカー殿に中央から異動命令が届いて、どこかに行ったということまでしか私は分かりません」
「異動命令?」
「私たちも、何かと慌ただしかった時期だったので、きちんと把握していませんでした。申し訳ありません」
「ふむ」
少し気になる話ではある。
「接触はできそうか?」
「それが、オーカー殿もかなり慎重のようでして、時間がかかりそうです。ただ、慎重だということは、接触を拒んでいるわけではないので、時間さえかければ、なんとかなるかもしれません」
「無理はするなよ」
「分かっております」
サップは、一礼してから、退出していった。
ボルドーは、思考を切り替えた。
ボルドーは、ルモグラフが指揮している、練兵を見ていた。
しばらくして、休憩の合図が出る。
それから、ルモグラフがこちらに近づいてきた。
「ルモグラフ、今全軍で、どのくらいの人数だ?」
「もう三千は越える勢いですね。まだまだ増えると思います。それほど、先日の戦は世間に注目されていたということでしょう」
「そうだな」
「ボルドー殿、少しよろしいですか?」
「何だ?」
ルモグラフは、兵達が休んでいる方に歩く。ボルドーは、それに着いて歩いた。
兵達が、思い思いの集団に別れて、休憩をしている。そこから、少し外れたところに、一本木が立っていた。その木陰で俯いて座っている男がいた。
随分、疲れているようだ。全身汗塗れで、息が上がっているのが分かる。
「やはり、この部隊に入るのは辛いと思います」
「そうか」
ボルドーは、男を見た。
「あいつは部隊から外せ」
「分かりました」
ボルドーは、一本木に近づいた。
「ペイル、お前は部隊から外れろ」
俯いていたペイルが、弾けるように顔を上げる。
それから、また顔を下げた。
「……やっぱり、俺は駄目ですか?」
「勘違いするな。お前が、兵として不適格ということではない」
ペイルが再び顔を上げる。
「お前は、そこそこ強い。だが、それがかえって軍編成に組み込むのが難しいのだ。質のよくない部隊に入れると、お前の力が活かせなくなる。だが、質のいい部隊では、部隊戦闘の経験がないお前では、逆に足手まといになってしまうのだ」
「では……俺は、どうしたら?」
「後方支援に回るか、わしの下についてみるか、どちらかを選べ」
「ボルドーさんの下?」
「いろいろな部署を把握する、煩雑な仕事をするところだ。だが、組織というものの全体を理解するには、いいところだと思う。そこで、お前がどこに向いているか探すのもいいだろう」
「俺なんかが、いいんですか? そんな、特別なところ」
「言っておくが、楽なところではないぞ。朝から晩まで、やることは山のようにある。今より、きついかもしれんぞ」
「やります! やらせて下さい」
ペイルが、勢いよく立ち上がって言った。
ボルドーは、自分の部屋で、ルモグラフと話をしていた。
軍事に関しては、やはりルモグラフが一番である。そちらの分野の相談をするなら、彼だろう。物資に関しては、グラシアである。
ただ、それらを総合して大きい戦略的視点を相談ができる者がいなかった。ルモグラフも、ある程度の知識を持っているとはいえ、総指揮としての実戦の指揮の経験は、それほどない。
謀略部隊を指揮する者が、誰がいいかという話に及んだ。
「私は、ライトを推薦します」
「ほう」
「ああ見えて、肝は据わっています。冷静で、判断も的確なので、大きな失敗をする可能性も低いと思います」
「成る程な」
ボルドーは考えた。
「息子に、影の仕事をやらせる負い目はないのか?」
「私は、一人の指揮官として、最良の者を推薦しているにすぎません」
「悪かった」
苦笑する。
「部隊を指揮できる人間が減るのは痛いが、仕方がないか」
ボルドーは言った。
「ライトを呼んでくれ」
夜、再び隊長格に召集をかけた。
「皆、先日は、よく戦ってくれた。まだまだ戦は続くだろうが、とにかく一区切りはついた。皆に、わしの今後に関する提案を聞いて貰いたい」
ボルドーは言った。
「わしは、この期に、都に向かって本隊が前進するべきだろうと思う。拠点を造りながら、あるいは奪いながらの進行だが、あまり戦を長引かせないという意味でも、今だろうと思うのだ」
全員を見た。
「私は、賛成です。こちらから攻撃をしてこそ、王子を倒すという意思表示を世間に示すことができるでしょう」
「異論はありません」
誰かが言った。
「では、この小城は、後方基地というところですね」
「うむ」
「殿下は、どちらに居ていただきますか?」
「本隊の中だろう。もっとも安全で、士気にもいい影響がでる」
「新しく入ってきた者達の練度が、些か心許ないですが、まあ進軍途上で鍛えるしかないですな」
言ったのは、ブライトだった。この場に、ライトがいないことに気付いてはいるだろうが、何も言わない。
「兵站はどうだ? グラシア」
「取り敢えずは順調」
「他に、何か気になることがある者はいるか?」
いくつかの質問が出た。
すべての質疑応答が終わった後、ボルドーは全員を見回した。
「では、行こうか」
全員が、合わせて声を上げた。