夜の商店街、月子が俺たち家族の前をハイパー上機嫌で歌いながら歩いている。親父がオレの隣でがっくりうな垂れながら月子の背中を見てため息をつく。
「はぁ~、せっかく病院から外出許可が出たって言うのに俺の奢りかよ…」
「ぐだぐだ文句言わないの。あなたのせいで『あそこの家は月イチでしか子供を回転寿司に連れていかない』ってご近所から噂されてるんだからね」
オレのかーちゃん、普段は病気で入院している
今日は病院からの外出許可が出たので家族水入らずで食事をする事にした。久しぶりの外食。オレの腹は大きく唸り、月子のテンションは最高潮に高まっていた。
「しかも寿司屋に行く前にどんべえ食わせてくるんだぜ、この親父。ケチ過ぎて呆れるよな」
「ダイスケ、リークしたのテメーか、コラ…」
「こーら、せっかく家族みんなが集まったんだからケンカしないの!」
「りまーぁいんみーー!」
「月子うっせ!ところでこれから何処に連れてってくれるんだ?親父様」
「チッ、白々しいぜ。予約取ったのオメーだろ。焼肉だよ、焼肉。病人もいる事だし今夜は思い残す事無く腹一杯食いやがれ」
「りまぁーぁいんみぃーーー!!!」
「ところで月子、ちゃんと学校通わせてる?あのコ歌下手過ぎじゃない?」
「ああ、通わせてるよ。サボり癖があって月曜日は毎週行きたくないってゴネるけどよ。ったく誰に似たんだか…」
「りまぁーぁいぃんみぃぃーーーー!!!!!」
月子の絶唱と共に商店街の奥にある焼肉屋のドアを開けるとサンドウィッチマンの人殺してそうな方に似てる店員が蝶ネクタイのねじれを直しながら受付に歩いて来た。それを見て俺は殺人鬼に声を出す。
「あ、19時から四人で予約入れてます」
「えー、4名でお越しの『高校入学して早4ヶ月。未だ彼女が出来ないダイスケ君に素敵な女の子を紹介する人々の会』の皆さんですね。奥の席へどうぞー」
「…ダイスケ、オメーもう高校生なんだからそんな子供みてーな真似、止めやがれ」
「はーい、ダイスケ君。早くも本日1すべりー!」
「いや、あの、おんなじ苗字の4人組いたらややこしいじゃん!…ほら早く行こうぜ!」
オレはニヤケながら人差し指を立てる月子をスルーして店の奥へ歩き出した。途中でちらり、時計の針を見る。2時間の食べ放題の時間はもう、始まっているのだ。
「あー!馬鹿兄!何備長炭に火ぃくべてんのよ!」
「あっ、ひっくり返すと上に載ってるねぎが落ちるのか」
「ちょっとー、しっかりしてよー。ダイちゃーん」
「おいおーい。そんな体たらくで彼女なんて作れんのかよー」
「くっ、このクソ親父が」
席に着いて早20分。肉が運ばれると親父はオレを今回の焼肉奉行に任命した。肉を焼かせる事により少しでも大喰らいのオレに食わせる量を減らそうとする小市民らしい痩せた考え・・
しかしそんな浅知恵はオレにとってガッツリ効果的で、オレは狭い円形の網を被った備長炭の上でトングを動かし、汗だくになりながら4人分の肉の焼き加減に追われていた。
「あーもう!ダイスケ、タン焼きすぎ!油が全部落ちちゃってるじゃん!」
「うっせ!自分ばっか食ってないでお兄ちゃんと代われ!」
「あら、いいじゃない。ヘルシーで」
口喧嘩を始める俺たち兄妹を見てかぁちゃんが肉を頬張る。隣で親父が「ほどほどにしとけ」とビールをあおる(食べ放題対象外商品)。
月子はせっかく焼肉屋に来たというのに調子こいてんのか、タン塩ばかり注文する。そんなに牛の舌が好きだったら牧場に行って牛と一日中ディープキスでもしてればいいのだ。
燃料をくべたせいか、ようやく火の調子が出てきて肉の焼きが落ち着くとオレは自分の取り皿に目を落とした。
「ところで、僕の分の牛ハラミはどこへ?」
「あ、ごめんなさい。お母さんが食べちゃった」
左様でございますか。オレが肩を落とすと親父がニヤケながら網の中央で円形のラム肉を焼き始めた。ラム肉は薄いくせに焼きスペースを取るのである。
スペースを独占し、少しでも焼きに手間を取らせて肉を俺たちに食わせようとしない小市民の意地が出た瞬間だった。かぁちゃんが箸をおいてオレに向き直った。
透き通った色素の薄い白い肌は40代には見えず、JDと言ってもギリ通用するのではないか、と酔った時に親父が自慢気に言うのはさながら冗談とは取れないほどの美人。
そのかぁちゃんがオレに向かって微笑みながら声をかけた。
「ダイちゃん、高校入ってまだ彼女出来てないんだ~?」
「うん。入学してから俺なりに頑張ったんだけどさ。結局今は陰キャグループに堕ちて仲間内でコソコソ盛り上がってるって感じ」
オレはよつ君やスメラギ、あとなんか関西弁のヤツの顔を思い浮かべながら次の肉を焼くためにトングを手に取った。するとかぁちゃんが芋焼酎(これも食べ放題対象外商品)をテーブルに置いて肘を突いてオレに問いかけた。
「じゃぁさ~ダイスケはまだ童貞クンって訳なんだ~?」
「!?」「ぶはっ」「ちょ、ママ!…確信をぶちゃけすぎっ!」
突然のぶっこみにオレはトングを落とし、親父はルービーを噴き出し、月子はタレが入った小皿をスカートの上に落とした。「おい、花陽おまえ…」親父が口を拭いながら目を見開いてかぁちゃんを眺めた。
辺りの客の空気が一気に静まり返ったのを感じてオレは恥ずかしくなり母親に反論した。
「く、クラスのヤツもみんな彼女が居ないヤツばっかだし、別に普通だよ。ほら、日本も晩婚が進んでるし」
「現在の日本の男性ハタチの○○率、50パーセント以上」
「はっ?」
「月子ちゃん。○○に入る言葉分かるよねー月子ちゃーん?」
俺たちが月子に視線を集めると彼女はオニューのスカートについたタレの汚れを必死にお手ふきで拭っていた。これぇ、妹居る奴あるあるなんだけどぉ、女ってぇ股上を汚すとぉえげつないほど深いところまで拭こうとする。
「で、話の続きなんだけど」
かぁちゃんが再びオレに向き直って話を続けた。
「今のウチに彼女作って女の扱い方覚えてないと大人になって世間から後ろ指指されるわよ。ほら、この人の童貞だって私が貰ったんだから」
「こ、こら!花陽!!」
「えー!何その話ー!月子も聞きたーい!」
月子がテーブルを飛び上がると親父が顔を真っ赤にしてその場を仲裁するために立ち上がった。
オレはこの好機を逃す事無く弁明する親父と盛り上がる女勢の話の隙を縫ってサンドウィッチマンの快楽で人を殺してそうな方に似ている店員に肉を注文して時間いっぱいまで肉を頬ばった。
「えー、お父さん、お母さんと知り合ったの社会人になってからだよね?それまでデーでテーだったの!?」
「こら茶化すな月子!たまたま男子校出身で女子との出会いが無かっただけだ!」
「初体験遅い人ってみんな似たような事言って誤魔化すのよねー。『ああ、俺。生まれて初めて本当の優しさに包まれてる』って耳元で言われた時は普通に寝ゲロ吐きそうになっちゃった」
「おい!花陽!子供の前でぶっちゃけ過ぎだぞ!」
「やれやれ。黙って食事出来ないのかね」
俺は親父の言い訳に呆れてカルビの大皿を空にした。普段オラついている親父にそんな恥かしい過去があったのはマジで知らなかった。
火鉢の上で焼けているウインナーがパリッと音を立てて皮をむき始めるのを月子がニヤニヤしながら見つめていた。
「ただいまー!うーん久しぶりの我が家~」
「はぁー。サイフにも心にも大きなダメージを負っちまったぜ…」
「帰ってきたー。うんこうんこー!」
「こらー!家帰って速攻うんこすなー!」
焼肉を食って軽く買い物を済ませて家に帰ってきた俺たちファミリー。俺は家に帰るなりすぐさま玄関で靴を脱ぎ捨てて便所に向かった。うおォン。俺はまるでうんこ製造機だ。
「その『まるで』は要らなくない?」
俺の心を読み透かした月子がトイレの壁越しに俺に話しかけた。月子は背中をドアに押し付けたまま居間に入る夫婦を眺めているようで俺にひとつの賭けを提案した。
「久しぶりにやろっか。今夜、あのふたりヤると思う?」
俺は便器の上でうーんと頭を捻りながら妹に答えた。
「いや、俺は今日はヤらないと思う。かぁちゃんは復調しきってないし。何より子供が居るんだぜ?家ではヤらないよ」
「おっけー。賭博成立。じゃあ寝室にアレ、仕掛けとくね」
そういうと月子はドアから身体を離し、自分の部屋にドタドタと向かった。親父もかぁちゃんも年相応に落ち着いている。焼肉を食ったぐらいで盛り合うはずが無い。
「おぉぉおおおぅ!!い、いくよぉおおお!!」
「声でかい!子供に聞かれちゃうよぉ!!」
「聞かれたっていい!お前が誘ったンじゃねぇぇかぁ!イクっ!」
「…うそ。お父さん早すぎ…」
――次の日の昼。俺は妹の月子と一緒に片っぽイヤホンで親父とかぁちゃんの情事を録音したレコーダーの音声を聴いていた。がっくりとうな垂れる俺の前に月子の白い手が差し向けられた。
「はい。私の勝ちだから二千円。小遣い日の後でよかったねお兄ちゃん」
無表情で金をせびる妹に俺は舌打ちをして財布から金を出してそれを手渡す。俺は悔しさを押し殺して勝者となった妹に尋ねた。
「どこで分かった?昨日の晩ヤるって」
「お父さんがあんたに焼肉屋の予約取らせた辺りから。エッチする前に活力の付くモノ食べるの常識じゃん。それにあの人最近勃ちが悪いって部屋に置かれた精力剤が空になってたし」
月子は俺の手からばっくり札を奪うとそれを自分のサイフに押し込んだ。小じゃれた服装をして、この後オレの金を元手にどこかへ出かけるようだった。
「クソっ、アシッドマン歌ってたのも全てフェイクだったいうのかよ。オレを油断させるために馬鹿のフリしてやがったな」
「とーぜん。てか勝ち確じゃないとあたしギャンブルなんかやらないから。もっと女の事、勉強したほうが良いよ。童貞クン」
月子はそういい残すとその場を立ち上がって玄関を開けた。その後姿が若かった頃のかぁちゃんそっくりでオレは思わず亀頭が熱くなったとさ。